第45輪 その態度、矯正してやると淑女は言った

 

 園遊会。

 日本に住んでいて、この言葉で称せられるイベントと関係がある人はごく少数だろう。

 俺もその中の一人で、しゃちほこばった衣装を着せられた俺たちは、庭園の片隅に佇んでいた。

 そういえば言ってなかったが、今回の園遊会は王女の離宮の庭園で行われている。

 同じ街の中に、王宮とは別にわざわざ離宮を建てる意味はよく分からないが、こういう催しのためにあるのだろうか。


 それはさておいて。

 皇女の挨拶列があまりにも長いことから、俺たちは庭園の片隅で壁の花ならぬ庭の草木状態で待機をしていたのだが……。

 立食形式で振る舞われる食事を目当てに、ノーラとミナが俺から離れた隙に、どういうわけだか、眼鏡メイドのフレデリカ嬢が、俺にモーションっぽいものをかけてきた。

 フレデリカは、皇女こと女装神ヘンタイの妹神の魔法で洗脳されているわけだから、もしかしてこれってハニートラップってやつですか?


 と、思い始めた頃、帝国の魔導騎士がさらに横合いから割って入ってきた。

 なんともドタバタしていて頭の回転がおっつかないぜ。


   🚚


「——問おう。貴公が我が姫君との会談を予定している者か」


 涼やか、というよりはいかにも武骨な口調で、言葉を発してきたのは、全身を漆黒の鎧で身を包んでいる、帝国の魔導騎士と思われる人物だった。

 ぶっちゃけ、園遊会という場面では少し浮いているのだが、会場の外でも、王国の護衛の兵士と思われる、黒ではない金属鎧を着た人物が立ち並んでいたわけで、まあそこまでの違和感はない。

 それに、帝国の魔導騎士の鎧は、あまり金属っぽくないし。

 ヌメっとした表面の塗装からは分からないんだが、近寄ったときに金臭さがないんだよな。

 先日の夜に潜入したときには、そんなとこまで見ている余裕はなかったのだが。


「ぬ? どうされたのか——もしや、言葉が通じていないわけではあるまい?」 


 俺が反応しないのを見て、疑念を覚えたらしい彼女は、そう言って眉をひそめた。

 たっぷりとした巻き毛が片目を半ば隠している。

 ——そう。

 彼女、なのだった。


 彼女は、俺の前で髪を掻き上げた。

 色は黒なのだが、俺みたいに真っ黒ではなく、紫がかって見える。おばちゃんやお婆ちゃんがたまに入れているメッシュとは違う、不思議な色合いだ。

 まあ、兎人だの牛娘(……だったっけ?)がいるような世界だから、髪の色ひとつで驚いても仕方ないのだが。


「ええと……言葉は通じてるよ。姫様ってのがあっちのほうだってんなら、それで合ってると思う」


 気を取り直した俺は、離れた先にいる皇女を指さした。

 と、女の表情が不愉快そうに歪んだ。

 そこで俺の隣に立っていたフレデリカが口を挟んだ。


「リン様。皇女様は……よろしいので?」

「ああ、フレデリカ嬢か。なに、身共みどもの同僚がおそばに付いているから、護衛の心配はいらないさ。それより、この男を呼び出せとのお達しでね」


 リンと呼ばれた女騎士は、フレデリカを目に留めるや否や、表情を和らげてそう答える。

 と、再び俺のほうに向き直った。


「殿下は、挨拶に疲れておられるご様子でな。本題である其方そなたとの会談をご所望である……構わぬか?」

「あ、ああ……いいけど。俺も元からそのつもりだったし……」

「なら、こっちだ」

 

 俺が言い終わるより早く、その女騎士——リンは俺に背を向けて歩き出す。

 気忙きぜわしい性格なのか、この世界のお偉いさんによくあるパターンで、俺を平民とみて侮っているのか。まあ……半々なのだろう。

 個人的には、その辺のことはあまり興味がない。

 日本にいた頃、しばらくニートをやっていたわけで、その頃の親戚の視線に似たようなものだ……ちょっと違うか。

 リンに付いていこうとして、こちらの様子を窺っているフレデリカに気付いた。


「私は同席するわけにもいかないでしょうから……ここでお待ちしておりますが、お二人にはお声がけしておきましょうか?」

「うーん……いや、いい。俺が行ったことだけ伝えといてくれ」


 別行動は避けようとしておいてなんだが、この園遊会の会場に残しておいたほうが周囲の目が多くて安全だろう。

 それに、女装神ヘンタイのやつが神様であることはノーラもミナも知ってはいるのだが、俺が地球の日本で人をはねてこちらにやってきたとか、そういうすべての事情までは彼女達には伝えていない。

