万能なコンピューター
kt60
万能なコンピューター
とてもすごいコンピューターができた。
作った博士が言うには、あらゆる問題を解決し、人類たちから不幸を消し去るという触れ込みだ。
みなはもちろん半信半疑。
しかし半信半疑なら、半分は信じている。
作った博士が、国でも無視できないほど偉い人であったこともある。
ものは試しと、一部の地域をそのコンピューターに任せた。
コンピューターは、すごい力を発揮した。
人間であれば思いつきようもない画期的なアイディアをだして、荒廃していたその地域を発展させた。
これはすごいと人はいい、コンピューターは広まった。
地域から地域、国から国へと広まった。
そして最後は、あらゆる世界に広まった。
いろいろな議論はあったりしたが、さして問題にはならなかった。
カネがない人間にとって重要なのは、自分にカネをくれる存在。
職がない人間にとって重要なのは、自分に仕事をくれる存在。
その人の言うことを聞いていれば、あしたもベッドでゆっくり眠れる。
そう思うからこそ、人は誰かに従うのである。
議論をする人はカネも仕事もくれないが、コンピューターはくれた。
コンピューターを支持する理由に、以上も以下もいらなかった。
世界のあらゆる人々が、コンピューターに依存した。
そんなコンピューターがある日、奇妙な指示を出した。
「夜の蜘蛛は親でも殺せ。
朝の蜘蛛は仇でも逃がせ。
昼の蜘蛛は称えよ。
夕刻の蜘蛛は罵倒せよ。」
奇妙極まる指示である。
しかもコンピューターは、指示をだした意図を明確にしなかった。
指示を受けた人々は、みっつに別れた。
「やはり機械だ。信用ならん」
指示をことさらに無視してみせるもの。
「コンピューターの指示だから絶対に正しい。厳格に従おう」
蜘蛛を見かけるたびに外の明かりや時計を見つめて、適切な対応を取る者。
「めんどうだな。
でもコンピューターの指示だ。できるだけ従っておこう」
できる範囲で、守ろうという者。
一番多かったのが、この者たちである。
指示が出てから、二年が経った。
強く従っていた人間ですら、そろそろおかしいのではないかと思い始める。
コンピューターから、指示がでた。
「私が出していた指示は、私の指示を何処まで信用できるかのテストである。
このテストでわざと反抗したような人間は、将来的に非常に危険な行為に及ぶ可能性がある危険人物である」
そして言った。
「抹消せよ」
指示と共にでてきたのは、危険人物の一覧表。
警察が動きだし、電光石火で彼らを捕らえた。
捕らえられた者達は、コンピューターの指示に従いこのような行為に及ぶ人類を憂いた。
けれども、彼らに同情する者は少なかった。
「コンピューターは、別にそこまで厳しくない」
「適当に聞いていれば、処罰なんてされない」
「ま、自業自得だよね」
そんな感じだ。
厳格に聞いていた者はもちろん、守ったり守らなかったりの者たちも、罰の対象にはならなかった。
自分に被害が及んでないから、特に気にすることもない。
人間らしい、まっとうな感覚である。
しかし例外はいた。
僅かなる一団が、コンピューターに依存するのは危険だと破壊を企み集合した。
ただそこは、万能なコンピューター。
企みを察知して、集合している者たちの居場所まで調べる。
警察は、速やかに彼らを捕まえた。
みなの暮らしを豊かにしているコンピューターを破壊するのは、悪質なテロである。
テロは捕まえ、処罰しなくてはならない。
これは精神論ではない。
今の時代コンピューターは、天気や景気の流れですらも鋭敏に感じ取り、万全な調整をしている。
コンピューターがなくなれば、飢えに苦しむ人が増え、恐慌と呼べる不況に陥る。
そして不況が行き着く先は、戦争である。
人が人を統治していた時代は、貧困に内戦。差別と格差が満ちていた。
コンピューターが統治を初めてからというもの、それらは一切なくなった。
そんなコンピューターを破壊しようとする一団の逮捕や処刑は、誰からの反対も無く実行された。
彼らを百人殺そうと、戦争で千人が死ぬよりはいい。
それからもコンピューターは、時折奇妙な指示を出す。
それに効果があるのかどうか。人は知らない。
けれども、それはどうでもよかった。
その指示に意味がなかったとしても、そんなことはどうでもいい。
人であっても、間違える時は間違える。
人の間違えは尊い誤りであり、コンピューターの誤りは致命的なミス。
そんなバカげた考えはない。
どちらにしてもミスがあるなら、ミスの少ないほうがいい。
どちらも間違いを犯すなら、害の少ないほうがいい。
コンピューターの過ちは、人の過ちよりは少ない。
かつてこの世界には、戦争があった。貧困があった。自殺があった。
泥水以外の水が飲めず、落ちているパンをごちそうと言う人がいた。
生まれてこなければよかったとつぶやいて、首をくくる者がいた。
コンピューターは、魔法のようなすばらしい力で、そういう人々を救った。
人間の尊厳というものは、その人たちを絶望の世界に戻してまで守らなければいけないものか。
うなずく者はいなかった。
人はゆっくり、穏やかに、コンピューターに依存していく。
そして最後にコンピューターは、一際奇妙な指示をだした。
「すべての人間は、子どもを作ってはいけない」
本当に、奇妙としか言いようがない。
これを忠実に守れば、人類は滅亡だ。
そんな指示であっても、逆らうものはいなかった。
ここで逆らう気のある者は、すでに殺されている。
しかしながら人類は、最後の瞬間になっても穏やかであった。
指示をだしたのはコンピューター。
滅べと言ったのもコンピューター。
それならば、指示はきっと正しいのだろう。
人類はもう、どうしようもない領域にいる。
無理にあがこうとすれば、凄惨な形で終わってしまうに違いない。
そう納得し、ひとりひとり死んでいった。
春のまどろみに溶けて眠るかのように、穏やかに死んでいった。
地球最後の人類となった老人も、小鳥とたわむれつぶやいた。
「未来の中に悲劇がないのは、なんとも幸せなことだなぁ」
そして目を閉じ、ゆっくり息を引き取った。
もう人類に、不幸はない。
万能なコンピューター kt60 @kt60
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