第37輪 帝国の魔導騎士がやってきた、ヤァヤァヤァ
眼鏡メイドと出会い、この国の王女とも出会ってしまったが、彼女たちが信頼しているのはレオの奴……これがつまり「ただしイケメンに限る」という奴か。
いやまあ、確かに俺、貴族じゃないから身の証とか立てられないけどさあ。
ってかこの世界の人間ですらないけど。
越えられない壁の存在というか、差別感を覚えてしまうのであった。
しかし、それも王女による王宮の変化の原因についての説明が始まるまでの話だった。変化の核心として少女が挙げた名前は「帝国」からの訪問団……。
それまで余裕を漂わせていたレオが、一転して視線を険しくするガチぶりが、俺にまで伝わってきて——。
これは……くんくん……陰謀の匂いっ!
……とまあ、実際に鼻で嗅いだわけではないのだが、陰謀の香りがしてきたわけである。
🚚
「この王宮は、すっかりおかしくなってしもうた。わらわの意見では——犯人はやはり、先月にやってきた帝国からの表敬訪問団であろ」
こども王女であるところの、アリッサ王女の一言で、俺の隣にいるレオの雰囲気が変わった。
「帝国からの訪問団……おかしいな。さっき会った、あの教会騎士は特に触れていなかった……」
「ふむ? どういう話か知らんが……帝国からの使節も、我が国には定期的に来訪しておるから、それ自体は特に珍しいことではないのじゃ」
「定期的な? いったい連中は、どういった名目で?」
「うーん……なんじゃったかの」
「——例の……レオニダス様も参戦なされたセレッサ戦役のような悲劇の繰り返しを避けるという名目で、定期的な情報交換を行っているものです」
レオとアリッサのやりとりに、フレデリカが横から補足した。
「ああ、そうじゃったそうじゃった」
「悲劇……ね」
アリッサが手を打ち、レオが鼻で笑う。
俺はそこに割って入ろうとして……思いとどまった。話の内容がさっぱり分からないのだが、ここで聞いていいのかどうか。有名な戦争のことすら全然知らないとなると、常識がないを通り越して、変な人間だと思われる可能性が高い。
そう考えて、ぽつりと呟いた。
「面倒だな……」
「ああ、帝国が絡んでいるとなると、これは既に国際問題だからね」
ところが、俺の独り言をこの状況に対する反応だととらえたらしいレオが、そんな風に返事をしてきた。俺は適当に頷きを返してから、アリッサ王女に尋ねた。
「それで、そいつらはどんな風に怪しいんだ?」
帝国人がどういう奴らで、過去にこの辺の——西方諸国だったかの連中とどういういきさつがあったのかは分からない。それでも、ここで起きていることを解決すればいいはずだった。
家出をした
「何か尻尾を出してはおらんのじゃが……彼女達に関する問いかけをすると、父上や母上の態度がいつもと何か違うのじゃ」
アリッサ王女はそう答えた。
続いて、眼鏡メイドのフレデリカに視線で問いかけると、彼女も、
「私も、女官長や侍従長の様子が若干変だとは思っていますので……彼女達に関係はあるのではないかと思っています」
と、それを裏付けるような話をした。
多分、二人が言う変な態度とは、ここに来る前の教会騎士団の秘密基地で見た、庭師のような状況のことを指すのだろう。
近しい人々であれば、違和感を感じ取るのは容易い。気になるのは、この二人が影響されていないことと……そして。
「待った。『彼女達』ってことは、もしかして、帝国から来たっていう連中は女なのか?」
俺が確認すると、アリッサ王女は首をあいまいに動かした。
「少なくとも一人はそうじゃな。私よりもいくつか年上で、帝国の王女という話じゃったが……」
「姫さま、王女ではなく、皇女です。帝国ですから」
「ああ、じゃったじゃった」
ほほう、皇女様か。
ここにも王女様がいるわけだし、ずいぶんとファンタジーらしくなってきた。
わりとどうでもいいことを考えていると、レオが別のことを聞いた。
「何人ぐらいいるんだい?」
「使用人も来ておるが……それでも二十人ちょっとというところじゃったか、フレデリカ」
「はい、そうだと思います」
かなりの人数だが、国の使節となるとそういうものなのかも知れない。
むしろ、皇女様がいるわりには少ないのかも。
側仕えとかそういう人と、護衛は必要だろうし。それに他の国交に必要な人々やら、細かい使用人とか馬車の運転手……御者っていうんだったかも含めると、もっといてもおかしくなさそうだ。
「その中で、ぼくらの脅威になりそうな……護衛とか兵士は何人ぐらいかな?」
「……さて、どうじゃろう……まず、揃いの黒い鎧を着た、なんとかいう……」
「魔導騎士」
「それじゃそれじゃ」
うなずくアリッサ王女の明るい顔と、対照的に渋い顔になるレオ。
「魔導騎士まで来ているんだね……いや、皇女が来ているなら、護衛として必要なんだろうけどね……」
「魔導騎士って、帝国の魔法が使えるとかいう連中のことだったっか」
「ああ、そうさ、ジョー。連中はかなりの手練れだから、気をつけたほうがいい」
レオはそこで言葉を切って、間を置いて続けた。
「で、その魔導騎士が何人いるのかな?」
「四人じゃ。それ以外に普通の兵士みたいなのが八人ぐらいおった。そうじゃな?」
「はい、姫様」
「……多くはないね……少ないってほどでもないけど」
レオが安堵のため息を吐いていた。
自信満々のこいつがこういう態度を見せることは珍しい。
それだけにヤバい連中なのだろうと俺は気を引き締めて、隣に無言で立っていたノーラを見る。
「大丈夫アル、ご主人様は私が守るアル」
「いやいや、そういうアイコンタクトじゃねーから。ってか、どっちかというと俺が守る立場なわけでな……ん?」
扉の方からコン、コンと控えめなノックの音が聞こえてきた。
俺たちは顔を見合わせる。
心当たりはあった。王宮に侵入したときに昏倒させた兵士達が見つかった可能性が高い。
一様に緊張した顔が並ぶ中で、最初に口を開いたのはアリッサ王女だった。室内での着替え用なのか奥にある衝立を指して言う。
「この時間に、何事じゃろうな……その方らは、そこに隠れていよ」
「いいのか?」
「そなたらは、不法侵入者ではあるが……父上や母上の正気を取り戻してもらいたい。王女の部屋に入ってくる痴れ者はおらんじゃろうし、言いくるめて追い返すだけのこと」
「ありがとう、感謝するよ」
俺が聞いて、王女が返し、レオが礼を言う。すると。
「英雄に言われると照れるのう……」
などと目をキラキラとさせる王女。
くそう、イケメンは子どもにもモテるらしい。
そんな感想を抱きながら、俺は他の三人と衝立の向こう側に身を潜める。その間に追加のノックが来ていたが、それに対しては、
「ええい、何事じゃっ……わらわはそろそろ寝る時間だというのに……フレデリカ、様子を見て参れ」
などとアリッサ王女が、外に聞こえるか聞こえないかという大きさの声で、絶妙な演技をしていたのだった。
俺は、向こうの様子が気になって、板の組み合わせで出来ている衝立の隙間に目を近づけた。
よし、なんとか見える……。
「はいはい、開けますよ〜」
ちょうど、メイドのフレデリカが扉の鍵に手をかけていた。
彼女が発した声は若干演技力不足というか、一部のコア視聴者に受けそうな深夜アニメの登場人物のような、平坦すぎるものだった。
がちゃがちゃと鍵を操作して、それからようやく扉を開いた。
「はいはい、どちらさまですか〜」
うーん、どうにも大根役者だよなあ、と俺が思った次の瞬間。
えちょっと止めてください、と突然早口にフレデリカが喋り出す。何事かと思ったときには既に、彼女は押しのけられるようにして室内に数歩下がって、そこで空いたスペースに背の高い人物が二人、部屋の中に入り込んできた。
「なっ……無礼者! そなたら一体何を心得て——」
「失礼しますわ、アリッサ様」
「——皇女? こんな時間にいったい」
アリッサ王女が叱りつけようとしたところに割って入った人物がいる。
声の高さからして、女の子なのは確定だったし、王女の反応からも、くだんの帝国の皇女であると察せられた。
だが、俺が除いているこの隙間からは、先に入ってきた二人組とフレデリカのせいでその姿がよく見えない。ちらちらと見える感じからして、背は高くないようではあるのだが……。
「夜分に申し訳ありません。なんでも、王宮に侵入者があったとのことで、貴国の兵士達が大捜索を行っていると聞きましたの」
「侵入者じゃと……? わらわは聞いておらぬが……」
「あら、そうでしたの。大半の兵士たちは侵入者を捜すことで夢中の様子。
「ふむ……なるほどの。心遣いには感謝しよう、皇女どの」
アリッサ王女はもちろん、相手の皇女とやらもずいぶん若そうだった。
それにしてもアリッサは大人びてこまっしゃくれている。王女様という立場がそうさせるのだろうか。などと俺は思った。
「じゃが……帝国の者が、王国の王女の寝室に兵を連れて足を運んだというのは、どうも外聞が悪いような気もするし……心遣いだけ受け取っておくゆえ——」
「いえ……それでは困ります」
「なんじゃと? 待て、そなた一体何を……」
待て待て待て、なんか不穏な感じになってきたぞ?
衝立の向こうで何が起きているんだ?
くそ、よく見えない。こうなったら——
などと俺が思考しかけたとき、隣にいたレオが、衝立をどかんと蹴倒した。そしてばたんと倒れる衝立。
俺たちの姿が丸見えになって、驚きの声を漏らしつつも二人の黒い鎧を着た護衛が、こちらに向けて身構える。
これはもう、どったんばったん大騒ぎとしか言いようがない。
「お前、やることが突然すぎるんだよ!」
「このまま王女に洗脳の魔法を使わせるわけにはいかなかったからね! 魔導騎士二人は面倒だけれど、仕方ないさ!」
俺の罵声めいた苦情に、レオもまた声を大にして反応する。
どういう理屈でだか知らないが、レオは王女が魔法をかけられようとしていたと理解したらしい。確かにあの不穏な気配、そういうことだった可能性はあるが……。
俺は新しく室内に入ってきた三人の様子を確認しようとした。やつらの魂胆が何かはともかく、この状況では敵対せざるを得ないだろう。
まだ相手も少し混乱しているし、ここで素早く敵の情報を掴む必要がある。
まず分かったことの一つ。
王女とフレデリカはそいつらから少し距離を取っていた。これは助かる。フレデリカは壁際に張り付くぐらいの位置、王女は俺たちと帝国人の中間ぐらいだ。王女の身体はまだ帝国人に向いているが、今も後ずさりを続けている。飛び出した俺たちが割って入ることは十分に可能だろう。
そして次の事実。
皇女の護衛と見られる二人は、両方とも黒い鎧を着ている。がちがちの金属鎧というより、どういう素材なのか、光沢とぬめりのある表面をした、身体にぴったりフィットしたデザインの鎧だった。
日本のロールプレイングゲームに出てくるような実用性の少なそうな鎧にも見える。
その装備の意味はともかく、どうやら彼らが帝国の虎の子の魔導騎士らしい。
最初は驚いていたはずなのに、臨戦態勢になっている辺り、強敵なのだろうと思わせた。
最後の事実。
皇女の姿形は、我が家の
——なんで、お前がここにいる!?
そう思ってしまうぐらいに。だがしかし、俺はすぐにそいつが女装神ではないと判断した。
なぜなら、その髪の色があいつとはまったく違っていたからである。
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