第44輪 馬子にも衣装というけれど

 街を出ようとした俺たちを引き留めたのは、王女付きのメイドのフレデリカ。

 彼女は——彼女だけでもなかったそうだが——王女の命により、朝からずっと俺たちを探していたらしい。

 その命とは、俺と話をしたい皇女のために王女が主催する園遊会へ、俺たちの出席を依頼するというもの。


 皇女は女装神の妹神であり、フレデリカと王女は、その妹神がかけた魔術の影響下にある状態だ。つまり、これは罠——というか、罠としては見え見えすぎる誘いになる。

 彼女の手により(正確には同じように魔術をかけられた王女の手により)、俺の手配書が街門を守護する兵士達の間に回っていて、街から出ることが出来ないのだから、誘いを超えた強制なのだが。


 こうして、俺は否応なしに園遊会に参加することになった。

 いずれにしても、皇女の本音を聞き出す必要はあると考えていたのだから、この成り行きは俺にとっても好都合とも言える(とでも思わなきゃやってられん)。

 そして——

 エリスとレオが戻ってくるより先に、園遊会が催される日がやってきた。


   🚚


「お似合いですよ」


 先日と変わらぬ眼鏡メイドぶりで、フレデリカ嬢が俺に言葉をかけてくる。


「本当にそう思ってる?」


 つい、口調が恨みがましくなってしまった。

 というのも理由があって、王女主催の園遊会というものを俺は正直言って舐めていたのである。ドレスコード的な意味で。


 よくよく考えれば、やんごとない人達の集まりになるのは当然なのだから、それ相応のものを着る必要があるのは当然なのだが、その服装がなかなかに厳しい。

 現代日本だと庶民は結婚式ぐらいでしか着ない、モーニングだの燕尾服だのといったカテゴリーの服があるが、そんな感じの服を着る必要があるらしい。


 もちろん、俺はそんな服を持っているわけがない。

 というわけで、フレデリカに手配して貰った貸衣装……ということになるわけだが、これがまあなんていうか……着心地がよくない。サイズが合っていないせいが大きいのだと思うが、飾りがごてごてしているせいもあると思う。

 なんだこのネクタイならぬ、ひだひだのスカーフみたいなやつは……。

 服を着ているのではなく、服に着られている感覚である。

 とはいえ、いいこともあった。


「ええ、ノーラさんも、良くお似合いです」

 

