第2話 ひだまり

 私は焦っていた。13時から始まるはずの説明会の会場にどう頑張っても到着しないからだ。就活生はなるべく早く着いている事が印象アップにも繋がるというのに、何で私はこんなにも道に迷っているんだ?

 元々やる気のない就活生だから、まあ間に合わなかったらもうドタキャンしちゃおうかな。そんな気持ちすら芽生えていた。でも、何だか分からないけれど、何だかこの会社は逃しちゃいけない気がした。そう思った瞬間、私は必死で人事に電話をしていた。

 「申し訳ありません、本日説明会を予約しておりました夏川雪と申しますが…道に迷ってしまって…少し遅刻してしまいそうなんです…」

 道に迷ったなんて馬鹿だと思われるし、呆れられるだろうし、怒られるかもしれないし、と話しながらも嫌な想像ばかりしてしまい、すぐにでも通話を切断したくなった。しかし、受話器越しから聞こえてきた声は、想像と違うものだった。

 「ははは!迷ったんだ!今どこにいるか分かりますか?」

 「えっと、目の前にスーパーがあります…」

 「ああ~それ真逆だね!くるっと反対側向いてもらって、まっすぐ行くと踏切があるからそこまで来たらまた電話してください」

 「は、はい…申し訳ありません…」

 「いいえ~ではまた~」

 そ、想像していたよりずっと穏やかな人事だ…ほっとして歩き始め、人事に電話で道案内してもらいながらも何とか会場に辿り着いた。いざ会場に辿り着くと緊張で心臓がバクバクして止まらなかった。今度こそ怒られる…気づいたら15分も遅刻している…。


 「遅れてしまい申し訳ございません!夏川雪と申します!」

 ピリピリした空気になるだろうと想像していた私に対して、またも予想は裏切られる事になった。

 「良かった!ちゃんと辿り着けたんだね!」

 「あんまりこの土地馴染みない?」

 「い、いえ、最寄り駅から二駅なんですけど…あの、私、極度の方向音痴でして…」

 そう言うと、大きな笑いが起こった。何だろう。このひだまりの様にあたたかくて落ち着く空気。


 その日の説明会に参加したのは私の他に一人しかいなかった。小さい会社なので、人が大勢来る訳ではないのだろう。

 もう一人の子も偶然にも由紀という名前だった。

 「同じゆきちゃんなんだね」

 「そうなんですね~…」

 由紀ちゃんは大人しそうな子で、小さい声でそう答えた。

 「有り難い事ですねー」

 「何が有り難いんだよ」と人事が笑っていた。

 私は、この会社もそうだし、この人事の雰囲気にも魅力を感じていた。初めて会ったのに初めてだと思えない空気感をこの人から感じていたのだった。


 帰り道、人事が名刺をくれた。その名刺には「笑顔で人の目を見て話を聞く姿勢が素敵ですね!」とコメントが書かれていた。私はその名刺を大事に手帳にしまった。

 「帰り道、迷わず帰れる?」

 「帰れますよ!迷ったら電話します」そう言って笑い合った。


 就職活動をしている中で、一番すがすがしい気持ちで私は家に帰ったのだった。


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