第3話
その日、俺はフィリに付き合って買い物に来ていた。
付き合うというか、外出先で死なれたら困るから、見てないと不安なのだ。
「えっと、お魚とお野菜はこれでよし。後はお肉ー肉肉ーとても憎々しいー♪」
「なんで肉が憎いんだよ」
「肉が憎い、だなんて、ご主人もベタなギャグ言うんですね」
言ったのはお前だ。
「で、後は肉屋だけか?」
「はい。ご主人はどこか寄りたいところとか、ありませんか?」
「俺は別にないかな」
俺たちがのんびりと歩いているのは、近所の商店街だ。
道も割と小綺麗に整備されていたりして、常にそこそこの混み具合。
「あっ、そういえば風邪薬を買わなきゃいけませんでしたねー」
「だったな。後でドラッグストアに寄って帰るか」
「ドラッグを売ってるストアですね」
意味が違う。
「それからついでに、イモリの黒焼きと、スッポンとー」
「何のついでだ」
そしてどこで買う気だ。
「ちゃらら、ちゃらら、ちゃーらー♪」
火曜サス○ンスのテーマを口ずさむフィリは、もちろんメイド服を着て歩いている。
すれ違う人たちは「えっ?」という顔をしたりもするが、あまり気にしていないっぽい人の方が多い。
理由は、近くにファッションデザインの専門学校があって、変わった服装の人がそう珍しくないから。
それから、そもそも俺たちはいつもこの商店街を利用しているので、もうすっかり覚えられてしまった――という理由もあるに違いない。
「こんにちはー」
「おーうフィリちゃん、いらっしゃい」
肉屋のおっさんは、フィリに気付くと愉快げに片手をあげた。
「今日も彼氏と買い物たぁ、羨ましいね」
「もー、おじさんったら♪ 彼氏じゃなくてご主人ですよー」
「そりゃ早く籍入れないとな、わっはっは」
そういう『うちの主人』みたいな意味じゃないぞおっさん。
「いいかボウズ、フィリちゃんみたいな子はしっかり捕まえとかなくちゃいかん」
「はあ」
「フィリちゃんに甘えっぱなしじゃダメだ。こっちからもしっかり報いてあげないとな。でないと……」
「何バカなこと言ってんだい!」
奥から現れたおばさんが、おっさんの頭を一発はたいてまた戻る。
「……でないとああなるぞ。俺ももうちょっと後ろを振り返っていれば、こんな力関係には……」
はああ、とため息をつくおっさん。
「ま、フィリちゃんに限ってはいらん心配かもしれんがな」
「大丈夫ですよおじさん。ご主人はこれでなかなか優しい人ですから」
「そーかそーか、フィリちゃんがそう言うんなら問題ないな、わっはっは!」
「…………」
ここの肉は好きだけど、毎回こんなやり取りがあるのはカンベンして欲しい。
「それで今日は何にする? いつものでいいかい?」
「はい、オススメ軍団で」
「あいよっ」
おっさんがあれこれと手際よく肉を選んでいく。
何なのかというと、数日かけて二人で食べるのにちょうどいい量の肉をおっさんがあれこれ取り混ぜてくれるのである。
オススメ軍団、という名前を考えたのはフィリ。
「……そういや、なんで軍団なんだ?」
「陸軍ならぬ肉軍! ということです」
どういうことだよ。
「あ、そうだおじさーん。イモリの黒焼き、ありますか?」
「残念だけど今日はないなぁ、ありゃあタイミングがなー」
「そうですよねー」
「ちょっと待て、イモリの黒焼きってここで売ってんの?」
「ええ、お肉屋さんですからね」
どういうことだよ。
「……まさかスッポンも売ってんのか?」
「何言ってるんですかご主人、ここはお肉屋さんですよ」
「おいおいボウズ、そんなもん食ってフィリちゃんをどうする気だ? まったく若いってのはいいなぁオイ、わっはっは!」
「もーおじさんったらー♪ えへへー♪」
どういうことだよ!
