第7話『邂逅の少女』
循庸や【ジャック・チャーチル】を駆り、火志摩高の敷地内を疾走する。
ローラーダッシュホイールを有する【ジャック・チャーチル】の移動速度は並外れて速く、姿勢制御機能の優秀さもあって曲がり角の多い敷地内も悠々と進んでいく。
そして――――
そこにあったのは――――白銀と青の色彩を持った巨人。
それはLWのようで、決してLWではない別の〝何か〟。
【ワームダイバー】と呼ばれていたこの巨人は四肢が破損し、身体がボロボロになってしまっているが、まるで今にも息を吹き返し、こちらへ襲い掛かってきそうな気迫があった。
「コイツが……」
循庸はモニターに映る【ワームダイバー】を見て息を呑むが――――そのすぐ後、あるものを見つけて目を丸くする。
「あれは……〝人〟!?」
循庸は我が目を疑った。
陥没した場所にもたれ掛かるように鎮座する【ワームダイバー】のすぐ下、正確に言うと脚と脚の間に、1人の〝人間〟が倒れていたのだ。
もしかしたら、逃げ遅れた生徒かもしれない。
そう思った循庸は【ジャック・チャーチル】を跪かせてコックピットハッチを開けると、センサー内蔵ヘルメットを頭から外し、急いで地面に降りてその〝人間〟の下へと駆け寄る。
「おい! 大丈夫か!? しっかり――――ッ!」
そう呼びかけながら、循庸は〝人間〟を抱き抱える。
しかし――――その〝人間〟の顔を見た瞬間、彼は言葉を失った。
その〝人間〟は、〝女の子〟だった。
まだ歳幾ばくもいかない、中学生か小学校高学年くらいの幼い少女。年齢で言えば10代前半ほどだろう。
その身体は小さく、か細く、まだ高校生の循庸と比してもハッキリと分かるほど〝子供〟だった。
だが循庸が驚きを隠せなかったのは、〝彼女が子供だったから〟などという理由ではない。
少女の髪は青白い銀髪で、肌も白人と比較してもさらに白い。
彼女の着ている服は、いや〝服らしき物〟は見たこともない滑らかな有機物で作られており、まるで人衣一体のように着用者に密着している。
加えて腕から先が膨れ上がった〝服らしき物〟に完全に覆われており、人間でいう指に当たる部位が存在しない。代わりに、大きな金色の物体が3つずつ突き出ている。
そして何より――――彼女には、〝体温〟がなかった。
彼女の身体は、鉄のように冷たいのだ。
死んでいる、というのではない。気絶しているだけだ。その証拠に時折うなされるように声を発し、唇を動かしている。
彼女を抱えた循庸は、直感的に理解した。
――――間違いない。〝この子〟が、自分を呼んだのだ。
この少女は――――〝人間〟じゃない。自分達とよく似た、〝別の何か〟だ、と。
循庸の中に、様々な疑問が一気に溢れ出る。
どうして、この少女は自分を呼んだのか?
そして、この少女を狙う【ハザード】という謎の生命体――――。
「クソ……ッ! 何なんだ!? 一体、何がどうなってんだよ!?」
循庸は、もうワケが分からなかった。頭がおかしくなりそうだった。
一体、何が起こっているのか? 自分は悪い夢でも観ているのだろうか?
