第29輪 闖入者は騎士少女さま
もともとは金策の話だったはずなのだが、気付けばあらぬところに飛び立ったきり戻ってこない、俺たちの会話の流れはいったいどこへ向かうのか。
そんな感じで会話は発散、されど進まず状態だったのだが……急転直下、一人の訪問者で事態は動き始めたのである……その訪問者はというと、俺のこの世界における数少ない知己の一人であり、いまは会ってはいけないはずのあいつだった。
🚚
「よ、よう」
俺は背中に汗水ものの緊張感で、彼女にひとまずの声をかけた。
「そんなに警戒するな。今回は公用で来たわけではない……いや、違うか。公用ではあるが、そのような用向きではない」
「ええと……つまり、どういうことでしょう?」
ついつい下手に出てしまう。
というか、何が言いたいのか回りくどくてよく分からん。
彼女は、最初に出会ったときのような甲冑フル装備ではなく、厚手の黒い生地の上に胸当てを付けて、肘や膝にも関節を保護するための革製と思われるパーツを装備しているのだが……やはり日常生活の場には向かない出で立ちなので、違和感と威圧感があるのだ。
こないだ裸を見たあとに振り回していた姿が記憶に新しい、鞘入りの長剣も腰に帯びているし。
「その目はやめろ。なぜか背筋に悪寒がする……。ともかくだな、今回の私はそなたの逮捕で出向いてきたわけではなひ」
「なひ?」
「う、うるさいっ。人の間違いを細かくあげつらわなくてもいいだろう、ちょっと噛んだだけだ!」
「あー……悪い、お前がそういうやつだってすっかり忘れてたわ、エリス」
俺は彼女の訪問以来、ようやくその名前を呼んだことに気がついた。
今日のエリスは長い綺麗な金髪を惜しげもなく晒している。ほっそりした体格が部分鎧と黒の鎧下の組み合わせでか、引き立って見えた。
冷たく見える固い表情と薄い色の唇は相変わらずだが、同時に変わらず美しい。
「べ、別にいつも噛んでいるわけではない——! ……これでは話が進まないな。今日は、頼みがあってきたんだ」
「頼み……だって?」
俺の顔に疑問符が浮かんだのを見て取ったのだろう、エリスは間髪入れずに反応した。
「ほら、なんだったか……頼めばたいていのものは運んでくれるのだったのだろう?」
言われた俺は、少し考えて。
前回の武具を運んだ後、報酬を受け取ったときに騎士館でそんなことを言ったと思いだした。
「そういやそんな話もしたな。だけど、俺とお前の関係って、そういうんじゃないだろ?」
「な、なん……そういう関係ではないというのは、つまり……その?」
ごくり、と喉を鳴らすエリス。
俺は彼女が何をそんなに焦っているのかが分からないままに、補足した。
「ほら、だって俺ってディノンの街で……色々やっちゃったから、犯罪者扱いなんだろ?」
「……そういう意味か……」
「そこに騎士様であるお前が頼み事とかしちゃまずいんじゃねえか? この
「いや、それはその通りだ。リヒト王国の辺境であっても、西方諸国には変わりないから価値感は同じだろう」
「ん? …………あ、ああ。そうだな。そうだったわ!」
やっべ、そうだ、俺、東方にあるその国の辺境出身という建前だった。
あれこれありすぎて忘れかけてた。
「で、それなのに頼み事をしてくるってのは……? ってか、どうやって俺たちの居場所が分かったんだ? うまく隠れていたつもりなんだが」
「西方教会を甘く見てはいけないな。この西方諸国の国民は生まれたばかりの赤子に至るまで教会の信徒だ。各地に置かれた礼拝所で働く神父・修道女が耳に挟んだ噂はもちろん、巡礼中の教徒が見聞きした些細な情報にいたるまで、すべて教会総本山に吸い上げる仕組みが成立している。得られた情報はいったん集約した上で、司教付きの情報解析使により、分析と解析がなされている」
「……なんだそのCIAだかNSAみたいな組織は……情報解析使、って明らかに宗教組織のメンバーじゃないだろ?」
「そのしーえーあいだとか、えぬえいちけぃだとかいう名前は聞いたことがないが……西方諸国の目と耳は教会が担っているのだ。本気を出せば、そなたたちのような目立つ乗り物に乗った一行の行方を突き止めるなど容易いこと」
はぁ……と俺はため息をついた。
俺はこの異世界を中世ファンタジー的な世界だと思っていたが、意外に侮れないもんだとうなった。教会だけは敵にまわさんとこ。
……って、もう遅いんだけどなあ、喧嘩売ったことになってるし。
