第9話

「リサちゃん。ところで、何を買いに来たの?」

「まずは、下着ですね」

「えぇッ!」

「ちょっと、夢乃さん。声が大きいですよ」


 リサちゃんが唇に指をあてる。

 慌てて、手で口を塞ぐ。


 ……だ、だって、そんな答えが返って来るとは思わなかったんだもん。

 ちょっぴり恥ずかしくなって周りを見たけど、誰もあたしたちのことを気にしてる人たちはいなかった。

 日曜日の駅ビルには、親子連れだったり、友達同士だったり、あの人たちはデートかな?

 とにかく、たくさんの人たちがいたけれど、みんな、それぞれの時間を楽しんでた。

 もちろん、あたしとリサちゃんも、だけど。


 ……どんな下着を買うんだろう、

 エスカレーターを下りたリサちゃんの後姿を見た。

 久しぶりに見る、オシャレしたリサちゃん。

 今日はカワイイ花柄のワンピースと、その上に七部袖の白いカーディガン。

 シンプルな服装なんだけど、リサちゃんが美人だし、スタイルもいいから、通り過ぎる人がチラッチラッと振り返ってる。

 そんなリサちゃんだから、下着もフリルのついたカワイイのをつけてた。


 今日だって、フリルとリボンのついた、とってもカワイイ下着だし……って、別に、確認したんじゃないよ。

 シャワーを浴びた後、着替えるときにチラッと見えて、カワイイなぁ、高そうだなぁって思ったんだ。

 あたしは下着売り場のワゴンセールにあるようなのしか持ってないんだけど

 やっぱり、リサちゃんは専門のランジェリーショップで買うのかなぁ。


「……あれ? リサちゃん?」


 ボーっとしてたら、リサちゃんがいなくなってた。

 どこだろう……あ。

 あのお店かな?

