第25輪 神様が神様であると自分を証明した日

 女装神ヘンタイは本物の神なのか?

 その答えを求め、トラックは街道を走った。

 明白な事実によってのみ、それを証明することが可能であると考えた俺は、自称神に自身の存在証明をさせることにした。

 平たく言えば——何か神っぽいことやってみろよ、出来たら信じてやるよ、と言ったわけである。

 そうしたら……こいつは……。


   🚚


「大変な事態になってしまいました」


 俺は呆然と呟いた。

 愕然たる思いのまま、天の頂点に昇ったまま凍り付いたかのような太陽を見上げる。

 その挙動は必然的に俺の目を眩ませる結果を生んだが、それよりも重要なことがある。

 そもそもの話……これまで取り立てて言及したことはなかったが、この世界の太陽は地球のそれと全然違いのないものだと感じていた。

 だが、いまは、その輝きがどこか整然としすぎていて。

 釈然としないが、俺は太陽がことを当然のように感じ取っていた。

 どこかに歴然たる違いがあるわけではないのだが、あえて言うなら日の光の揺らめきが感じられないというか……。

 その想いを裏付けるみたいに、泰然として動かない太陽は何も語らず。

 けれど、忽然と消え失せる気配もまたなく。

 黙然のうちに視線を落とした俺は、悄然と肩をすくめて……自然にため息が漏れた。


 もっと、分かりやすい変化もある。

 かつては風の余韻、小鳥の唄、エンジンの唸りで騒然としていたはずなのに、いまは神様の奴が行った奇跡の副作用で、この世界から一切の音が消えているのだ。

 いや、音の消失には例外がひとつあった……。


「こうやって、声だけが響くのは気持ち悪いんだが……」

「んんー。仕方ないね、音が鳴らなくなっちゃうのは、この魔法の数少ない欠点のひとつだね♪」

「これって俺たち以外の動きが止まっている……んだよな。まだ信じられないが」

「ううん、正確には、時間の概念を誤魔化してるんだよ。ボクたちの時は一定の速度で流れるけど、その他の世界の歩みはほぼ完全に止まっているってわけ」

「ほぼ完全に?」

「うん、すっごーく遅いだけで、しっかり動いてるの。あの木の葉っぱも、風に揺られているんだけど、目に見えないぐらいの早さでしか動いていないから……ボクにはともかく、キミたちには見えないんだよ♪」

「むぬぬ……」


 俺は唸った。唸らざるを得なかった。

 なんと、この女装神ヘンタイ、神様らしいところを見せてみろと言ったら、時を止めたのである。しかもあっさりと。


「トラックの動きもなんかおかしくなったアル」

「エンジンの音がしてないし……揺れないもんな」

「ちょっと浮かせて移動させてるからねー。流石にこのトラックは仕組みが複雑すぎるから、前に進んでいるって事象を再現することしかできなくて」

「なるほどなあ」


 当然だが、さっぱり分からない。

 なのに自信ありげに頷いたのは、話を聞けば聞くほど頭が痛くなりそうだったからだ。

 時間を止める……じゃなかった、時間を誤魔化すというのは、やれ因果が事象が、ものが本来示す役割がふんがふんがーみたいな感じで最初説明されたのだが、おかげで俺の脳は完全に過負荷状態オーバーロードである。


「うん。これはすごい。お前が神様なのは認める」

「ふふっ。でしょ。でしょでしょでしょ。もっといーっぱい褒めてくれてもいいんだからねっ♪」

「おうよ。……で、なんでこれやらなかったんだ。逃げるとき」

「うん?」


 至極当たり前のツッコミに、小首を可愛く傾げる女装神様。

 もちろん、何か深い事情があるのだと信じたいが……コイツの場合、天然の可能性がわりと捨てきれない……。


「あー……ああいう場面だと、これはちょっと無理なんだよねー」

「ほほう」


 言い訳かな? と思いつつ話を聞く。


「それがね、この魔法、色々制約があるんだけど、沢山の人の注意を惹いてるときは機能させるのが原理上難しくて。それと、たった一人でもこっちの存在に気付いている状況だと、その人の時間はこっち側に入っちゃうんだよね」

