第5話

 ある日の我が家。

「ただい……」

「いけー! そこだー!」

 学校から帰って玄関のドアを開けると、何やら叫ぶフィリの声が聞こえた。

「すごい、流れるような動きっ」

 何だか知らんがエキサイトしているらしい。

「おーいフィリ?」

「決まった……近年まれに見る熱い名勝負……あっご主人! お帰りなさーい」

「何だよ、一人で叫んでどうかしたのか?」

「いえ、ちょっとテレビを観てたら夢中になっちゃいまして。ちょうど今終わったんですけど」

「何観てたんだ? 格闘技?」

 そういえば相撲やってたっけな。

「つくっ○あそぼ! です」

 ちょっと待て。

「いやー手に汗握るとはまさにあのことでしたねー」

「児童向け工作番組のどこに熱血要素があるんだおい」

「何言ってるんですかご主人。ワ○ワ○さんとゴ○リの、やるかやられるかの攻防ですよ」

 そんな殺伐としてねえだろ。

「あ、でも作ったもので勝負したりするときもあったっけ。車でレースしたりとか」

「そういうことです」

「ふうん。今日は何を作ってたんだ?」

「はい、きれいな織部の抹茶茶碗をですね」

「待て待て待て!」

「ろくろを使ったあの美しい手捻りといったら……」

 ぜってー番組が違うぞそれ。

「なんでワ○ワ○さんが陶芸の番組やるんだよ!?」

「『見ておきなさいゴ○リよ。土を操るこの技法、お前に残そう』とか言ってました」

「いつから師弟関係なんだよあの二人」

「何言ってるんですかご主人、一人と一匹ですよ」

 急にひでえ突っ込みすんじゃねえ。

「つーかそれのどこにバトル要素があるんだ?」

「焼き上がった茶碗で、どちらが美味しいお茶を点てられるか、っていう」

「茶道までやんのかよ」

 完全に子供を無視した展開になってるな。

「『己の未熟さに気付きなさい。舞い散れ、我が富士玉露陣ティ・フジ・スペース――!』って」

「それ茶道じゃねえよ!」

 急に深夜アニメみたいだなおい。

「ゴ○リも『師匠の時代は終わった! この点爆茶立砲オールティキャノンを見るゴリ!』と応戦」

「語尾違うだろ」

 ゴ○リはゴリラじゃねえ。

「ぶつかり合う抹茶と抹茶……名勝負でした」

「あっそ……」

 結局、誰向けの番組なんだかさっぱりだ。よく考えたら、つくっ○あそぼ!ってもうやってないような……まあいいんだけど。

「というわけでご主人、抹茶飲みましょう抹茶!」

 テンション高く言うフィリ。

「お菓子作ったときに残った抹茶があるので、それを使いましょう」

「俺も飲むのかよ? 苦いのはあんまりなあ」

「心配はいらないですよご主人。このわたしが点てますから」

 えっへん、とフィリは無い胸を張る。

「お前だからどうこうじゃなくてさ。ていうかやったことあんのか?」

「大丈夫です、さっきのつくっ○あそぼ! で完璧にマスターしましたから。土に命を吹き込む方法を」

「それ陶芸シーンだろが」

 茶碗焼くところから始める気か。

「食器棚の一番上に何か抹茶茶碗ぽいのがあっただろ。あれ使え」

「はーい。あっ、そうだご主人! せっかくですから畳の上で飲みませんかっ?」

 ぴょんぴょん跳ねながら言うフィリ。

「わざわざ和室で? なんか面倒っぽいのは嫌だぞ、リビングでいいだろ」

「そんな、リビングがいいなんて……で、でもご主人がどうしてもって言うんでしたらぁ……(ハート)」

「何の話してんだお前は」

「ご主人がどこでわたしを押し倒すかの話?」

「で?」

「結果ご主人はややアブノーマルということに」

「さーて喫茶店でも行くかな」

 ひしっ。

「な、なんでですか! 抹茶はどうしたんですかー!?」

「こっちの台詞だ!」

 茶道の心が1ミリも備わってないなこいつ。

「あーもうわかった、和室でいいから抹茶飲むぞ」

「了解でーす! それじゃ、ちゃんと待っててくださいね」

「わかったわかった」

「あとリビングで押し倒すときは床よりソファの方が」

「さっさと行け!」

 ったくもう。

「抹茶のー茶はー茶封筒のー茶ー♪」

 歌いながらフィリは台所へと向かっていった。

 どっちに転んでも面倒な奴め。はあ。

「お待ちどーさまでしたご主人!」

「おう」

 ジャージに着替えてから和室で待っていると、フィリがお盆を持って入ってきた。

「じゃあさっそくお茶を点てますね」

「台所で作ってきたんじゃないのか? だから茶道っぽい面倒なのはさあ」

「わかってますってば。すぐ作っちゃいますから。机も使いますし」

 ウチの和室には座布団と机があるだけである。

「あ、お望みでしたらわたし必殺の不依理茶舞踊フィリオブグリーンを披露しますけど」

「お望まねえよ」

 たぶんその技で死ぬのはお前だ。

 熱湯とか飛び散りそうだし。

「ってご主人、その服はどうしたんですか」

「どうしたも何も、制服から着替えたんだけど」

「んもう、ダメじゃないですかー、ちゃんと和を感じる服を着てないと」

「お前が言うな」

 メイド服と畳というアンバランスはいいのだろうか。

「ああ~茶封筒を砕いたら~抹茶~困っちゃう~♪」

「意味不明な歌はやめろ」

 想像したら何だか飲みたくなくなる。

「意味ありますよぉ、抹茶と『こマッチャう』が掛かってるんです」

 そこじゃねえよ。

「さあ、出来ましたよご主人!」

 そんなこんなでついにフィリが抹茶茶碗を高々と掲げた。

「和の心が満載です! しゃかしゃかするアレがないので泡立て器でやりましたけど」

「完全に西洋の道具だな」

「た、大切なのは味ですよ! 飲んでみてくださいっ」

「味って言っても要は抹茶だしな……まあいいや。いただきます」

 抹茶茶碗に口を付け、中の緑色をずずっと飲んだ。

「ん?」

「どうですかご主人」

「あれ、あんまり苦くない……いや苦いんだけどわずかに甘みもあるっつーか」

 これなら俺でも飲める。

 むしろ美味い。

「普通の抹茶じゃないのか?」

「実はちょっとだけハチミツを入れてあるんです。その方が飲みやすいかなーと」

 えへへへ、とフィリ。

 うーむ、邪道は邪道なんだろうけど、普通に美味い抹茶としか感じない。ハチミツなんて、入れすぎたらすぐにわかっちゃうし。

 こういうところの料理センスはさすがだな、こいつ。

「うん、美味かった。ごちそうさん」

「よかったです。それじゃわたしも失礼して」

 フィリが手際よく自分の分も作り出す。

「ふふふーん♪ よしっと、それじゃここで必殺の」

「やめろっての。調子に乗ってるとすぐ死ぬんだからお前」

「うう、せっかく身に着けた技なのに……」

「テレビ観てただけだろが」

 いつ修行したんだ。

「でもわたしが死んだところで困るのはご主人だけですよね」

「だから言ってんだよ!」

 ちょっと聞くと悲しい台詞だが実際は全然である。

「そーだ! せっかくですから、ご主人がわたしの分を作ってください♪」

「なんで俺が」

「いいじゃないですかぁ、後はお湯入れてしゃかしゃかするだけですから。ご主人~」

「あーもうわかったって」

 フィリがくいくいと袖を引っ張るので、面倒くさいがやってやることにした。

「えーと、こんな感じでいいのか? ……よっと」

「あ、ご主人お上手です」

「そうか? ほら、出来たぞ」

 茶碗を机に置いてやると、わあ、とフィリが嬉しそうに笑う。

「ありがとうございますご主人っ」

「おう。ていうかお前が作った方が美味いと思うぞ、俺料理苦手だし」

「いいんです。わたしが準備して、ご主人が点てたお茶……これはもう、新婚さんの初めての共同作業みたいなものですからね(ハート)」

「はあ?」

「ケーキ入刀みたいに、これはもうウェディング抹茶ですよ♪」

 まっすぐな目をして言うフィリ。

 何だろう。こいつアホなんじゃないだろか。

「ああっ、飲むのがもったいない。このまま永遠に置いておけたら……」

「さーて自分で作ったから自分で飲もっと」

「待ってくださいぃぃ! だめですよそれはわたしのですっ」

 茶碗を持ち上げようとしたら、慌てたフィリが俺に飛び付いてきた。

「あっおい」

「逃がしませんよ……って、あ、あわわわわっ」

「うおっ」

「ふぎゅっ!」

 フィリの勢いが強すぎて、そのまま二人で倒れ込んだ。

「あいてて……危ねーな、冗談だっつーの」

「…………」

「おいフィリ?」

 俺の上に覆い被さっている状態のフィリからは、返事がなかった。

「死んだか……」

 やれやれ、と抱きかかえて畳の上に転がす。

 茶碗は机の上で引っくり返っていたので、当然抹茶はアウトだ。まあ畳に零れていないだけ良しとしよう。

 台所からあれこれ持ってきて綺麗に拭き、やっぱりフィリが死ぬと困るのは俺なんだよなあ、とため息をついたところで、

「ぷはっ!」

 とフィリが生き返った。

「よお」

「あっご主人。あれ、今は結婚式の真っ最中……?」

 それはお前の妄想だ。

「ケーキじゃなくてウェディング抹茶なんだろ」

「そ、そうでした! わたしの抹茶は!?」

「全部零れたから拭いたよ。急に飛びかかってくるから」

「そんなぁ」

 はああ、と見るからに肩を落とすフィリ。

「うう、ご主人が点ててくれたお茶がぁ……」

「あー、わかったよ。もっかい作ってやるから」

「ホントですかっ? わーい」

 えへへへ、と子供みたいに笑うフィリ。

 ホント、手のかかる子供と暮らしてるみたいなもんだよなぁ。

「その代わり今度は黙ってさっさと飲めよ」

「そうだ、共同作業だけに、ストロー2本で一緒に抹茶を飲むとかぁ……(ハート)」

「話聞け」

「あとついでに結婚もしましょうね♪ えへへ♪」

「よーし待ってろ、ハチミツの代わりにタバスコ持ってくるから」

「それわたし死にますよぉ! ウェディング死ですよ!?」

「だから黙って飲めっつーの!」

 ったく、子供より厄介な奴だな。

 ま、それでもいない方がいいわけじゃないってのが、一番困るところなんだけどさ。




「ご主人、何だかんだ言って押し倒すなら畳の上なんですね♪ えへへ♪」

「やったのはお前だ」

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ウチのメイドはその辺で死んでいる カトーミヤビ @kato-miyabi

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