第33輪 王都メルキノよいとこ、一度はおいで

 調査方針は出たとこ任せだ! と脳筋エリスに宣言されてから一週間と少し。

 俺たちはメルキアーノ王国の王都にたどり着いた。

 ここからレーニア王国に来るはずだった使者、逆にレーニア王国からここに向けた使者と連絡が途絶えるようになってから、早三週間。

 厄介な伝染病で廃墟になってたりして……と怖いことを考えていた俺だが、まさかもっと恐ろしいものの片鱗を味わうことになるとは、その時点では知るよしもなかったのである。


   🚚


「しかし、何事もなく街中に入れてしまったな……。飛竜ワイバーンをつれて来た意味なかったんじゃ?」

「おいおい、ジョーくん、飛竜はそこにいるだけで可愛いじゃないか」


 頭のおかしな発言をしている金髪イケメンは無視して、俺はエリスに視線を向けた。

 トカゲとかの爬虫類好きなのは不思議ちゃん系の美少女にのみ許された特権なのである。


「それは結果論だろう。それに、この後何事かあって、都から逃げ出す必要が出たら、街の外の林にひそませておいた飛竜が役に立つとも」

「そういう事態になったとして、俺たちはトラックで移動するしかないような気がするんだが。どう考えても乗員オーバーだよな?」

「なあに、君のトラックとかいう神芸品アーティファクトのスピードに追いつけるものは、そうそうないから平気さ」

「そのトラックに、飛竜で追いついてきた、お前に言われてもなあ」

「もしこの国の飛竜隊が追いかけて来るんだったら話は簡単さ。ぼくが撃墜するとも」


 レオは、実力を誇示している様子を欠片ほどにも見せずに言う。

 ……完全に本気だな、こいつ。

 俺はツッコミを入れるべきか迷ったが、そう気付いたのでやめておいた。

 俺たちは、今、王都メルキノの中に潜入している。潜入といっても、普通に城門から入場手続きをして入って、運河の脇にある石畳で舗装された道を歩いている状態だったが。

 連絡が取れなくなっているというから、この手の中世の世界だとありそうな、疫病が流行って都市崩壊みたいなシチュエーションもあるかと想像していたのだが、そんなことはなかった。

 仮に伝染病が蔓延していたら「こんなところにいられるか! 俺はすぐに帰るぞ!」とフラグを立てて帰ろうと思案していたのだが、その必要はなかったわけである。

 しかし、一見する限りでは、都市にまったく問題ないので、なぜ音信不通に陥ったのか、という疑問がより深くなっていた。

 正直、ちょっと理由が考えつかないのだが……。

 と、そんな思考を巡らせていた俺の横から口を挟んだのはノーラだった。


「こんなところに、エレミア教会騎士団の……秘密基地? があるノカ? どう見ても、職人とか農民向けの歓楽街にしか見えないアルよ……」

「秘密基地という言い方はいささか子どもっぽいな……」

「ぼくは嫌いじゃないけどね、そういうの」

「お前の好みを聞いてるわけじゃないんだが」


 なんでもこの街には教会騎士団の秘密の隠れ家があるらしく、俺たちはエリスの案内に従って、表通りから幾つかの枝道を通って、雑多な雰囲気が色濃い一角へ移動していた。

 ここいらの雰囲気は、ノーラの発言がもっともで、日本で言うなら飲み屋街というか、風俗系の店舗が立ち並ぶピンクな一角というか……それに地方都市のやや寂れた感じをプラスしたような、教会の二文字からはかけ離れた景色であった。


「ここだ」


 エリスが足を止めたのは、運河の上側の通路——この街は、運河の高さが一階で古い通路があって、さらにそこから一階上にも新しい通路が作られていて、あたかも街全体が二階建てのようになっている——の階段を降りた先にある、運河に向かって設置された扉だった。

