第34輪 王宮に潜入しようとか言い出したんだが


 王宮を訪れた使者たちは戻ってこないのではなく、早々に街から姿を消してしまう。

 などという話を、寂れた酒場の奥に隠された騎士団の秘密基地……もとい、隠れ家にいた切れ者っぽいおっさん騎士から聞くことになった俺たち。

 その話からすると、どうやら王宮には何かあるとしか思えない。詳しい話を聞こうとしたところ、おっさん騎士は、王宮に潜入させていたスパイ(スパイとは言っていない)を呼んで俺たちの前で報告を繰り返させた。

 そのスパイは、理路整然と異常がない旨を報告した。だが、しかし。


   🚚


「報告している間中、一度もまばたきしてなかったぞ、あいつ」


 俺がそう指摘すると、エリスは目を丸くした。

 彼女は職人風の男——スパイと言った方がよさそうだ——が話している言葉に注意を払いすぎていたみたいで、その違和感には気付かなかったようだ。

 俺と同じことに気付いていたらしいレオは頷いてから付け加えた。


「王宮の話題になった途端、立ち方もおかしくなったね。人は自然に思い思いの場所で重心を取っているものだけど、その位置が完全に変わっていたよ」


 俺はそこまで正確には意識していなかったが、確かにあの男の立ち方は変だったなと思い返す。


「……二人が気付いた通りの有様でね。私は彼を事実上の軟禁下においている……一体どうやったらああいうことが出来るのかは分からないが……原因については、若干の見当はついている」


 この部屋の主である、切れ長の目をした細身の男が、そう言うと自然と室内の人物の視線が集まった。エリスが口を開く。


「その原因とは……一体?」

「……魔術だろう」


 言葉少なに言い切った男に、レオが再び頷いた。


「そんなところだろうね、きっと」

「ん? レオも魔法使えたりするのか?」


 俺がそう問いかけると、細身の男が眉を上げた。

 このときの俺には理由が分からなかったのだが……あとでエリスに聞いたところによると、貴族であるレオなんとかを愛称で呼んだり、不躾な態度を取っていたので「この協力者という男は一体何者だ? 平民ではないのか?」と思ったのだろう、ということだった。

 愛称ではなくて、俺にレオの名前をちゃんと呼ぶ気がなかっただけだと知ったら、彼は一体どう思ったのだろうか……。

 いずれにしても、身分社会はなんともうっとうしいものである。

 早く革命でも起きてしまえという感じだ。

 まあそうなったらそうなったで、次は金持ちが権力者になったりするんだろうけど。

 ああ、やだやだ。

 ——閑話休題。

 俺が問いただすと、レオは笑って答えた。


「いや、ぼくは教会騎士ではないし、魔術なんてまったく知らないよ。ただ……薬や拷問による洗脳で嘘を吐かせているんだったら、それと分かるはずだと思ってね」


 一旦そこで区切って、細身の男が口を挟んでこないのを確認してからレオは続けた。


「それに……その手の方法なら、時間も手間もかかるはずだし。潜入させているスパイの正体を掴んでいたとして、わざわざこんな手間をかけるよりは、追い出してしまうか殺してしまうほうが早いしね」

「なるほど……な」


 平静に頷いたように見せかけて、俺の内心は結構ドギマギしていた。

 あれ、結構ヤバい話に俺って首突っ込んでない? と今さらながらに気付いたのだ。

 この世界の神様——そう、例の女装神ヘンタイ様のお告げでここまでやってきたとはいえ、危ない橋はなるべく渡りたくない。

 ……とはいっても、生徒をトラックで轢いてしまった責任もあるし、言うこと聞かないと元の世界に戻してもらえそうにない、元に世界に戻すことができるのは神様ぐらいだろう、というこれ以上ない弱みがあるので、選択肢はないも同然なんだが……。


「いずれにしても、だ。彼は何者かの影響下にあると考えざるをえない……。さらにだ、王宮への出入りを主に監視していたものは三人いるのだが、全員がこのような状態なのだよ」


 レオと俺の会話を引き取って、男がそう言った。


「彼らを変貌させたのが魔術師だったにせよ、他の何かにせよ、その何者かがいるのは王宮なのはほぼ確定だね」

「……だがどうする。場所が王宮では出入りは前もって許可を貰わねば不可能だ。けしからん何者かが潜んでいるとして、準備万端の猛獣の顎門あぎとに腕を突っ込むようなものだぞ」

 

