第23輪 ゲームの終わり
追いかける飛竜と追われるトラック。
ファンタジー世界vs現代日本の構図だが、普通に考えてこの両者では現代日本が不利である。追われる側を10式戦車にチェンジして欲しいのだが。
けちくさい神様はそれを許さないのであった。
ここで、レオなんとかという男の操る飛竜から
あるいはこのまま後ろから飛竜に、アッ——! となってしまうのか……。
いま、ひとつの結末を迎えようとしていた。
🚚
「おい、レオ。悪いな——お前は、既に負けてるんだよ」
俺は、目配せでこっそりとやりとりしていた
トラックの車体がもう一つ入る程度の車間距離——車竜間距離? を開けて、ホバリングするかのように相対速度をトラックと合わせた飛竜に騎乗する男。
その、レオなんとかさんに俺は力強く宣言してみせた。
「それは——ハッタリかい?」
「お前がそう思うんなら、そうなんだろう」
まあ、当然、ハッタリなんだが、自分からそう言ってしまっては元も子もない。
そもそも最終的に看破されることまでは想定の範囲内。
だが、俺の目的はそこにはない。
「——お前ん中、ではな」
「ふっ。言ってくれる」
だからまずは、この小さな幻想を引き延ばす。
不安。警戒。疑心暗鬼。念のための用心。
それらのうち、何だって構わない。状況が整うまでのあと一・二分を繋げられる要因なら。そして、俺がそれをもう一つの仕掛けと組み合わせることで——。
「なるほどね。君が頼りにしているのは、あれなのかな?」
片手を手綱から離したレオが指さしたものは。
「——っ」
街と郊外を分ける、大きな街門……だった。
それは、トラックでもそのままくぐり抜けられそうなぐらいのもので、現代の日本ではまず見かけることのない代物でもある。
街門というものが何のために存在するものなのか。知識として知ってはいるが、それは外見を見るだけでも明らかに分かる。
巨大な石造りのアーチに、鉄製の骨組みで縁取りされている、木板を鋲で打ち付けた扉。
錠前は、丸太を通して鍵をかける仕組みという、大ざっぱではあるが強固であると確信できる存在だ。
アーチの幅は実に十メートル近い。扉がついているのは街の外に近い片側だけなのだが、街を守る五メートルほどの厚みの外壁とくっついている上、詰め所が中にあるそうなのだ。
ある意味、扉のところが一番薄くなってしまっているのだが、有事のときは、外側の扉を閉めて、内側に土嚢みたいなものを積み上げることで防御力を向上させられるのだろう。
結局のところ街門とは、外敵から内側の街を守る、守護の要なのである。
現在、その扉は半分だけ開け放たれている。
普通なら夜は閉めるものなのだろうが、なぜこうなっているのか——俺は、その理由を知っていた。といっても、何の変哲もない理由である。ただの故障だ。
一昨日にこの街を訪れたときから、片側の門は開きっぱなしである。なんでも稼働のための蝶番が破損しているそうで、修復の目処が立っていないのだとかいう話を小耳に挟んだのは記憶に新しいところだ。
そして——この半分だけ開いた門は、俺たちとレオによる変種のカーチェイスに、とある意味をもたらす。
「確かに、ジョーの目の付け所は間違っていないね……。その乗り物は、今の半分開いた門の横幅とほぼ同じだから、ぎりぎりだけど通り抜けることができるかもしれない」
——いや、できるさ。
初日に訪れた時点で確認済みだからな。
「できる、という顔つきだね。ふふ。まあ、君のような大胆不敵な賊ともなれば、それぐらいの下調べはやっているというわけか」
実に嬉しそうに笑うレオなんとかに、俺はふんと鼻息を返す。
こんなこともあろうかと思って下調べをやったわけではなく、武具という貨物を運ぶ都合で、縦横がつっかえないか職業意識的に確認したにすぎない。
よって、これは単なるレオの買いかぶりなのだが、俺たちにとって都合が悪くならない誤解なら、気にする必要もない。
それより……この口ぶりは、もしかしなくても……見抜かれてしまった、のだろうか。
「だけど——そうだね。ぼくが乗るギュネーは、飛ぶために翼を広げた状態で、あの狭いところを通り抜けるのは難しいだろう。見た感じ、左右とも引っかかるから……後二ヤードは……いや、二ヤードまでは必要ないか」