 ちょっと離れたところに、そのお店はあった。

 ショーウィンドウのマネキンが、大人っぽくて、高そうな下着をつけてる。

 入るのがちょっと恥ずかしいけど、行かなきゃって思ったら。


「あ、いた。夢乃さん、どこに行くんですか?」

「あれ? リサちゃん」

「振り向いたらいないので、ビックリしました」

「ごめん、ごめん。ちょっとぼーっとしてて。さ、行こう」

「そっちじゃないですよ」

「え? だって、下着を買いに来たんでしょ?」


 あたしは向こうにあるランジェリーショップを指した。

 ところが。


「いえ、ここですけど」

「……え? 何で?」


 リサちゃんの指の先にあるのは、スポーツ用品店だった。


「え? ええッ?」


 ハテナだらけのあたしは、リサちゃんに引きずられるように、そのお店へと入っていった。



「へー。こんなのあるんだ」


 スポーツ用品店の一画にあるインナーコーナーにあたしたちはいるんだけど

 リサちゃんのお目当ては、ここで売ってるスポーツブラだった。


「小学生のころにつけてたのと違うんだね」

「そうですよ。これだと、胸をぎゅって押さえてくれるので、走っても痛くないんです」

「そうなんだ」

「体育用に持ってるんですが、陸上部に入ったので、予備用に買っておこうと思いまして」


 リサちゃんはサイズを確かめてから、棚から二つ、取り出した。

 胸が大きいのって、いいことばっかりじゃないんだ。

 あたしは別に、走っても痛くならないもんなぁ。


「じゃあ、買ってきますけど、夢乃さんも買いますか?」

「え。あたしはいいよ。必要ないし」

「……」

「あのー、そこは何か言って欲しいんですけど」

「でも……ウソをつくのもよくないし、本当のことを言うのも、夢乃さんに悪いかなって」


 って、困ったような声だけど。


「リサちゃん、顔が笑ってるよ!」

「うふふ……じゃあ、買ってきますね」


 クスクス笑いながら、リサちゃんはレジに向かった。

 もう、あたしだって、それなりにあるもん。

 リサちゃんとか、ハルちゃんには負けるけど。

 ふと、自分の胸を見たとき。

『もし良かったら、手伝いますよ?』

 体がカーッて熱くなった。

 あの日のリサちゃんの言葉と、あのときのドキドキが蘇ってくる。

 忘れかけてたのに……一緒にシャワーを浴びたせいなのかもしれない。


   ◆


 体育祭に向けて、今朝からジョギングをしようとしたら。


「私も一緒にいいですか?」


 って、リサちゃんも走ることになった。

 その後、一緒にシャワーを浴びたんだけど、あの日みたいなことは何も無かった。

 最初はドキドキしてたんだけど。


「本当に速いですね」

「フォームもキレイだし、リズムも悪くないですよ」

「ちょっと筋肉が硬そうなので、寝る前にストレッチするといいかもしれませんね」


 と、まぁ、普通にお喋りしただけだった。

 ちょっと拍子抜けした気持ちで浴室から出ると、着替えて、髪の毛を乾かして、そして食堂で朝ごはんを食べてたら。


「夢乃さん、今日は何か予定とか、ありますか?」

「ううん、特に無いけど……なんで?」

「ちょっと駅前まで買い物に行こうと思ってるんですが、もし暇ならどうかなって」

「あ、うん。あたしも行く。本屋さんに行きたかったし」


 それで、あたしとリサちゃんの二人で買い物に来たんだけど。


「何て言うか……前途多難っていうんだっけ?」

「独り言ですか?」

「うわぁッ!」


 いつの間にか戻ってきたリサちゃんが、ボソッとあたしの耳元でささやいた。


「もう、静かにしてください。夢乃さん」

「だ、だって、リサちゃんが」

「ふふふ。夢乃さんの後姿が、ちょっとカワイイなって思って」

「……へ?」

「さぁ、行きますよ」


 リサちゃんが、きゅっとあたしの手を握る。

 柔らかくて、温かくて、ドキドキしてくる。

 どうしよう。そのドキドキが、手を通して聞こえちゃいそう……。


「あ、あのさ。次はドコに行くの?」

「そうですね……ちょっと、日用品が足りないので、いくつか買い足したくて」

「日用品って、服とか?」

「服は欲しいですけど、セールのときにします。その前に、夢乃さんのリクエストに答えないと」

「え? あたしの?」


 あたし、リサちゃんに何か言ったっけ?

