第4話


 ある日の我が家。

「ただいまー」

「お帰りなさいご主人っ! ご主人ご主人ご主人~!」

 学校から帰るなり、フィリがものすごい勢いで俺を出迎えた。

「犬かお前は」

「忠誠心が強いところはメイドも犬も一緒ですね♪ えへへ♪」

 これは俺が求めてる反応じゃない。

「それはともかくですね。ご主人、お腹空いてますかっ!?」

「え、今? いや別に……」

 現在、午後三時半を過ぎたところ。

「もーっ、何やってるんですかご主人。ちゃんとお腹空かせてないとダメじゃないですかー」

 なんでだよ。

「はっ、まさかお昼にお弁当食べたりしたんですかっ!?」

「そりゃ喰うだろ」

「そんな……まさかご主人がそこまでの人でなしだったなんて……」

 弁当作ったのはお前だ。

「つーかなんで腹減ってなきゃダメなんだよ?」

「あ、やっぱり気になっちゃいますか? もう聞いちゃいますかーっ? くふふっ」

「さて着替えよっかな」

 ひしっ。

「待ってくださいよぉ! もっと興味持ってくださいってば!」

「メイドのくせに主人を汚いままほっといていいのかよ」

「そ、それは……あっ、じゃあ今日こそ一緒にお風呂入りましょう! わたしがご主人をキレイに洗っちゃいますからね♪」

「いらん」

「ダメですよご主人、わたし汗くさいですからっ……せ、せめてシャワー浴びさせてくだ……あっ、ああっ~♪ ご主人ったらニオイフェチ~♪」

「さて着替えよっかな」

「待ってくださいぃ! ツッコミ放棄しないでくださいよぉ! 着替えてるトコ覗きますよ!?」

 なんで俺こんなのと生活してるんだろう。

「んで何の話なんだよ?」

「あ、そうでした。ふっふっふ……実はですね」

 バッと大げさに手を広げるフィリ。

「なんと! 今日の晩ご飯は焼き肉なんでーす!」

「お、マジで?」

「オススメ軍団の中にちょうどよさそうなお肉があったんです。物置からホットプレートも出しておきました」

「おー、いいじゃないか。だから腹減らしておけってことか」

「その通りです! 焼き肉食べるのに必要なのは空腹……極限まで研ぎ澄まされた空腹感なのですよ! そう、あたかも原始人を狙うマンモスのごとく!」

 その例え、逆の方がよくないか。

「というわけで、さっそく始めましょう!」

「は? 何を?」

「んもう、鈍いご主人ですね。最高の空腹を得るためには運動あるのみ! なので晩ご飯まで何かしてお腹を減らし続けましょう!」

 え……マジで?

「ほらご主人、いつまで制服着てるんですか。さっさと着替えてきてください」

「ホントなめんなよお前」

 しかし拒否しようにもフィリがわーわーうるさいので、仕方なく自室で運動しやすいジャージに着替えた。ったく。

「んで、運動って何すんだよ?」

「男と女が汗を流すって言ったら、やっぱり~……(ハート) や、やだご主人、女の子に何言わせるんですかぁ♪」

「やっぱりボクシングか」

「わたし死にますよぉ!」

「空手?」

「だから死にますよぉ!」

「レスリングか」

「あーん、ご主人と組んずほぐれつー(ハート)」

 死ぬんじゃないのか。

「そろそろ真面目に話してくれ」

「ご、ご主人が変なこと言ったんじゃないですかー! 格闘技なんかするわけ……あっ、もしかして夜の格闘技がしたいっていう遠回しなアプローチ……? ご主人ったら、そんなに激しくするつもりだなんて……(ハート)」

「真面目に話せ!」

「うう、なんて冷たいご主人……」

 なんか運動する前から疲れてきたんだけど。はあ。

「で? 何するんだ?」

「えっと……どうしましょうか?」

「ちょっと待てお前実はノープランなの?」

「ですから男女の営みを」

 それはもういい。

「考えなしのくせに俺を着替えさせたのかよ、ったく……つーかお前はメイド服のままじゃねえか」

「ご主人は着たままプレイの方がお好きかと思いまして」

 プレイ言うな。

「あっ、お庭で千本ダッシュでもやりましょうか。きっとお腹減りますよ~」

「死ぬわ」

 お前はたぶん三本目ぐらいで転けて死ぬ。

「無理に運動しなくてもいいんじゃねーのか? 腹なんてそのうち減るだろ」

「だ、だめですよぉ。せっかくの焼き肉なんですから、最高にガツガツ食べないと」

 うーむ、こだわるなあ。

 このままじゃ何させられるかわからんな……仕方ない。

「心配すんなフィリ、やっぱり運動なんかしなくても大丈夫だ」

「どうしてですか?」

「お前が作る飯はいつだって最高の味だからな。だから問題ないんじゃないのか?」

「そ、そうですか……? えへっ、えへへへっ(ハート) そーですねっ、それなら運動しなくても大丈夫そうですね♪」

 はい成功。

 ふっ、チョロい女だぜ。

 ただしこの方法は、あまりやり過ぎるとフィリが調子に乗ってしまうという諸刃の剣。

「あ、あのですねご主人。わたしお掃除もお洗濯もバッチリですしー、お料理もご主人の好みにピッタリってことですしー、これはもう、メイドにしておくのはもったいないんじゃないですかねー(ハート) そう、たとえばぁ、メイドから一歩進んでぇ……♪」

「巫女か?」

「服の話をしてるんじゃないですよぉ! 着て欲しいなら着ますけど!」

「メイド長?」

「昇進の話でもないです! ていうかわたししかメイドいないのに長って!」

「テレビ観ていい?」

「あ、はーい……ってちょっと待ってくださいよぉぉ~!」

 ほらさっそく調子に乗る。やれやれ。

 そんなこんな(主にテレビ鑑賞)があって、ようやく食事時がやってきた。

 テーブルにホットプレートを据え、準備万端。

 結構色々な肉が大皿に盛られ、野菜も少々、そして茶碗には白い飯。

「おー、いい感じじゃねーか?」

「ですよね! それじゃ、いただきましょう!」

「「いっただっきまーす」」

 ――で。

 ジュージュー。

「ガツガツガツ」

 ジュージュージュー。

「グァフグァフグァフ」

 ジュージュージュージュー。

 ……肉うめぇ!

「なんだかんだでやっぱ焼き肉って美味いな」

「サイコーですねっ。このタレを作った自分のことも褒めてあげたいですよー」

「え、これお前が作ったの? すげーなオイ。今なら結婚してやってもいい気分だ」

「ホントですかっ!?」

「ああ。タレとな」

「うわーん! 焼き肉のタレに略奪愛されたー! しくしく……あっご飯がない。おかわりおかわり! 焼き肉と言ったら白い飯だろうがー!」

 茶碗てんこ盛りにしてきた白米をかき込むフィリ。

 太るぞお前。……いや俺もあんまり人の事は言えないけど。だって肉が美味いから!

「もぐもぐもぐ」

 大皿に肉がある。それを一枚ホットプレートの上に載せると、ジュゥゥと音がする。その音を楽しみ、同時にかぐわしい香りもまた楽しむ。頃合いを見てひっくり返すと、燦然と輝かんばかりに焼けた肉の色が目に飛び込んでくる。そして、満を持して焼けた肉をタレへと運び入れ、それを白いご飯と共に口へと放り込む……嗚呼! 広がるタレの香り、噛むたび溢れる肉の脂、旨味をいや増す白い飯! これは、麻薬だ!

 もう喰うしかない! 何も考えずに喰い合うしかない!

「ガツガツガツ……うめーなホント……よっと……パク」

「あっちょっとご主人! そのカルビわたしが育ててたんですよ!」

「んぐんぐ……いいかフィリ。肉は、喰うか喰われるかだ」

「ひどーい! もうっ、この豚バラわたしが食べちゃいますからねっ」

「おいこら俺の秘蔵っ子を!」

「喰うか食われるかですよご主人。ふふふ、さあ残りもわたしがいただきます!」

 シャシャシャ、とフィリの魔の手がホットプレートから肉をかっさらう!

「や、やめろぉぉ~!」

「残念ですね、勝利はこのわたしがいただき……」

 とそのとき、勢いよく肉を掴み損ねたフィリの手が、ホットプレートにジュウウと……。

「あっつううういぃぃぃぃ! ……はうっ」

 椅子に座ったまま、カクン、と背もたれに寄りかかるようにしてフィリは死んだ。

 手にしていた箸がバラバラと床に落ちる。

「ったく、自分が焼き肉になってどーすんだ……」

 ムキになると大抵ロクな結果にならないよな、コイツ。ったくもう。でも……俺のせいか?

「…………」

 しばらくしてから、

「ぷはぁ!」

 とフィリが息を吹き返す。

「……よお」

「あれ、ご主人……はっ! しまった、肉戦争のまっただ中で死んでしまったなんてっ! うう、もはや肉は残らずご主人に食べられ……てない?」

「お前が生き返るの待ってたんだよ。……悪かったな、さっきお前の肉、勝手に喰っちまって」

「ご主人……えへへ(ハート) わたしもごめんなさい、お肉どんどん取っちゃって」

「まあ原因は俺だしな。ほら、好きなもん焼け焼け」

「あの……じゃあ、ご主人が焼いてください♪」

「俺ぇ? 自分で焼けよ」

「愛情込めて焼いてくれたら、わたしもご主人に焼いてあげますよ♪」

 ウザっ。……とは思うけど、まあいいか。

 それぐらいで食い物の恨みがチャラになるんなら、安いもんだしな。




「焼けました? じゃあご主人、そのままそれをわたしに……あーん♪」

「調子に乗んな」

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