第5話『ジャック・チャーチル』

「よく聞け。細かい説明は省くが、私達は奴等を【ハザード】と呼んでいる。

 【ハザード】は主に〝無機物〟、つまり鉄やコンクリートを餌としている。無機物を喰らい続けている限り、奴らは身体を無限に再生することが可能だ。

 奴等に、我等の知る〝生物〟の常識は通用しない。しかし、奴等の『コア』を破壊すれば殺すことができる。

 あのミドリムシの姿を模した者達は【ハザード】の中でも脅威度の低い『D級』の種族で、我等はあの種族を【奴隷種スカラヴェ】と総称している。

 【奴隷種スカラヴェ】は〝眼〟が悪い。奴らはほぼ音と振動のみで外界を認識している。加えて知能が低いため、大きな音のする方向に優先的に向かって行く習性がある。また常に群で行動するのも習性の1つだ。

 ――――以上の情報を踏まえた上で、我々の作戦を伝える。質問は一切なしだ」



 ――――4匹の巨大ミドリムシは、今だ火志摩高の敷地内を群れで移動していた。


 どうやら生徒や職員の地下シェルターへの避難はほぼ完了しているらしく、人気は全くない。準軍事施設として機能が、こういう場面で功を奏したと言えるだろう。

 そして巨大ミドリムシの群れが、道の左右に10号館と14号館という大きな棟が建てられた通りに差し掛かった時――――


「来たぞ! 撃て!」


 ヒデトの掛け声と共に、ヒデトの【48式 灰簾カイレン】とナオミの【45式改 ディフェンダー】が一斉に射撃を開始した。

 【火志摩 M44突撃銃アサルトライフル】や【M24 ダブルヘイル 25ミリ二連装機関砲】が一斉に火を噴く。


 2機から放たれる猛烈な弾幕は、瞬く間に4匹の巨大ミドリムシを襲う。

 特にナオミの搭乗機である【45式改 ディフェンダー】の弾幕は圧倒的で、4門の砲口から放たれる一斉射フルオート速度は人間の耳では聞き分けられない。


 ヒデト達と巨大ミドリムシの距離はおよそ300メートル。

 通りストリートがほぼ完全な一本道であり、また道幅も狭いため、文字通り〝飛んで火に入る夏の蟲〟状態である。


『いいか! 奴らは徹甲AP弾には強いが、細胞自体を変質させる〝焼夷弾系統〟には耐性がない。特に、お前達の機体に詰め込んだ焼夷榴弾は最も有効だ。存分に浴びせてやれ!』


 ヒデトとナオミの機内に、そんな葦田の無線声が響く。


 しかし――――巨大ミドリムシ達はそんな弾幕を受けても進撃を止めず、ヒデト達に向けて真っ直ぐ突っ込んで来る。


 何発も、何発も何発も直撃して、爆発して、燃えているのに、動きを止めようとしないのだ。

 まるで、痛覚など存在しないかのように。


「ち、ちょっと!? アイツ等全然止まんないんですけど!?」


 そんな巨大ミドリムシ達の様子に、ナオミは一瞬機体を操り、戦線を下げようとするが、


「いや待て……見ろ! 動きが鈍った!」


 ヒデトが叫んだ。

 見ると、無数とも言えるほどの焼夷榴弾を浴びた巨大ミドリムシ達は身体がボロボロになり、見るからに挙動が鈍くなっていた。その様は、さながら死に掛けの芋虫のようである。


――――これを待っていた。


 一本道に奴等を誘い込み、動きが止まる瞬間を。


 そんな巨大ミドリムシ達を見たヒデトとナオミは射撃を止め、


「今だ! 循庸!!!」


 ヒデトが叫んだ。


 刹那――――



「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!」



 1機の白いLWが、10号館の屋上から飛び降りる。

 

 そして――――地面に着地すると同時に、1匹の巨大ミドリムシの身体に、【巨大な大剣クレイモア】を突き立てた。


 地面にまで深々と突き刺さった【巨大な大剣クレイモア】のブレードは、巨大ミドリムシを容易に穿っている。

 そのブレードは――――僅かに透けて見える巨大ミドリムシの『コア』を、確かに貫いていた。


 瞬間、【巨大な大剣クレイモア】に貫かれた巨大ミドリムシは、まるで水風船が内部から破裂するように弾け飛び、消滅した。


『【火志摩 56式 LW用超振動炎熱大型大剣バーン・ヴィブロ・クレイモア】、使用電力、及び発熱量60パーセント』


 【巨大な大剣クレイモア】を握る【ジャック・チャーチル】のコックピット内に、機械的な合成音声の声が響く。


「……1匹目」


 ポツリ、と循庸が呟いた。

 彼の正面にあるモニターには残り3匹の巨大ミドリムシが映り込み、さらに『コア』らしき物が自動でロックオンされている。


 ――素早い機動。


 ――格闘に特化した機体とOS。


 ――【ハザード】に対する照準機能。


 それはまるで、この機体が初めから奴等ハザードと戦うために作られたと言っているようであった。


「――――ッ!」


 循庸はペダルと操作レバーを大きく動かし、センサー内蔵ヘルメット越しに機体ジャック・チャーチルに命じる。



 ――――〝行け〟と。



 【火志摩 56式 LW用超振動炎熱大型大剣バーン・ヴィブロ・クレイモア】を地面から抜き、〝轟!〟と【ジャック・チャーチル】が動き出す。

 脚部のローラーダッシュホイールが回転し、コンクリートの地面と脚裏が摩擦して火花を散らす。

 まるで風に乗るような、流れるような速さで残りの3匹に急接近し、間合いを詰める。


 そして速度を維持したまま――――擦れ違い様に、巨大ミドリムシを斬り付ける。


 LWすらも切断できそうな【火志摩 56式 LW用超振動炎熱大型大剣バーン・ヴィブロ・クレイモア】は巨大ミドリムシの身体を『コア』ごと真っ二つに両断し、早くも2匹目を仕留めた。


