第27輪 お金と精霊石の密接な関係
金がない。
これほどに切ないワードはない。
金がない。
これまでに自分で稼いだ金で生活してきてこなかった人、つまり親のいる学生なんかだと実感は湧かないかもしれない。
金がない。だから欲しいものが買えない。
……では、ない。
金がない。だからいらないものですら買えない。
これだ。これが一番辛い。例えば……金がないから病院にいけない。俺は病院に行くのは嫌いだ。風邪引いたぐらいではいかない。誰だよ、バカだからその必要はないだろうとか言ってる奴。そういうのは
(聞こえますか……聞こえますか……ジョー……いま、君の心に……直接……語りかけています……風評被害をいますぐやめるのです……風評被害がひどすぎて……ボクはもう……泣いています……神はマジ泣きしています……)
ともかく、風邪引いたぐらいでは病院になんて行きたくない俺でも、やばそうな腹痛とかで、これは病院に行った方がいいんじゃないかと考えることはある。でも、金がない。特に行きたいわけでもないというのに、やらなきゃいけないのだが、それすら許されないわけだ。
それが本当の金のない苦しみなんだよ。
(……あのさ、無視とか、ひどすぎない? 神様だよボク……)
だから金がないのは嫌なんだ。
本当にな。
🚚
食事の後で、緊急会議と相成った。
まずは状況の確認からである。
一体、どれぐらい足りないんだろう?
「五十ルクしかないアル」
「ええと……銅貨五枚ぐらいか」
「六枚と小銅貨二枚アルね」
「あー、そうそう、そうだったな」
適当に
「確か、ディノンの町を出たときには銀貨二枚と小銭が沢山あったから」
「あの時点では四百ルク近くあったアルよ」
「うん、そだな」
「それに、逃亡中に、村から村まで乗せてってあげた人から謝礼を貰ったアル」
「あー、なんか果物を売り出しに行くっていうカップルの二人組と、商人とかいうおっさんな。そういや、カップルの女のほうからもらった果物は、なかなか旨かったよなぁ」
俺がそうやって味を思い出していると、ノーラがその赤い瞳でこちらを凝視しているのに気がついた。
「あの時のご主人様、胸元をちらちら見てていやらしかったアル」
「いや、そんなことねーだろ?」
これこそ風評被害だ。
俺が見ていたのは足だ。
まったく困ったものだと首を横に振ろうとしたとき、両の小さな手でトレーラーハウスに備え付きの設備であるコップを抱えたミナが口を開いて
「違う。ジョーは、いつもノーラの足みてる」
「い、いやそんなことはあるぞ」
あ。いかん。ミスった。
「ご主人様……」
頬を赤らめたノーラが、もじもじとこちらを見る。
などという、どこかのイケメン様でもなきゃ許されない展開は訪れることなく。
落胆が漂ってくる表情でこっちを見ているノーラ。
仕方ないんや、おみ足が、おみ足があかんのや。などと言い訳をしても理解してもらえるわけがないので——むしろ視線の温度が氷点下になる怖れすらある——俺は話をチェンジした。
「本題に戻すぞ。とりあえず、今現在、からっけつという状態じゃないんだな」
「当然アル。なくなってから報告なんかしないアルヨ」
家計を預かる主であるノーラの言葉に俺は頷いて、考えた。
金がなくなった理由は単純だ。
指名手配から逃げてばっかりで、金の心配は完全に後回しになっていて、金を稼ぐことなんて考えていなかった。運良く入ってきた収入もあるが、基本的には収入ゼロである。そのくせ、養わなければいけない人間(一部、人間ではない神がいる)は多い。
ゼロインカムツーキッズワンゴッドだ。いや、キッズじゃないか。
「……つまり、何か金を稼ぐ方法が必要だ。労働とか、商売とか」
「それが簡単に出来たら苦労はしないアル」
「人前に出ると発見される心配がある。なら、もっと遠くに逃げる?」
「路銀としては心許ないアル」
クールなミナの発言はまるで十三歳とは思えないが、年齢相応の思考とも言える。俺たちは指名手配されているから、仕事なんかしているとバレる可能性がある、なら手配の届かないもっと遠くに行こうという発想なのだから。
しかしそれは無理だ。
ノーラの言う通り、路銀の心配がありすぎる。
移動の最中にも収入を得られる方法があるのならなんとかなるのだが……。
「よし、話は簡単だな」
「ご主人様、何か思いついたアルか?」
「期待は禁物」
「いや、期待ぐらいしろよ、お前」
ミナの憎まれぐちは相変わらずだ。嫌われてるのだろうかと思うが、むしろそこまで興味がない感じというか。よく分からない。
今もおかっぱの黒髪に包まれた顔は、俺のほうには向いておらず、俺の隣のノーラの様子をちらちらと窺っているような感じだった。
よく分からんが、まあ気むずかしい年頃なのだろう。思春期だし。
……牛娘に思春期という概念が適用されるのかどうかはよく分からんが。
「お前じゃないし、ミナだし」
ぶつぶつと呟いているミナを置いて、俺は計画を説明することにした。
「おう、神、精霊石出してくれや」
「っとぉ……? 予想外の要求だね♪」
目をパチパチとさせている女装神様は、相変わらずの美貌である。
ミナとノーラの魅力を足して何も引かないぐらいの水準で、肌のきめ細やかとか、輪郭の不備のなさとか、とにかく全体的に欠点がない。根本的に間違っているのはその性別だけで、後は性格が破綻している程度の不具合しかない。
……致命的じゃねえか。
「あの精霊石ってやつ、かなり高いんだろ。アレを出してもらって、一回だけちょっと町に行って全部売り捌けばいい。で、ほとぼりが冷めるというか、警戒が収まった頃を狙って、隣の国にでも行こうぜ」
言ってて悲しくなるぐらいの小者っぽい発言だが、今はこれが妥当だろう。
世界を救うために仕事をしているのだから、生活費を神様に提供してもらうことに罪悪感はない。確かにまあ俺のヒモ度合が高まるのだが、こんぼうとか銅の剣一本貰って魔王と戦えとか言われる展開も理不尽だろ?
