エピローグ

 目を覚ましたのは、倒れてから一週間以上経ってからだった。

 目が覚めて始めに感じたのは鈍い痛みだった。

 医者の話によれば、肋骨が数本、そして左腕の骨が折れているらしい。

 その他にも、割れたガラス片による傷が顔中にあり、右腕は火傷の痕が色濃く残っていた。

 元弁護士の男を殺した後の話は、チヒロが聞かせてくれた。

 男による”洗脳”が解けた後の教団の人間達は、当初は狼狽えた様な様子だったが、意識がはっきりしていくと共に、誰に言われるわけでもなく村から出て、元々住んでいた場所に帰っていったらしい。

 男による”洗脳”が無くなったことで、俺が寝ていた一週間の間に、教団クロスの本体も瓦解した。

 男が残した傷跡が消えることは無いが、これで少しずつ、元の形に戻っていくことだろう。


 記憶が戻ったことも、チヒロに伝えた。

「過去の俺は、酷い人間だった。自分が嫌な思いをしなければそれで良いと、たくさんの人を不快にして、傷つけてきたんだ……。自分の殻の中に閉じこもって、安全な所から他人を見下していた。自分が嫌な思いをしなければそれで良い、それが間違っているなんて、こうして誰かと一緒の時間を過ごしていれば、すぐに気づけるようなことなのに……」

 懺悔のように、そう話すと、チヒロは俺の手を優しく握ってくれた。

「気付けたなら。傷つけた人達に謝って、これから変わっていけばいいじゃないですか」

 その言葉に、救われたような気持ちになった。

 変わりたい。いや、変わらなくてはいけない。改めてそう誓った。


 それから、それなりの月日が経った。俺の怪我は大方治り、なんとか自力で生活ができるまでには回復した。

 今日は怪我が治ってから最初の仕事。怪我を負った日と同様に、チヒロと一緒に研磨ウサギの世話をする日だ。

「良い天気ですねー。少し日差しが暑いくらい」

 横でチヒロが楽しそうに笑った。

「随分と楽しそうだね」

「楽しみにしてましたから! こうしてまた、一緒に仕事ができるのを」

 チヒロはそう言って笑った後、少し照れたように空を仰いだ。

「チヒロ、俺はこの村の人達に恩を返せたら、元の世界に戻るための方法を探す旅に出ようと思うんだ」

 俺がそう話すと、チヒロの表情が少し陰りを帯びた。

 この話をするのはこれが初めてではなく、この話をするたびにチヒロはそんな表情を見せる。

「絶対に、行かなきゃ駄目ですか……」

「謝らないと行けない人達がいるんだ」

「……前に話していた、傷つけた人達、ですか?」

「ああ、俺が不快にして、傷つけてきた、会ったこともない大勢の人達だ。俺はあの人達に謝らないといけない」

 療養している時に決めたことだった。彼らに過去の過ちを謝罪しなければ、本当の意味で変わることなどできない。そう思った。

「謝ったら、戻ってきてくださいね。私、待ってますから!」

 陰りを振り切るようにチヒロはそう言うと、ウサギの世話をする道具を持って走り出した。

「競争しましょう! 私が勝ったら、絶対に戻ってくるって約束して下さいね!」

 楽しそうに笑いながら、チヒロは駆けていく。俺はその後ろをゆっくりと追った。


 空は青く、雲一つない快晴だった。

 人と関わり、少しずつ約束が増えていく。

 それは見方を変えれば束縛とも言えるのかもしれないけれど。

 今ではそれが、どこか嬉しくもあった。

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