 うーんって考えながら、リサちゃんと向かった先は。


「え、ここ?」

「はい。さっき、行きたそうだったので」

「あ、あれは、その、勘違いっていうか……」

「ふふふ、分かってますよ。まぁ、普通に私が買うだけですけど、よかったら夢乃さんもどうですか?」

「えぇっ、ここで?」


 楽しそうに笑うリサちゃんに引きずられるように、あたしはランジェリーショップに入った。


「はぁ……」


 何だろう、このフシギな感覚。

 まるで別世界に迷い込んだような、そんなソワソワした気分。

 何か、とっても落ち着かない。


「ね、ねぇ。リサちゃんって、いつもこういうところで、下着って買うの?」

「そうですね。ネットの通販で買うときもありますけど、実物を手にとって見てみたいときは、来ていますよ」

「そ、そうなんだ……」


 ワゴンセールのを、サイズだけ見て適当に買ったりはしないんだ。

 やっぱり、リサちゃんって別世界の人だなぁ。

 そんなことを考えながら店内を見回ってるうちに、少し楽しくなってきた。


 ドキッとするような大人っぽいのもあるし、かわいいなって思えるのもあるし

 意外とシンプルなものもあるし、水着じゃないのって思えるような派手なのもあるし。

 別に恥ずかしいことしてるわけじゃないんだから、堂々としてていいんだよね。


「結構、いろいろなのあるんだね……」

「何か気になるのはありましたか?」

「うーん……でも、あたしには似合わないかな」

「そうですか? 下着だって、服と一緒ですよ」

「え? 服と?」

「自分がカワイイな、キレイだなって思ったものを着ればいいんです。特に下着なんて、人の目を気にしなくていいんですし」

「そっか……。すごいね、リサちゃんって」

「え?」

「何か、カッコイイなぁ」

「……誉めたって、何も出ませんよ」


 リサちゃんが、さっと顔を背けた。

 もしかして、照れてるのかな。

 そんなリサちゃんのカワイイ姿を見るのは初めてだった。


「あ。こういうのどうですか?」

「どれ? あ、これ、カワイイよね」


 リサちゃんがあたしに見せたのは、フリルとリボンがついた、パステルピンクのブラジャーだった。

 確かにカワイイけど、リサちゃんっぽくない気がする。

 リサちゃんだったら……あ。


「こっちはどう? 似合うと思うけど」


 似たようなデザインだけど、紺色でハートのワンポイントがカップの隅についてた。

 セットのショーツは、さっきのよりキュッとしてて、カワイイっていうより、ドキッとするようなデザインだった。


「……夢乃さんって、結構、大胆ですね」

「そう? だって、こっちの方が大人っぽいし……あ、でも、持ってるのと、かぶっちゃうかな?」

「こういうの、持ってるんですか?」

「あれ? 持ってなかったっけ? つけてるの見た気がするんだけどなぁ」

「……? ちょっといいですか。あの、夢乃さん。もしかして、私のを選んでいませんか?」

「え! 違うの? だって、リサちゃんが買うって言ってたから、てっきりそうだと思ってたんだけど」


 あたしたちは、お互いの顔を見合わせた。

 そして。


「……ふふふ、あはははは」

「ちょ、ちょっと、リサちゃん、お店に迷惑だよぉ」

「夢乃さん、だって、笑ってるじゃないですか」

「だって……おかしくて……ふふッ」


 他のお客さんの何人かが、あたしたちをチラッと見た。

 い、いけない! 静かにしなきゃ。

 あたし達はコソコソと小さくなる。


「じゃあ、こっちを買いましょうか?」

「……もちろん、リサちゃんがつけるんだよね」

「まさか。自分で似合うって言ったじゃないですか」

「えー、ムリだよぉ」

「いいじゃないですか。せっかくなら試着してみましょう」

「え! いや、さすがにこれは……」


 さすがにヘンだし、つけてても落ち着かないと思う。

 何とかラックに戻して、リサちゃんのものを探し始めたんだけど。


「何か、これって言うのがないですね。寮って通販してもいいんでしたっけ?」

「たぶん、できると思うけど。あたしはしたことないけど、やってる人もいるし」

「じゃあ、そうします」


 結局、騒ぐだけ騒いで、何も買わずに出ちゃった。

 何となく、店員さんの視線が痛いかも。


 あたしたちは、そのままブラブラと、いろんなお店を見て周った。

 お喋りして、時々、リサちゃんが笑い出して。

 そんな時間がとっても楽しくて、あっという間に時間が過ぎてて、気がついたら、お昼をとっくに過ぎてた。

 お昼ごはんをファーストフードで簡単に済ませて、またあっちこっちウィンドウショッピングしてたんだけど。


「ねぇ、買い物はいいの?」

「買いたいものはありますけど、いいものがなかったので」

「でも日用品で、必要なものがあるんじゃなかったっけ?」

「ありますけど、急いだ方がいいですか?」

「ううん、あたしは楽しいからいいんだけど、いいのかなって」

「ええ。夢乃さんが楽しいなら問題ありません」


 そう言って、あたしに手を差し出しながら、リサちゃんがニッコリと笑った。

 その笑顔を見てたら、背中がムズムズするような気持ちになった。

 ……何だろう。この気持ち。

 よく分からないまま、あたしは差し出された手を握り返してた。


   ◆


「いい感じのお店でしたね」

「そうでしょ。中等部の頃から来てるんだ」


