第21輪 続・夜明け間近のミッドナイト・ランデブー

 ——空から舞い降りる殺戮の使者!

 華麗なフットワークで身を躱す、その男の名は——城之崎条きのさきじょう

 だが、獰猛な飛竜の牙は、引き続き彼の無防備な背中を虎視眈々と狙っているのだった……。

 とかまあそんな感じのことがあったんだが、俺はいたって元気です。


   🚚


 ……あっぶねえ、マジで危機一髪だったぞ。

 離れていく飛竜の姿を目で追いながら、俺は額に浮いた汗を手で拭う。

 空から舞い降りる飛竜の迫力に、身体が固まって棒立ちにならずに済んだのはただの幸運だった。

 現代の日本であんな巨大な生き物に襲われることはない。

 仮に、動物園からライオンとか虎が逃げ出したとしよう。そいつと街中で出くわす機会があったとしても——って、そんなこと自体まず起きないわけだが——飛竜と対峙するのと比べるとずいぶん可愛いものだと思われる。


 まず、飛竜はライオンとか虎よりもデカい。

 大きな翼があるので感覚がおかしくなるせいもあるのだろうが、象とかと変わらない気がする。

 しかも爬虫類らしい鱗に包まれた面構えで怖い。哺乳類とは違う。俺は乳なんか吸わない、生まれる前は卵だった。そう、俺はお前らとは異なる存在なのだフハハ、と全力で主張する顔つきである。

 この主張に何の意味があるのかと言われても困るが。

 えっと……なんていうかほらあれだ、人間の遺伝子には、恐竜がいた頃の恐怖体験が染みついているから世代どころか種族をまたいでも、本能的に恐怖が蘇るのだーみたいな、そういう話だと思う。

 生理的にマジ無理、なのだ。


 で。そんな奴が空からトラックよりも早い速度で飛び込んできたんだから、もうたまらない。

 しかも俺に嚙み付こうとしやがったわけだ。

 背中に乗ってたイケメンの野郎は、本気で頭おかしいと思う。下手すると死んでたじゃねえか。イケメンだからって何やっても許されると思うなよ(別にイケメンだから怒っているわけではないので理解してほしい)。


「あの調子でガンガン来られたらマジやべぇわ……」

 

 まっすぐ進んでいたらやられると踏んだ俺は、車を蛇行させるように神様に指示を出した。親指を一本立てて応じる女装神。そのジェスチャーはこの世界でも通用すんのかと驚く。

