第13話 アルティミシアとの話
翌日。
俺は4日ぶりにマークスに足を運ぶことにした。
この4日間、ただ3人からアドバイスを受けるためだけにこちらに来なかった訳ではない。情報収集に向けて機材の準備を行っていたのである。今回は機材設置の下準備も兼ねた侵入だったが、やはりメインは……彼女の方だった。
マークスへの侵入を終え、俺は部屋の辺りを見回す。
アルティミシア……彼女は4日前と同じように、ソファーの上で本を読んでいた。
だが、何やら様子がおかしい。
本に目は向けているものの、あまり集中している素振りはなく、しきりに辺りを伺っている。体はそわそわしており落ち着きがなく、ソファーに何度も腰を掛けなおしていた。
俺は前回の失敗を繰り返さないよう彼女から数歩離れ、真正面から声をかけた。
「アルティミシア」
「わわっ」
彼女は俺の声に若干慌てたが、前回のように驚くことはなかった。それどころか、まるで俺が声をかけることを待っていたかのような反応だった。
「ア、アイシタエモン様でしょうか!?」
彼女は、そう問いかけながらぐるりと頭を回しステルス状態の俺を探している。
「ああ。部屋の鍵は掛けているか?」
「は、はい、掛けております」
彼女はそう返事をすると、こちらに体を向け深々とお辞儀をした。
「アイシタエモン様、お待ちしておりました!私、とてもうれしいです!」
頭を上げながらアルティミシアは満面の笑顔を見せる。その屈託のない笑顔に俺は困惑した。なんでこいつはこんなに嬉しそうなんだ……?
それに本を読んでいる時の態度、俺が声を掛けたときの反応……
「なぜ俺が今日ここに来ることを知っていた?」
俺は前回、次にここへ来る日を伝えていなかったはずだ。なのに、彼女はまるで、今日俺がこちらに向かうことを予期していたかのようだった。まだマークスに来てから日も浅い。心術をはじめ、まだこの世界について知らない事が多いため、俺は彼女に対して少し警戒をした。
だが、返ってきた答えは拍子抜けするものであった。
「い、いえ。恥ずかしながら、私、ここ数日、ずっとこの調子で……いつあなた様が再び来てくださるのかと考えると、楽しみで夜もあまり眠れず、本にも集中できない日々でした」
照れながらそう答えるアルティミシアの言葉は、俺にとって理解し難いものであった。
「もう来ないとは思わなかったのか?」
俺の疑問はこの一言に尽きる。俺は前回、彼女の問いに対して『分からない』と答えた。実際、小針との話が無ければもう二度と来ない可能性もあったわけである。
彼女は目を丸くして少しの間を置いた後、こう答えた。
「そ、それは……確かに……あまり考えておりませんでした……」
こいつはアホなのか?
「ほら、でも現にこうやって来て頂けたので!……そうだ!」
何とも説明のつかない気分になり閉口している俺をよそに、彼女はハッと何かに気づいたように動きだすと、何やら準備をし始めた。
2人で使うには大きすぎるテーブルに食事を並べ終えると、彼女はソファーに座るよう促しながら口を開いた。
「先日はろくにおもてなしが出来なかったので、今日はお茶菓子をご準備しました!お口に合うか分かりませんが……」
テーブルの上にはクッキーやケーキと言ったスイーツが並び、香りの良いコーヒーが添えられていた。食べ物もこちらの世界とそう大差はないらしい。
「アイシタエモン様は、甘いものはお好きでしょうか?……あっ!そ、それよりも、見えない状態で食事を取ることはできるのでしょうか……?」
「大丈夫だ」
俺は簡潔に答える。小さい頃から、出されたものは淡々と食べていたため嫌いな食べ物というのは特に存在しなかった。かといって好きな食べ物も存在しないのだが……ただ、このコーヒーは美味しそうだった。
「それと……エモンでいい」
続けて俺は彼女に言った。
「エモン……あ、お名前でしょうか?しかし、ちゃんとお呼びしなければ失礼かと……」
「エモンが俺のファーストネームだ」
彼女は少しの間ポカンとしていると、みるみるうちに顔が赤くなった。
「わわ、私、なんという勘違いを……申し訳ありません!」
「いや……」
元々は俺が最初に訂正をしていなかっただけの話である。むしろ、これまで長々しく名前を呼ばせていたことに少し申し訳なくなった。
「それではこれから、エモン様、と呼ばせて頂きますね!」
そう言いながら、彼女はテーブル前のソファーに座った。俺も彼女の正面に腰をかける。
「どうぞ、召し上がってください!」
「……」
「……?エモン様?」
「……ああ……」
食事に手を付けないことを不思議がっている彼女に対し、俺は何故か……緊張していた。研究以外のことで緊張することなど滅多に無かった。
「わぁ、すごいです!空中で食べ物が消えていきます!」
ステルス状態でケーキを頬張る俺を、彼女は目を輝かせながら見ていた。
ステルスを解除せずとも物を食べることは可能だ。しかし、今日はもとより姿を見せるつもりだったのである。
だが、いざ姿を見せるとなるとなかなか踏ん切りがつかない。緊張のせいだろうか。そもそも、この緊張が何によるものなのか上手く説明することが出来なかった。それに……
「……」
「……?」
な、何を喋ればいいんだ……?
聞きたいことはたくさんある。が、あくまで目的は『彼女を王子から奪うこと』……すなわち『彼女に好意を持ってもらうこと』である。その為の会話の仕方を俺は知らなかった。この3日間バイト達からいくつかのアドバイスを受けたが、それでも圧倒的に経験が足りなかった。
「エモン様!」
俺が黙っていると、待ちきれない、とでも言うように彼女のほうからこちらに話しかけてきた。
「私、この4日間でエモン様にお聞きしたい事をたくさん考えたのです!聞いてもよろしいでしょうか?」
「あ、ああ」
内心助かった、と思いながら、俺は彼女の話に耳を傾けた。
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