 王宮まで行って調べてくればいい、という調子で気楽にいうレオに、考え深げな顔をしたエリスが問いかけた。


「忍び込めばいいんじゃないかな」

「——はあ? マジで言ってんのそれ」


 レオが、まるで昼食のメニューを決めるような気軽さでそう口にするものだから、俺は思わずツッコミを入れてしまった。


「……それしかないのではないか、と我々も考えている」


 ところが、意外なところから援護射撃の声が発せられた。

 レオの五倍から十倍は思慮深そうな、部屋の主たる細身の男が、しかつめらしい顔をしてそう言ったのだ。

 エリスがすかさず口を挟むが……。


「それはいささか強硬にすぎるというものでは?」

「しかし、他に手がないのだ。実は……教会騎士団のものを一人、正規の用事でよこしてみたのだが、彼らとまったく同じように洗脳されて戻ってきてしまった」

「相手に知られている状態だと、何をやっても藪蛇だってことだね」


 わりと衝撃的な告白をしれっとする男に、うんうんと頷くレオ。

 エリスは、そんな二人の顔を見たあと、苦虫を噛み潰したような表情になって……俺のほうをちらりと見た。


「仮にそれしか手がないとしても……ジョーたちとはここで別れたほうがよさそうだな」

「え、なんで?」


 言い始めるまではためらいの様子があったが、どこかきっぱりとそう言い切ったエリスに、俺はシンプルな疑問で返した。


「そなたたちはあくまでも荷運びで雇ったのだから、想定外の危険に付き合わせるわけにはいかん」

「いや……俺だけなら別に構わないぞ? 乗りかかった船というしな」


 俺がノーラやミナの顔を窺いつつもそう言うと、エリスは目を丸くした。

 ……もちろん、これは本心というわけではない。

 例の女装神ヘンタイ様の指示があってここに来ているわけで、たぶん、この危険も世界を救うとかいうたわ言みたいな神様の指示に折り込み済なのだと考えたのだ。

 ていうか、これまででもっとも世界の危機とやらに近い案件のように思う。

 本音の本音ではやりたくはないのだが、俺はやるしかない立場なのだった。


「本当にいいのか?」

「ああ」


 感謝される理由もないのだが、まあエリスの感謝ぐらいは受け取っておいてもいいよな。

 ところが、ミナが次に言い出した一言は予想外だった。


「ノーラも連れていくといい」

「いや、これ、けっこう危険な話だからな?」

「森にいた頃、ノーラはずっと狩人をやってた。危険には慣れているはず。兎人は人族より格段に優れたハンター」

「……そうなのか?」


 つい、間が抜けた反応をしてしまった。完全に初耳だ。

 だが、エリスやこの部屋の主は頷いている。どうも、この世界では一般的な認識らしい。しかし……いくら得意と言っても王様の城に忍び込むとか、どう考えてもリスクが高い。

 勧めてきたミナから、黙っているノーラの顔に視線を移して、俺はやんわり断ろうと口を開いた。


「けどなあ……別にお前らまで俺たちに付き合う必要はないんだぞ?」

「私からもお願いしたいアル」


 しかし、返ってきたのは、遠慮そうながらも明らかな決意の台詞だった。

 む……と俺は黙り込む。


「ご主人様は私たちを助けてくれたアル。それだけでなく、今も面倒をみて貰ってるアルよ。それなのに……いざというときに、ご主人様を手助けできないところで待ってるのは嫌アル」


 俺はノーラを見つめた。

 ここ最近、彼女がこうやって何かを主張することは少なかった。

 ミナを助け出したときにお礼を言われて、それから以後は、俺に感謝している素振りがそれまで以上に強くなっていたのには気付いていたが。

 だからといって、お礼のために何かを要求することはなかったのだ。網タイツぐらい穿いて欲しかった気はする。いや、半分冗談だけどな。

 

 ノーラの大きな赤い瞳と、頭の上から生えてる白いウサ耳と、横から生えている普通の耳を観察して——どうしても、この耳が二つあるのは気になってしまって仕方ない——俺は再度、彼女の意志を確認することにする。


「本当に大丈夫か?」

「——大丈夫、問題ないアル」


 いや、その台詞、明らかにフラグ立ってるんじゃあ……と思ったが、流石に異世界の一般人である彼女が地球のゲーム界隈に精通しているわけはないから、フラグにはならないだろうと思った。女装神ヘンタイの場合は、分かっててやってるんだけどな。


「分かった。じゃあ、ノーラは俺と一緒に来てくれ」


 頷く少女の瞳はまっすぐだった。


「話は決まったかな? じゃあ、早速これから、ぼくとジョー、それとノーラ君で王城に行ってみるとしよう。潜入はよるだけど、外から下見はしておきたいからね。できれば飛竜ワイバーンで上から見たいけれど……」

「待ってくれ、なぜ私が対象者から抜けている?」


 なぜか勝手にリーダーシップを発揮して話をまとめ始めたレオに、エリスが食ってかかる。


「君はレーニア王国の高位貴族にして教会騎士じゃないか。もし捕まってしまったら、大問題に発展してしまうじゃないか」

「し、しかし、高位貴族という点では、卿も同じではないか」

「ぼくは捕まらない」


 例によって意味不明な自信を見せるレオに、エリスは一瞬言葉を失ったようだった。その隙に、

 

「仮に……ぼくが納得したとしても、彼が首を縦には振らないと思うけど?」


 レオが、部屋の主である男に顎をしゃくった。

 エリスがつられて男を見ると、彼は重々しく口を開いて。


「私にサー・エリスに命令をする権限はないが、確かに、彼女の参加は不適切だと考えている。通常であればレオニダス卿の参加も適当とは言えないが……教会騎士団としては実害がなく、この状況にあっては、なんらかの情報が得られる可能性を優先したい」


 なかなかにシビアで冷徹な判断である。

 自分の組織に傷が付かなければいい、という考え方はなんとも組織人のソレで、そういう保身とかに満ちあふれた現代日本の社会のことを思い出して、俺は軽く肩をすくめる。

 少しして、エリスは口を開いた。


「仕方ない……のか。——ジョー。潜入の際は、十分に気をつけてくれ。そして、すまない」


 律儀な少女エリスのその一言で、これからの方針は決まった。

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