二種免許を持つような優れた運転手であれば、車体の幅はセンチ単位で把握していると聞く。俺はそこまでではないが、一応はプロなので、使い慣れた車に限ってなら十数センチぐらいの精度でぶつかるかぶつからないかの見切りができる。
このレオについても同じことが言えるのだろう。自分の乗る飛竜が、どこを通過出来て、どこにつっかえるかを見ただけで把握できるのだ。
トラックドライバーの知恵でワイバーンライダーに勝利しようと思ったのだが。
「で、察するに君の企てはこんなところだったのかな……? ——追いかけるぼくとギュネーの注意を逸らして、君はあの街門に勢いよく飛び込む。周囲への意識が散漫だったぼくたちは、扉に衝突して飛行が続けられなくなる。けど、君たちは間一髪で通り抜けて、見事に逃げおおせる——」
「ど……どうだかな」
「なら——試してみるかい?」
金髪イケメンのその一言に、俺は目を大きく見開いた。
いま感じている内心の動揺が声に出ないようにと注意したが、それでも次の一言が掠れるのは抑えられなかった。
「試す……だと?」
「君のプランに乗ってあげようと言ってるのさ。実際に試してみればいい。さあ、そこのお嬢さん。どうぞ、ぼくとぼくの愛竜を、あの門まで先導してくれ」
「何を——企んでるんだ?」
レオが声を一段と高めて、
俺のトラックはあの隙間を通り抜けられる。
運転手が俺自身でないのが若干不安だが、そこについては神様の目配せを信頼すると決めた。まあ、ミラーとかならふっ飛んでも自動修復で大丈夫だし。
だが、どう見ても、レオの乗る飛竜——ギュネーとか言ってたな——は、車両幅が超過している。強行すれば、確実に激突するだろう。
「——! まさか、また、さっきと同じように上に躱すってか? 街門の高さ分かってんのか? ……できるわけないだろ?」
「ふふ……見ているといいさ——けれどね、ジョー」
ふつっ——と。
レオは浮かべていた笑みを消し去った。
貴公子然とした顔つきだからこそ、自然な凄みがある。この場面で、イケメンのズルさを感じる余裕は俺にはなかった。
「ぼくはがっかりしてしまったよ」
「別に、お前を満足させるつもりなんて——」
「君の最後の計画がこんなつまらない、子供の追いかけっこでもやらないような案だなんてね」
「ああ? ガキ扱いしてくれるとは、態度でけぇじゃねえか……いいぜ、やれるってんならやってみろよ。余裕かましてくれたこと、絶対に後悔させてやる。お前のちんけな飛竜があの幅を通り抜けられるわけがねえ。上に逃げたって、もうおせえよ、降りてくる前に今度こそ精霊石を叩きつけてやる。——クソが」
俺は、本心を隠すために虚勢を張った。口汚くしたのも計算だ。
この男に底を見られたら、その時こそ終わるだろうという予感はずっと続いていた。
逆に言えば、底さえ見せなければ。
それが、仮にただの欺瞞や、ハッタリであっても、まだコイツは律儀に付き合うはずだ。面白そうなことに乗ってしまう性格なのは完全に見切っている。
だから騙し続けていれば、チャンスはきっと巡ってくるはずなのだが——。
「やれやれ——だね。あの門を超えたときが君の最期になる。……さよならだ、ジョー。退屈しのぎにはなったよ」
最後は勝手にそう言い残して、レオは口を引き結んで、手綱を振った。
一瞬スピードダウンした飛竜だったが、すぐにトラックとの距離を元通りに詰め直す。そして、その時は、飛竜の雰囲気ですらも何かが変わっていた。
ピリピリとした緊張感が辺りに漂う。
「……どうするの?」
「アイツの言う通りにやれ、大丈夫だ。奴にはできっこない」
チキンレースさながらに。
ハッタリをチップに
大丈夫なはずだ——。
そう自分の胸に言い聞かせるのだが、汗が頬を伝う。
誤魔化そうと思っても、本心は言うことを聞かないものだ。拭いたい気持ちもあるが、ここで変な動きをしてすべてを自分からバラしてしまうのでは意味が無い。
トラックは激走を続ける。
俺の指示の下、神様を運転手として、街門に向かって。
神様運送とか豪華だよな?
