第38輪 とある神にうりふたつの皇女


 王女から色々と説明を受けた俺たちは、この問題が、帝国から来た使節団の到着に起因するものだと知る。


 帝国からやってきたのは、皇女と魔導騎士を含む、二十人以上の面子。うち、戦闘員は十人ちょいらしいが、四人いる魔導騎士がかなりの手練れだとレオは言う。

 自信過剰気味のレオが重要視する相手だ。けっこうやばい匂いがする。できればそいつらとは会わないようにして、お家に帰りたいと俺は思っていたのだが——。


 王女の寝室に響く突然のノック。俺たちは身を隠す。

 応対したメイドのフレデリカを押しのけて室内に入ってきたのは、噂の帝国人たち。なんと皇女まで含まれていた。

 その皇女が、不穏な気配を醸し出したため、俺たちは隠れるのをやめた(というかレオのやつが勝手にそうした。俺、世界を救う主役のはずなのに、最近なんだか影が薄いと思う……)。


 そして皇女と対面した俺は、彼女が女装神とほぼ瓜二つであることに驚きを隠せないのだった。


   🚚


「お前なんで——! いや待てよ?」


 衝立を蹴倒したレオの隣で、帝国の皇女という少女に目を止めた俺は、思わず叫んだ。

 が、すぐにセルフツッコミを入れてしまう。

 俺のその反応は、帝国の皇女があまりに女装神ヘンタイに似ていることへの驚きと、髪の色がまったく違うことへの気づきによるものだった。

 帝国の皇女の髪色は緋色。若干オレンジがかった赤だ。

 よく見れば、髪型も違う。

 女装神の髪型はショートボブとでもいえばいいのか、かなり短め。だが、彼女は後ろにまとめて編み上げているのだから、解けばかなり長そうだ。多分、肩にかかるぐらいの長さはあるのじゃないだろうか。

 しかし、その違いが一見して分からない程度に、顔は瓜二つだった。

 地球にいた頃に遊んでいたスマートフォンのゲームの登場人物じゃあるまいし、顔の区別は付かないがまったくの別人……そんなことがありえるだろうか?

 

「お前はいったい……?」

「——貴様、皇女殿下に無礼であろう!」

「貴様らこそ何者だ、なぜここにいるのだ」


 口を吐いて出てきた疑問の言葉に、皇女をかばうように進み出てきた護衛——甲虫のキチン質で出来たようなてらてらと輝く鎧を着込んだ二人の男達が、非礼を叱責するとともに、俺たちが何者かを誰何してきた。

 しかし。


「よい」

 

 その二人を押しとどめたのは当の皇女であった。

 護衛の一人が「皇女?」と呼びかけたが、彼女はそれを無視して二人の間より踏み出して俺たちの前に立つ。


「……懐かしい匂いがしますね。はどうしていますか?」


 そして、そんなことを言い出した。


「彼……って、やっぱりお前あいつの……あいつの名前、なんて言ったっけ?」


 女装神の名前を覚えていないことを思い出して、俺は右後方のノーラに問いかけた。

 だが、彼女も首を捻ってウサ耳を揺らす。


「……言われてみれば、知らないアル」

「誰の話だい?」


 レオのやつが知っているわけもなく。


「ええっとぉ……名前は知らないんだが、あんたに似ているやつが知り合いにいるんだが、やっぱりそいつ、お前の関係者なの?」


 仕方ないので俺はそんな風にふわっとした問いかけをした。

 っていうかこれ、かなり頭痛いこと言ってるような気がするけど、気のせいだよな。

 ……気のせいじゃないか。分かってましたよっと。

 で、俺の問いかけに最初に応じたのは、皇女ではなく、護衛の騎士——そうそう、魔導騎士だったな——だった。

 

「貴様、皇女殿下をアンタだのお前だのと……」

「よい」

「ははっ」

 

 再び制されて、かしこまる魔導騎士。

 流石は帝国の皇女というだけあって、大の大人が平伏しそうな勢いである。現代日本ではこういうシーンは滅多に見られないだろう。

 これが出来るのは、女王様と訓練されたM男ぐらいだろうか。

 ……出てきたひどい想像に一瞬目眩がした。


「話を戻しましょう……やはり、あなたは、あの不詳の兄の知り合いのようですね」


 俺は目を見開いた。

 背中側にいるのでノーラの反応は見られないが、彼女も驚いているはずだ。

 レオにとっては何の話だか分からないだろうがここは放っておく。


「兄貴……だと?」


 俺がうめくと、皇女は微笑んだ。どこか人を喰ったようなその笑みは、まさしく、女装神と軌を一にする何かを感じた。

 兄妹……血縁関係だと?

 だが、待てよ、それってつまり……。


「皇女殿下! 一体どうされたのですか、貴方には兄上などいらっしゃらないはず——」

「ええい……天丼を繰り返すつもりですか。二人とも、私の目を見なさい」

「はい……?」


 いつの間にか取り出していた扇で口元を隠した皇女が、振り返って二人の護衛を見る。

 すると——


「あなた方はここで私が何を言おうと疑問を持たない。いいですね?」

「……はい……」「は、い……」


 くにゃりと身体から力を抜いた護衛達が、どこか惚けた目つきになって、口々に同意の呟きを漏らす。

 もしかして、これは……。

 と思ったら、続いて彼女はこちらに——いや、俺たちとは少し離れた位置にいる王女とメイドに視線を飛ばす。

 すると直ちに、彼女たちも忘我に陥った。

 それを見て身構えた俺たちだが、こちらを見た彼女の瞳は何も変哲もないものだった。どうやら今すぐにこちらに魔法をかけてくる意図はないらしい。そんな状況で剛胆にも、なるほどね、とレオが気楽な調子で呟いた。


