第22輪 職業が“てろりすと”に昇格したっぽい?

 ドラゴンと言えばファンタジーの定番モンスターで、子どもの頃RPGのゲームを遊んだ人間なら、一度は思ったことがあるだろう。

 竜に乗って空を飛びたいとか、竜と戦って格好良く倒したいとか、竜を飼い慣らテイムして操りたいとか、竜になって巣○りドラゴンみたいなことしたいとか。

 ああいや、最後のは分からなくてもいいんだ、うん。

 異世界にやってきた俺は、その、子どもの夢であるところの竜と出会った。正確にはドラゴンじゃなくて飛竜ワイバーンらしいが、犬と狼が同じイヌ科の動物であるぐらいには似たようなものだろう。

 そして、飛竜に追い回される体験をした俺は心から言える。

 夢は叶えようとするのではなく、見るだけにしておくのが幸せだと——。


   🚚


「——君、やるじゃあないか」


 頭上、前方。

 さっきまで俺たちを追いかけていた、飛竜を乗馬のごとく操るイケメン。その男が、すぐそばに寄ってきてそんな言葉を発したので、俺は少しばかり面食らってしまった。

 端的に言うと、俺犯罪者。お前官憲。なのに褒められた。

 その意図がさっぱりわからんわ!!!

 なのである。いやはや、これだからイケメンは駄目だな。顔がよければ何を言っても許されると思ってやがる。


「折角の機会だ。名前を聞いておこうか」


 だから意図が分からんっつーの。名前を聞かれて答える誘拐犯なんかいねえよ。いや、誘拐犯のつもりはないけど。健全かつ平和な一般人ですけど。

 いったんそう思ったものの、名前を隠す必要があるわけでもないことに気付く。

 というか、エリスは知っているのだから隠しても無駄だ。


じょうだよ」

「ジョウダーヨか……ふむ、その名前、確かに覚え——」

「ちげぇよ。ジョー……だ」


 ブラジル辺りのサッカー選手にいそうな感じの名前に間違えられた俺が、そう訂正すると、やつは理解してるのかしてないのかがこっちにいまいち伝わってこない、にこやかな笑顔で頷きを返してくる。

 そして曰く。


「ふふ。街を人質に取ってぼくに攻撃を思いとどまらせるとは、なんとも悪辣な男だな君は。だけど、その手段を選ばぬ態度——嫌いではないとも!」


 ……ん?

 いま、なんて言った、こいつ。

 

「街を——人質に?」

「そのために高価な精霊石を使い捨てるように用いるなど、並の悪党の発想ではありえないとも。率直に言って、尊敬の念を抱かざるを得ないね!」

「えっと……」


 ——精霊石。

 というワードも気にはなったが、なんだかこう、酷く根本的なところでボタンの掛け違いがあるような……。


「ジョー、君ならぼくのライバルに相応しい。ああ、そうだ……ぼくの方の名前を名乗っていなかったね。ふふふ。そう、ライバルになるからには名前を覚えていてもらわなくっちゃあいけない。ぼくの名は——」


 トラックの走行と、ばっさばっさ羽ばたく飛竜の翼の二つが奏でる騒音の中、朗々と語るその声の通りだけはイケメンらしさに溢れていたが……。

 こいつ、ただの馬鹿なんじゃ?

 そんな直感的な第一印象で頭が埋まっていく。

 男の出で立ちを確認してみると、鎧は部分だけを守る軽装なもので、胴はサテン辺りのダブレットというのだろうか、少してらっとした素材で、上には動物の毛皮のローブっぽいものを着ている。かなりお高そうというか、現代日本だと動物愛護協会がグーパンチしてきそうだ。

 髪もちゃんと手入れされてるし、髭も綺麗に剃ってある。

 これは、この世界の人間だと珍しいというか、ここまでの旅で出くわした従軍中の兵士だとか、最初の街の衛兵とか、宿の主人は、髭については形を整えつつも残しているか、手入れの頻度が少ないのか無精髭みたくなってる人物のほうが多かった。


