第十三話 ソウ、ソレコソガ──

俺は意識を失ったソフィの体を支え、創造した銃とEXモードを解除する。


固まった血の涙を拭き取ってやり、髪の毛についたほこりも取ってやった。


そうこうしている内にソフィは意識を取り戻したのか、その目をゆっくりと開けていく。支えている俺の存在に気付き、顔を上げた。



「あ……れ……?」



「大丈夫か?」



怪我をしていないか見てみるが、銃の設定通り彼女の体には傷一つ付いてない。ソフィはぼんやりと俺を見つめると、ハッと我に返る。



「私……また……」



なぜかソフィは頭を抱えると、その金色の瞳から一筋の涙を流す。それに驚き、俺は再び声をかけた。



「どっか痛いのか!?」



「いえ、違うんです。ぐすっ私……また乗っ取られて、呪いを使ってしまった……」



彼女は手で目を隠すように覆い、なおも呟いていく。



「お母さんもお父さんも、村の人にも迷惑を掛けたのに、また……私なんて、人を傷付けるだけで何も出来ないんです。いっそ殺してくれた方がよかっ……」



「それ以上言うな……」



「だって、本当のことじゃないですか。忌み嫌われ、蔑まれてきた能力なのに」



ソフィは俺の胸に顔を預け、体を震わせて泣く。



「料理も出来なくて、狩りも出来なくて……ぐすっ、大切な人すら守れなくて……私なんて、生きている意味がないんです」



「やめろ!」



胸で弱々しく泣いているソフィを抱き締める。安心させるように頭を撫でて、耳元ではっきりと言う。



「自分を責めるのはやめろ。出来ないことばかりを数えるな。お前は精一杯生きて、産んでくれた両親に感謝をしながら、一つずつ覚えて成長していけばいいんだ。それに文句を言う奴がいたら、俺がぶっ飛ばしてやる!」



「お、お兄さん……」



「だから、もう泣くな。努力して、頑張って生きて……それが報われた時に、目一杯泣くんだ。その頃には強くなってるはずだ。自分も他人も、守りたいものを守れるような存在にな」



その言葉に、ソフィは大粒の涙を流して大声で泣き叫んだ。抱き締める腕に力を入れて、優しく背中をさする。例え今は弱くても、いつかは強くなる。失敗を繰り返して、困難を乗り越えてこそ、本当の成長がそこにあるというものだ。


なんて、ちょっと大人ぶって言ってみたはいいものの、俺もあまり説教できる立場ではないのかもしれない。実際、地球では極力面倒事を避けてたし、今のまま平穏に過ごせれば何もしなくていいと思っていたからだ。これじゃ、人生の先輩として失格だよな。


俺がソフィを宥めながらそんな事を考えていると、後ろからクロとアイリスも合流する。



「カイト!勝ったのじゃな!」



「ああ、心配かけたみたいだな。無事にソフィを救うことに成功したよ」



「よかったのじゃ!」



後ろからアイリスに抱きつかれて、ソフィとのサンドイッチ状態になる。こうやって美少女二人に挟まれるのも、中々悪くない。



「何をしてるのにゃ。そんな呆けた顔をして」



咳払いをしながらクロがジト目で睨んでくる。それに気付き、慌ててアイリスとソフィから離れた。


俺の腕から解放されたソフィを、今度はクロが抱き締める。



「ソフィ、ごめんね。約束、守れなくて……」



「ぐすっ……ううん、黒猫さんは悪くないです。ぐすっ……私が油断したせいなので……」



「そんな事言わにゃいで。今度は絶対に離さにゃいから、絶対に……」



「ぐすっ……はい!」



涙で目を腫らしながらも、まぶしい笑顔で頷くソフィ。今こうして笑えるのも、全部イーリスとこの能力のおかげだよな。ホント、感謝してもしきれない。



「お兄さん……」



「ん?」



クロから離れたソフィが、頬を赤くしながら俺の方に振り向く。



「ちょっと耳をかしてください」



言われるがまま彼女の方へ耳を傾けると、ソフィは聞こえるか聞こえないかの声量で「ありがとうございます」と呟く。そして頬にぷっくりとした柔らかい何かが押し付けられた。しばらくして、それがキスだったことが分かる。