神ならもうちょっといいものをくれと思う。
誰だってそー思う、俺だってそー思う。
「無理なんだよねえ〜」
「いや、ケチってる場合じゃないだろ? 流石にこのまんまじゃ世界を救うとか云々の前に、俺ら干物になっちまう。頼むって」
「そうじゃなくてさ」
??? と頭の中に疑問符を浮かべていた俺だが、隣のノーラと、さらにその隣のいるミナが困惑している顔を見て、自分が変なことを言ってしまっていることに気がついた。
「あれ? そんな変な話してるのか、俺」
「精霊石は高いなんてもんじゃないアル。うちの村には一つしかなかったアルよ。それも御神体として飾られていたアル……」
「そうそう。それが普通なんだよ。だから、町なんかに持っていっても、買ってくれる人はまず見つからないね♪ すっごい貴重品だから……身元の証明とかしないと、そもそも取引に入る前に怪しいって追い出されちゃうかもよ?」
「おじさんのくせに、ジョーは時々、常識がなさすぎる」
「俺はお兄さんだ」
反射的にそう言いつつ、精霊石ってそういうものだったのか、と俺は独りごちた。
ふむ……。
そもそも俺は、精霊石というものが何なのか知らない。こないだ触ったのが「炎の」精霊石だったということは、他にも幾つかあるのだろうか。
分かってないと色々まずそうなので、教えを請うことにする。
「そういう話なら、ボクじゃなくて、ノーラちゃんかミナちゃんから説明してもらうといいかもね〜♪」
「お前、詳しくないのか? 一応、神様だろ?」
「精霊信仰は獣人種族に浸透しているから、一般常識的な知識が欲しいっていうんならそっちが正解だよ。裏技とか実は誰も知らない真実とかならボクでも答えられるけど」
「ああ……獣人って精霊を信じてるんだっけ。そういやなんか、そんなこと聞いた記憶があるな……」
なんだっけ、確か四大精霊がいて、風は服を着てない女で、土は骸骨で、水は亀みたいな人間みたいなよくわからんやつで、火はマッチョだっけな?
「全然違うアルよ……あ、でも火の
うむ、やはり火属性は定番を大事にするよな。
そういう気配りができるヤツって感じがするわ。
俺が、ふむふむと頷きながらノーラを促すと、ノーラは唇を舌で湿らせて説明を始めた。
「そうネ……精霊石は、精霊王様たち……つまり、在りし日の四大精霊の、神秘の力が込められた石アル。魔術儀式に使うことで、火・風・水・土の力が解放できるアルよ。実用的な用途に使うというより、儀式用アルね」
「こないだは投げつけて使ったが、あれは変な使い方なのか」
「普通はあんなことしないアル。罰当たりもいいとこなノヨ! ぶつけて壊したりしなければ、再利用できるアルし……」
「再利用?」
「儀式をして、火とか風の力を充填したりするアルよ」
うーん……充電池みたいな扱いだろうか。
神様に聞いてみたらお茶を啜りながらの「まあそんなところかな♪」という気のない返事があった。
もしかしてこいつ、自分で説明するのがただ面倒だっただけなのではないだろうか——。まあいいか。
「精霊石は、それぞれの精霊の性質に近い場所で見つかるアル。たとえば、火の精霊なら火山の付近とかアルね」
「ほほう、なるほど……」
どういう理屈なのかは分からないが、それは分かりやすい。多分、力が自然にチャージされるってことなんじゃないだろうか……。
ところで、実際、精霊石ってどれぐらいの価値があるものなんだろうな。
「価値は、同量の金と同じか……それ以上アルよ」
「ちょ、マジ!?」
大量の金を投げ捨てて、全部無駄にしてしまった(大切に使えば再利用できた)と聞かされた俺は目眩をおこしかける。
なにそれ、超もったいないじゃん。ええー。
「なんでそれを最初っから言わないんですかねえ……」
「んー。聞かれなかったから、かな♪」
てへぺろしてんじゃねえよ。
小市民としてはこの余裕っぷりがむかつくぜ……。
などと思っている間にも、ノーラは説明を続けてくれた。
精霊を信じている獣人は儀式にしか使わないけど、人間の国はたまに戦争に使うことがあるとか。
昔は、人間の国でも実用品としては使われてなくて、神様に対する捧げ物だったとか(
近年は、西方諸国のほうではあんまり見かけないけど、帝国のほうにはまだ沢山ある、という噂が存在するとか。
そんな話だ。
そう言った、この世界に関する知識がない俺にとっては興味をそれなりに惹かれる話がしばらく続いて、一旦休憩という雰囲気になる。
「ふうむ……だいたい分かってきたけど——
結局、俺はふたたび頭を抱えるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます