第36輪 眼鏡のメイドさんとおしゃまな王女さま

 苦節一ヶ月。

 この世界に来て初めて、俺は眼鏡っ子ヒロインと邂逅した——!


 ……じゃなかった、すまん。

 王宮に侵入した俺たちは、見張りの目を避けて逃げこんだ部屋で一人のメイドと出会ったのだが、彼女は眼鏡をしていたのでちょっと驚いたのだ。

 この世界にも眼鏡があるなんて、思ってもみなかったぜ。

 これなら、世界を運営している女装神ヘンタイにも、なかなか見どころがあるというものだが……。


   🚚


「眼鏡っ子……? はい、眼鏡はしていますが、それが何か?」

「ジョーくん、君は……いったいなんで、そんなつまんないことを聞いているんだい? それより、情報収集をしないと」


 メイドさんが困惑したように応えて、分かってないレオがそれに追い打ちをかけた。

 まったくがっかりである。

 が……まあ、この状況の下ではレオの言うことももっともだと認めざるを得ないので、俺は眼鏡についての探求は後にすることに決めて、質問内容を変えた。


「ええと。まずはあんたの名前を教えてくれないか?」

「……フレデリカ、と申します」

「職業は?」

「王……王宮で、メイドをやっています」

「初めて王宮に来たのはいつ頃?」

「二十歳のときです」

「どういう仕事をしてるの?」

「ええと……お世話しなければいけない人の着替えと……髪をとかしたり、食事を運んだりしています」

「仕事は好き?」

「嫌いではありません」

「ところで、お世話する人って?」

「王女さ……あっ」


 メイド——フレデリカは、口に手を当てて、失言を後悔する表情になった。

 質問の答えから、なんとなく想像はついていたのだが、どうやら彼女はお姫さま付きのメイドということらしい。王宮で、メイドが髪を梳かしたりしなければならない相手といえば、王妃か王女ぐらいしか思いつかないし。


「王女付きのメイドがなんでこんなところに?」


 そう問いかけたのは俺ではなく、レオの奴だった。


「ええと……」

「黙っていると痛い目に遭うアルよ」


 ノーラが絶妙なタイミングで脅しを入れた。俺的にはそんな気は毛頭なかったのだが……ここで、わざとらしく指の骨を鳴らすレオは、なかなかに演技力があると言えよう。


「王女様から捜し物を頼まれまして……この部屋は物置のようになっているのですが、今日、アリッサ様がここで遊んでいるときにティアラを落としてしまったと……」


 ふむ。ティアラというと、王冠……とはちょっと違うが、なんかそんな感じの、お姫さまが被るやつだろう。

 んで、遊んでいるうちに落とした、という言い分からすると、彼女はまだ子どもだろうか。そう聞くと、

 

「はい……。先ほどまではお休み中だったのですが、急に呼び出されまして……なくしてしまったことに気付いた、と。明日になってからでは王様にバレて怒られると仰いまして、こうして私が探しに来たわけです」


 などと説明してくれた。

 わりと微笑ましい話ではあるが、今回の目的には関係なさそうだと俺は思って、話を変えることにした。


「話は分かった。ところで、このところ王宮内に——」


 何か変なことは起きていないのか、と尋ねようとして、ちょうど聞こえてきた音に俺と、他の二人は動きを止めた。

 コンコン、というその音は、部屋のドアのノック音だと思われた。

 もしかして……巡回中の見張りが戻ってきたのだろうか。

 俺がそう思って、ノーラ達と視線を交えようとしたとき。


「フレデリカ、おるのか。気になるから見に来てしもうた」


 可愛らしい少女の声に、似合わぬ堅苦しい喋り方。

 どういう立場の人間が発したものか一瞬で分かる口調の呼びかけに、俺たちは今度こそ視線を交える。フレデリカが何事か声を発しそうになったので、ノーラが慌てて押さえる。


「ん? なぜ鍵が掛かっておるのだ。早う開けてたもれ」


 俺が視線で問いかけると、レオが頷いた。いつの間にかこいつが施錠をしていたらしい。

 小声で会話を交わす。

「どうする?」「大声をあげられると面倒だね」「諦めて帰りそうな雰囲気がないアル」「いれるしかないか」「そうだね」

 そのやりとりのさなか、喚こうとしたフレデリカを再びレオが絞め落としていたが、今回ばかりは仕方ないと思った。むしろ彼女の勇気を称えたい。

 俺たちは壁に貼り付いて、アリッサ王女とやらがドアを開けても見えないようにして、かかっている鍵を開ける。

 ドアが開いた。


「……? 誰もおらんのか?」


 想定通り、彼女の位置からは俺たちの誰も見えない。

 気を失ったフレデリカについては、俺が抱きかかえている。そういう分担に決めたわけではなく、一番早く動いたのが俺だったのだ。

 額に汗が浮かぶのを感じながら、俺は精一杯に息を殺した。

 眼鏡メイドの外見からは分からない、豊かな量感とぬくもりを腕に感じながらも、緊張が先立つために、けしからん気持ちを起こすこともできない。

 ……少女がこのまま立ち去ればいいし、確認のために中に入ってきても構わない。

 だが、ここで異常を察知されれば……。


「……どういうことなのだ?」

 

 入ってきた——!

 音も無く身を躍らせたノーラが——なるほど、確かに彼女は狩人ハンターの素質があると感じた——素早く少女の身体を確保して、口を覆う。

 直後に、蛇のような滑らかな動きでレオがドアを再び施錠する。

 この一連の動きで、かかった時間は実に五秒かそこらだろう。

 実に熟練した——犯罪者集団だ。やれやれ、なんてこった。


   🚚


「そなたたちが怪しいものではないことは分かった」


 それから五分近くして……。

 メイドのフレデリカにやったのと同じように、脅して静かにさせることから始めて、事情を少しずつ説明していき、最後にレオが身元を明かしたところ、ようやく信用を得た。

 俺たち、特に俺はほっとして胸を撫で下ろした。

 王宮に潜入してかなりの時間が経っているし、そろそろ昏倒させた見張りが見つかるだろうと気が気ではなかったのだ。

 しかし、彼女——アリッサ王女が信用してくれて、王女の寝室に俺たちを案内してくれたので、しばらくは大丈夫だと思えるようになった。

 ただし、場所の移動中に小声で行われた次のやりとりについては……。


「しかし、アリッサ様。身の証を立てられたものは一人しかおりません」

「よい。レオニダス卿の評判は聞いておる。彼ならば、このようなことをするのは、ある意味想定通りじゃ」

「王女様にまで、ぼくの評判が届いているとは嬉しいね」

「卿の過去の活躍ぶりはメルキアーノでも噂になったものじゃからの」

「はあ……」


 瞳をキラキラさせている王女様の態度を見て、またかこのリア充めと思ったものである。なんだかなあ、良いところはだいたいこういうキャラが持っていくんですよね、実際。

 やんなっちゃうよなぁ……。 

 そんなことを考えながら、王女の寝室に到着して。

 大きな天蓋付きのベッドは、俺のイメージ通りだなと思ったりしている間に、戸締まりをしていたメイドさんのフレデリカが、こちらを見て呼びかけてきた。


「ところでその……ジョー……さんとか仰いましたね?」

「ああ、そうだけど?」

「ジョーさんはどちらのご出身なのですか?」

「あー、えーと……」


 どこって設定だっけな。いかん、また忘れたぞ。東方で帝国のそばだったという記憶があるのだが、国名が出てこない。

 困って口をつぐんでいると。


「フレデリカ、諜報員に出身地を聞くのが間違っておる。そういうのは……なんじゃ、ほれ……そうそう『職業上の秘密』というやつじゃよ」

「そ、そうなんだ。そういう理由だから、すまん」


 なぜかアリッサ王女が助け船を出してくれたので、俺は全身全霊でそれにのっかることにした。

 なんかこの世界での流行りの物語と混同されている気がしたが、その辺はどうでもいい。

 ちなみに。

 俺は、このあとで自分の出身地の設定を、リヒト王国だと思い出したのであった。

 そして、カバーストーリーを忘れたときのために、スマートフォンに入れとくことにしたのである。トラックで充電できるので、電池切れの心配はない。電話機能やインターネットはできないけどな。

 さて。そんな俺の言い訳を聞いたフレデリカはというと、


「あ、いえ……そういうことでしたら、私の方が軽率でした……」


 殊勝に頭を下げてきたのだった。俺は気になって聞いた。


「てか、なんで俺の出身地が気になったんだ?」


 敬語でないのはまずいのかもと思いつつも、さっきまで彼女たちを脅していた俺は、普通の口調にスムーズに切り換えられないでいた。


「いえ……その……ぬばたまのような黒い髪と黒い瞳が……珍しいと思いまして」

「ぬばたま?」

「ヒオウギの黒い実のことですわ」

「へぇ……知らなかったな」


 どこまで言語が翻訳されているものか訝りながらも、俺はそう受け答えた。

 確かに……この世界に来てからというもの、フレデリカのように栗毛だとか、エリスやアリッサ、レオのように金色系だとか、そういう髪の色はよく見ていたし、銀髪だとか、赤髪も見た。

 しかし、ノーラのようにかなりグレーがかった黒髪はいるにしても、俺のように、髪も目も真っ黒というのは、実はあまり見ない。

 特に、貴族が多い王宮のような場ではかなり少ないだろう。

 そういう意味で、彼女に珍しいと感じられることに違和感はなかった。


「さてと。落ち着いたところで……そなたらが聞きたいと言っていた、王宮の変化について話をするとしようか」


 椅子代わりにベッドに腰掛けた王女が、そんな風に言ったので、俺は自分をまだ見ているフレデリカから視線を外して、少女のほうを向いた。

 彼女の年齢は十歳よりは上だが、中学生よりは下だろうと思う。

 うちのミナと同じか……それより低いぐらいの身長なので、つまりはちびっちゃい児童なのだが、態度は王女らしくでかい。あ、ミナとの違いという意味では胸が小さいのもあげられるな。まあ当然だが。

 長い金髪に(例の物置部屋で発見した)ティアラを被った姿は、まさにお姫さまである。

 可憐と言えば可憐だが、まだ小さすぎるので天使とか妖精という感じだった。


「そういうわけでな……いまのこの王宮は、すっかりおかしくなってしもうた。わらわの意見では——犯人はやはり、先月にやってきた帝国からの表敬訪問団であろ」


 そんな彼女が、王宮に起きたシリアスな変化を語る姿は、俺には違和感が強かったのだが……。

 帝国、の一言が出たところで、そんな違和感を忘れることになった。

 レオが纏う空気が一気に氷点下まで下がったような、そんな錯覚を覚えたのだ。

 

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