 古ぼけた木の扉の取っ手のところには手作りの看板が紐でくくりつけられている。

 この世界の文字は読めない俺でも、一見して分かる、木製のジョッキから泡が吹きこぼれているイラストが油絵具らしき塗料で描かれているが、ずいぶんと掠れていた。

 どうみてもただのパブか何かだな……。


「…………いらっしゃい」


 からんと鐘の鳴るドアを開けると、カウンターの奥にはひげ面のオヤジが一人。

 五つほど置かれている円形のテーブルは、時間帯がまだ昼過ぎであることも関係してか、ほぼすべてが空席で、うち一つでだけ突っ伏した酔客がいびきをかいている。

 椅子に腰掛けてみれば、テーブルの上にほこりがうっすらと積もっているのが分かる。

 俺がミシュランガイドだったらこの店には星をやることはない。


「本当にここであってるのか……?」


 思わず呟いた俺を無視して、エリスは店主を呼んだ。

 そして、皆の希望も聞かずに勝手にオーダーを始める。


「エールを人数分と、渇きの森で採れるウェルニナッツを殻ごとローストしたものを一人分。あら熱を取らずに出してくれ」

「そんなこじゃれたものはありませんよ」

「む。そうなのか? 以前ここに来た知り合いが旨かったと言っていたんだが……」

「……ちなみにそのお知り合いの方はなんてお名前で?」

「フェルブノンだ」


 エリスがそう口にすると、店主は咳払いした。


「ああ……旦那のお知り合いで。……お客様のご所望のものはありやせんが、旦那のお知り合いってことなら、せっかくですし秘蔵の酒とチーズでも見ていってもらいやしょうか。……蔵の奥にしまってありますから、ついてきてくださいな」


 そういって、店主は俺たちに背を向けて歩き出す。

 続いて立ち上がったエリスが俺たちに目配せをしたので、一連のやりとりが何らかの符丁だったのだと分かる。……いやまあ、明らかに怪しげなやりとりだったけどな。

 そして俺たち一行は、店主に続いて店の奥の扉をくぐったのだった。


   🚚


「サー・エリス、久しぶりだな……いつぞやの競技会以来か」

「サー・ランドルフ。ご無沙汰しております」


 ひげ面のオヤジに案内された先で、神経質そうな細身の男が大きな机の後ろに座っていた。開口一番、エリスの名前を呼び、エリスがそれに応えたことから見て、二人は知り合いなのだろう。

 室内は応接間のようになっていて、男の執務机の他に来客セットのような低いテーブルと椅子が並んでいた。俺たちは勧められるままにその椅子に腰掛ける。


「レーニア王国とメルキアーノ王国の間の連絡が途絶えていることについては、ご存じでしたか?」


 エリスは単刀直入に切り出した。が、場合によってはこれ、相手にはなんのことだか分からないのではないだろうか……と俺は思った。

 が、いらぬ心配だったようだ。


「ああ……正確には、王宮間の連絡が途絶えている、というところだ。先だって来た第二陣にあたる使節の一員もこちらに報告に来ていたのでな……そこまでは把握している。が……」


 男は切れ長の目を細めて続けた。


「彼はその後、こちらには戻ってきていない」

「王宮に……残ったままだと?」

「捕らえられている、といったほうが良いんじゃない?」


 吞気の調子で口を挟んだのは、レオだった。

 何が楽しいのか、俺の隣でにやにやと笑いながらレオは話の腰を折る。


「ところでぼくたち、自己紹介してないけどいいのかな?」

「君は、ダイオニール侯爵家の一人息子のレオニダス・ダイオニールだろう? そちらの従士……というよりは下働きかな? の三人については心当たりがないがな」

「あー……」


 俺が名乗るかどうか思案していると、エリスが口を挟んだ。


「彼らは今回の協力者です。左から、ジョー、ノーラ、ミニャ……ミナといいます」


 しっかりと噛んでいた。

 ……代わりに紹介してくれたのだから、突っ込むのはやめておこう。

 俺とノーラが揃って頭を下げて、ミナもそれに続いた。

 男はさほど興味の無さそうな態度で、軽く首肯した。


「ふむ。よろしく頼む。それで話の続きだが……その人物は王宮から戻ってきてはいる。少なくとも、その姿を見たものはいる。だが……すぐに街を出てしまった。これは使節のメンバー全員ともだ」

「……と、言いますと……?」


 顔に疑問を浮かべてエリスが問うが、男は首を振る。


「その後どうなったかは分からん。当初こちらは、レーニア王国に直行したのだと思っていたのだが、やはり、そうではなかったようだな」

「はい、そのような情報は入っていません」


 ふうむ。俺は話の内容を噛みしめる。

 俺たちより先に来た使節団——教会騎士も含めた、ある種の調査隊——はここに来て、王宮に入り、そこから出てきて、街を出た……そして、何も報告することなく姿をくらましている。