 あたしたちはたぬき屋を出て、緩やかな下り坂を二人並んで歩いてた。

 買い物の帰りに、ちょっと甘いものでも食べたいねってことになって、たぬき屋に寄ったんだ。

 リサちゃんが気に入ってくれるかドキドキだったんだけど、美味しそうに特製白玉を食べてたし

 美弥子さんとも楽しそうにお話してたし……気に入ってくれたよね。


「本当に、白玉しか無いんですね」

「うん。あ、お昼だとランチメニューがあるよ。日替わりで、何が出てくるか分からないけど、白玉もついて五百円なんだ」

「メニューに書いてないんですか?」

「うん。先週、ご飯を食べに来たんだけど、懐石料理がでたんだよ。美味しかったけど、ハルちゃんと二人で、これなんだろうねって言いながら食べたんだ」

「懐石料理って、誰でも作れるようなものではなかったような気がするんですが」

「リサちゃん、懐石料理って食べたことあるの?」

「ええ、まぁ。そんなに多くはないですが」

「そうなんだ。じゃあ、リサちゃんがいれば、どんな料理か分かったのかなぁ」

「いや、懐石料理って言ってもいろいろあるので、さすがにどんな料理かまでは……それに、私自身、料理はしませんし」

「そっか……残念」


 そんなことを話してるうちに、あの橋に着いた。

 駅前に行くときも通ったんだけど、バスに乗ってたし、反対側を向いてたから、特に何もなかったんだけど。


「そう言えば、ここで出逢ったんだよね」

「覚えてますよ。夢乃さんが怖い顔してずんずんと……」

「えー、ウソだぁ。リサちゃんこそ、あたしのことにらんでたし、それに、ずっと年下だと思ってたでしょ」

「それを言うなら、私のことを『お姉さん』って呼んだのは夢乃さんですよ」

「え……そうだっけ?」

「そうですよ。忘れっぽいんですね」


 あたし達は橋の真ん中に立ち止まって、手すりに寄りかかった。

 太陽はそろそろ傾き始めてて、ほんのり赤くなり始めてる。

 今日も暑かったけど、川の上は少しだけ涼しく感じた。


 出逢った日も、その次の日も、そのまた次の日も、ここでこうやってお喋りしたんだよね。

 そして、四日目の雨が降った日。この橋の下で、リサちゃんと……!

 あの日のことを、初めてのキスを思い出したら、胸がドキドキ音を立て始めた。


「……ねぇ、リサちゃん」

「何ですか?」

「……どうして、キスしたの?」


 自然とその言葉が口から出た。

 ……ずっと、ずっと不思議だった。

 どうしてですかって聞きたかったけど、「莉紗さん」には聞けなかった。

 もし聞いたら、いなくなっちゃう気がしたから。

 リサちゃんはスキンシップだって言うけど……。


「……答えは出ましたか?」

「へ? 答え?」

「私にキスされるのがイヤじゃない理由……分かりましたか?」

「えっと……」


 この間と同じ質問。

 でも、リサちゃんは笑ってない。

 真剣な顔で、あたしのことをジッと見つめてる。

 あたしも、リサちゃんをしっかりと見つめ返した。


「出てないみたいですね」

「うん……まだよく分かんないんだ。自分のことなのに」

「……もう少し、時間がかかるのかしら」

「え? 何?」

「いいえ、何でもないですよ」


 ニコッとリサちゃんが微笑んだけど、その笑顔はあまり好きになれない気がした。

 あたしはぼんやりと川を見つめる。


 ……うーん、難しいよぉ。

 この間も考えたけど、分からなかったんだよね。

 あたし、クイズって得意じゃないから……ん?

 クイズ?

 ……。

 ……!

 あ! いいこと思いついた!


「ねぇ、リサちゃん!」

「どうしたんですか?」

「水曜日にさ。リサちゃんの部活のクイズをしたでしょ? 確か間違えたら罰ゲームって言ってたよね」

「……あぁ、そう言えば」

「それなら、正解した場合は、何かご褒美があってもいいと思うんだけど」

「なるほど……」

「だから、正解したご褒美に、何かヒントをちょうだい」

「……っふ」

「え?」

「ふふ……フフフッ、あははははは……」


 リサちゃんが笑い出したんだけど……おかしいなぁ。

 ツボにはまるようなこと、今も言った覚えが無いのに。


「……夢乃さんって」

「え、なぁに?」

「奇想天外というか、ひょうたんから駒というか」

「な、なにそれ」

「それはともかく、ヒントですか……。あ!」

「え、なになに……ッ!」


 ふわっとリサちゃんの顔が近づいてきて、唇が重なった。

 とても柔らかくて、とても温かくて。

 でも、とても刺激的で。

 ずっと、ずっと、こうしてたいなって。

 っていうことは、それが答え?

 でも、何か違う気がする。

 ……あれ?

 何か、息が、苦しい。

 今日のキス、何か、長くて……!


「……ッ! はぁ、はぁ」

「夢乃さん、息を止めてたんですか?」

「え? あ。呼吸するの忘れてた」

「……ホント、面白い人ですね」


 リサちゃんは大笑いした後、そう呟いた。



   ◆



「ユメ。いるでしょ?」

「えっ! ハルちゃん。どうしてここに?」

「ユメと話をしようと思って被服室に行ったら、ここにいるって聞いたのよ」


 月曜日の放課後。

 ネコ小屋の掃除が終わって、被服室に戻ろうとしたら、入り口のところにハルちゃんが立ってた。

 教室では会ってるけど、お昼休みは生徒会室に行っちゃうから、こうやって二人きりになるのは久しぶりかも。

 それは嬉しいんだけど……話って何だろう?