 ——つまり、そういうことなんだろうな。

 俺は確信とともに理解した。

 この男、間違いなくである。

 どうやら百二十パーセントぐらいの確率で貴族。それも家に帰ったら美人のメイドさんが一列に並んでお辞儀してくる感じのハイソなセレブに違いない。まったく許せん。

 そんな感じのセレブ男は、未だに何かしら口をぱくぱく動かして喋っていたが……。

 聞いてやる義理はないので、相手が名乗った名前は耳を右から左に通り抜けていく。

 たしか、レオなんとかと言った。

 こんなやつ……それだけ覚えていれば十分だ。

 何がライバルやねん。イケメンリア充が、就活失敗しての引きこもりからトラック運転手に華麗に転身した俺を見下させると思うのがそもそも間違っているのだ。


「おい、レオ……とか言ったな」


 流石にレオなんとかさんと呼ぶのは気が咎めたので略称っぽくした。すると、それがなぜか奴の琴線に触れたのか、笑顔がいっそう深くなった。きしょいわ。


「いいか、俺には許せないことが二つある」

「ふむ……もしや、自分の行動が正義だと主張する気かな? いいね、それぐらいじゃないと——」

「まず一つはイケメンだげふんげふん」


 違う。別にイケメンだからってムカついてるわけじゃないから。違うから。

 自然に口から出てきちゃったけど、本当に違うんだ。

 イケメン全員にムカついているわけじゃない。イケメンな上にある種の連中を許せないだけだ。セレブとか。ただ単にイケメンだからムカつくとか、そういう心の狭い人間ではないのである。

 っていうか俺、この瞬間に何度イケメンって思ったんだろうね。


「もとい、言い直すぞ……一つは、他人ひとの話を聞かずに、相手に自分が抱いた印象を押しつけてくるやつの存在だ。失礼なんだよ、まったく」

「……ふふ。なるほど、確かにぼくは少しばかり先走ってしまうきらいがある。戦の予感に気持ちがはやってしまうのもそうだが——血のたぎることがあると自分自身を抑えきれなくてね……感情を持てあましてしまうのさ」


 だからきしょいっつーの、その言い回しが。

 俺は、ツッコみたくなる気持ちを冷静に抑えつけつつ、後ろ手に準備を進めていた。そう。これは作戦だ。いや、計略か。

 認めるのは業腹ではあるが、俺はたぶん正面切ってこいつと戦っても勝てない。

 いや、殴り合いなら負ける気はないが、飛竜を含めて大乱闘しても勝てる気はしない。当たり前だ。怪獣大決戦かよ。

 仮に人間が恐竜の類に殴り合いで勝ってしまうような存在で、知恵を蓄えることがなかったなら、人が万物の霊長になることはなかったはずだ。

 そう、勝てない相手に勝つための手段——知恵で人は敵と戦うべきなのだ。

 具体的に言えば、勝てそうになかったら相手をルール違反だと訴えて、冤罪にハメることで不戦勝を目指すような勝ち筋があるものである。

 なんとも具体的過ぎていやいやよくないな、あーよくないという感じだが、手段を選べないような場面なら、それも一つの手なのだ。勝てばよかろうなのだとは言ってないぞ。


「そしてもう一つ……俺が嫌いなのは——」


 準備を完了させた俺は。

 危険きわまりない炎の精霊石を、片手で掴めるだけ掴んだ腕を勢いよく振り上げて——叫ぶ!


「やっぱり、イケメンは嫌いだぁぁああああああぁぁぁぁっ——!」


 たった一つで大炎上した精霊石。

 それを、片手でなんとかホールド可能な最大数である、六個まとめて。

 身の蓋のない台詞とともに、ホバリングを続けるレオなんとかさんの飛竜の前の地面に叩きつける——!