「本当に感謝してます。この呪いでとても苦しめられたけど、お兄さんの言葉で

つらいこと全部吹き飛んじゃいました」



えへっと可愛げに笑い、今の行為が恥ずかしかったのかソフィは後ろを向く。俺は俺で内心悶えていた。ロリコンではないはずなんだが。



「お兄さん……」



「なんだ?」



一拍間を置いて再びこちらに振り向いたソフィは、しかし照れるようにもじもじとしている。



「わ、私──」



今度は何を言おうとしているのか。気になった俺は、ソフィから紡がれる続きの言葉を待った。


しかし、それは叶わぬものとなる。


頬を赤く染めたソフィは、一瞬時間が止まったかのように動きを止めた。そして瞬く間に全身を黒い霧に包まれる。


驚きで声も出ず、目の前の出来事が理解できないでいる俺の耳に、聞き慣れた不愉快な声が届いた。



「ククク……」



まるで俺達を嘲笑うかのように、ソフィは不気味に笑う。



「アーッハッハッハッハ!見よ人間!我は再び舞い戻っタ!」



「な、なんで……」



本当に最悪だ。完全に消滅したと思っていたのに、俺の創造した銃の設定に欠点があったのか?EXモードはもう解除したし、クロのEXモードも時間が来たのかさっき解除されていた。つまり、この状況は俺達にとってとても不利なのだ。



「貴様らは絶対に許さヌ!煉獄など生ぬるイ!」



一瞬で俺達との距離を開けたシドギエルは、薄暗い空に両手を向けて伸ばす。



「耐えがたき苦痛の中で、永遠を知るがいイ!」



その手元からは巨大な魔法陣が展開され、闇夜を赤く照らした。



「懺悔せヨ!それは神罰、定め、永遠の炎!肉を消し、骨をさらい、数多あまた御霊みたまを喰らエ!刈り取れ、焼き尽くせ、断罪の炎ヨ!〔創想終記〕第十五章・第三詠唱サード・スペル──黙示録の業火メギドフレイム!」



巨大な魔法陣がより一層その光を強くしたかと思えば、中心に巨大な炎の球が生成される。五十メートルは離れているのに、その熱量によって持っていた長剣が溶け始めた。


恐らく俺達はステータスの補正で無事なのだろうが、徐々にその熱量を上げている炎球を危惧し、更に距離をあける。



「無駄ダ!この炎の前に、距離など意味なシ!」



シドギエルの言葉に嘘は無いのだろう。既に草原の草は燃え尽き、地面は泥々に溶けて溶岩のようになっている。


あの炎球を表現するならば、小さな太陽といったところか。それは夜の闇すらも消し飛ばし、空を紅蓮に染めている。



「はぁ……はぁ……にゃぁぁ」



突然クロが苦しみ出したかと思えば、その体を隣のアイリスに預ける。唐突な出来事に動揺するアイリスだったが、すぐに納得した表情になった。



「そうか。こやつはあまりステータスが高くないのだな」



「となると、クロだけでもここを離れたほうがいいよな?これだけの熱さだから、長居すれば死ぬ可能性だってある。アイリス、頼めるか?」



「うむ、任せておれ。すぐにウルニルの宿屋へと連れていく」



アイリスは転移魔法陣を展開すると、クロを抱えて俺を見つめる。



「今度は……死なないで欲しいのじゃ。もう二度と、あんな思いはしたくない。わしもすぐに戻って来るが、それまでどうか……生きててくれ」



「当たり前だろ、そう何回も死んでたまるかってんだ。クロを任せたよ?」



その言葉にアイリスは頷くと、転移を開始した。見送った俺はシドギエルへと視線を向ける。



「話は終わったみたいだナ」



「待っててくれたのか?」



「もうすぐ尽きる命ダ。神の威厳を持って、慈悲を与えたに過ぎヌ」



シドギエルの言葉に呼応するように、炎球はより一層その大きさを増していく。もはや地は溶岩の海に沈み、辺り一体の景色は真赤に染め上げられた。


そして、シドギエルとともにその炎は姿を消す。



「なにっ!?」



「ここダ」



ジリジリと焼けるような熱さが俺を襲い、それと同時に背後が赤く光った。振り向けばそこにはシドギエルの姿が目と鼻の先にあり、そしてその掲げているその手には当然の如く炎球がある。


超至近距離でその熱さに当てられた俺は、あまりの息苦しさに膝を付いた。



「貴様の耐性には驚きであるが、やはりここまでのようだナ」



「なんで……そこまでしてSスキルにこだわるんだ……お前の目的は、何なんだ?」



「教えるはずが無かろウ。業火の中で永遠に考えるといイ」



炎が膨れ上がる。その大きさは悠に俺の身長を越えており、家一軒ほどの大きさを持っていた。荒れ狂い、蠢き、まるで意思を持っているかのようなその炎の球の前に、俺は為すすべもなく膝をついているだけである。



「これは死を与えるものではなく、永遠の苦痛を与えるもノ。今度こそ終わりダ」



「くっ……そ……」



朦朧とする意識の中で、シドギエルの狂喜じみた笑みが目に入る。ソフィを救えたと思ったのに、やっと本当の笑顔を見られたと思ったのに、こいつがそれをぶち壊した。


沸々と沸き上がる怒りが、俺に熱さを感じなくさせる。視界の端に浮かび上がるステータスバーの数値も気にせずに、遠くに放置していた【極光の神剣ソル・イーリス・ブレイド】を手元に顕現させた。それを杖にして立ち上がる。