「……なるほど?」


 俺は驚いた。

 ……理解はまったく出来ないが、なにがしか真っ当な理由があったと思われることに。


「なんか意外って顔してるね?」

「おう。お前にまともな判断力があったことに驚いている」

「……どこまで誤解されてるんだろう、ボク……」

「そんなに誤解はしていないつもりだが」


 ぐぎぎ、と音を立てそうなぐらいに歯がみしてこちらを睨んでくる神様を俺はスルーして、ノーラに向き直った。

 

「……と、いうわけだそうだ。正直俺もいま納得した段階だが、一応こいつは神様だ。納得できたか?」

「そういえばそんな話してたアルね……。時間が止まって本当に吃驚したせいで忘れてたアル。……それにしても、神様が本当にいたとは知らなかったヨ……」

「俺もいるとは思わなかったな、最初会ったときも」

「信仰心の薄い連中だねえ」

「他人事みたいだがそれでいいのか?」

「んー……?」


 音のない世界を進みながら、俺たちはそんな益体もない会話を続けていた。

 ちなみに。

 太陽のを話を聞いてみたら……本当に止まっている(正確には止まっているのと区別が付かないぐらいに遅く動いている)そうで。位置はもちろん、太陽活動も停止したように見えるために違和感を感じる、とのことだった。

 うーん、センスオブワンダーだな。

 ……ちょっと違うか。


「ところでご主人様、エリスさんはあれでよかったアルか?」

「ん?」

「喧嘩別れになってしまった気がするアル」

「あー……いや、どうかなあ」


 街門の中で、レオの撃退に成功した後のことだ。

 流石というかなんというか。あの男は、炎の海に巻かれたにもかかわらず、死ななかった。

 しばらくして、街門を抜け出してきた姿を見ているのだから、間違いない。

 もちろん、これは俺の希望していたことでもある。イケメンだからどうでもいいと言えばいいのだが——仮に、死なれてしまっては……寝覚めが悪いなどと言ってられないレベルで落ち込んだだろう。


 それで、幸いにも、というかなんというか。

 奴は俺を追いかけてはこなかった。飛竜がよたよたと歩いていたことからすると、翼が傷ついて飛べなくなっていたのかもしれない。少なくとも、かなりのダメージだったと思われる。飛竜は全身が煤けていたし、レオなんとかも遠目に見ても薄汚れていた。

 そういう風に確認していた間も、トラックは走り続けていたので、街門と、その側にうずくまるように身を伏せた飛竜との距離は離れていった。

 最後に、飛竜の巨躯に背中を預けるようにしていたレオとは遠目に視線を交えた気がしたものの……それは錯覚だったかも知れない。遠すぎた。


 一方。健在だったエリスとその飛竜はというと、煤けた飛竜とレオを放って、俺たちのほうにやってきた。

 レオとその飛竜のペアと演じた一戦のようなことを、またやらないといけないのかと一瞬不安に思ったが。

 彼女の目的は会話のようだった。


「……命拾いしたようだな。ジョー」

「まあな。マジで疲れたよ」

「お前というやつは……自分がやったことの意味が分かっているのか?」


 俺は、なぜか困ったような表情を浮かべているエリスに頷いた。


「一応はな……でも、後悔はあんまりしてないな」

「そう、か。私は……」


 彼女は何かを言いかけたが、口ごもった。

 逡巡の気配の後、最初に口にしようと思っていたこととは異なるであろう宣言がされる。


「私は飛竜の騎乗は得意ではない。だから……今は見過ごしてやる。だが、次にそなた……いや、貴様を見つけたときは——分かっているな?」

「……まあ、仕方ねぇわな」

「ああ……残念だ。ともあれ——了解したなら、早く失せるがいい」


 きっとこちらを睨むエリスに、俺は口元を緩める。


「いや、お前がトラックに乗ってる俺を追っかけてきてるんだけど」

「しょっ——げほん、そんなことはどうでもいい! 混ぜっ返すな!」


 最後の最後は締まらなかったが……。

 俺とエリスの短い付き合い——それでいて異世界に来てからの大半を占める——は、それで終わりとなった。

 それから、朝が過ぎて昼になるまで、元凶である女装神ヘンタイ様にトラックを運転させてここまでやって来たのだった。

 