 これはなんというか、ミステリーの薫りがする。

 じっちゃんの名にかけてその秘密を解き明かしたいところだが……。


「王宮では何かが起きている」


 男はやや唐突に言い切った。

 そして、机の上においていた小さな金属製の何かを手に取って、振る。

 それは鐘だった。よく見れば風鈴に近い形をしているので、チャイムだと見て取れるのだが、鐘が机の上にあるものだという感覚が俺にはなかったのだ。

 音を聞きつけたのか、一人の男が外の扉をノックして入ってきた。


「お呼びでしょうか」

「潜入させていた彼をここに呼んできてくれ」


 その男は頷いて部屋を出て行く。

 エリスが「誰です?」と尋ねると、男が「王宮に潜入させていた人物がいるのだ」と応えた。その言葉を聞いて、エリスはただ頷いたが、レオは楽しそうな笑みを深めて呟いた。


「王宮にスパイを送るなんて、教会騎士団も楽しそうな組織だね……」

「勘違いしないでくれ。われわれはメルキアーノ王国の安全に責任がある立場だ。行ったのは、王宮の内偵ではなく、王宮に起きた異変の調査だよ」

「そうでしょうとも」


 男が弁解気味に口にした言葉に、レオは追従の笑みで応える。

 ……なんかこれ、俺とか完全に蚊帳の外だなー。

 などと思っていると、先ほどの男が、別の男を連れてきた。

 親近感を覚える程度には背が高くないが、体つきはがっしりしていて、粗織りのシャツを羽織った上に肩から手ぬぐいをかけている。雰囲気からしてなにがしかの職人といったところだと思った。


「彼は王宮で庭師の職を得ていてね……つい最近までの話だが」

「なるほど。本職はやはり騎士ですかね?」

「レオニダス卿」


 エリスがとがめ立てする口調で、レオの軽口に割って入る。

 肩をすくめたレオが口をつぐんだ。

 って、そんなポーズが絵になるからイケメンってやつぁ……。

 と、細身の男はそんなこちらのやりとりを無視して、男に話し掛けた。

 

「君が王宮で見たことを話してくれないか」

「…………はい。どんなことについて話しましょう?」


 職人風の男は新顔のこちらの五人を見渡してから、細身の男の要求へ素直に頷いた。

 朴訥な様子で、とつとつと話し始める。


「ここ数週間で変わったことはあったかね」

「はい、いいえ。特に変わったことはこれといって……いつも通りでした。草木の手入れも、他の庭師の仕事ぶりも、宮廷内を行き来する女官やら役人の連中、それに貴族のお偉いさん連中も……いつもとは何の違いもありませんでしたね」

「訪問客はどうかね?」

「謁見に来たんだなという感じの人物とか、国の使節らしき人々も来てはいましたが……その辺もこれといっていつも通りかと」


 声の調子には特におかしいところはなく、たまに言葉を選ぶように考えるが、その時間もとりたてて長くはない。普通の会話だ。


「つまり、君はこれといって異常を感じなかったと」

「ええまあ……見落としとかがあったかもしれませんが、少なくとも自分の目の届く範囲では何事もありませんでした……」

「行ってよろしい」

「はい、ありがとうございます」


 細身の男の許可を受けて、職人風の男と、彼をつれてきたもう一人の男が立ち去った。


「——分かったかね?」


 その問いかけは俺たちに向けてのもの。


「あれは、ちょっと露骨すぎるよねぇ」

「同意するのはしゃくに障るが……まあそうだな」


 レオが口火を切り、俺もしかたなく同意する。

 首を傾げたのはエリスだ。


「いや……どことなく違和感はあったが……しかし、仕事の内容、見かける人々、訪問客の何一つとっても異常はなかったと言っていたようだが……?」


 なるほど。彼の報告内容に気を取られていたなら、確かに気付かないのかもしれない。

 俺は、ちょっと自慢げに説明した。


「——あいつ、会話中に一度もまばたきしなかったぞ」

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