第5話

 ジェフのおっちゃん、僕は何もしてないし何も知らないんだ。

 と、ここで身の上話をすれば許してもらえるだろうか。

 死にました。転生しました。メイドになりました。羊連れてます。

 うん、狂人の戯言だわ。これはダメだ。


「や、や。うん、知りたいことって言うのはアレだよアレ。アレってなんだ?」


「ふざけんじゃあねえぞ」


「ひぃ。戦う意思はありませんよ……?」


「……」


「話し合いの余地はあると思うんだけど、僕の持ってる情報なんか現在進行形で迷子真っ只中ってことしかないんだよ。ホントだよ?」


 死の森とか良くわからないけど。

 森の中を通り、湖の水を飲み、また森の中を抜けて、国っぽい門を入って、城下町を通って、リンゴを食べて、吐いて、おっちゃん見つけて、治して。

 それぐらいしか無いわけで。

 わーおビックリするほど不審人物。

 さらに言えば人族ヒュムノとか魔族デモニスとかって分け方してて、勇者が魔族を攻めてきた!その勇者は人族だ!なんて状況で、僕は怪しい人じゃありませんよ、なんて通用するわけないよね。知ってる。


「……はあ。嘘は言ってねえみたいだな。つうか嘘つけるような顔してねえな」


 顔ですか、さいですか。


「あんな高位の魔法使って息切れしねえ、どこから来たかっていわれりゃ死の森、なんだって嬢ちゃんみてえな子供が……はあ」


 溜息とか酷い。

 って、待った。高位の魔法?


「聞きたいんだけどさ、治癒の魔法ってどんなものなの?」


「ああ?そんなもんおめえ、神官が30から40年修行してやっとこさ小せえ切り傷直せるくれえだ。それくらいだから嬢ちゃんが使ったダークヒールなんて高位の魔法、お前みてえな小さい嬢ちゃんが使えるわけねえんだが」


「使いましたねえ」


「使ったよなあ」


 やらかした。

 これはやらかしたぞ。

 見たところ、おそらくではあるがポーションもそれなりに高価な代物であり魔法も修行でどうにかするものであって、レベルで覚えるとかいう簡単なものじゃないんだ。

 レベル、ステータスに無いなと思ってたけどそりゃあ無いわ。レベルで覚えるわけじゃねえもん。修行だもん。そりゃあ存在しないわ。

 冷や汗どころか脂汗だらりですよ。

 あー、えっと。うん。


「それじゃあ嬢ちゃ……」


「大脱出!逝くぞ野郎ども!」


「ヴェエェ!」


「むぅえー」


「べえー!」


「めー!」


 誤字にあらず、決して誤字にあらず!

 目指すは目の前の城内部、たぶんなんかありそうな目立つ部屋。


「おい……おいィ!?」


 我ながら素早い動きで踵を返したと思うよ?

 踵を返すのとは意味が違うって?そうだね。


―――――――――――――――――――――


 さすがのおっちゃんも羊の全力疾走には追い付けなかったみたい。

 羊って言っても結構、いやかなり大きいんだけど。

 あと軽々階段上るんだねえ、羊って。

 山羊が木に登る動画なら見たことあるけど、そういうもの?

 お城のなかは広い。

 そりゃそうか。お城だもんね。

 とりあえず上へ上へと昇って行けば、きっと何か見つかるでしょう。

 あるいはホラ、おっちゃんの言っていた勇者とかね。

 しかし見るからに何もないね。

 片付いてるって意味じゃなくてさ、ロールプレイングゲームの勇者を名乗る火事場泥棒がガッツリ荒らしていきました!みたいな感じの何もなさ。

 勇者とはいったい……。

 はたして本当に勇者なんですかねえ?マッチョ神そのへん全然話してくれなかったし、僕には関係ないのかもしれないし、そうじゃないのかもしれない。

 昇って、上って、たまに降りて、下りて、また昇って。

 お城ってなんでこんなに入り組んでるんだろうねえ。

 おっと、特に大きな扉を発見。

 荘厳で神々しくて扉には禍々しい彫刻のドラゴンが鎧を着て槍を握っている、のだけれど。

 そのドラゴンの心臓部にあたる…で良いんだろうか。ともかくその部分は思い切り抉れているし、そこから向こう側が見えそうだった。

 なので見ることにする。


「ウール、乗せて」


「めー!」


「ムートン、そのままウールごと背負える?」


「フンッ!ヴェエエェ!」


 おー!って感じのウールにお安い御用さ!って感じのムートン。

 かなりの高さがある鎧ドラゴンの心臓部に届かせるには羊を重ねて執事、ではなくメイドを乗せるのが一番ですね。ここ、テストに出ますよ?


「うお、とと。さてさて、様子はいかがですかなっと」


 ん、んー?

 良く見えね。

 薄暗いのとさっきから光がチカチカ瞬いて、何が何やらさっぱりだ。

 お、人影発見。背の高い渋めのイケメンである。

 角が生えていて、いかにも魔王って人だ。

 見えない側のが勇者かな?


 ズンッ。


 うおっ!?何事?

 地面、じゃなくて床が揺れる!落ち、おちちち、落ちる!


「ヴェエエエェ!?」


「めー、めーぇ!」


「むぇ?」


「ヴェエ!ヴェエエ!」


「べー!」


「むぇ!」


「ヴェエエェ!?」


「めー!?」


「べー!?」


 いや。いやいや、待って。

 何をしてるのマトン。

 いやマジで。マトン、マトンくん。マトンくん!?

 助走付けて何するつもりだ君は!?


「むぇ!」


 どごーん!とでも言いそうな音とともに扉に突撃したマトン。

 勢いのまま崩れる羊タワー。

 最上階の僕は内側に倒れていく扉だったものを軽く超えるように。

 部屋の中へ放り込まれたのだった。

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メイド、魔王城にて羊を飼う 欲望貯金箱 @81273

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