「まあなんだ。機会があれば、案外またすぐに逢えるかもしれないぞ?」

「でも、その時は……犯罪者扱いされてしまうアル」


 俺はしょげているノーラの肩を叩いた。

 彼女が意気消沈しているのが、犯罪者扱いされるようになったのが自分のせいだと考えているためなのか、良い印象を持っていたらしいエリスと決裂することになったせいなのかは分からなかったが。

 どちらにしても、今さら後悔してもいいことにはならない話だ。

 ノーラの友達であるミナの自由を取り戻せたことで、お釣りはこないかもしれないがとんとんぐらいにはなっている。


 結局。小説とかアニメでいう異世界ファンタジーの世界にやってきたとは言え、俺は勇者でなければ魔法使いでもないのだ。

 あ、あと四年で魔法使いになるための資格があるかどうかについては……秘密にしておくぞ。

 それはともかく、俺はあくまでも一般人のつもりである。神様に世界を救えなどと言われていたとしても、ヒーローを気取る気もない。

 そもそもその資格もないのだ。自動車で事故を起こした運転手が、そのおかげでヒーローになるとか見当違いにもほどがある。


 実はずっと考えていた。

 俺はこの世界で何ができるのだろうかと。

 

 荷台の端では。おかっぱの上に垂れ耳を生やした牛娘少女のミナが、まだ掛け布にくるまって、すぅすぅと気持ちよさそうに寝ている。

 口ぶりには可愛げがないが、こうして夜更かしの後に目を覚まさない様子をみると、まだまだ微笑ましい盛りの子どもなんだなと思わせる。


 急に黙り込んだ俺を不思議そうに見上げているノーラ。

 どう見ても体操服にしか見えない服装は、やはり寒そうな気がする。もういいかげんになれてきたウサ耳が片方倒れていて、触ってみたいという衝動がこみ上げてくるが……奴隷になってしまっていた彼女も、今は自由の身だ。

 正確には俺が主人なわけだが、気持ちの上ではもはや仲間である。ただし、盗った金の分はちゃんと働いて貰うが。


 運転席には、この世界の神様。女装の変態であること以上の特別性があまり見られなかったが、本物の神であることを証明した。

 どう考えても困ったちゃんであるし、俺にとって恩人という意味ではまったくないのだが、すでにこいつのこめかみに指を食い込ませない未来は想像出来ない。世界を救えとか言っていたが、まだ何が問題なのかも明らかではないのは気になる。


 いまここにはいないエリス。レオなんとか。アルメインとかアルフォンスとかそんな感じの名前だったと記憶している禿げたおっさん、ナイスミドルだけど出番はあまりないっぽいサンチェスさん。あと、ええと、マ……マ……マザイではなかったと思うが、ともかくそういう名前の行商人とか、宿の親父さんとかおばちゃんとか——。


 きっと。正味のところ。

 城之崎きのさきじょうという男はたぶん勇者や英雄にはなれない。

 けれど、ここで出会った人々と一緒に、慌ただしい人生を生きる機会には恵まれた。世界を助ける旅というやつだ。

 願わくば。

 それが終わったあとで、元の地球で奪った若い命に見合うだけのを、この世界に残せれば——少しは、罪を贖ったと言えるだけの何かを、残せば。

 地球に戻って、すまなかったと墓前で言う機会ぐらいは、この世界の神様に与えて貰えるんじゃないだろうか。

 そんなチャンスが、この異世界の旅にはあるんじゃないか。


 ……そんな風に思えたのさ。




🚚運転手が異世界に行ったら問題だらけだ!

第一章 罪と過ちの異世界トランスファー 完


               ...To be continued.

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