第28輪 たった一つの冴えない錬金術


 最初に異世界に来たときはびっくりするばかりでなかなか思い出せなかったのだが、俺も異世界転生ものの小説は幾つか読んだことがある。

 その経験から言うと、主人公が事ある毎に金に困っているような話は滅多にないと思うんだが、これが異世界転生……よく考えたら転生はしていないけど……のリアルってやつか。

 くっそ世知辛いなあ。

 ……というわけで相変わらずの金欠対策パーティ会議だ。

 どっかに純金が湧き出る泉とかないのかね? そしたら頭から飛び込んで、親指を立てながら沈んでやるのに……。


   🚚


「思い……ついた……!」


 きゅぴーん、という効果音が鳴りそうな調子で俺はそう呟くと、一同の期待の視線が集まった。


「流石はご主人様アル。何か解決策があるアルね?」

「無駄に年は食っていないところ見せてほしい」

「そもそも年食ってねーよ! まだ二十代だっつーの!」

「ジョー、ボクちょっと遊びに行きたいんだけどまだこの話続けるの?」

「続けるわ! 外出禁止だボケ」


 ……全然期待されてなかった。

 九割がた、ただの錯覚だった。

 しかしノーラだけは違った。なんともよくできた元奴隷の子である。主人が喜ぶポイントを分かっているじゃないか。


 ……ちょっと話がそれるが、俺の中ではもうノーラは「奴隷」ではない。偶然に連れ添うことになった仲間というか、友人の一人という認識だ。

 ま、それでも「ご主人様」呼びだけは変えないで欲しいから何も言わないんですけどね。うん、俺、微妙に外道だなー。

 さて本題。


「聞いてくれみんな! 俺は……気付いてしまったんだよ、この世界で金を儲けるのに一番優れた方法を……!」


 ごくり、と誰かが息を飲んだ気がした。まあ俺なんですけどね。


「それは——本物の神様を使った宗教ビジネスだ!」


 びしぃぃぃぃっ、とあらぬ方を指さしてキメる俺。

 現代日本人……つまり、この世界の人間から見て異世界人の俺ならではの発想に、元奴隷の二人はさぞ驚いているに違いない。

 と考えて、その表情を窺うと。


「ビジネス……って何アル?」

「宗教はお金儲けじゃない」


 ……どっちも「な、なんだってー!?」と言ってくれないのが残念だ。

 というか、唯一ネタに乗ってくれそうな女装神ヘンタイのやつは欠伸なんざかましてやがるし。

 世界救ってやらねえぞ、おい。


「まあ……二人の想像の範囲外なのは仕方ないか」


 つまり……こういうことだってばよ。

 俺は計画を説明する。

 というかまあ、計画ってほどの複雑な話じゃあない。都合がいいことにここに神様がいるんだから、お布施や貢ぎ物を募ろうというシンプルな発想なのだ。

 そもそも現代日本における新興宗教なんて、その本質は集金マッシーン(偏見)。

 日本だったら、グレーゾーンどころか即しょっ引かれる手管てくだであっても、この異世界だったらザルだろう。バリバリやって蔵の一つや二つ建ててしまえばいいのである。

 うは。夢がひろがりんぐ。


 まずは免罪符だな。これを買えば今までの罪はなかったことになるという素敵な御札だ。地球では宗教論争になった火種のようなアレだが、本物の神様のお墨付きであれば無問題だ。いや、無問題ということにしてみせる。

 次はあれだ、神様グッズの販売だ。

 何だって? グッズ販売のどこが宗教だって? いやいや、仏像だのイコンだの破魔矢だのお守りだの、結局は全部グッズみたいなもんだろ?

 しかも俺がやるなら現代化バージョンだ。

 沢山買うと神様との握手券が付いてくるという限定特典付き! チェキ——はこの世界だと無理か。そこは仕方ないな。とりあえず、女装神ヘンタイの手が擦りきれるまでやるぞ。

 ……いやまてよ? ねずみ講式のシステムにして、子会員……もとい子信者や孫信者に、親信者から順にがんがん売らせて、上がりをがっつりせしめる手もあるぞ。

 だが……そこまでやると流石に国とか教会から待ったがかかるか?