 別に隠しておくほどのことでもないのだが、すべてを語るとなると色々説明しないといけないことが多すぎて、億劫でそうなってしまっている。


「わかりました」

「じゃあ、行ってくるわ」


 ある意味で、対決に向かうのだが、それには相応しくない台詞だなと思いつつ、俺はずいぶん先を歩いているリンの背を追いかけた。


「おい、ちょっと待ってくれよ」

「……なんだ」


 足を止め、振り返るリンに俺は戸惑った。

 単に距離が開き過ぎていたので、待ってほしかったのだが……。

 この女騎士、意外と律儀なところがある。

 そういう意味では、エリスに近いな……などと思いながら。


「いや、単に待ってほしかっただけだ。すまん」

「そうか」

「……ところでアンタ、帝国の魔導騎士、ってやつだよな?」


 問いに彼女はそれがどうしたのだ、という表情で頷きを返してきた。

 俺がリンに彼女の所属を確認したのには、当然、わけがある。先日、王宮に忍び込んだときにも魔導騎士と出会ったが、追いかけられるだけで会話をする機会はなかった。

 つまり、俺は彼らからは何の情報も得ていないのだ。


 女装神の妹である皇女は、帝国で問題があってこちらに流れてきたと言った。

 あのとき、皇女の正体については護衛の魔導騎士も知らない様子だった。

 だが、全員がそうとは限らない。

 皇女が神様であることを知っている者がいるなら、会談の前になんでもいいから情報を入手しておきたい。


「ああ、身共みどもは帝国にて、騎士の任にある者である。貴公は……西方の諸王国の住人にしては、やや変わった顔……珍しい髪と目の色をしているな」

「——いま顔って言いかけたよな? 変わった顔って明らかに褒めてないよな?」

「聞き違いであろう」


 フン、と鼻で笑って、リンはそう言い張ったが、俺の耳に届いた言葉は明らかに顔、だった。

 神様の魔法による自動翻訳なのだから、聞き違いってことはないはずだし。

 だが、拘るつもりもない俺は、不服に感じながらも、この話は流して、別の——さきほど考えていた、皇女の情報収集を開始する。


「んなわけあるかよ……まあ良いけど。ところでアンタ、皇女さんとの付き合いは長いの?」

 

 ところが。その一言を口にした途端、リンの表情が明らかに不快げになった。

 表情の変化に、続けて言うには。


「皇女殿下か、せめて、皇女様とお呼び願いたいものだが」

「……あー、悪い悪い、気をつけるよ。皇女様な」


 なるほど、礼儀の問題だったか……と理解した俺が、頭を下げながら、そう釈明すると、リンの表情は元に戻った。

 先にも思ったが、彼女はかなりの美人である。

 切れ長の目と薄い唇に薄紫色の口紅を引いているのだが、片目を隠す巻き毛との組み合わせで、かなりクールな印象を受ける。

 エリスに似ているが、最近砕けてきた彼女より厳しい感じの言葉遣いもあり、冷血美女と言っても間違ってないと思う。


 ちなみに年齢はというと、よく分からないのだが二十代ぐらいだと思う。当初はその態度からけっこう歳がいっているのではないかと感じたが……肌の瑞々しさからすると、三十代ということはなさそう。

 フレデリカさんよりも少し若いぐらいではないだろうか。

 ある意味で失礼なことを考えているな……と自覚したときには会話はかなり進んでいた。


「その呼び方ならば、よい。……さて、殿下との付き合い、という話だが……身共のような者には、殿下との間に付き合いと呼べるような畏れ多い関係はないが……護衛の任について、四年目にはなる。貴公が聞きたいのは、そういうことでいいだろうか?」

「ああ、うん。四年かぁ……。かなり長いほうになるのかな?」

「まあ、そうだ。その経歴で、今回の視察の旅においては、護衛の騎士の取りまとめを仰せつかった。そのことを誇りに思っている」

「ふうん……じゃあさ、ちょっと聞きたいんだけど」


 そこで、どう切り出したものか迷った。

 結局、率直に聞くのが一番なのだろうが、皇女って実は神様だったりする? とか聞くと頭がおかしいと思われる可能性がある。

 とすると、とりあえずは……。

 俺は迷った挙げ句、次のように口を開いた。


「あんたのところの皇女様、なんか変わってるよな?」

「変わっている、だと……? 西方の人間には帝国人は奇妙に思えるのか」

「いや、そういう話じゃなくて。人間離れしてるっつーかさ。そう思ったことはないか?」


 眉をひそめているリンに俺は重ねて問いかける。

 そもそも地球の日本人の俺からすると、どっちの人間も外見的には変わっているように見えるし、そういう話をしたいわけではない。


「ふむ……? まあ、確かに我が姫君は非常に美しくあられるが……高貴で、なおかつ凜々しく、可憐な花のようでいて、なお麗しい。正直に言って、身共も見惚れてしまうほどだ」

「いや、そういう意味でもないんだが……ってか、あんた、ずいぶん皇女様のこと気にいってんのな……」

「当然だ。美しい皇女殿下は我が国の誇り」


 俺は今、呆れ顔になってるんだろうな……と思いつつ、相づちを打った。

 で、仕方ない、と心を決める。

 このまま、遠回しに尋ねていてもらちがあかないようだ。

 ここは一発、直接的に——。


「あーだからさ。つまり、皇女さんって、なんか人間っぽくない気がするんだが?」


 俺がそう口にした途端、空気が凍り付いた。

 あれ?

 と思った次の瞬間、柳眉を逆立てたリンが顔を青くして激昂した。曰く、


「なんだと……? 貴様、言うに事欠いて、我が姫君を人にあらずと侮辱するとは——ッ!」


 えっ、そういう風に受け取るの? これって、俺が悪いの……?

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