「ぬうっ——?」


 すると、地面との衝突の衝撃で、秘められたエナジーを解放した精霊石から業火の柱が噴き出す。

 たちまち、俺とレオなんとかさんが乗る飛竜の間に立ちはだかる炎の壁。

 見たか。

 これが現代日本流秘奥義、リア充爆発しる——だ。


「俺は優しい男だからな……峰打ちにしておいてやったわ。ぐわはははは」


 いかん、なんか黒い波動でちゃってる。

 俺をこうさせるのも全部イケメンが悪い。と、いかん。この隙に指示だ。

 

「おーい、加速頼む。加速」

「オーライ♪ 直撃させるのかと思ったけど、案外、小心者だよね」

「いや、普通それはやらんだろ。つーかなんだよあの火力、やっぱ危険すぎるわ」


 囂々ごうごうと燃えさかる炎の壁が、刻一刻遠ざかっていくが、炎のが出来てるって時点で色々おかしい。

 煙があまり出ていないのは純粋な炎だからかなあ。

 ともあれ、もし、あれを直撃させていたら殺す気かよって感じになってしまう。まあ、高速移動中なわけだから、仮に直撃させても案外あっという間に通り抜けて、そこまで酷いことにならない可能性もあるのかもしれな——ん?


「って、あいつどこ行った?」


 トラックも飛竜も高速で移動していたのだから、間に炎の壁を作ったからといって、普通なら一瞬後には大衝突してしまうはずなのだ。

 なんとか上手いこと避けるにしても、一旦ブレーキをかけるはずで、大地に降りるか、空に退避するかのいずれかだろう。

 だが、上空にいるのはエリスの一騎だけ……いや、地上にうずくまっているのだとしたらここから見えなくても——


「ご主人様っ」


 ノーラの声。

 彼女の視線が意味するものを理解するより早く、俺は荷台の上で身を投げた。

 転がる俺の背中側で風が走り抜ける。

 何かが空を切ったとそれで察知する。

 理解するよりも早く動けたのは、漫画的に表現するなら殺気を感じたから。もうちょっと普通に言うなら、ボクシングなどで視界の外からやってくる拳に対する、直感めいた気配を覚えたからだ。

 そしてそれは正解だった。


「テメェ……あの一瞬で、火の壁どころか、俺たちのトラックを乗り越えて……俺たちの真上に隠れてやがったのか」

「ふっ——存外、注意が足りてないんだね。ジョー」


 あの後で、冷静に周囲を確認していれば気づけたはず。音とか風圧の違いで。

 その意味ではこいつの指摘どおり、俺の完全なミスだったが——そもそもそんなことが可能だなんて、思いも寄らなかった。


「くっそ、逃げ損ねちまったな……」

「そう簡単に逃がしはしないさ」


 俺の独り言にも律儀に返してくるレオなんとかさんがやっぱりうざい。

 で、結局、さきほどと同じように、飛竜がトラックの後を追う態勢に戻ってしまった。

 街路を爆走するトラックと、つかず離れず追う飛竜と、その騎手。

 そこそこ広い表通りだからここまで近づけるのであって、路地にでも入ってしまえば一時的に距離を取ることはできるのだろうが、それでは街から脱出できない。

 出口は限られているのだし、街の外に出たら追跡が終了するというわけもない。だからこいつは余裕の態度なのである。

 

 撃墜作戦はうまくいかないし、手の内を見切られてしまったら後はゆっくりと料理されてしまうことだろう。参った。

 と、そこで俺は女装神ヘンタイと目が合った。

 神様の奴がついと視線を動かした先を見て、俺は言葉にされていないにも関わらず、その意を正確に汲み取った。

 ——分かったぜ。

 心のなかでそう呟くと、俺はレオなんとかに向かって宣言した。


「おい、レオ。悪いな——お前は、既に負けてるんだよ」

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