 だとしても構うもんか、規制が入る前に如何いかに荒稼ぎするかが勝負だからなこういうのは。

 ぐふふ……金貨風呂も夢じゃないな。

 儲けに儲けまくった暁には、綺麗な水着のねーちゃんを並べて、ハーレムしてやる。いまだってハーレムといえばハーレムだが、メンバーの三人のうち二人が子どもと性別にミステイクありでは、男の夢というにはほど遠い。

 せっかくの異世界なんだから、色んな種族の美姫を集めに集めてだな……。

 ……などと、俺がどこぞの始末書量産警官のような想像を膨らませていたとき。


「いやー、それ、無理だと思うよ♪」


 冷たい一言が、猫のような伸びをする女装神ヘンタイ様の口からこぼれた。


「やはり……こいつじゃあ無理か……薄々そんな予感はしていたんだが……ドリームの期待に自分を抑えきれなくなってしまって……悪かったな、一応は反省しているぞ」

「……ほんっとうに失礼だね、キミって♪」


 肩を落とした俺に、呆れた様子の流し目をくれる神。

 うーむ。しかし……。

 口では納得したようなことを言ってみたものの、本心ではわりと疑問を抱いている俺は理由を問い正すことにした。

 すると、外見的には中高生である神は、その年代に相応しいささやかな胸を張って答える。


「なんせ、この格好は世を忍ぶ仮の姿だし。いくら偉大な三大創造神の主神格であるボクといえども——」

「ちょっと待った」


 指先を揃えた手でびしっ、とツッコミを入れる。


「もー、なんなのさー。今いいところだったのに」

「この世界って神様何人もいるの?」

「いるでしょ普通」

「いや、神様ギョーカイで、何が普通で何が普通じゃないとか分からんし……。え、いや、ちょっと待てよ。とするとナニか? この世界にはお前みたいな素っ頓狂な神以外に、もうちょっとマトモで、もうちょっと威厳があって……もうちょっと普通の神様らしいノーマルでスタンダードな神様がいるわけ? ……もしかして俺、ハズレくじ引いた?」

「え、ボクってそこまで言われなきゃならない存在なの?」


 自分の胸に聞けよ。

 もしそれで分からないんだったら、お医者さんが必要なレベルだからな?

 

「ええー……」

「とりあえず、チェンジで頼む」


 不服そうに頬を膨らませている女装神ヘンタイ様に、俺は笑顔でそう告げた。


「ちょっ、それ過去最高の笑顔じゃん! ジョーのくせにそんな眩しい笑顔できるなんて、おかしいよ!」

「確かにご主人様、良い顔してるアル……」

(こくこく)


 過去最大に顔を褒められたんだが、まったく嬉しくないな。いやでも、この神様と縁が切れるならそれぐらいは大した問題じゃない。


「くっ……俺は本心では残念だが仕方ないんだ。間違えて連れてこられた俺のような人物は、神の使いとしてはまだまだ三流……神様と行動を共にする資格なんてないはずだ……」


 よよよ、と泣き真似をする。

 こいつと縁を切りたいのは半分本心だが、五分の一ぐらいはそうでもない。残りの四分は俺にもよく分からない。

 ともあれ、なんだか面白くなってきてしまった。

 金の問題はさておき、しばらくこいつをからかって遊ぶことにしようと決意を固める俺であったが。


「……まあ、どうしてもって言うなら、チェンジしてあげてもいいけど。——必ず……後悔、するよ?」


 いつになく真面目なトーンで神のやつがそんなことを言い放つと、辺りに立ちこめていたお馬鹿な空気が一変した。

 彼女のような彼の、さっきまでふやけていた表情も真剣なものに変わっている。元々、こいつは神様というだけあって外見は超絶美少女なので、本気の表情になると神秘的な雰囲気すら漂い始めるのである。

 過去にもした経験だったが。


「後悔するって……どういうことアル?」


 急な雰囲気の転換に俺が反応するより早く、ノーラが口を挟んだ。


「はっきり言うよ。ボクがこの世界の神様では一番マトモ、なんだ」


 ……。

 …………。

 ……………………。

 場に落ちる、長い長い沈黙。


「え、ジョーはともかく、なんで二人も黙ってるのさ?」


 冗談ぶって、ことさらに軽く尋ねている女装神ヘンタイだが、まだ甘い。

 俺は、奴のこめかみから汗を垂らしているのを見逃してはいなかった。

 というか、こんなに顔に出る神様で大丈夫か、この世界?


「いやぁ……だって……アル」

「うん、まあ……そう……だよね」


 明らかに言葉を濁しまくって返事をする二人。

 しかし、その表情は雄弁にすべてを語っていた。


「諦めろ、女装神ヘンタイ。いくらなんでもそんな嘘じゃ、このガキんちょすら騙せないぞ」

「子どもじゃない」


 俺がおかっぱ頭の上に載せた手を振り払うミナ。

 ふははこやつめ可愛げがないぞ……。

 懐くということを相変わらず知らないミナに対して、肩を落としている俺の前で神様のやつは震えていた。


「嘘なんかじゃ……ないってば……。なにこれ? いま一体どんな気持ち? こんなときどういう顔をしたらいいの? ボクは……ボクは……悔しくて、悔しくて……震える」


 ……案外余裕そうだった。

 あと二、三回は金槌で殴っても問題なさそうである。

 そんな風に俺が思って、女装神ヘンタイ様を効率的に傷つけるための、トドメの一言を脳内で推敲していると。

 運命のノックが、トレーラーハウスと化していたトラックの戸を打ち鳴らした。

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