「絶対に許さねぇ。勝手なことしてソフィを振り回して……その呪いのせいであいつがどんな思いをしたのか知ってるのか!?」



「興味のないことダ。元よりあの娘は我の計画を円滑に進めるための駒であル。情などあるはずもなかろウ」



その言葉に、俺の怒りが堰を切って溢れ出した。右手に持った神剣を構え、力強く握り締める。それ応えてくれたのか、【極光の神剣ソル・イーリス・ブレイド】は神聖なるオーラをほとばしらせながら、唸るように振動した。



「いいのカ?それで斬ればこの娘もタダでは済まなイ」



「くっ……!」



そうなのだ。いくらシドギエルを攻撃しようと、それはソフィを傷付けているだけで何の意味もない。再び【創々ウィル・オブ・ゴッド】に至らなければ、俺にはこいつにダメージを与える事が出来ないのだ。


そんな様子の俺を嘲笑うかのように、シドギエルは口角をつり上げる。



「あの娘の事を何も知らぬのに、知った風な口を聞きおっテ。見ていてこれほど愉快なことは無イ。そろそろお別れの時間だな、人間ヨ……憐れなリ」



その言葉の意味に気付き、慌てて奴との距離をあける。



「言ったであろウ?この炎に距離など関係ないのダ」



紅蓮の塊がゆっくりと高度を下げ、シドギエルの前で停止する。



もだえ苦しみ、醜く足掻きながらおのが運命を呪うがいイ!」



炎球が解き放たれた。まるでそれを待っていたかのように荒れ狂い、暴れ回りながらこちらに迫ってくる。結構な距離を開けたつもりだったが、予想以上に炎の進行速度が速かった。



「辛いよなソフィ。こんな理不尽な神に利用されて」



いまだに唸りを上げる神剣を天に掲げる。



「必ず救って見せる。このままあいつの好き勝手にさせて──」



持つ柄に力を込め、迫り来る炎球に向けて──



「──たまるかぁぁぁ!」



全力の一撃を浴びせた。


それは周りの空間を大きく揺らしながら進み、爆風と衝撃波を撒き散らせながら炎球へと直撃する。


次の瞬間、けたたましい轟音とともに大きな火柱が上がった。熱風が草原に広がり、俺の髪をかすめる。



「よし、これでい──」



炎球を破壊した事で調子付いた俺は、火柱の向こうにいるシドギエルへと視線を向けた。しかしそこに奴の姿はなく、代わりにあったのは迫り来る黒腕。俺は為すすべもなく地面に叩きつけられる。



「うっ……く……!」



「油断は命取りだと言うだろウ?貴様の今の状況がそれを物語っていル」



仰向けで地面に縛り付けられている俺を見下すように、シドギエルは佇んでいた。



「余計な邪魔をするからこうなル。恨むなら自分の愚かさを恨むのだナ」



右手に禍々しいオーラを放つ短剣を持ち、切っ先を俺に向けた。



「大人しく煉獄へと送られるがいイ」



黒腕に短剣を持たせると、俺に近付けてくる。刺されれば魂もろとも煉獄へと縛り付けられるみたいだ。それは絶対にさせない。



「やめ……ろ!」



押さえつけている黒腕をどうにかして引き剥がそうとするが、抵抗は虚しく空回りするだけだった。やがて切っ先が俺の胸に突き立てられる。



「終わりダ!」



その言葉とともにチクリとした痛みが走る。どうやら少しだけ刺されたみたいだ。


手も足もでない状況に、俺は絶望したまま力なく空を見つめる。真っ黒に染められた闇を、月明かりが優しく照らしている。そして、それを遥かに越える光が景色の真ん中にあった。


星でもない、月でもない、まばゆい光を放つそれは次第に大きくなっていき、やがてシドギエルへと突き刺さる。


何処かで見覚えのある十字架だった。聖なる力に満ち溢れ、星に劣らぬ輝きを持った十字架が、シドギエルの胸に深々と突き刺さっているのだ。



「なっ!?何故ここに……祈聖十字クロス・オラシオンガ!」



かなり焦った様子で胸の十字架を引き抜こうとするが、触れた手は拒絶されるかのように弾かれる。



「クソォォォオ!!!!何処にいル!我の邪魔をするナ!」



発狂したように叫び散らすシドギエル。黒腕から解放された俺は、即座に体勢を立て直した。



「何故ダ、何故戻れなイ!?我の能力が封印されているのカ!?答えろシャーロン!」



混乱するシドギエルを嘲笑うかのように、十字架の光が増していく。十字架は膨大な聖なるオーラを限界まで溜めると、一気にそれを解放した。


吹き出たそのオーラは天に昇り、巨大な十字架の形を作る。それは以前、フランデッタで見たあの巨大な光の十字架に、とても酷似していた。

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