第十一話 創神ニ導カレシ者ハ

光属性の魔法でぼんやりと照らされた宿屋の一室。肌に纏わりつく季節特有の嫌な空気を感じながら、わしらは転移を終えた。ここはウルニル村の宿屋、『ていけ』。部屋にはベッドが二つあるだけで、特にこれといった特徴のない部屋じゃ。


わしは再び眠りについたエリーゼをそっとベッドに寝かせ、子供達の目隠しを取ってやる。



「お主らは大丈夫か?怪我はないか?」



一人一人に声を掛けていくが、皆一同に頷くだけで一言も喋らなかった。恐怖から来る沈黙か、はたまた別の理由から来るものか。どちらにしろ、大丈夫そうで何よりじゃな。



「その子達にはあまり触らない方がいいにゃ」



「何故じゃ?」



部屋の隅で項垂れている猫に問う。無気力な表情と脱力した四肢。転移を終えてからというものの、奴はずっとそんな調子である。



「今はソフィの呪いが掛かってるからいいけど、解けたら強力なSスキルで襲い掛かって来るかもよ?」



「……ふんっ、構わぬ」



例えこの子達にSスキルを使われようが、わしには関係のないこと。負けるはずがないから……というわけではなく、こんな澄んだ瞳をした子供達が、そんなことをするとは思えないからだ。


そんな事よりも気になる事がひとつ。



「そういえばお主の目的は結局何なのじゃ?まさかこの期に及んでまた黙りを決めるわけではなかろうな?」



今度は真面目に答えてもらうよう、奴の目の前で質問する。猫は一瞬考える素振りを見せると、深い溜め息をついた。



「今回の誘拐はソフィの独断にゃ。私は極覇王派のミザレスの命令で、アルドベルクを殺そうとしただけ。ソフィにはそれを手伝ってもらってただけだにゃん」



「ミザレス?聞かぬ名じゃな。それに何故アルドベルクを殺そうとした?」



「さぁ?【光輝の十字架クロス・グランツ】を脅威と捉えたんじゃにゃいの?」



「ふむ……」



駄目じゃな、さっぱりわからん。何故そのミザレスとやらがアルドベルクを殺そうとしたのかも、何故ソフィがSスキルを持った子供達を集めていたのかも。



「いや、ソフィではなくシドギエルの仕業か」



そう考えれば納得できる。恐らく奴の目的は神々への復讐。複数のSスキルが集まれば多大なる脅威へと変貌し、それこそ神々を越える力を手にすることが出来るじゃろうからな。まぁその集めたSスキルにもよるんじゃが。



「一体どんなSスキルなんじゃ?」



「ソフィは七つの大罪セブン・シリーズって呼んでたにゃ。確か【傲慢プライド】・【嫉妬エンヴィー】・【憤怒ラース】・【怠惰スロウス】・【色欲ラスト】・【強欲グリード】・【暴食グラトニー】の七つだったにゃ」



「……そうか」



「反応が薄いところを見ると、このスキルのことを知ってるのかにゃ?」



「まぁ、色々あってな」



嫌な記憶を思い出して、わしは深い溜め息をつく。Sスキルなど、この世にあってはならぬものじゃ。今こうして世界中に散らばっているのも、全てシドギエルのせい。よって奴はフィーニスを含めた一部の神々から反感を買い、呪いを掛けられた。もう悪さ出来ぬようにと、その目を封じられたのじゃ。



「考えてみれば奴の目にはフィーニスの呪いも掛かっておるな」



他の神々からも呪いを掛けられておるが、それを打ち消すほどの強力な呪いをフィーニスから掛けられている。その強さは果てを知らず、もしかすると奴の眼にもその影響が出ているかもしれぬ。



「嫌な予感がするな。もし奴の眼にフィーニスの終焉が宿っているとすれば、流石のカイトでも死ぬ可能性があるじゃろう」



「それは大いに有り得る話にゃ。終極ジ・エンドに至ったソフィは見たことにゃいけど、その状態でシドギエルが降臨していると考えれば、間違いなく呪いも宿っているはずにゃ」



