第6話『襲来のミジンコ』
巨大ミドリムシの群れを倒した循庸達は葦田と合流するため、やや開けた中庭に集合した。
戦いを終えた4機のLWが、一同に会する。
「お……終わったの……?」
ナオミが恐る恐る呟く。
それは誰かに尋ねたというより、そうあってほしいという願望に近かった。
しかし、
「……いや、まだだ」
ナオミの淡い期待は、そんな葦田の言葉にあえなく裏切られた。
その言葉を、ヒデトが不思議に思う。
「まだって……あんなのが、まだいるっていうんですか?」
「……分からん」
葦田は多くを語らず、深く息を吐くように答える。
そして、循庸達はすぐにその言葉の意味を知ることになった。
次の瞬間、再び強烈な〝超音波〟が、火志摩高全域を覆う。
同時に、またも空に大きな〝歪み〟が発生した。
「ッ! またか……ッ!」
LWに乗っていても頭痛がするほどの超音波に、循庸達は歯を食いしばるが――――
「油断するな! 来るぞ!」
葦田が叫んだ。
刹那――――――〝歪み〟から、2対の巨体が飛び出した。
明らかに大きさも形状も異なる、2つの物体。
だが――――その片割れを見た循庸は、我が目を疑った。
「あれは……〝LW〟!?」
――そう、〝歪み〟を突き抜けて姿を現した片割れは、人型を成し、四肢を持ち、白銀と青の鋼鉄で身体を覆われた
しかしその機体は循庸の知るLWとは姿形が明確に異なり、〝機械の巨人〟というよりも〝白銀の鎧を纏った巨大な騎士〟と言う方があっているかもしれない。機械ではなく、1つの巨大な生命体のようにすら見えるのだ。
それが腕や脚などを破壊され、満身創痍の状態でもう1体の〝何か〟に吹き飛ばされている。
明らかに、つい今し方まで〝戦闘〟を行っていた状態だ。しかも、劣勢に追い込まれた状態で。
LWのような巨人は身体を損壊させたまま吹っ飛び、循庸達から少し離れた場所の25号館に突っ込んで粉塵を巻き上げる。
「!? 【ワームダイバー】が……!? 不味い!」
葦田は驚愕し、【48式
その〝何か〟は先程の巨大ミドリムシ以上に透明で透き通り、内蔵が丸見えになってしまっている。
身体は丸々としていてぼってりと大きく、2本の腕らしき触角が突き出している。
頭部の形状は鳥のようで先端の
その〝何か〟の体積は並のLWよりすっと大きく、その頭頂高は10メートルを超える。完全にLWに搭乗した循庸達が見上げる大きさだ。
そんな巨体のほとんどが宙に浮き、尻尾のような殻刺のみで器用に身体を支えている。
そんな形状をした〝何か〟を、やはり循庸達はとてもよく知っていた。
ミドリムシと同じ様に、かつて顕微鏡で覗いたことがあった。
――――『
そう、10メートルを超える巨大ミジンコが、循庸達の目の前にいるのだ。
「み……ミジンコ、ミジンコだ!」
「んな……ッ、ミドリムシの次はミジンコかよ!?」
循庸とヒデトは、目の前に現れた巨大ミジンコにもう開いた口が塞がらない。
ミドリムシに続きミジンコという微生物が巨大になって現れたという倒錯した現実に、恐怖とは別の意味で怯みそうになる。
だがそんな彼等に対し、
「見た目に惑わされるな! あの【
葦田が焦りに焦った声色で怒鳴った。
直後、巨大ミジンコが動き始める。
腕のような2本の触覚を振りかざしたかと思うと、勢いよく振り下ろして地面へと突き刺す。
それは大きな触覚をフック代わりにし、あたかも身体を安定させるかのような態勢だ。
すると――――眼前の循庸達を正面に捉え、大きな黒い球体である複眼をギョロリと動かす。
「! いかん! 全員、奴の〝射線〟から離れろ!!」
葦田が叫ぶ。
そして、僅かに光る巨大な複眼を見た瞬間、循庸達は本能的な危機を察知した。
一様に、4機のLWがその場から離散する。
その――――僅か数秒後、
大きな大きな〝
その〝
「な……っ」
間一髪でその〝
もしもほんの一瞬回避が遅れていたら、いかに頑強なLWに乗り込んでいようとも機体ごと消炭にされていただろう。
巨大ミジンコは3~4秒で〝
ヒデトもナオミも冷や汗を流し、目を丸くしていたが――――先にヒデトが動いた。
「こ……この化物がァッ!!!」
ヒデトは【48式
それに追従し、ナオミの【45式改 ディフェンダー】も【M24 ダブルヘイル 25ミリ二連装機関砲】を発砲し、さらに【BGM‐371 バンジョー 三連装対戦車ミサイル】も一斉に発射する。
「く……ッ!」
葦田の【48式
それらを受けて、巨大ミジンコの丸い巨体は無数に着弾する焼夷榴弾の爆炎に包まれた。
当て続ければ、先程の巨大ミドリムシのように弱らせて動きを封じることができるかもしれない。ヒデト達の脳裏にそんな考えがよぎる。
そして、どれほど撃っただろうか、自然と3機は砲撃の手を止める。
濛々と立ち込める焼夷榴弾の黒煙。
常識的に考えれば、あれだけの砲弾とミサイルを食らって生きていられる生命体など存在しない。
だが――――〝それ〟は現れた。
黒煙の中から、巨大ミジンコが再びその全容をさらけ出す。
しかも驚くべきことに――――その巨体には傷一つない。完全な無傷なのだ。あれだけの攻撃を加えたのに。
「な、なんで……!」
「……やはり、まるで通用せんか。【
絶望するナオミに、葦田が冷や汗を垂らしながら語る。
そしてそれを証明するかのように、巨大ミジンコは身体の向きを変えて先程葦田が【ワームダイバー】と呼んだLWらしき機体が落下した場所へと向かい始める。
その様子はまるで循庸達を〝脅威なし〟と判断し、無視し始めたかのようだ。
「! アイツ……!」
循庸は、そんな巨大ミジンコの自分達を舐め切った態度に神経を逆撫でされ、機体を駆ろうとするが――――
『――――来て』
突然、〝声〟に、呼び止められた。
頭の中に、誰かの声が聞こえたのだ。
無線から聞こえてきたのではない。鼓膜が振動したのではない。
まるで脳が直接電波を受信したかのように、五感ではない〝第六感〟が声を受信したかのように。
『こっちに――――来て――――』
呼ばれている。
確かに、誰かが呼んでいる。
「俺を……呼んでいるのか……?」
循庸はその〝声〟が聞こえた瞬間、まるで何かに取り憑かれたように
『――――こっち――――』
循庸は声に誘われるまま、目の前に巨大ミジンコがいるにも関わらず見当違いな方向へと向かって行った。
「な……!? お、おい! どこ行くんだよ!?」
ヒデトはそんな循庸に驚き、留めようとするが、
「〝共振〟か……! いいんだ! 行かせろ!」
葦田が、逆にヒデトを押し留めた。
「先生……?」
「呼んでいるのだ……〝彼女達〟が……。
葦田はヒデトとナオミにそう叫び、心の中で「頼んだぞ……循庸」と呟く。
そして、葦田はヒデトとナオミを伴い、決死の足止めを始めた。
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