第十二話 アル日、黒猫ト出会ッタ

例えば人が人智を越えた力を得た時、どういう反応をするのだろうか。喜びに身をうち震わせて、飛び上がるだろうか。与えられた力を利用して、無双するだろうか。


俺の場合、最初に転生させられた場所が浴場という事もあり、この能力に対して特にリアクションすることは出来なかった。それでも、力を使った時はその常識はずれの強さに興奮を覚えたものだ。


C級のアグラードを消し飛ばしたり、SS級のヴァンザドールを簡単に倒してしまったりなど、正直イーリスの能力に自惚れていたところもある。


だけど、アルドベルクとの戦闘を通して感じたのは、どうしようもない敗北感だった。信じていた力があまり通じず、リリスが協力していたとは言え、相手は自分よりもステータスが低い相手なのだ。それなのに、圧倒的な勝利とはならなかった。


アイリスと戦闘をした時もそうだ。手も足も出ず、ただ一方的にやられている自分に怒りを感じた。そして、この能力が使えないと感じて恐怖も覚えた。


だけど、今は違う。確かな強さを感じられるし、自信もついた。待っている仲間がいて、助けたい少女がいる。偽善かもしれないけど、それは俺の奥底に眠っていた本当の自分なのかもしれない。


拳を強く握りしめる。真っ白だった視界が徐々に色を取り戻していく。ようやく肉体の創造が終わったようだ。その証拠に、生ぬるい空気が皮膚を通して伝わってくる。


目の前に広がっているのは、先ほどまで自分がいた場所。月明かりに照らされた、広大な草原のど真ん中。隣には不恰好に突き刺さった神剣がある。俺はそれを引き抜き、確かな質感に満足した。


目線を前に向ける。そこには信じられない光景が広がっていた。黒い腕に押し潰されて呻くクロの姿。そしてその先には──



「アイリス!」



鎧を着た二体の骸骨に、長刀を突き刺されているアイリスの姿がそこにはあった。頭よりも先に体が動く。


全力で距離を詰め、禍々しい短剣を持ったシドギエルを吹き飛ばす。もちろん、ソフィに傷を負わせないように最低限の力で吹き飛ばした。


続けて長刀を突き刺している二体の骸骨を粉砕する。こいつらには手加減などしていない。


骸骨から解放されたアイリスは、力なく崩れ落ちそうになる。それを支えるように、俺は後ろから抱き締めた。



「遅れてごめん」



アイリスの体温が、腕を通して伝わってくる。華奢な体は恐怖からか、小刻みに震えていた。



「カイト……なのか?」



目に涙を浮かべた彼女は、ひどく不安そうな顔でこちらに振り向く。だが、俺を見るなりその表情を驚きに変えていった。



「ああ、助けに来たよ。アイリス」



口元についた血を、服の袖で拭ってあげる。



「生きて……おったのか……?」



「いいや、死んでたよ。でも、イーリスに肉体を造ってもらったんだ」



「うぅぅぅ……ぐすっ……カイトォ……ッ!」



アイリスはその瞳に大粒の涙を溢れさせ、腹部の傷も気にせずに抱きついてきた。



「ちょっ落ち着けって、傷が……」



「よかったのじゃ……本当に、よかったのじゃ……」



「アイリス……」



痛いほどの力で締め付けてくる腕を受け入れ、彼女の頭を撫でる。柔らかな二つの感触が胸を通して伝わってきたが、今はそんなことを気にする余裕がない。


腹部の傷を治すため、ダメ元でリリスが使っていた完全回復パーフェクト・リカバリーを唱えてみると、成功したのかアイリスの傷はみるみる内に塞がっていった。



「心配させてごめん、もう大丈夫だから。後は俺に任せて休んでいてくれ」



「あっ……」



ゆっくりと体を離すと、名残惜しそうに声を漏らす。もう一度頭を撫でてあげると、アイリスは嬉しそう微笑んだ。



「クロもありがとな。アイリスを呪いから守ってくれたんだろ?」



近くで倒れていたクロに手を差し伸べる。黒い腕はシドギエルを吹き飛ばした際に消えたみたいだ。



「別にいいにゃん。ソフィを救ってほしかっただけだし」



クロは俺の手を借りずに自分で立ち上がると、漆黒のドレスについた土埃を振り払う。



「俺もソフィを助けたい。だから、その間だけアイリスを守っていて欲しいんだ」



「なっ、わしはまだ戦えるぞ!」



「アイリスはよく頑張ってくれたから、後はゆっくり休んでいてくれ」



不安げな表情のアイリスにそう言って微笑むと、俺は後ろに振り返る。遠くに見えるシドギエルを一瞥して、足を進めた。


少しだけ距離を詰めた俺は、右手に持った【極光の神剣ソル・イーリス・ブレイド】を目の前の地面に突き刺す。奴との距離はざっと五十メートルといったところか。



「何故お前が生きていル!呪いで存在そのものが蝕まれたはずダ!」



「やり残した事がいっぱいあったんでね。簡単には死ねないよ」



「ふざけるナァ!」



奴は怒り狂った様子で黒い腕を飛ばして来るが、直前であり得ない軌道へと逸れていった。恐らくクロの能力だろう。


驚くシドギエルを無視して、俺は詠唱を始めた。



「夢幻の守護者よ──」



『奇跡は永遠に交わらず』



俺の詠唱に続くように、何処からともなくイーリスの声が草原に響き渡った。



「我は汝を喰らい、彼の頂へ立とう」



『無限の担い手は天より来たれり』



「させヌ!」



焦ったようにこちらに向かってくるソフィの姿をしたシドギエルは、しかし何かにつまずき、転倒する。



「天上の至高を頂へ」



『有限なる者の魂よ──』



神剣が光り出す。莫大なるオーラを放ちながら、ゆっくりと空中に上がっていく。



「聖者の導を我が道へ」



『無限なる神の権能よ──』



俺は浮いている神剣の柄を掴み、



「永劫なる時を経て──」



『奇跡は再び交差する』



それを勢いよく地面に突き刺した。



「我、ここに無限を思う!」



『栄光あれ、秩序の王よ──』



〈EXモード=終極ジ・エンドタイプ


創々ウィル・オブ・ゴッド】〉



「目の前の少女一人救えなくて、世界なんて救えるわけないよな」



光輝く神剣がそれに応えるように、より一層そのオーラを増していく。

 


「何故イーリスが貴様の味方をすル!」



「お前みたいに身勝手な神様がいるからだろ」



神剣を地面に突き刺したまま、俺は手を前にかざす。【unknown】のEXモードであるこの【創々ウィル・オブ・ゴッド】は、あらゆるものを創造できる力らしい。もちろんそれ以外にも効果はあるみたいだが、今のところイーリスに教えてもらったのはこれだけである。


深い深呼吸をしてシドギエルを一瞥する。俺の行動を一つ一つ観察するように、出方を伺うように、奴は身を構えていた。



「創造するのは絶望を希望へと変える力」



思い浮かべるは、ソフィの肉体を傷付けずにシドギエルだけにダメージを与えるられる武器。距離の不利を無くすために、形は銃で。命中率は100%、何処に向けて撃っても標的に当たるように。弾は無限。弾速はなく、トリガーを引いた時点で対象に被弾する弾。それは神のプライドを砕く一撃。神格を消滅させる力。



「ここに顕現せよ」



突き出した手に光の粒子が集まっていく。それは徐々に銃の形を作り、その姿を現した。それを手に取り、引き金に指を這わせる。



「なんだそれハ……」



「受けてみれば分かる」



引き金を引くと、乾いた発砲音が辺りに響き渡る。それと同時に地面へ膝をつくシドギエル。その表情は驚愕に染まり、信じられないものを見るような目で自身の腹部に視線を移した。



「何故……ダ……」



シドギエルは何かを確かめるように腹部をさする。もちろん傷などないが、まるでそこに傷があるかのように、押さえてうずくまった。



「何なのダ……これハ……」



ソフィの体を覆っていた黒い霧が、どんどん薄くなっていく。黒く濁っていた白目も、赤く光っていた黒目も、その色を徐々に薄くしていく。



「消えていク、我の体ガ……貴様は一体、何をしたのダ!」



「思い付いた設定を全部詰め込んだんだよ。おかげで効果は抜群みたいだな」



「クソォォォォォ!!」



シドギエルの背後から大量の黒い腕が現れる。それは勢いよく俺に襲いかかってきた。


すかさず右手に持った銃で一つ残らず撃ち抜いていく。被弾した黒い腕は光の粒子となって消えていった。



「もう何もかも手遅れだ。ソフィを利用したこと、アイリスを傷付けたこと、許す余地なんてあるはずがない」



怒りに身を任せて銃弾を更に三発撃ち込む。被弾したシドギエルは頭を抱えて発狂したように叫び声を上げた。


俺は神剣を引き抜いて歩を進め、奴に近づいていく。



「終わりだ、シドギエル」



やがて奴の目の前まで辿り着くと、額に銃を突き付ける。すでにシドギエルの面影はほとんど消え、呪眼や黒い霧も無くなり、ソフィはほぼ正常に戻っていた。



「そんな事をしても無駄ダ。我は消えなイ。我はまた戻ってくるゾ!」



「その度にまた消してやる」



引き金を躊躇なく引いた。乾いた破裂音が辺りに木霊こだまし、銃弾がシドギエルの存在を完全に消滅させる。


うめき声すら上げずに、奴はこの世界から消えていった。

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