「さて、あとは風邪薬だけですね」
肉屋を出ると、フィリが手に提げた袋を楽しそうに揺らす。
「あれ、どうかしましたか、ご主人? なんかお疲れじゃないですか?」
「……気のせいだろ」
そういうことにしとこう……。
「それにしても、いいお天気ですねー」
「ん、そうだな」
五月の午後三時。麗らかな陽気の中を、二人で歩く。
「やっぱり、たまにはこうして日光浴しないと。わたし、いつもお家に籠もりっぱなしですからねー」
「もうちょっと死なないように気を付けてくれりゃ、一人で出歩いても構わないけどな」
「ご主人ったら、ホントに心配性なんですから」
心配なのはお前じゃなくて周囲の反応だ。
「でも、一人で外出できなくっても、別にいいですけどね」
「なんで?」
「だって、ご主人が一緒にお出かけしてくれますから。ご主人と一緒なら、何も文句ないですよ♪ えへへ♪」
「……あっそ」
やれやれ。青空がキレイだなあ。
「特に重い物を買ったときは、ご主人と一緒でよかったなーって」
「なめんなよお前」
「じゃ、じゃあご主人がわたしをナメるっていうことですか? あーん、そんなー(ハート)」
「あ、チワワだ」
「反応してくださいよぉ!」
「お前は真面目に会話しろ!」
殴りたいけど死ぬから殴れないこのジレンマ。
「えっ、ていうかチワワ? どこどこ? どこですかご主人?」
「散歩してるだろ、ほらそこ」
「あっホントです!」
商店街に併設されている大きな公園。そこで小学生ぐらいの女の子が、チワワと一緒に散歩していた。
「わ~っ、かわいい~」
タタタ、と駆け寄っていくフィリ。
「わあ~っチワワ~(ハート) こんにちはー、このコは何ちゃんですか?」
「あ、えっと……小次郎っていうの」
いきなり現れたメイド服にちょっとびっくりしてた女の子だったけれど、フィリと一緒にチワワの側へしゃがみ込んでくれた。つーか渋いな名前。
「えへへー、こんにちはコジローちゃーん♪」
よしよし、と頭を撫でるフィリ。
「やーん、かわいいー(ハート)」
見知らぬ人間になでなでされていたコジローは、ふんふんとフィリの匂いをかいでいた。
「わーい♪」
「…………(ふんふん)」
「わーいわーい♪」
「…………(くんくん)」
「わーいわーいわーい♪」
「………………(かぷっ)」
あっ。
「わーいわーいわー………………あいったぁぁぁい!?」
「ああもう馬鹿っ」
ゆっくりと崩れ落ちるフィリ。慌てて駆け寄り、すんでのところで受け止める。
「えっ? あ、あ、あのう……?」
「あー、うん、大丈夫大丈夫。このお姉ちゃんは今日とっても眠くって、すぐ寝ちゃうんだよ」
だから気にしないで、と目を丸くしている少女に散歩の続きを促し、見送る。
「ったく……やれやれ」
たぶんコジローはじゃれたつもりだったんだろうな。
にしてもチワワの甘噛みで死ぬとは相当だなおい。
「オススメ軍団も落としちまって。袋破れてねーかな」
よいしょ、と肉屋のビニール袋を拾い上げる。
フィリの肉軍が、たった一匹のチワワに敗北した瞬間だった。
「…………」
つーかどうしよう、この状況。
こんだけ荷物があるんじゃフィリを抱えて帰るわけにもいかないし。
「しょーがねーな……」
魚と野菜と肉の袋をぶら下げたまま、なんとかフィリを公園のベンチまで引きずっていく。
動かない人間は意外と重い。
まるで死体処理に困ってるみたいだな俺――って、実際その通りか。
「はあ、はあ……」
フィリ(の死体)を自然な感じでベンチに座らせ、隣に俺も座る。
呼吸を整えていると、そのうちにフィリが「ぷはっ!」と生き返った。
「……あれっ? ご主人、ムサシはどこ行っちゃったんですか?」
「コジローだろが。もう行ったよ」
「そうですか……うう、もうちょっとなでなでしたかったです」
残念そうに呟くフィリ。
「そうだ、ウチでもペット飼うっていうのはどうですか?」
「もういるだろ、手のかかるペットが一人」
「大丈夫ですよぉ、ご主人の面倒はこれまで通りちゃんと見てあげますから」
「俺じゃなくてお前のことだよ! ああもう早く帰るぞ、ナマモノ冷蔵庫に入れないと」
「あっ、そうでしたね。……コジロー、かわいかったなー……」
そう言って、フィリはそっと自分の手を見つめた。
「……またそのうち会えるだろ。お前が出かけたいときは、俺も付き合うからよ」
「ご主人……はーいっ♪」
じゃあ帰りましょう、とニコニコ歩き出したフィリの隣を、俺も静かに歩く。
「えっへへー♪ ご主人~♪」
「引っ付くなウザい」
「いやでーす♪ あっ、手繋いで歩きましょうか、同棲中のカップルみたいに(ハート)」
「俺両手塞がってんだけど。野菜の袋と魚の袋で」
「わたしはオススメ軍団だけですから片手しか塞がってません。わたしの勝ちですね!」
「何がだよ!? つーかなんでメイドより主人の方が荷物多いんだよ!」
そんなふうにあれこれ言い合ってたら、風邪薬買うのをすっかり忘れていた。
ま、そのうちまた買いに行けばいいだろう。鬱陶しい我が家のペットと一緒に。
「ご主人! お肉屋さんに電話したら、イモリの黒焼きが入ったそうですよ! 出かけましょう!」
「断固拒否」
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