「こういうからくりだったんだね……皇女殿下が魔法使いだったのか」


 それを聞いた俺も納得して頷く。

 例の庭師の男にかけられた魔術。アリッサ王女の、両親の変化を引き起こしたであろう、精神を操作する魔法の使い手は、この皇女だったのだ。

 そして、皇女が、本人の言う通りに女装神の妹だというのであれば……。


「——あなたが神か」

「はい」


 俺の問いかけに、皇女はあでやかに笑った。

 お笑い用語の天丼を理解する時点で予測はしていたが、この受け答えと、先の魔法の手並み——魔導騎士は魔法の達人らしいのに、そいつらを一瞬で自分の魔法にかけているのだから、まさに神業だろう——からして、間違いなく神だろう。

 もはやこれ以上の神としての証を求める必要もないはず。

 ならばやるべきことはただひとつだ。


「頼む、あのバカを引き取ってくれ」

「お断りします」


 な、なんだってー。

 ってまあ、言ってみただけだがな。


「それより、あなた方がここに来たのは彼の差し金ですか。あなたと——彼女は私の兄をご存じの様子ですが、そこの彼は事情を理解していないように見えますね」

「何のことやらさっぱりなのは認めよう」

「なんでお前そんなに自慢げなんだ?」

「そんなこと言ってる場合じゃないアルよ……」


 そうですね、早く質問に答えて貰いたい物です、と皇女はノーラに同意した。

 その瞳は怪しく輝いている。

 万が一、彼女が魔術を使うと決めたら、俺たちはたぶん抵抗不能だろう。なにしろ神が使う魔術だ。魔法耐性とか基本達成率百パーセントで、その上、クリティカルされる勢いでかかってしまうはずだ。

 そもそも「魔」術とか言わずに奇跡と呼ぶのかもしれないな。

 などと色々考えつつも、俺は口を開いた。


「差し金か……って言われてもなあ。あいつの考えてることを俺たちは理解できてないのが本当のところだ」

「そうですか。ここには来ていないようですが、それは私との約束を守ったのでしょうね」

「約束?」

「あれは今から二千五百年ほど前の話になりますか。いえ、七百年前だったかしら……ともかく、私たちはひとつの約束をしたのです。神はお互いのやることに干渉すべきではないので相手の領土には了承なく足を踏み入れない……と」

「領土……って、じゃあこの国はお前の?」


 俺がそう問いかけると、彼女は扇をぱちりと音を鳴らして閉じた。


「いえ、そういうわけではありません。人の国の領土とは関わりのない概念です。わかりやすいように、比喩的に表現したまで……。ともあれ、現在、このメルキノと呼ばれる土地は私の支配下にあります。これも比喩的な意味ですよ?」

「へえ……分かるような分からんような」

「よって、彼はいまここに来ることはできません。原則論的な意味ですけどもね。兄がどうしてもというのであれば、私もいくらか思うところがありますし……」


 うふふと密やかな声を漏らしながら、緋色の髪の少女は笑った。

 どこか暗いところのある笑みに見えたが、彼女の本心は俺には分からなかった。


「なんか色々とあるんだな……」

「そうですね……だから、私はあなた方に問わなくてはいけないのです。彼の遣いとしてここで——私に対して、何らかの企てを持っているのですか、と」

「んん? それってどういう——」

「ははあ、なるほどね」


 困惑しかけた俺を尻目に、訳知り顔で頷いたのは、レオだった。


「事情分かってないはずだろお前」

「なあに、状況は理解しているとも。君が神を名乗っていることの真偽はともかくとして……つまり、君は我々が兄者の手先でないかと恐れているわけだ。ここでの計画を邪魔する者ではないかと……」

「あー……そういうことか」


 俺は内心で膝を打った。

 だから「差し金」という表現を使ったのか……と俺は頭の回転が鈍りかけていたことに今更、気がついた。

 いかんいかん。状況に流されかけていた。ちゃんと考えないとな……。


「まあそういうことになりますね……少し誤解はありますが」


 少しだけ不満そうに呟いた妹神に、俺は問いかけた。

 元々自分がやってきた目的を思い出して。


「で、なんでアンタはここで王宮の人間に魔法をかけているんだ?」

「大した目的はありませんよ」


 くすりと笑って、皇女は返してきた。


「目的がないってわけはないだろう……」

「あえて言うなら『避難』ですね」

「避難……?」

「帝国の方で若干の問題がありまして、こちらに身を寄せているのです」

「ん? 待てよ……あんた、帝国の皇女ってのは本当なのか。偽物じゃないのか」


 俺の問いかけに、皇女は再び笑った。


「ふふっ、偽物ではありませんよ。私は確かに帝国の皇女でもあります」


 むう……と俺は唸る。なんとも色々と分からない……。

 どういう風に聞き出そうかと悩む俺の代わりに、レオが割って入った。


「いずれにしても、ぼくたちの立場としては、君がここにいるのはともかく、魔法で国政に影響を来している状況は都合が悪いのだが……すべてを元に戻して、退去してはもらえないかな?」


 単刀直入な提案だったが、それに皇女はおかしそうに笑う。そして、


「先ほどひとつ誤解があると申し上げましたね……私はあなた方が兄の手先であり、私の計画を邪魔することを怖れているのではありません」


 そんな風に笑みを含んだ声のまま。


「もしそうなのであれば——ひねり潰すまでです」


 皇女——そして、女装神の妹を名乗る少女は、そう言うと扇を再び鳴らした。

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