余裕のない中で、なにがしか笑えることを考えてしまうのは心がバランスを保とうとするが故の機構のようなものだ。
あと十秒もない。
街門が迫る。
つい、もう一度確認してしまうが、やはり通り抜けはできる。
俺は視線を後ろに戻した。
飛竜は——やはり翼を広げた状態では無理。レオのやつは、上に行くのか、あるいははたまた——。
と、その瞬間。
再びレオの顔に笑みが浮かぶ。
だがそれは、これまでの貴公子然としたものではなく。
獲物を捕まえられることを確信した、野獣の笑顔。
次の瞬間——飛竜が縮まった。
飛竜の飛び方を、これまでずっと見ていた俺は、その飛行原理を理解していた。
基本は滑空。羽ばたいて高度を稼ぐこともあるが、その場合でも翼を畳ませるようなことはほとんどしない。上下に翼を振って大気を上から下に叩くことで上昇力を手に入れているように見えた。
だが。
今、視界の中の飛竜は。
その翼を小さく畳み。
半分落下のようなスピードアップをして、俺たちの——いや、俺に向かって高速に迫ってきた。
周囲を街門のアーチに囲まれた狭い空間の中で、風が立てる轟音が耳を聾していく。その中で、俺はレオの口が動いたのを見た。
その唇の動きが意味するものはつまり。
「終わりだよ、ジョー」
そして俺は、最後の反論をする。
「——いいや、お前なら、そうするだろうと思っていたさ——」
同時に、右腕を一閃。
残りの炎の精霊石が詰まった巾着袋を、そのまま振り上げて街門のアーチの天井に叩きつける!
爆炎、爆炎、爆炎——そして、爆炎。
吹き上がった炎が天井を舐め、横に広がっていくが、狭すぎる街門の中では行き場が足りない。
成長する炎は、上から下へ、逆転するかのように空間を埋め尽くしていく——
そして、赤く焼けた視界の中で。
目を剥いたレオと俺の視線が交錯した。もはや、言葉にするまでもなく、俺の言いたいことは相手に伝わっただろう。
確かにあんたは凄い奴だ。燃えさかる炎の壁を軽々と飛び越えて、狭すぎる幅に対処するために飛竜に翼を畳ませた状態での飛翔をさせる。
だが——炎の海の中を火傷ひとつせずに泳ぐなんて奇跡は。
幾らレオニダス、お前でも——起こせるわけないだろ……?
そして、ほんのわずかな時間の、視線の交錯は幻視のように儚い終わりのときを迎える。
すべてを炎の赤が塗りつぶした。
トラックは街門を抜けた。
レオと飛竜は、そこから出てこれない。
これで終わり。
街門の中という、移動中の車両と飛竜では存在しないはずの半密室空間。
そこでなら、精霊石の攻撃が有効だろうと思っていた。街門の扉の幅で引っかけるなんてのは愚策。華麗に回避されて終わるか、注意深く街門への進入を避けられてしまうかだ。
別に街門の中で俺たちを追いかける必要はなく、上を飛び越えればいいのだから。
だからこその奸計だった。策があると見せかけて、その策を見破らせる。その上、もう手がないと思わせてやれば——ええかっこしいのアイツなら、こっちの策にあえて乗った上で、打ち破ってドヤ顔をキメるだろうと。
ぶっちゃけると、こういう作戦ってスカると非常に大変なことになるのだが、今回は運良くハマった。他に手がないと思ったから仕方なくやらざるを得なかったというのもあるが、うまく行った理由の大きなところはやはり……レオなんとかさんの性格がアレだったからだ。
つまり、こういうことだろう。
勝敗を分かつことになった俺たちの差はどうしてついたのか——慢心、環境の違い。
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