第32輪 金色の飛竜は、気位が高い?


 トラックを運転しながら事情を確認した俺。

 とにかく、メルキノという都市まで行けばいいという、一見簡単なお仕事なのだが、気が重いのがあのイケメンを同乗させることである。

 見た目が美少女の神ですらうっとうしいというのに、細マッチョ系のイケメンなど言語道断だ。

 はっ、そうだ。二種免許を持っていない俺が人間を運んでしまってはいけないのではないだろうか。

 ……なんて言い訳がファンタジーな異世界で通用するわけもなく。

 問題の時の訪れは、刻一刻と迫っていた。

 とはいえ、俺もただでは引き下がらない。

 城之崎きのさきじょうの灰色の脳細胞は、しっかりと対策を考えていたのである。


   🚚


「……不思議だ」

「さっきから同じこと呟いてるけど、何がそんなに疑問なんだ?」


 エリスの呟きは実に三度目。

 何を言おうとしているか理解していて回避していた俺ですら、流石に問いかけずにはいられない空気が漂っていた。


「持ち主以外は女性しか乗ることが出来ない神芸品アーティファクトなど……これまで聞いたことがないぞ」

「それを言うなら、このトラックみたいな乗り物があることをそもそも知らなかったろ。仕方ないけど、そういうもんなんだって」


 宥めるようにそう言った俺だが、当然ながらこの発言は虚言もいいところ。

 例のレオなんとかとかいうイケメンを同乗させたくなかった俺の思いつきである。なんせ、教会関係者から逃亡していた先々週には夫婦を乗せてるわけだし、魔法がかかったとはいえトラックはトラック、中に乗る人間を区別することなんてない。

 が、エリスやレオなんとかにはその辺の事情は分からないわけで、これは実際いい口実だった。……こうまで、すんなり騙されてくれるとは思わなかったが。


「……笑ってはいけないアル」

「そうはいっても」


 事情を知っているノーラとミナが微妙な会話をしている(口止め中)が、エリスがそれに気付くことはない。悲しいぐらいに純心なのであった。


「まあどっちにしても、飛竜ワイバーン二匹はこの車には載せられないし……今のやり方しかなかった気もするぞ」

「ううむ」


 納得しているのかしていないのか、エリスは眉をひそめて唸った。


 ——さて。

 ここらで、けっこう複雑なことになっている、今回の運送方法について説明しよう。

 今回の運送物は人が二名と飛竜の二匹。

 ジョー運送においては、四名の社員を採用しているので(給料は払ってないというか、実際には社員ですらないけど)、運ぶべき人は不良社員を除いて乗客と社員で五名になる。社員が多すぎるんだが、バラバラに行動するわけにもいかない現状があるのでしゃあない。

 それからついでに、彼女達の私物類も一緒に運んでいる。

 人が多いので、平トラック形態では無理があるため、魔法の四トントラックはバントラック形態にしている。バントラックについてあえて説明する必要はないかもだが、アマ○ンとかの宅配物が運ばれてくるようなトラックといえば分かるだろうか。ファミリー向けのミニバンをもう少しでっかくした形状、って言った方がピンとくるかもな。


 で、この場合、問題になってくるのは当然ながら飛竜である。

 飛竜は翼が大きい。平トラックならはみ出して載せることも可能だが、バントラックの中に詰め込むのは難しい。無理に載っけても、サーカスの熟練調教師レベルの信頼がないと、飛竜が暴れ出して一巻の終わりになるような気がする。

 しかも悪いことに、そいつが二匹もいる。

 一匹はエリスがトレーラーハウスに来るのに乗ってきたやつで、一度伝言のために飛竜だけを伝書鳩みたいにして解き放ったのだが、レオ何とかとその飛竜と合流したときに、一緒に戻ってきていた。

 今回の任務では飛竜が必要という判断らしいのだが、運ぶ側の身にもなって欲しいと思う。


 飛竜の区別だが、エリスが乗ってきたのは灰色の鱗をした一番多いタイプの飛竜だそうで、レオ何とかが乗ってきたほうは金色の鱗の目立つのがそれだ。

 前にレオ何とかが乗っていたのは青い鱗の飛竜だったが、そのギュネーという名の飛竜は俺が負わせてしまった火傷のせいで、現在は療養中とのことである。

 飛竜には罪がないので悪いことをした気がする。ぼくの髪も焦げただのなんだの言ってたイケメンのことは知らない。そっちは俺に罪はないのだ。

 今回の、派手めな金色の鱗の飛竜の名前はイシャー。鼻と口の間から、髭なのか触角なのか分からないものが二本ぴょいーんと生えていて、おじいちゃんみたいな知的な顔つきだった。