 蛇行すれば、嚙み付き攻撃はまず当てることが不可能だろう。さっきだって辛くも、ではあるが躱すことが出来たのだから。

 問題は、直進と比べると逃げる速度が格段に落ちてしまうことだが、おっきいトカゲの餌で人生を終えたくはないのでそれは仕方ない。

 トラックが車体を左右に振り始めたことを確認して、続いて俺は荷台に残っている二人に向き直った。

 ウサ耳をぴょんと跳ねさせたノーラが、ミナを抱きかかえている。

 彼女が荷台の隅に場所どっているのは、上空への警戒だろう。


「お前らは、そのまま隅に居てくれ。……あと、なるべく離れるなよ。飛竜に乗ってるのが教会騎士団ってんなら、ミナを攻撃することはないだろうしな」


 直前のような荒っぽい攻撃では、ターゲット以外に誤爆する可能性がゼロだとは思えないが、ひとまず安心させようとした。


「ご主人様はどうするアル」


 心配そうな瞳でこっちを見る二人——出会ってからずっとこまっしゃくれた態度のミナも、今回ばかりは神妙な顔つきだ。

 俺は唇を捲り上げて自信ありげに彼女たちに笑いかける。


「心配すんな。任せとけ」

「……気をつけて、アル……」


 おう、と頷いて、俺は視線を空に向ける。

 月が照らす夜空に、飛竜は二騎。先ほど攻撃してきた一騎も元の高さにまで高度を上げている。

 片方の鞍上はエリスだ。生真面目そうな顔で、さっきのイケメンに何事か言っているようだったが、石畳を走るトラックの荷台は騒音が激しいので、聞き取れやしない。

 さて——。


「……どうするかな」


 二人には聞こえないような小声でぼそりと呟く俺であった。

 飛竜と戦った経験などあるわけないし、彼女達の手前、自信ありそげなことを言ってみたものの、正直なところまったくのノープランである。


 とりあえず状況を整理しよう。

 行き当たりばったりの行動より、計画が大事だ。初めて訪れる遠距離の拠点に辿りつくための交通ルートを検討するようなものだと考える。

 いや……なんか全然違うのは分かってるけど、俺の少ない人生経験ではそれぐらいしか思いつかないのだから仕方ない。


 空には飛竜が二騎。

 どちらもデカいのでぶつかると大変、嚙み付かれたら死ぬか、重傷間違いなし。

 移動速度は直線だとトラックより速い。

 さっき嚙み付いてきたときの動きをみると小回りも利きそうである。

 それと、炎を吐く攻撃もできるらしい。

 あとは……パニック映画に出てくる恐竜みたいでおっかない。


 うーん……。なんか無理っぽい。


 俺たちの要素としては、四トントラックの荷台に三人、運転席に一人。蛇行運転中なのできっと狙いは定めにくいはずだが、速度では全然負けてる。

 地面を走るので、道が悪いと追い詰められて終わりそう。

 

 じゃあ、仮にこっちから攻撃するとしたら——?


「おい、女装神ヘンタイ

「んーなんだい? 車酔いした人がいても、今は停められないんだよね。袋もないから外によろしく♪」

「ちげぇよ。そうじゃねえ。……その、なんだ、お前を一応神だと見込んで頼みがあるんだが」

「お、お。お? 何? ボクの偉大さがようやく分かってきちゃったかな♪」

「——魔法の携行式けいこうしき地対空ちたいくうミサイルとか出せねえ?」


 この場合の飛竜は、あの生物らしい外観をさっ引いて考えれば、つまりは攻撃ヘリコプターのようなものである。飛竜同士でバトルをする分には戦闘機扱いかも知れないが、地上のトラックを襲う分にはヘリに近いだろう。