何もかもが現実味がなくて、まるで狐に包まれているような感覚だ。
循庸は半ば錯乱状態と恐慌状態に陥りながらも、少女を抱えて【ジャック・チャーチル】のコックピットへと戻る。少女の身体はとても軽く、循庸でも悠々と運べた。
――――葦田の言葉があったからだろうか、循庸は不思議とその少女に恐怖を感じなかった。
少女を膝の上に乗せたままコックピットハッチを閉め、センサー内蔵ヘルメットを被る。
「こ、こちら循庸! な、なんかよく分かりませんけど、生存者を保護しました! 小さな女の子です!」
循庸はヘルメットのマイクに向かって報告する。その報告自体は、葦田に当てたつもりだった。
しかし――――彼の連絡に応えたのは、葦田ではなかった。
『じ、循庸! 先生が……先生がぁッ!!』
返ってきたのは、ナオミの声だった。それも酷く怯え、震えた声の。
「何……? 先生がどうした!? おいナオミ!」
循庸の背中を、冷や汗が伝う。
直後――――すぐ隣の26号館が吹き飛び、突き破るように大きな〝何か〟が飛び出してくる。
それを見た循庸は――――戦慄した。
それは――――滅茶苦茶に壊され、ただの鉄屑と化した葦田の【48式
もはや原型を留めないほどに損壊し、両腕や頭、脚の一部がもぎ取られている。
そして、押し潰されたコックピットからは――――僅かに、紅い液体が飛散しているのが見えた。
「――――ッ!!!」
直後、26号館をさらに吹き飛ばして、巨大ミジンコが姿を現す。
「ひ……っ!」
恐怖し、竦み上がる循庸。
自分に教鞭を振るう恩師でさえ勝てなかった相手に、立ち向かえるワケがない。
怖くて、怖くて怖くて、両手に握った操作レバーも、両脚のブーツに括り付けられた鋼鉄のペダルも動かすことができない。
初めて対面し、直面する――――〝死〟の恐怖。
それは、循庸の身体を縛り付けるには十分すぎる物だった。
だが――――その時、循庸の膝の上で眠っていたはずの少女が目を開ける。
そしてゆっくりと、身体を動かした。
「! お前――――ッ!」
驚く循庸だったが――――彼女は、循庸に何かを言わせる暇も与えなかった。
次の瞬間――――少女は、首に噛み付いた。
循庸の首に、大きく口を開け、鋭く歯を立てて、噛み付いたのだ。
牙のような歯で皮膚を突き破り、動脈に穴を空ける。
「え……?」
何が起きたのか、循庸は咄嗟に理解できなかった。
ただ理解できたのは、首筋に走る強烈な痛みと、飛び散る自分の血液だけだった。
「が……あ……アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!」
循庸は、反射的に少女を首から引き離そうとする。
だが、離れない。少女の力はその小柄な身体からは想像もできないほど強く、循庸の力ではビクともしない。
――――抜けていく。自分の身体から、血と共に力が抜けていく。
少女は循庸の悲鳴など聞こえていないかのように血を啜り続け――――唇を真っ赤に染め上げた時、ようやく首から口を離す。
そして彼女は頭を上げ、蒼の瞳で循庸の眼を見つめると――――
「――――戦って」
言葉を、発した。
その刹那――――循庸は自らの身体に異変を感じる。
身体の中で何かが蠢く、ぞわぞわとした気色の悪い感覚。まるで残った血液が逆流でも始めたかのようだ。
そして――――まず両手が〝変化〟を始めた。
皮膚が膨れ上がり、まるで細胞が突然増殖を始めたように膨張を始める。
5本の指はすぐに原型がなくなり、増殖した細胞は体外へ溢れ出て少女やコックピット内にまで浸食を始める。
そしてすぐに全身へと転移し、細胞が膨張する感触が頭からつま先にまで行き渡る。
「あ、あ、うわあああああッ!!!」
自分が自分でなくなっていく恐怖に、循庸は悲鳴を上げる。
だが、そんな悲鳴をかき消すかのように、
『警告。警告。コックピット内に、『プロパートル細胞』の、反応を検出。
【ブレイス・システム】、
突然、合成音声が喋りだす。
直後、【ジャック・チャーチル】は地面に膝を落とした。
そして膝、肘、首など身体中の関節部が外れ、外部モジュラー装甲が展開して隙間が生まれる。完全に無防備な状態だ。
『
増殖した循庸の細胞は循庸自身を初め少女やコックピット内を浸食し尽し、遂に機体の外にまで溢れ出る。
外れた関節部や装甲の空いた隙間から細胞が湧き出し――――完全に
その光景を見ていた巨大ミジンコが、肉塊と化した【ジャック・チャーチル】へと迫り来る。
その直前、ヒデトとナオミ両名の機体は巨大ミジンコの背面へと追い付く。
だが、
そして――――巨大ミジンコが【ジャック・チャーチル】へと肉薄した、その瞬間である。
巨大ミジンコの、半透明でまん丸で途方もなく大きな胴体を、『腕』が穿った。
4本の指に凶悪なまでの鋭い爪が備わった、悪魔のような腕が。
続けて、もう1本の同じ腕が巨大ミジンコの背中から飛び出す。
そして巨大ミジンコに反撃の隙すら与えることなく、2本の悪魔の腕は内側からまん丸胴体をがっしりと掴み――――
中心から、真っ二つに、あっけなく引き裂いた。
悲鳴すら上げることなく分断され、はじけ飛ぶゼラチン質の巨体。
ビチャビチャと水っぽい音を立てて、巨大ミジンコだった物の欠片が地面や棟の壁に叩き付けられる。
「な……ッ」
「ウソ……だろ……」
その光景を目の前で見せられたナオミとヒデトは、完全に言葉を失う。
そして――――2人は見た。
確かにさっきまで【ジャック・チャーチル】という機体があった場所に、まるで地獄から湧き出たかの如く居座る、〝1匹の巨大な悪魔〟の姿を――――。
ミクトラン 諏戸名 友人 @noveske
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