 顔つきからして雄かと思ったんだが雌らしい。

 それから、エリスが乗ってきた飛竜には特に名前はないとのこと。レオ何とかの飛竜に名前があるのは、やつの飛竜がダイオニール家所有の私有財産だからだとか。

 つまるところ、金持ちの道楽というやつだろうと俺は偏見の目で見るのだった。


 ちょっと脱線してしまったが本題に戻ろう。

 トラックの中への収納が絶望的だったので、屋根の上に飛竜を載せてしまうことにしたのだが、二匹は同時には載らないのが問題となった。

 これは、重量の問題よりも、スペースの問題である。

 流石に空を飛ぶ生き物だけあって、重量は図体のわりに軽いぐらいなのだが、逆にいえば軽いわりに図体はでかい。軽くて容積ばかり大きいものを運ぶのは輸送効率が悪い。

 などと言ってみても、代わりに馬でも運びましょうかという話にはならないのだから、なんとかするしかない。

 

 それで考案したのは、一度に一匹ずつ載せる方法である。

 エリスの飛竜を載せている間は、イシャーには飛んで付いてきて貰う。イシャーが疲れてきたら交代する。このシンプルな方法で、飛竜の欠点である、連続飛行での航続距離の限界をカバーすることができる。

 問題がひとつあった。

 頭がいいイシャーは良いのだが、エリスの飛竜は一般的な訓練しか受けていないので、トラックを追いかけるという目的を忘れてしまう場合があること。これについては、エリスの飛竜が飛ぶときには、基本的にレオなんとかに騎乗してもらうことで解決することになったのだが……。


 ごん……っごん!


 ノックに似た音だが、かなりやかましい音がトラックの天板から聞こえてくる。

 噂をしたら影というやつだった。


「ノーラ、どうやらまたらしい。頼む、四つくれ」
「二つで十分アルよ」

「いや、四つだ」

「普通の飛竜ワイバーンなら二つで十分お腹いっぱいになるのに……分かってほしいアルよ」

 

 後部座席に積んであるミナ一人分より大きなずだ袋から、ノーラが取り出したのは林檎だった。

 手渡しでそれを受け取った俺が、窓を開けて、屋根の方に腕をのばしていく。

 生温かい息が吹きかけられたかと思うと、手にした林檎が奪われた。

 同じようにして代わりのもう一つを差し出すと、それもまたすぐに手の中から消えてなくなる。

 めきょばしっがしゅっという感じの、穏やかでない咀嚼音のあと、どこぞの首が三本生えた宇宙怪獣のような、甲高く尾を引く鳴き声が聞こえてくる。

 くるるるるる……。

 俺がまだ林檎を持っていると知っているのか、さらに頭を天井にぶつけて催促してきやがったので、残り二つも同じようにやることになった。


「食い意地が張りすぎてるぞ、この飛竜は」

「飛竜にとって、林檎は比較的適した餌なのだが、確かに少々食べ過ぎのようだ」


 俺の指摘にエリスも同意した。

 なにしろ、エリスが連れてきた飛竜は、休憩の度に林檎をむさぼるということがない。身体の小さな生き物と違って、それなりに食いだめが可能なのだろうと思うのだが、一方のイシャーのやつは食べずにいると死ぬ勢いで食べ続けているのだから、同じ飛竜なのかと疑いたくなる。


「このペースだと町に着く前になくなっちまいそうだ」

「流石にそれはないと思うが……」


 否定はしてみせる物の、どこかエリスも自信なさげだった。

 今回の旅程はそう長くはない。

 片道は一週間半ぐらいで、エリスの従士のサンチェスというおっさんが立てたプランにより、途中で町に寄ることができる経路を設定している。

 急に名前が出てきたサンチェスさんだが、レオなんとかと合流したときに、サンチェスさんもその場に一緒にいたのである。ただし、彼自身は飛竜に乗れないこともあって、今回の旅には同行していないのだが。

 あのおっさん、わりと役に立ちそうな雰囲気あるんだけどなあ。


「そういえば、エリス? 向こうに到着してからの計画はどうなってるんだ?」

「まずは飛竜で遠くから偵察をかけることになる」

「飛竜を連れていく理由がそれだもんな」

「その次は……」


 エリスの視線がフロントガラスを通して、道の遠くへ向かう。

 一応、街道を通っているのだが、地面は相変わらず剥き出しだった。左右は、芝生に覆われた草地で、ずっと遠くまで続いている。意外にも、日本の田舎に雰囲気は近い。電信柱がないなどの細かな差異を除いて。


「出たとこまかせだな」

「そ、そうか……」


 ま、まあプロが言うんだし。

 それで間違いないんだろうなあ……と思ったのだ。その時の俺は。

 結果として俺たち一行は——この後、めちゃくちゃ反省した。

 

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