「それで、どうしたの?」

「うん……」


 ハルちゃんはネコ小屋の壁に寄りかかったまま、何か言いにくそうに黙ってた。

 こんなハルちゃんを見るのは初めてかも。

 何か、あったのかなぁ。


「どうする? どこか別のところに行く?」

「ううん、ここで良いわよ……」

「いいけど、どうしたの? ハルちゃん」

「……ユメ、何か相談したいことがあるって言ってなかった?」

「え? そうだっけ」

「土曜日の帰るときに、昇降口で言ってたじゃない?」

「土曜日? えーっと……あぁ! うん」

「それを聞こうと思ったんだけど」


 困ったような顔で、ハルちゃんがあたしを見る。

 でも、それはあたしも同じで、ハルちゃんに聞きたいけど、どう聞けばいいか分からないし……。


 あたしもハルちゃんも黙ったまま、時間だけが過ぎていく。

 ……どうしよう。

 上手いごまかし方なんて考えてない。

 だからって、正直に話せないし……。


 チラッと探るようにハルちゃんを見る。

 相変わらず、困ったような、そして今にも泣き出しそうな弱々しい表情のままだった。

 ……うーん、よし!


「あ、あのね!」

「うん」

「キ、キスするって……どういうことなのかなぁ」

「……え?」

「あ、あのね。その……たとえば、あたしがハルちゃんにキスをして

 それでハルちゃんがイヤじゃないってどういう気持ちなのかなってことなんだけど……」

「え……と……」


 そっとハルちゃんの顔を見たんだけど、固まってた。

 やっぱり、言わなきゃよかったかな……。


「あ、あのね。今の聞かなかったことにして。ごめんね。その、マンガの話なんだけど、ちょっと気になっちゃって」

「……」

「えっと、その……あ、あたし、被服室に戻らなきゃ。ハルちゃんも生徒会だよね? さ、行こう」


 そう言って、ドアノブに手をかけたとき。


「……待って」

「え? あっ……」


 ハルちゃんが、あたしの両肩に手を置く。

 レンズの奥の瞳が、ぎゅっと閉じた。

 そして、かがむように、ハルちゃんはあたしに顔を近づける。

 これって、まさか……。


 あたしは目を開いたまま、その場に立ち尽くしてた。

 だんだん、ハルちゃんの顔が近づいてくる。

 そして。


「……どう? 分かった?」

「え……あ、うん。どうだろう……」


 唇が触れるか触れないかの距離で止まって、そっと顔が離れた。


 胸がドキドキする。

 でも、何か違う気がした。

 唇が触れてないからかもしれないけど、身体を駆け巡るビリビリした感覚は無かった。

 リサちゃんとキスしたときに感じたものが、一つも無かった。


「あの、ハルちゃん……」

「……ごめん、ユメ。わたし、もう行くね」

「え? あ……」


 ハルちゃんはうつむいたまま、ネコ小屋のドアを開けると、校舎の方へと走り去った。

 あたしは、そんなハルちゃんの後姿を、ガラス越しにぼーっと眺めてた。


   ◆


「……戻らなきゃ」


 どれぐらい時間が経ったか分からないけど、あたしはネコ小屋を出る。

 頭の中も、心の中もごちゃごちゃで、ぐちゃぐちゃで、とてもじゃないけど、お裁縫なんてできそうにない。

 今日は、もう帰ろう。

 荷物を取りに、校舎に向かってるとき。


「……あ」


 制服姿のリサちゃんが向こうから歩いて来た。

 今日は、もう部活が終わったのかな?

 スタスタと、こっちに歩いてくるリサちゃん。


 でも……何か違う。

 外見はリサちゃんで間違いないんだけど、周りの空気が強張ってる。

 どうしたんだろうって思ったんだけど。


「あ、リサちゃ……!」


 それは、ほんの一瞬だった。


 今までに見たことのない、冷たい視線。

 それだけを、あたしに投げかけて、リサちゃんは立ち去った。


>>Continued on 「Girl's Junction II」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

Girl's Junction @hiroumiyu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