番外編

番外編 カナリヤの声~グリルの物語~

5年前―

 リビングのソファーで寄り添うグリルとカナリヤ。


「ねえ、グリル。さっき見た映画でモールス信号というのが使われていたけど分かる?」

「当たり前だろ?これでも俺は軍人だぜ?」

「教えてよ?」

 グリルの袖を引っ張るカナリヤ。


「いいけど、何に使うの?」

「特に使う予定ないよ?」

「それなら教える必要ないよね?」

「うん。ないね。でも、教えて!」

「ええ~。面倒くさいよ。」

 本当に嫌そうな顔をするグリル。


「いいから、教えてよ。」

 服がちぎれそうになるぐらい袖を引っ張り続けるカナリヤ。


「分かったよ。紙とペン用意して……」








―現在

 観光名所で有名な札幌麦酒博物館。その地下にアメリカが極秘裏に作った巨大軍事施設があった。そこでは、あらゆる人知を超えた能力についての研究が日夜おこなわれていた。その施設内でも特にセキュリティーの高い場所『レベル7』。そこには、人類史上初めての人造人間『カナリヤ』が眠っていた。


 『レベル7』の入り口には二人の兵士が立っている。


「なあ、知っているか?あの無口なお人形さんのこと?」

「あれだろ?我が国の軍事予算を使いまくったってやつだろ?最近見つかったカミゴロシとかという超能力を持った女を媒体にした人造人間なんだろ?」

「らしいな。見た目はかわいい女なんだけどな。しゃべらないんだろ?」

「いや、しゃべらないんじゃなく、しゃべれないらしいぞ?」

「そうなのか?」

「ああ、この前、先輩に聞いたけどよ。あの女、グリル隊長の嫁さんなんだってよ。」

「マジで?」

「なんでも、自ら進んで嫁さんを人造人間の実験体に志願させたらしいぞ?」

「あり得ね~。最低な奴だな。」

「嫁さんを兵器にして平気?なんてな!ウケる!俺、今、うまいこと言ったんじゃね?」

 ドヤ顔で反応をうかがう軍人A。


「いや、お前、そんなにうまいこと言ってないぞ……。つうか寒いぞ。マジで。」

 呆れる軍人B。


 遠くからコツコツとブーツの底が床を蹴る音が近づいてくる。


「ここはいい。お前らは部屋で休んでいろ!」

音の主はこの施設を任されている最高責任者のグリルだった。


「イエッサー!」

 二人の兵士は敬礼して去っていく。


 網膜スキャンタイプの電子錠を開けるグリル。


 部屋の奥には大きく縦に長い実験用の水槽があり、その中には緑色の液体に浸かった裸の女性が入っていた。


「カナリヤ。俺の愛は歪んでいたのだろうか?あの日、お前が病気を宣告されたとき、俺はお前を失いたくないと思った。助かるなら悪魔に魂を売ってもいいと思った……」






1年前―

 白衣を着た男とグリルが向かい合わせに立っている。


「君の奥さんは恵まれているよ。カミゴロシの力を持っている。おかげで我々の人造人間プロジェクトの被検体になれるのだからね。君には分からんだろうが、この技術はとても凄いんだよ。人類の叡智が集約されたものと言っていい。」

「このプロジェクトに参加すれば、妻は生きられるんですね?」

「ああ、もちろんだとも。君の奥さんは不老不死の肉体を得ることになる。正確には頭部が破壊されない限り死なない体を得られるんだ。」

「彼女の記憶は残りますよね?」

「記憶?そんなもんはいらんだろ?彼女は兵器に生まれ変わるんだ。記憶や感情などいらん。他の不必要なものも全て取ることになる。」

「不必要なもの?」

「敵国につかまって余計なことを話されたら困るからな。まずは声帯を取る。あらゆる拷問に耐えられるよう、痛みも感じさせないようにするし、内臓の一部も取る。」

「声帯?声が出せなくなるのですか?」

「君も変なことを聞くな?兵器と話す必要はないだろ?」






―現在

 グリルは水槽を背にしゃがみこんでうなだれている。

「カナリヤ、君はもう覚えていないかもしれないが、あの頃の君は、よくしゃべったよね?俺は君との何気ない会話が好きだった。また、君としゃべりたいよ……」


トン!トン!

トン!ツー、トン!トン……


 水槽を叩く音がする。


 グリルが立ち上がって振り向くと目を覚ましたカナリヤが水槽のガラスを指で叩いたり、指を横に滑らせて音を出していた。


 グリルはすぐにモールス信号であることに気がついた。役に立たないと思いながら教えたあのモールス信号だ。


 アイシテイマス アリガトウ 


「俺もだよ。カナリヤ……」


 グリルの足元にできた小さな水たまりに、泣いている男の顔が写しだされていた。

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G/W~ゴッドワールド~ 明恵(みょうえ) @myoue

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