第31輪 ブリーフィング・オン・ザ・ロード


 ……神様は家出しました。

 別に俺が虐めたわけではない。少なくともその自覚はない。

 理由はなんだか分からないが、女装神ヘンタイの奴がトイレからどこぞへ消え去ってしまった。置き手紙によれば、エリスの依頼は世界を救うためにこなさなければならない仕事であるという。

 俺は、世界を救うためにここに来るはずだった少年をトラックで跳ねてしまった男であるからして、言うことを聞かなければならないわけである。

 この仕事がどういう風に世界を救うことに関わっているかは不透明だが、例によって、神様の直感なのだろう。そこに、いまいち信頼がおけないのが困りものだ。

 

   🚚


「乗り心地はどうだ?」

「悪くない……しかし、不思議な乗り物だな、このトラック……とかいう神芸品アーティファクトは」


 魔法の四トントラックは、トレーラーハウスからバントラックに変幻していた。

 いつぞやのように、平ボディではないので荷台に人を乗せずに済む。

 四トントラックとは言え、立派な輸送車であるから、俺たち四人程度が乗るには広すぎるぐらいだ。

 ノーラとミナの二人は中段の座席に座っていて、後部座席にはエリスの剣が鞘ごと載せてある。剣を下げたまま乗ることも不可能ではないが、つっかえてしまって据わりが悪いらしい。


 というような背景だったから、運転席でハンドルを握る俺は、エリスに先のように問いかけつつも、快適だという返事が戻ってくるのを予期していた。

 実際の回答もおおむね予測通りだったが。


「不思議、ね……どの辺が不思議か聞きたい気もするが……先に本題を聞いとくか。なんとかいう国で、ええと……なにかがあったんだよな?」

「確かにそうなんだが、それは何の説明にもなっていないぞ、ジョー」


 俺の痴呆症めいた発言にため息をついたエリスが、助手席で身じろぎしてから説明を始める。

 森を抜けるまでの間に、エリスから得た情報をエリス語を中心にまとめると次の通りだった。


 レーニア王国の隣にある、メルキアーノ王国。

 そこからやってくるはずだった定期の使者がこないのに気付いたレーニア王国が、臨時の使者を王都メルキノに向かって派遣。しかし、応答がない。

 何かあったのかと思って、次に護衛として少数の教会騎士を含む一団を派遣するものの、これまた連絡が途絶える。

 教会騎士は練度が高く、通常の王国兵士と比べれば猛者揃いとして知られている。また、その政治的中立性から、他国の干渉を受けにくいので、この通信途絶は王国上層部から、あり得べからざる事態が発生しているものと受け止められた。

 よって、目的を使者の派遣ではなく、状況の偵察という諜報行為と位置づけて、第三陣として飛竜ワイバーンを乗りこなす高位騎士を派遣することで、より柔軟かつ効果的な情報収集を行うことにした……とのこと。


 なんともお堅い言い回しだから理解に苦労するが、つまるところ「連絡とれねーからちょっとお前、飛竜で空から見てこいよ」なのだろう。騎士って大変だな!


「まあ……実際のところはそんなものだが、この職が嫌いなわけではないのだ」


 俺が肩を叩くと、苦笑……なのだろう、エリスが柔らかく微笑んだ。


「で、その話の展開で金髪のあいつが出てくる理由はなんなんだ? あいつって騎士なの?」

「いや、彼はディノンの領主の息子だ。教会騎士ではない」

「うわ、やっぱボンボンか」

「……教会騎士も人員がそんなに大勢いるわけではないし、レーニア王国の騎士で、飛竜ワイバーンに乗れるものは大半が遠くに派遣されていてな。一人は私でいいとしても、ペアの乗り手が他に見つからなかった」

「ふうん……まあそういう理由だとは思ったが」

「伝令兵には乗れる者が当然いるのだが、彼らは荒事にはなれていないし……万が一の場合には、国家間の問題に発展する怖れもある事態だ。高位貴族でないとやりづらい」

「なるほどな、エリート許すまじ」

「……? すまないな?」

「あ、いや、エリス、お前のことじゃねえから気にすんな」

「そうか」


 二人の間に沈黙が落ちる。

 アスファルトのないこの世界では、車の走行音が大きいので、静かになったという感じではないが。


「しかし、この神芸品アーティファクトは本当に変わっているのだな。形まで変わるものだとは思わなかったぞ」


 エリスがそう述懐する。


「あー、そういや、見るのは初めてだよな」


 魔法の四トントラックの形態変更の苦労を思い出して、俺は渋面になった。

 それは、少し前のこと。


   🚚


「トレーラーハウスのままじゃ出発できないから、トラックにするしかないんだが……」


 俺はぶつくさと呟きながら、トレーラーハウスの周りを回るように歩く。

 この魔法の四トントラックは、女装神ヘンタイに手によるふざけたマニュアルに書いてある通り、姿形を変える機能がある。

 だが、操作は念によって行うと書かれていた。念能力だ。違う。

 すでに、普通のトラックからこのトレーラーハウスに変身させたので、それが出来ることは理解しているのだが……問題があった。


 変態もとい、変形機能を俺単独で動作させたことがないのだ。

 前回は女装神ヘンタイの奴に手取り足取り……いや、そういう意味じゃないから! 違うから! 教えてもらうことができたのだが、今回はあいつはどこかに姿をくらましているため、自分一人でなんとかしなければならない。


「よし、みんなちょっと離れてろ」


 案ずるより産むが易しというし、やってみようと決意した俺。

 肩幅よりも大きく足を開いて仁王立ち。

 雰囲気的に片手を前に突きだしてトラックにかざしてみる。

 そして、念ずる!


 ——ささやき、いのり、えいしょう、ねんじろ!


 うん、ダメだった。

 頭をふりながら、もう一度トライする。

 

 ——我は放つ、光の「そういえばエリスさんは、ここまでどうやってきたアルか?」「ああ、飛竜ワイバーンに乗ってきたのだ。ほら、あそこを見るといい」「青くて綺麗」「賢そうな子アル」


 ダメだった。だが、都合のいいことに著作権にも配慮されていた。

 ぐぬぬ……どうすればいいんだ。

 歯ぎしりをした俺が、やたらめったら念を投入し始める。

 完全に、無反応。


「あれだ、たぶん俺の念は強化系だからこういうのムリなんだわ」

「ご主人様が何を言っているのか分からないアル……」

「こういうのは女装の人が詳しい」

「ダメなのかジョー、私はそなたに期待しているのだが」


 三者三葉の反応に、俺は頭を掻きつつも答える。


「一度出来たんだから、出来ないはずがないと思うんだけどな。なんかこう、ぽかぽか来てしゅばーっとしてびりびりって感じがしないっつーか」

「なるほど、魔術の一種なのだな」

「知っているのかエリス」


 よく今の表現で分かったなと、我ながら思ってしまう俺である。

 言葉のコミュニケーションは意外に難しいから仕方ないね。


「教会騎士は、帝国の魔導騎士と戦う場合に備えて、魔術への対処方法を学んでいるのだ」

「魔導騎士?」

「帝国のエリート部隊だ。全員が魔術を使いこなすと言われている」

「人間が……魔法を使うのか?」

「王国でも宮廷魔導師などは魔術を使えるぞ?」


 へえ……流石はファンタジー世界だ。

 ああでも、俺が想像している魔法と違ったりするのかも。


「口から火を噴いたり?」

「それでは大道芸ではないか。手の平から火球を出す魔術はあるとは聞いているが、最近は使われていないな」

「あれ、そうなんだ」


 かなり魔法らしい魔法というか、ザ・魔法という感じなのだが、なんで使わないんだろう。


「水を被って盾を装備していればかなり防げるからな。そういう一見派手めな魔法よりは、幻術や幻覚のほうが接近戦では役に立つ。距離感を混乱させれば一方的に戦えるからな……まあ、相手も対抗呪文を使ってくるので、その対抗呪文を打ち破る魔術と、それに抗するさらなる対抗呪文のような形になるのだが」

「うわ、めんどくさそう」

「そもそも、騎士の場合は片手間で魔術を覚えるので、どうしても一流の魔術師には慣れん。宮廷魔術師なら確かに火球を放つかもしれんが、ひ弱な彼らが戦場に出てくるようなこともまずなかろう」

「ああ、やっぱり頭脳労働系の職種なんだ、宮廷魔術師って」

「魔術の深奥を極めるには長い年月が必要らしいし、爺様や婆様であることが多いぞ」

「なるほどねぇ……」


 ファンタジー世界もなんだかんだで世知辛かった。


「ところでジョー、先ほどの続きをしなければいけないのではなかったか」

「へ? あ、ああ……そうだった」


 トラックを変形させようとしていたことをすっかり忘れていた俺は、再び集中して、念を紡いで見るのだが、なかなかうまくいかない。

 やばいな、出来なかったらどうしよう……と、背筋を冷や汗が伝い始めたころ、それがやってきた。


「……ちょうちょ」


 なぜか数ヶ月ぶりに喋ったような朴訥ぶりでミナが発声しつつ指さした先には、モンシロチョウに似た白い蝶が居て。

 ふわふわとやってきて、俺の鼻の上に止まった。


「ふぇ……ふぇっくしょい!」


 ぼふ〜ん!

 当たりに響き渡る、気の抜けた音。それは記憶にある音色でもあった。


「成功した……アルか」


 ノーラが呟き、俺が視線を戻すと、そこにはトレーラーハウスから、期待していたバントラックに変形した俺の愛車の姿があった。


   🚚


 そうして俺はトラックの変幻のさせ方を習得したのである。

 まだまだ慣れていないせいか、変形の都度、魔術道具として、が一本必要になってしまっているのだが、そこは仕方ないところだろう。

 

「頼むぞ、ジョー。運転中にくしゃみをするなよ?」

「いや、流石に意識してなきゃ変化することはないと思うが……」


 仮に運転中に変化を発動させてしまったら、一体どうなるかはまだ分からない。

 案外、都合よく外側だけ変化してくれるのかも知れないが、ひょっとすると。


「トラックの中にいる……になるかも」

「た、頼むから想像させないでくれ」

「——そ、そうだな。あー。さあ、急ぐとするか。合流地点までまだかなりあるんだったよな!」


 ぶるぶると震えるエリスに。

 俺は咳払いをしてから、景気のよい口調を作って、雰囲気を和らげようと努力した。

 同時に、鼻がむずがゆくなったら即外に出る決意を固めたのであった。


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