 そうなのである。

 俺がちゃんとした格好をさせられているのだから、同伴しているノーラも同じように正装となるわけだ。

 こちらの世界で、女性のこういう場面での正しい装いはというと、これがまあ普通というか、俺の常識とはかけ離れていないものだった。つまりはドレスの一種だ。

 なんでもここ数年のトレンドだとかで、かなり肌が露わになるようなデザインだった。

 襟ぐりは深く、背中もかなりはだけている。

 袖はノースリーブというか、肩にヒモでかけているような感じ。

 そのかわり、肘から先には薄手の手袋をしている。

 生地の色合いは鮮やかな青で、これもまた最近のトレンドだということだ。

 やはり異世界でも、ファンタジー的な世界でも、女性の服装には流行りがあるのだ。

 いやまあ、俺がいま穿いている、臑のほうがかなり細いズボンも最近の流行らしいので、女性に限ったことではないそうだが……。


「おかしくないアルか……?」


 いつものように、大きな瞳で率直に、けれどどこか自信なさげに見つめてくるノーラに、俺は窮屈な首元に指を入れながら応えた。


「……こういう服装は見るのも着るのも初めてだからな……なんともいえないが、まあ、似合ってると思うぞ?」

「それなら良いアルけど……わたしのようなパートナーで、ご主人様は本当によいアルか?」


 なんとなく煮え切らない調子になったのは、女を褒める、という経験が俺の人生で久しぶりだったからだ。経験が少ないわけでは……まあ、あるけどな。

 ともかく、今回、ノーラは俺の許嫁……のようなもの、ということになっている。

 この世界の常識では、園遊会のような場面に血のつながりのない女性を帯同する場合、相手とはそれ相応の間柄であるのが普通なのだそうだ。

 皇女が興味を持っているのは俺のほうだろうが、ノーラは女装神ヘンタイについての事情も知っているし、あの時に潜入した面子の一人なので連れてくることにした。

 公の場所で危害を加えてくる可能性と、街に残しておいたときの危険性を天秤にかけた結果だ。半分ぐらい、えいや、っと勢いで決めたところはあるが。

 ……そのような事情で、二人の関係はそれっぽいものにする必要があった。

 あくまでも建前として、だが。

 しかし、それならそれで気をつけたほうがいいこともある。


「おい、ノーラ。ご主人様、ってのはやめといてくれ。誰かに聞かれると偽装がバレちまう。……許嫁だと、普通はどう呼ぶんだ?」

「あなた……で、どうアルか……?」

「お、おう……」

「鼻の下が伸びてる、おじさん」


 ちなみにミナも連れてきている。

 彼女も一応着飾ってはいるのだが……ミナはまだまだ子供なので、年齢に見合った可愛らしいドレスを着せられている。

 露出度は高くなく、フリルとかリボンが沢山ついてる。

 彼女がその服装を気に入っているのかどうかは、相変わらずの無表情気味のへの字口からはよく分からない。

 っていうか、またおじさん呼ばわりしやがって……。

 教育的なデコピンをしようと伸ばした手を、さっと躱された俺はため息を吐いた。


「……とりあえず、お前はその辺で菓子でも食ってろ。大きくなれねぇぞ」

「ん。ノーラも一緒に行こう?」

「ごしゅ……あなた、どうしましょうか」

「お、おう……」


 ギリギリのところで訂正してノーラがそう言う。

 俺の腕を取って、赤い目で見据えてくる彼女に「あなた」とか言われると、想像以上にドギマギするものがあることが分かった。


「……そうだな、二人で行ってくるといい。俺はここで皇女様の手が空くまで待ってるよ」

「わかりました、あなた。さあ、ミナ、行こう?」

「やっぱり鼻の下伸びてる……」


 うるせえ。分かってるわ。

 頭の中でこまっしゃくれた子供に反駁しつつも、俺は俺の腕を離して、ミナの手を引いて去って行くノーラの後ろ姿を名残惜しさを覚えた。


「まったく、馬子にも衣装っていうけど本当だな……」


 美人だとは思っていたし、これまでだってそのスタイルに魅力を感じなかったではないのだが……高級そうなドレスを纏って、お淑やかに振る舞ってる姿はこれが始めて。

 ノーラにこれまで感じていなかった魅力を覚えたのは、やはりそのせいだろう。


「馬子にも衣装……ですか、面白い言い回しですね」

「あ、ああ……こっちではそんな風に言わないのか」


 例によって、どのように自動翻訳されているのか分からず、俺はフレデリカの反応に適当に頷いた。

 そうしながら、視線を皇女様の挨拶列に移す。

 まだまだ行列が出来ていた。

 園遊会のようなイベントでは、主催者やメインのゲストのところに挨拶の行列ができるものらしい。特に、それが異国(それも過去の敵対国)から訪れたお姫様となれば、列もいきおい長くなる。

 俺たちが園遊会に訪れてから三十分ほど。

 そもそも開会のときを外して、遅れてやってきたのも合わせると、都合二時間ぐらいに渡って皇女は挨拶に挨拶を返していることになる。

 普通に考えれば大変そうだが……。神様だからなあ。


「ところで……ジョーさんは、ノーラさんとは実際にはお付き合いされていないとのことですが……」

「ああ、関係としては、ミナと後、面倒なのも入れて……仲間と言ったところだな」


 退屈を持てあましていそうな俺の様子を窺ってか、フレデリカが尋ねてきた。

 俺は返事をしながら、前に同じことを彼女に伝えたことを思い出した。

 もう少し補足したほうがいいだろう、と思って、


「そもそも、知り合ってからまだほんの二ヶ月ぐらいにしかならないんだよな」

「ジョーさんは、どういう女性が好みなのですか?」

「へ? 好み?」


 ノーラたちと知り合ってからの期間を伝えたら、思ってもみない反応が戻ってきた。

 眼鏡の奥の瞳を好奇に輝かせて問いかける彼女に、俺がなんと答えたものか迷っていると。


「私が子どもの頃読んだ本には——」


 唐突な話題の転換とともに、フレデリカが一歩こちらに近寄ってくる。

 彼女の身長はノーラと大差が無い。

 それはつまり、俺ともそこまで変わらないということでもある。当然の結果として、そばにやってきた彼女の顔は、俺の顔のすぐ近くに接近しているのだった。


「異国の王子様が描かれていまして……。黒髪で黒目の……」


 それは囁き声だったが、息がかかるほどの距離しか開いていない彼女と俺の間では、わずかな減衰しかなく、聞き取るのも容易たやすかった。

 俺は想像すらしてなかった展開にまばたきをする。

 流石に、現状がどういう状況なのか分からないほどに、俺は鈍感ではない。

 よくあるラブコメ系作品の主人公とは違うのだ。


「……思えば、あれが私の初恋であったように思います——」


 だが、俺がそんな思考をしていると知るよしもないフレデリカは、そう言って艶然と微笑んだ。俺より、二つ三つは年上だと思われる彼女には、それ相応の余裕のようなものが感じられる。こっちのほうが気恥ずかしくなってしまいそうな笑みを見て——

 最初に脳裏に浮かんだのは、まずった、という感想だった。


 場面的には浮かれるほうが自然な気もするが、俺自身にそういう気持ちがなく、これから皇女との一戦(物理的に戦うつもりはなかったが、交渉的な意味で……)が待ち受けているのだから、色恋沙汰にかまけている精神的な余裕はなかったのだ。

 タイミングさえよければ、と思わなくも無かったが。

 

 ともあれ。そんなふうに、思わぬ直訴攻撃に驚いて固まっている俺を救ったのは……。


「——問おう。貴公が我が姫君との会談を予定している者か」

 

 なぜか、聞き覚えがあるような台詞と共に、俺とフレデリカの間に——というより、フレデリカによる俺へのアプローチに——割って入った、漆黒の鎧に身を包んだ帝国の魔導騎士だった。

 そして何の因果か。

 その魔導騎士もまた美女なのだった。


 ……あー、なんか天運とか命運とか、いろいろ一気に消耗してそうな気がするぜー……。

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