 とすれば……対空砲火が必要で、個人装備での定番といえば米国製のスティンガーとかだろう。名前はよく聞くのだ。映画とか、小説とかで。


「あのねえ……魔法って付ければなんでも良いってもんじゃないんだけど」

「なら魔法じゃないやつでも、携帯式防空ミサイルシステムの類ならなんでもいいよ」


 いつものおちゃらけた雰囲気をなくして、冷静に言い返してくる。

 この態度の時点でどうやら無理っぽいと分かるが、が手に入れば一発逆転の俺TUEEEであるからして、ここは要求する一手だ。


「悪いけど無理だね。神様も色々しがらみってもんがあるの」

「俺たちがここで『美味しく焼けましたー☆ 』されたら、お前が言ってた世界を救うだのなんだののたわ言も無意味になるだろ? ちょっとぐらい融通利かせろよ」

「ちょっとじゃないって……この世界にはまだ銃だってないんだから、その手の兵器の密輸には一切協力できないから! これ、本気だかんね?」

「んじゃ、なんかくれ。なんでもいいから役に立つ奴」

「うっわ、すごいおざなりな感じになった……連れてくる人物を間違えた気がする……」

「いや、普通に間違っただろ。お前の責任によるお前のミスで」

「そうだったー!」


 状況的にこんな会話をしている場合ではないというのに、この神様と話すと緊張感がなくなるのがいかんなあ。


「じゃあこれでも使ってみたら」


 どさり、と。

 唐突な音がした先を見ると、荷台の上に布袋が一つ。粗い織布で、高級品という感じはない。巾着式にくくられた紐で封されていて、サイズは片手で持てるぐらい。

 俺と女装神との間にはガラス窓が填められている。

 なので手渡しとかはできないわけだが、流石になんだかんだ言いつつ神らしく、テレポート的な奇跡を起こしたようだった。


「なんだこれ?」


 蝶結びになっていた紐を解くと、中から出てきたのは、赤黒い石が幾つか。

 色は違うけど石炭っぽいな……と感じる。


「精霊石の一種だよ。内側に火の精霊の力が込められているのさ」

「ふむ? で、どう使うものなんだ?」


 この場面で役に立つ代物なのだろうとは思うが、微妙に温もりのあるその石ころをどう使えばいいかはさっぱり分からない。


「強い衝撃を与えると火が出るから、投げて当てればいいんじゃないかな♪」

「……いやまて」


 軽く言ってくれるが……。相手は空を飛ぶ飛竜である。

 石を投げて鳥を捕まえてみよう的なノリで言われても困る。てか普通、そんなこと出来ないし。


「うーん……威力はどれぐらいあるんだ?」

「そうだねえ。一個あたり……キミの出身地の基準で言うと……ご飯一升……いや、五合は炊けるよ」 

「微妙すぎてよく分からん」


 もう少し詳しく聞いてみたが、ぶつけたら大爆発するほどのものではないようだ。


「エリスには当てないように気をつけないとなあ……」


 イケメンは知らん。

 殺す気でかかってくる奴を容赦する余裕はないのだ。

 繰り返しになるがイケメンだから冷たくしているわけではないのであしからず。


「よし、じゃあ……やってみる」


 炎の精霊石の一つ一つは、俺の手の平にちょうどよく収まるぐらいのサイズだ。

 これなら、普通に野球のボールでも投げる感覚でほうれるだろう。少し小さいが。

 揺れるトラックの荷台の上で、俺は第一投目を振りかぶって——。


「すまん。合図したら蛇行は停めてくれ」

「はいはいっと」


 当然ながら蛇行中は狙いを付けられないのだった。

 今の動作で、飛竜……というかそれに乗っている騎手達は、こちらが何かをしているのに気付いたらしく、二騎はそれぞれ左右に散る。

 手堅く警戒したのだろうが、エリスをターゲットにしたくない俺としては、むしろ好都合だ。


「——よし、停めろっ」


 言い放って、右腕を大きく引く。

 そして、トラックが直進に変わったとき、狙いを付けていた腹の青い飛竜のほうに、精霊石とやらを放った。

 ぴしっと音を立てて手を離れたような気がした石が、一直線に金髪イケメンの乗る飛竜に対して——。


「あ」


 吸い込まれることなく。狙いを外れた石は、通りの石畳に落ちてしまった。

 くそ……動くなよ当てにくいだろ。

 と無理筋な愚痴を言いかけたとき。

 ぼっ! と——。


「燃えたぁ!?」

「衝撃を加えたら火が出るって言ったじゃない……気をつけてよね」


 確かにその通りなのだが、俺が想定していた火力とはかなり違う。

 キャンプファイヤーの火ぐらいはあるというか、もしかしてあれ民家にぶち当たってたら火事になったんでは? ちょっと洒落になってない。

 落ちた先がただの通りで本当によかったと思う。


「これは駄目だ」

「じゃあ、どうすんの? 何もしないとピンチだと思うけど♪」


 女装神の言葉通りの出来事が起きようとしていた。

 二手に分かれた飛竜のうち、俺の投擲攻撃を避けた一騎(避けなくても当たらなかったのではという指摘は無視する)——つまり、イケメンの乗っているほうが、トラックに向かってぐんぐんと距離を詰めてきていたのだ。

 今度は何をする気だと、俺は緊張に手の汗を握る。

 と。イケメンはかなりこちらの側まで近づいた上で、予想外の行動に出た。


「——君、やるじゃあないか」


 なんと。イケメン男は竜の手綱を繰りながら、白い歯を光らせてにこやかに話しかけてきたのである……。

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