第19輪 逃亡劇の定番はカーチェイス。異世界では馬車? いいえ、
このところの展開の早さに驚いている俺による前回までのトラ転のコーナーもそろそろ二十回に近づきつつあるわけだが——。
さて……もともと、ミナというノーラの知り合いの少女を外に連れ出そうと教会に忍び込んだ、という臑に傷持つ身であるわけなんだが、暴走神様のアホな行動によって、完全に犯罪者の座に片手をかけた状態になってしまった。
元の世界である現代日本では逃亡した轢き逃げ犯として扱われているだろうし、それから体感で十日も経っていないというのに、二つの世界をまたぐお尋ね者に昇格しちゃいそうだなんて、俺ってこれから一体どうなっちゃうの〜? である。
ぜんぜん笑えないからな、マジで。
🚚
「——いけない。ノーラとそこの人、気をつけて」
せっかくのミナの忠告だったのだが、その時の俺はというと心ここにあらず。
ほんの少し前の狂乱っぷりを反省して穴があればホールインワンしたい心境だったのだ。それで、完全に状況に乗り遅れてしまい……。
気付いたら、目の前に棒があった。
棒の先にはぎらりと鈍く輝く、金属の刃。
それが、俺のすぐ脇の後部窓ガラスに突き立っている。
いや……刺さってはいないようだ。一瞬、ガラスに垂直に突き刺さっていたかに見えたその金属製の先端をもつ棒きれは、重力に従って荷台に落ちて、がらんがらんと音を立てて跳ねた。
ようやく、俺はこの棒が一体なんなのかを理解した。——これは槍、だ。
主に前方しか見てなかった俺は、荷台から後方に視線を向ける。と、そこには馬上の騎士が五騎。うち一騎は鎧と体格と、なおより兜を被っていないので見える顔に覚えがある。——エリスだった。
「やめなさい! 連れ去られた教会の者も乗っているのですよ!」
声を荒げた彼女の叱責は、槍を投擲した別の騎士に向かってのものだ。
……参ったな、どうする?
逃亡する俺たちを追うために、馬を駆り出したのだと理解した俺の脳裏に、不安がよぎる。
石畳の道であっても、トラックの速度に馬が追いつけるかどうか。金属の全身鎧を着た貨物が背中に乗っている状態ならば容易くはないはずである。
ただし、それはトラックが万全であれば、だ。
「おい、もっと加速できるか?」
「うーん。ちょっと難しいかなあ」
さっきはあれだけ無視していた俺の問いかけに素直に答える
ひょっとして俺の醜態を面白がってたんじゃないだろうかと問い詰めたい気持ちをこらえて、考える。
現在のトラックの速度は、最高速度どころか徐行に毛が生えた程度でしかない。
さきほど、俺が事故を勝手に心配していた頃よりは確実に早くなっている。
けれど、まだ頑張って車体にしがみついている連中がいる現状では、これ以上の加速は難しいだろう。
馬に乗った騎士に接近されれば、乗り込まれる危険もある。
というか、今の速度になるまでそうしようとする奴が現れなかったのが疑問なくらいだが、謎の乗り物だから連中のほうで勝手に恐れてくれたのだろうが、いつまでもこのまま見送ってくれるとは思えない。
と、ふと閃く。
「クラクションを使え!」
「クラクション……? えーっと……。ああ、ふうん、これのことかな? ぽちっとな♪」
パァァーン!
突如、大音量で警告音が鳴り響く。と、車体前方にぶら下がっていた連中や、側で取り囲んでいた連中が蜘蛛の子を散らすように離散した。
——やっぱりな。
近づくことにすら抵抗があった謎の乗り物が、謎の大音量を発したのだ。一旦距離を取るのは自然なことだろう。逃げ遅れたやつもいるが、そこはそれ。
パァァーンパァァーンパァァァァァァーン!
ここから、この音がただの音に過ぎないという、手品のタネがばれる前に——。
「いまだ! アクセル踏めっ!」
「——ほいほい」
気の抜けた台詞とは裏腹に、機敏に反応したブレザーの少女——に見える神様が、アクセルを強く踏み込み。
エンジンがうなりを上げた。
ぎゅばばっと石畳に積もった小石をタイヤが撥ねのけて、一瞬遅れてぐっと加速。
「うお、速えな——二人とも、ちゃんとしがみついてろよ」
地球にいた頃のトラックの性能を超えた加速能力に身体を後方に引っ張られつつも、俺は伸ばした手でバランスを崩しかけていたミナの手を掴んだ。
トラックに一応慣れていたせいで予測できていたのか、ノーラは荷台にしがみついているので大丈夫そうだった。
距離を取るのが遅れていた兵士たちには、慌てて逃げ出すもの、ギリギリまでフロントガラスにしがみついてはいたものの振り落とされて地面を転がるものが出ている。
まあ、鎧着てるんだからこれぐらいは大丈夫……だといいのだが——。
「っ……そのまま速度落とすなよ。この際だ、一気に街を通り抜けて外まで出て……あいつらが追いかけようなんて思わないぐらいの距離は稼いどこうぜ」
ここで彼らを気にして車を停車させては、また取り付かれて厄介なことになる。
怪我をさせていないと良いのだが、と唇を噛みつつも、後ろ髪を引かれるような想いはこの際振り切ってしまうことにした。
この世界の官憲に捕まるのは、それを避けられるのであれば正直ごめんだし、下手にここに残って収拾を付けようとするほうが混乱を引き起こしてしまう。
まあ……三十六計逃げるが勝ちとは言うものの、今やっていることが明らかに犯罪を犯して逃亡する人間のそれなのが残念だが……。