「くそっ!」



間髪入れずに転移用の魔法陣を展開する。焦る心を大丈夫だと言い聞かせて、わしは陣の中に入った。



「私も行くにゃ!」



「なっ!?」



唐突な猫の行動に驚き、侵入を許してしまう。そのまま魔法陣は光度を増していき、転移は開始された。


まばゆい光の後。視界を手にしたわしの目に映ったのは変わり果てたソフィの姿と、虚しく突き刺さった神剣のみ。


それが意味するところは、カイトの死。



「なんて……ことを……」



頭が真っ白になる。後悔や憎しみが、とてつもない喪失感に押し潰されて消え失せた。



「なんてことを……」



信じがたい光景が、目の前に広がっている。



「してくれたのか……」



運命とは時に──



「貴様はァ!」



ひどく残酷じゃ。



「これはこれは久しいナ。イーリスの眷属ヨ」



「………………」



静かに力を解放していく。願うは全てを破壊する力。『闢力』を最大限まで引き出して、持ちうる全ての力を右手に集中させていく。



「何故我の邪魔をするんダ?主の命令だからカ?」



「黙れ……」



もう何も考えられない。なにも、聞きたくない。



「これは革命なのダ。腐りきった神世界を、我は変えたイ」



「黙れ」



怒りで我を忘れてしまう前に、シドギエルだけは倒す……



「フィーニスに届けるのダ。貴様の決め事など無意味ということヲ」



「黙れと言っておるだろうが!さっきからペラペラペラペラと下らぬことを喋りおって!今はそんなことどうだっていい!」



溢れでる力の波動が空間を揺らし、地面にひびを作っていく。



「アイリス、落ち着くにゃ。シドギエルの呪いに掛かれば、いくらあなたでもタダでは済まないにゃん。今は私を信じて、待っててほしい」



猫の言葉に、わしの頭は徐々に冷静になっていく。確かに、呪いがあれば無事では済まされぬこと。じゃが、それでもわしは奴に一撃入れたい。例えこの身が朽ちようとも。



「私の【偽りの招き猫デスグラシア】を終極ジ・エンドに至らせるにゃ。だから時間稼ぎをしてほしい」



「……わかった」



猫のGスキルはいまだによくわからぬが、この状況で嘘をつくとも思えない。信じてみる価値はあるか。



「絶対に目を見ちゃ駄目にゃん」



「そんなことはわかっておる!」



地を蹴って奴との距離を少しだけ縮める。右手に宿る力をほんの少しだけ使い、それを地面にぶつけた。小規模の爆風が起きて、周りを土や石の欠片が舞い上がる。



「小癪な真似をするナ。呪眼の効果範囲を無くそうとしているみたいだが、全くもって無意味なリ」



シドギエルは複数の黒腕を生成すると、砂ぼこりを振り払っていく。その間に、猫は詠唱を始めた。



「招き招かれ不幸はここに──」



どこからともなく現れた黒猫が、彼女の元に集まっていく。



「凶禍と深淵。虚無と混沌──」



集まった黒猫が消えたかと思えば、彼女の衣服が黒色のドレスへと変わっていった。



「黒猫は汝を幽冥へといざなうだろう」



〈EXモード=終極ジ・エンドタイプ


幽冥凶禍の黒猫クルーエル・ハルド・ディザスター】〉



「完成なる不完全へ」



まるで闇夜に溶け込むかのような黒色のドレス。いや、闇よりも深い漆黒じゃった。その異様な雰囲気に気付いたシドギエルは、焦ったように声を荒げる。



「黒猫ォ!邪魔をす……がはっ!」



「もうお主は黙っておれ」



呪いに蝕まれる心配はもう無くなった。もうお主は終わりじゃ。



「何故わからなイ!これハ……!」



「あの時も貴様はそう言っておったな。じゃが、結果この世界はどうなった?」



吹き飛ばしたシドギエルへと、徐々に近付いていく。奴は焦ったように立ち上がり、黒腕を大量に生成した。



「貴様のせいで、イーシェルの秩序は乱れてしまった」



襲い掛かって来る黒腕を容赦なく消し飛ばし、なおも歩みを進めていく。



「来るナ!この娘がどうなってもいいのカ!」



その言葉に苛立ちを覚え、一瞬で奴の元に移動する。驚くシドギエルを無視して首を掴み、持ち上げた。



「この期に及んで脅しとは、小癪な真似をしているのはどっちじゃ。貴様に神の威厳は無いのか?」



「…………ッ!」



ソフィの顔をしたシドギエルは、悔しそうにその表情を歪める。



「おとなしくソフィを解放しろ」



こやつのした行為は決して許されるものではないが、処罰は後でいくらでも出来る。カイトが最後まで守ろうとした娘じゃ。わしもその意思を継ぎ、絶対にソフィを救ってみせる。



「……わかっタ。この娘を解放しよウ」



諦めたのか、力なくそう答えるシドギエル。わしはそれを確認すると、ゆっくりと地面に降ろしてやった。



「貴様が重ねてきた罪は到底許されるものではない。じゃが、せめてその能力だけでもソフィに有意義に使ってもらうんだな」



「ああ、そうするヨ……」



地面にへたり込むシドギエルに、わしは手を差しのべる。奴は差し出された手を俯きながら掴み、 立ち上がった。口角をつり上げて、狂喜じみた笑みを浮かべながら。



「今から有意義に使わせてもらうヨ」



その瞬間、耐え難い激痛が体を駆け巡る。焼けるような熱さと、溢れ出る血。これは呪いではなく、剣による痛み。



「どういう……事じゃ……」



わしの背後に立つ二つの影。鎧を装備した骸骨が、自身の身長に見合わぬ程の長刀で、バツを描くようにわしの体を貫いていた。



「お主の眷属は全て、追放されたはずじゃ……なかったのか……ごほっ」



「我が何の計画も立てずに単身で来ると思ったカ?あらかじめドクトに頼んでいたのダ」



この骸骨は、煉獄神ドクトの眷属か。



「ぐっ……どこまでいっても……ごふっ……小賢しい真似をする……な……ごほっ」



「例えどんな手を使おうが、勝てば問題なイ」



わしの目の前に赤黒いオーラを纏った短剣が現れる。それは恐らくドクトの神器。刺されれば存在そのものを永遠に煉獄へと縛り付けられてしまう。



「そこまでにゃ!」



後ろから猫の声がした。わしを助けようと、全速力で近付いてくる。



「邪魔をするナ。ソフィがどうなってもいいのカ?」



「にゃっ!?卑怯にゃん!」



「何とでも言うがよイ。元より神は、人間よりも人間くさいのだからナ」



シドギエルはその短剣を掴み、わしに近付けてくる。



「さぁ、永遠の牢獄へと送ってやろウ」



「いっ嫌じゃッ!わしはまだ……!カイトに何も……!」



逃げようとするが、長刀が更に食い込むだけで意味はなかった。両手は骸骨によって封じられており、為すすべもない。



「やめるにゃ!」



「うるさイ」



助けに来ようとする猫は、しかし大量に生成された黒腕によって地面に押し潰される。



「にゃぁ……」



「くっ……そぉ……」



短剣の切っ先が、わしの体に埋まっていく。完全に刺さってしまえば、本当に煉獄へと縛られてしまう。どうしようもない状況に、自然と涙が溢れ出てきた。



「カイト……」



死ぬとしても、カイトと同じ死後の世界に行きたかったのに。たった一人、煉獄の中で永遠の時を過ごすのは、あまりにひどすぎる。



「助けて……」



その言葉は虚しく消えていく……そう思っていたが、次の瞬間にはシドギエルの姿が消えていた。



「なっ……」



一瞬、何が起きたかわからなかった。気付けば短剣は消えており、吹き飛ばされたシドギエルは遠くの方で仰向けに倒れていた。


続けて後ろの骸骨が音を立てて弾ける。刺さっていた長刀も光の粒子となり、消えていった。



「な、なにが起き……」



言葉を最後まで言おうとするが、それは後ろから抱き締めるように伸びてきた腕によって止められる。暖かい、人の温もりじゃった。



「遅れてごめん」



それは低く、しかしよく透き通った男性特有の声色。わしが死ぬ間際に口にした、思い人のもの。



「カイト……なのか?」



ゆっくりと後ろに振り返り、声の主と向き合った。そこには黒髪黒眼の精悍な顔立ちをした、凛々しい男が立っている。紛れもなく、カイト本人じゃった。



「ああ、助けに来たよ。アイリス」





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