 その流れを崩さないまま機体を回転させ3匹目の巨大ミドリムシも遠心力でぶった斬り、瞬く間にあと1匹まで巨大ミドリムシを追い詰める。



 ――――凄え。凄え凄え凄え。



 循庸の頭の中に、もはや未知の敵に対する恐怖などなかった。


 あるのは、ただ〝感動〟。


 自分の思い描いた、自分の理想の動きを叶えてくれる。

 鈍重などという言葉とは程遠い、まるでLWとは思えないほど軽やかな躍動感。

 火器などに頼らない、〝剣〟一本で戦うファイトスタイルを実現してくれる驚異的な運動性能。


 循庸の口元は、自然と緩まずにはいられなかった。


「最後の、1匹ィ!」


 そして最後の巨大ミドリムシに向け、【火志摩 56式 LW用超振動炎熱大型大剣バーン・ヴィブロ・クレイモア】を振り被る。


 ――――斬撃。


 

 だが――――当たらない。



 避けたのだ。巨大ミドリムシが、ブレードを回避したのである。


「……あれ?」


 思わず間抜けな声を上げてしまう循庸。

 そう、あまりに調子に乗っていたせいで、最後の巨大ミドリムシの身体が再生し切っていたのに気付かなかったのである。


「この――――ッ!」


 循庸はすかさず行き過ぎた機体を止めて振り返らせ、もう1度斬り掛ろうとする。

 しかしそれよりも早く、巨大ミドリムシが【ジャック・チャーチル】に飛び掛かって来た。


「うわッ!?」


 大重量に圧し掛かられ、コンクリートの地面に倒れる【ジャック・チャーチル】。


「循庸!」


 その光景を見ていたナオミ達も援護しようとするが、2体が完全に密着しているため火器が使えない。

 撃てば、まず間違いなく循庸ジャック・チャーチルにも当たってしまう。


「ヤロ……ッ!」


 循庸ジャック・チャーチルは必死に巨大ミドリムシを引き剥がそうとするが、やはり力比べでは分が悪かった。

 このままでは、さっきの【48式 灰簾カイレン】と同じく溶解されて取り込まれてしまう。


 一刻も早く何とかしないと……! 循庸がそう思った時だ。


『機体に密着する、【ハザード】の反応を、検知。【電磁装甲エレクトロマグネティック・アーマー】、最大放電ディスチャージ


 【ジャック・チャーチル】の合成音声が、循庸パイロットに何かを伝えてきた。

 

 瞬間――――突如、まるで稲妻のような電磁場が、【ジャック・チャーチル】の機体を覆った。


 それを受けた巨大ミドリムシは痙攣を起こしながら吹き飛び、身体の表面を焦がして黒煙を上げる。


 何が起きたのか説明すると、【ジャック・チャーチル】に搭載された電気二重層コンデンサハイブリッド・キャパシタから装甲表面に瞬間的に数千アンペアの電圧を流し、その高電流によって発生した電磁場とジュール熱で巨大ミドリムシを引き離したのである。

 その証拠に、リチウムイオン・キャパシタ電力残量計のメーターが大きく減っている。


 人間なら瞬時に丸焼けになってしまうような電流を一身に受けた巨大ミドリムシは、もはやまともに動くことさえままならない。


「これは……!」


 そんなLWとしては過剰な機能に、循庸は驚きを隠せなかった。

 しかも、今確かに【ジャック・チャーチル】の合成音声は【ハザード】の名を口にした。


 やはり、この機体は……。


 循庸が思っていると、再び巨大ミドリムシが動き出す。

 いかに高電流を受けたとはいえ、彼等にとってはあくまで足止めにしかならなかったらしい。

 だが逆に言えば、今ならまだ足が止まっている。


「コイツっ! 今度こそ!」


 たたっ斬ってやる! と循庸が【ジャック・チャーチル】を駆ろうとした、その時、


『もういいぞ些嵜。


 そんな声が無線から聞こえてきたかと思うと、突然巨大ミドリムシの身体に風穴が空く。

 丁度、『コア』のあった場所に。


 そして遅れて聞こえてくる、大きな砲声。

 120ミリ滑降戦車砲の装弾筒付翼安定徹甲弾APFSDSだ。


 爆散する、最後の巨大ミドリムシ。


「先生……!」


 循庸は、砲弾が飛んで来た方向へと【ジャック・チャーチル】の頭を向ける。

 循庸達がいる場所から1キロほど離れた、火志摩高で最も高くそびえ立つ時計塔。

そこの頂上からは、火志摩高のほぼ全域がくまなく見渡せる。勿論、循庸達の姿もだ。


 そんな時計塔頂上付近の壁側面に四脚のアンカーを打ち込み、壁に対して垂直に立ったまま【M49 120ミリ対戦車砲】を構える、【48式 灰簾カイレン 葦田カスタム】の姿があった。


「血の気の多いお前のことだ。どうせこうなると思って、高所に陣取っていて正解だった」


 葦田がため息混じりに言う。


 しかしその声には、どこか安堵が混じっていた。

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