気になる後方に目をやると、馬に乗った騎士たちは一応まだ着いてきていた。
だが。
「なんとか逃げ切れそうアルね……」
彼らと俺たちのトラックでは、速度が完全に違っている。
多分、あれは時速三十キロも出ていない。しかも、ペースに相当無理があるような感じがする。というのも、馬上の人物がしきりに馬の腹に拍車を当てているので、それが見て取れるのだ。
やはり金属鎧を着た成人男女は馬にとって重すぎるのだろう。
あれじゃ、安定して出せる速度は、よくて二十キロぐらいじゃないだろうか……。
などと考えているうちにも順調に車は加速を続けている。
そして、追いかけていた騎馬の姿も遠くになりにけり——。
俺を乗せたトラックは、教会の敷地からはずいぶん離れて、町の中心へと近づきつつあった。
ディノンとかいう港町はそれなりに大きな規模らしいのだが、現代日本人の感覚からすれば、車で全国をあちこち巡っているとよく出くわす、ちっぽけな田舎町とそう変わりはしない。
トラックでなら、町の端から端まで横断するのに三十分もかからないだろう。
それも直線ではない道を、かなりゆっくり走って……だ。
今のスピードなら、あと数分のうちに街門を抜けられる。
とりあえずの危機は切り抜けたと言えそうだった。
「このまま街を出たとして……前の街に戻るまでの間、また食い物の心配をする羽目になんのか……」
「来るときに見かけた集落で、お金を払えば食べ物は分けて貰えるはずアルよ。じゃなくても、街道ぞいに進めば食事を食べさせる店の一件や二件はあるアル」
「なるほど、そういうもんか」
「……」
「おい、そこのちびっ子、なんか言いたいことがあれば言ってもいいんだぞ」
「大人のくせに常識がない」
「ぐ……色々事情があるんだよこっちにも」
安心感からか会話が弾みだす。
それにしても、今回はエリスには悪いことをしたと思う。いやもう、次回はないのかも知れないが……。
「そういや……エリスのやつ、なんであんな時間に教会に来てたんだ?」
俺は少し前の一幕を思い出して首を捻った。
お馬鹿な神様のミスで見つかってしまうより前に、彼女は教会にやってきていた。それも、人目を忍ぶようなローブとフードで姿を隠して、である。
と、そこに窓ガラスの向こうから、制服姿の自称神様が口を挟んできた。
「直接、聞いてみればいいんじゃないかな♪」
「……馬鹿だな、どうやって聞くんだよ。こうなっちゃもう、俺とアイツは顔を合わせることさえ、今後あるかどうかわかんねーぞ」
「それがねー……
久々に名前で呼ばれた俺は、こいつ一体何言ってんだと思いつつ、頭を反らせて……。
「なんだ、ありゃ」
この世界が異世界であるという証明のようなそれが、空から自分たちを追いかけてきているのを知ったのだった。
鳥の何十倍もの巨大な体躯は、全身をみっしりと鱗に覆われている。蝙蝠のような骨格で支えられた翼を大きく猛禽のように広げて空を駆ける、厳つくもシャープで精悍な印象を与えるトカゲの王様みたいな、それの名は——。
「——
俺のうめき混じりの感嘆はしかし、直後にミナとかいうちびっ子に否定された。
「アレは、
空を飛んでいる竜——ではなく、飛竜は二匹いた。
俺から見て右側にいる一匹が口を開いて、鳴き声を発する。
想像していたよりもかなり音の高い、きゅるるる……という感じの音だった。
俺の視力ではまだ見えていないが、
「それにしても飛竜か……すげえな……流石は異世界だ」
「卵のときに捕獲した飛竜を、教会騎士団が飼い慣らしていて、乗り物として使っていると聞く……つまり、あれは追っ手。飛竜を見るのが初めてでも、感心している場合じゃない」
「おう……ってか、お前さ」
「何?」
「ちびっ子のくせに色々知ってるのな」
「……ちびっ子は余計だから」
俺の知らない情報をつらつらと開示してくれるミナ。
ちょっと感心した表情をしているノーラを見ても、こういう知識がこの世界の一般常識というわけではなさそうだ。
俺は彼女をからかいながらも、内心その年齢に見合わない知識人っぷりに感心するのだった。
「で、どうする〜? 飛竜は速いよぉ♪」
運転席から飛んできたその言葉通り、遮るもののない空を往く飛竜はぐんぐんこちらに迫ってきていた。このままだと追いつかれるだろう。
ん……追いつかれたらどうなるんだ?
走っているトラックを止めるとしたら、それはつまり。
「ブレス攻撃じゃない? HPを消費しての範囲ダメージ攻撃だよね」
「えぃちぴ……なにアルか?」
火でも吹くってんなら、馬鹿正直にこのまま喰らうわけはいかないな。
……どうすればいいんだ?
自称神による、意味はないであろう妄言に律儀に反応するノーラを尻目に、俺はこの場を切り抜けるための方策について考え始める。
時間はあまり残されてはいない。
ピンチに続くピンチだが、まだ気持ちの上では諦める段階には至ってない。
多分これが連中の最後の手段だろう。
日本に居たときには考えられないような窮地ではあるのだが、なぜか心地よいワクワク感があった。多分それは、相手が飛竜なんて夢のある生き物だからなのと、これまでの経緯でアドレナリンが沢山放出されているからだろう。
さあ——どうする、俺。
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