第14話 アルティミシアとの話2

「……つまりエモン様は、この世界とは全く違う別の世界……『チキュウ』から来た、ということなのでしょうか?」


「そうだ」


口に残る甘さをコーヒーで流しながら、俺はアルティミシアの質問に答えた。


「そんな世界が存在するなんて……とても素敵です」


彼女は両手を胸の前で重ねながら目を細める。


「チキュウには、この世界とどのような違いがあるのですか?」


「そこまで変わらん。言葉も通じるし、ケーキやコーヒーだってある」


「ケーキがあるのですか!?」


彼女はケーキという言葉に食いついた。


「チキュウのケーキ……食べてみたいです!」


「……次来るときに持ってくる」


「本当ですか!?ああ……私、次にお会いする日が待ちきれません!」


うっとりした表情で彼女は言う。さりげなくまた会う約束をしてしまった。いや、元より来るつもりではあったのだが……


アルティミシアの質問は、どうでもいいことから突っ込んだことまで様々であった。どちらかと言えば答えるべきでないものもあったが、俺はできるだけ答えられる範囲で答えた。会話が途切れてしまうことを恐れていたのかもしれない。


「エモン様はなぜ、こちらの世界にやってきたのですか?」


「……それは教えられない」


「そ、そうですか……私の元に来た理由も秘密……ということでしたね」



既にティータイムからだいぶ時間が経過していた。テーブルに乗っていたスイーツもほとんど食べ終わっている。


ティータイムの間、彼女ずっと楽しそうであった。俺の話一つ一つに驚き、喜び、まるで小さな子供のようだった。そして……



「それでは、次の質問……というより、これはお願いになるのですが……」


彼女は一呼吸置くと、その言葉を口にした。



「エモン様……お姿を、見せてはいただけないでしょうか?」


ドクン、と心臓が高鳴る。


「もちろん無理にとは言いません……でも、やっぱり私、エモン様と面と向かってお話がしたいです。それに……エモン様のお姿、とても気になります!」


そう言いながら、彼女は俺(のいる空間)を見つめ目を輝かせた。


「駄目、でしょうか?」


「……いいぞ」


姿を見せるには絶好のチャンスだった。これを逃したら一生ステルスのまま彼女の前で過ごすことになるかもしれない。


「ほ、本当ですか!?」


俺が承諾すると、彼女は飛び上がるように喜んだ。今日一番のはしゃぎようである。


俺は重い腰を上げソファーを立つと、ステルス解除ボタンに手を添える。


「……行くぞ」


「は、はい」


彼女は信じられないくらい前のめりになりこちらを凝視した。ドキドキ、という音が直接こちらに聞こえてくるようである。そしてそれは俺の方も同様で、心臓の音が外に飛び出してしまうのではないかと思うほどに鳴っていた。




俺は意を決すると、そのボタンに手を掛ける。


ステルスが解除され、彼女の前に俺の姿が露わになった。


今日の服装はいつものジャージ……だけという訳ではなく、押し入れの奥に眠っていた白衣をジャージの上に羽織っていた。小針曰く、「とりあえず困った時は、緊急措置として白衣を羽織っておけばなんとかなります!博士なんですから!」と意味の分からない事を言われていたためこのようなスタイルになった。


俺は彼女から目を逸らし、暫く黙る。気恥ずかしさで非常に落ち着かない。今すぐにでもここから逃げ出したいくらいであった。



だが不思議なことに、彼女のほうも黙ったままだった。


「……どうした?」


目は合わせずにそう質問すると、彼女のほうもハッとしたように顔を赤くして目線を下に向けた。


「い、いえっ!その、こんなにお若い方だとは思っていなかったので……」


「……そうなのか?」


それは、意外な言葉だった。


「はい……口調や落ち着き方から、もっと年上の方かと想像しておりました……」


「……そうか……」


「はい……」


「……」


「……」


「や、やっぱり、お顔の作りがこちらの世界とは違うのですね。髪も真っ黒で……とても綺麗です……」


「そ、そうか……」


「……」


「……」


な、なんだ……?この居心地の悪さは……



なんとも気まずい空気が流れそうになったその時、ゴーン、と時計の音が部屋に響いた。気づけばもう日が沈む時刻である。そろそろ給仕係が食事を持ってこの部屋へ来るかもしれなかった。


「……今日はそろそろ帰る」


「そ、そうですか……」


彼女は落胆と安堵の混ざった声を出した。ティータイムの時とは打って変わってしおらしくなっている。



「アルティミシア」


「は、はい!」


俺の言葉に彼女は姿勢を正した。


「今日のことは……これからもだが……俺の存在は秘密にしておいてくれないか。食器など、俺のいた痕跡もすぐに消しておいて欲しい。頼めるか?」


「はい、それはもちろん承知しております」


彼女は真面目な顔つきでそう答えた。どうやらこれについては要らぬ心配なだったようである。


「2人だけの秘密、ですね。ふふっ」


そう言って彼女は微笑んだ。ようやく普段の調子に戻ってくれたようである。


「じゃあ……また来る」


最後にそう言い残すと、俺は後ろを向き、元の世界へ戻るための空間を開いた。


「はい!お待ちしております!エモン様!」


アルティミシアの声を背に、俺は部屋を後にした。




自宅に戻りながら、俺は今まで感じたことのない感覚に支配されていた。頭の中に無数の言葉、感情が流れては反芻され、ジワりジワりと脳が今日の出来事で満たされていく。研究の事、これからの事……考えるべき事はたくさんあるのに、その感覚は他に考える余地を与えてくれなかった。


だが……それは決して悪くない感覚であった。

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博士と姫の50日間 うーま @u-ma

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