「そして、今回の話はジョー、そなたにとってもいい話だぞ。協力によって得られた成果次第では、ディノンの一件は無罪放免にしてやる」
「……お?」
寝耳に水というか、ひょうたんから駒というか、とにかく望外の展開である。
指名手配をされていると何をするにも動きづらいし、特に今回のように金に困ったときに大問題になる。
なので、なかったことにしてくれるのは大歓迎なのだが……。
「でも……お高いんでしょう?」
「いや、金はいらない」
「すまん、そういう意味じゃなくて、大変なことをやらされるんだろ? って疑問だ」
「まあ……大変と言えば大変ではあるが。ジョーが持つ
「あー…………まあ、そんなところだ」
エリスは以前に俺が乗っていたトラックと、このトレーラーハウスが同一の存在だと気付いていないらしい。というか気付く方がおかしいのだが。
少しだけ迷ったが、俺は適当に誤魔化すことにした。
なぜなら、説明がめんどくさいからである。
深慮遠謀でもあると思ったか? 俺は単純な人間なんだよ。
面倒なことは必要になるまでやらない派である。
「まあいいや、するとあれか、何か荷物を運んで欲しいと?」
「うむ、その通りだ。よく分かったな」
「分からいでか……で、何をどこにいつまでに運べばいいんだ?」
「引き受けてくれるのか?」
「いや……話を聞いてからだな。要望通りに出来るかどうか分からんし」
それは道理だ、とエリスはうなずく。
物分かりの良い女で助かる。先に引き受けるのかどうか決めろとか言われた日には困ってしまうからな。
「運んで欲しいものは……生き物だ」
「生き物……ってどんなんだ? 猫とか犬ぐらいか? それとも馬か?」
後者だとするとなかなか厳しいような気がする。
というか移動中は大人しくしてくれていたとしても、食事とかどうするんだろうか? 適当に餌になりそうな草原辺りを移動していけばいいのか?
「もう少し……大きい」
「あんまりデカいやつだと入らないぞ?」
「そなたの
「ときどき?」
意味が分からなくなって俺は首を捻る。
それでは、置き去りにしてしまうと思うのだが。馬みたいな生き物なら併走させるという手もあるかもしれないが、なんでそんなことをするのやら、という疑問は残る。
「風向きとその強さによっては、
「おいまて。ワイバーン? ……ってことはつまり、飛竜?」
「……そうだ。空を飛ぶのが得意な、小さな竜だ」
微妙に間を取ってからうなずくエリスの表情。なぜかその視線は少し泳いでいるような気がする。
「もしかしてと思うんだが……」
「うむ」
「乗り手付き? ひょっとして俺の知ってる奴?」
「……そうかもしれん」
そうかもしれん、じゃねーよ!
それって、明らかにアイツだろうが!
「この話はなかったことに……」
「まってくれ」
はしっと俺の手を掴んでくるエリス。
伝わる体温。燃え上がる想い。
……などということはなかったが、ガントレットの下の手の平は剥き出しなので、しっとりとした指が俺の手首に食い込む感触は伝わってきた。
体温を感じるよりも早く、気恥ずかしくなったらしいエリスの方から手を離してきたのだが。
おぼこいやつだなあと俺は苦笑いする。
「ともかく……事情があるのだ、聞いてくれるか?」
まあそれぐらいは構わない。
俺は、エリスに車内の据え付けテーブルの席の一つを勧めた。そして気付く。
「あれ?
ミナは席に着いたままだったし、ノーラは立ち上がってはいたものの同じ室内にいる。ところが、男の女神様の姿が見えない。
「お腹が痛いってトイレにいった」
ミナの返事を聞いて、俺はむう? と眉をひそめる。
このトレーラーハウスにはトイレが付いていて、しかも水洗式になっている。水と紙は自動補充という、現代日本人ですら異世界で生きていける素晴らしい仕様だ。
なので、トイレを人が使うこと自体は何もおかしくはないのだが。
だが……あの
……いや、使用中の場面を見たことがないとかいう意味ではなくてだな。
記憶している限り、一度もトイレに行ってなかったような気がするのだ。
「いや、最初のときは見物とか言って見てたっけ……」
呟くが、当然、言葉に代えて謎が解けるわけもない。
俺はとりあえず疑問を放置することにして、エリスの対面の椅子を引いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます