第17輪 夜想曲は狂騒曲の調べにも似て
巨乳ちゃんことミナとご対面した俺は、彼女の驚くほどの若々しさに涙を禁じ得なかった。
……御年、十二歳じゃあどうにもならんよ。
かくして、やる気を八〇パーセントほど失った俺だが、あとは教会から彼女を連れておさらばするだけ。夜の押し込み強盗、いや誘拐犯仲間であるところのノーラと共に、俺は夜陰に紛れ、きわめて
🚚
ブロロロロ……。
聞き慣れた音だが、ここで聞こえるはずのない音。
ノーラがミナの手を引き、俺がノーラを先導する格好で、教会の敷地の出入り口である門まであと五十メートルというところで、その音源が近づいてきたのだった。
その音源とはつまり、俺の愛車である四トントラックだ。
「誰が運転してるんだ? ってか、どうやって持ち出した?」
持ち出した、という表現はあんまり正しくないのだが。いま着ているジャケットのポケットに、いま動いているトラックのキーが入っている事実を知ったら、俺の混乱ぶりも理解してもらえると思う。
いや、本当に、どうなっているんだか。
門の側にたどり着く頃には、トラックがこちらを目指していると知れた。
エンジンの音だけでなく、点灯されたヘッドライトが闇を切り裂き、近づいてくる。
「……あれは一体、何?」
「ご主人様の乗り物アルよ。『トラック』って言うアル」
車体が見えるようになったトラックを指さしたミナの呟きに、ノーラが答える。
「やかましいし目立つ。これじゃ気付かれる」
ミナが眉をひそめているのが、ヘッドライトの明かりでよく見える。もっともなツッコミだ。しかし俺には何がどうなっているか分からない。
俺が元いた世界(つまり地球)では、車の自動運転が一部で話題になっている。
なんでも、海外では既に実験で街の中を走ったのがあるとかないとか。
トラック運転手の仕事がなくなるほどに、自動運転技術が進むにはまだまだかかるとは思うが……俺が乗っている四トントラックにそんな機能はない。
と思ったが、直後に気付いた。
「……もしかして、魔法の……」
給油がいらない(時間が経つとガソリンタンクのゲージが元に戻る)とか、割れた窓ガラスが勝手に直るとか、地球のトラックにはない機能が追加されている。
マニュアルはちゃんと読んでいなかったが、もしかして自動運転の機能があるのか?
そう考えついたとき。
「ご主人様、トラックの中に人がいるアルよ? こっちに手を振ってるけど……知ってる人アルか?」
「へ……?」
確かに運転席に人がいるようだった。
目を凝らして見ようとしたが、ライトがハイビームになっているらしく、ちょうど逆光になってしまった。眩しくて直視できない。
「なんだか変わった乗り物だね」
十二歳にしては落ち着きがあるというか、ミナは動じるでもなく感想を呟いた。
口調といい、これまでの態度といい、どうもこいつは可愛げがない気がする。
が、今はそれどころではない。
町と町の未舗装路とは違い、町の通りは石畳が敷かれている。ドライバーはそれを理解しているのか、かなりの速度を出している。
といっても、日本国内なら自動速度違反取締装置はおろか、点数稼ぎシーズンの警察だって見過ごすだろうと思える程度だが。
何にせよ、見る見るうちにトラックは大きくなって——って、危ねえ!
「お前ら、端に寄れっ」
——ヒャッホーイ!
「ミナ、こっちアル!」
俺が注意を叫んだとほぼ同時、ノーラがミナの手を引く。
元々トラックの進路を塞いでいたわけではないが、十分な余裕を持って、俺たちの前を見慣れた車体が通り過ぎていった。
聞き覚えのある歓声と。
見覚えのある姿を、運転席の窓からのぞかせて。
「——おいっ! どこまで行く気だっ!」
なんでお前がここにいるんだ、という疑問よりも早く。
俺は、誰かに見つかる危険も忘れて、大声でやつを呼び止めていた。
「
それが聞こえたのかトラックはすぐに停車した。
運転席から降りてきたのは、俺が運転席横の窓から見た通りの
……濁点があるかないかの違いだが、大違いだ。
ともかく、俺の夢の中に時々登場していた自称神様だった。
「……やっぱ夢じゃなかったんだな」
魔法のトラックの件もあって、疑う余地もなかったとはいえ、実際に姿を見るのと見ないのでは話は違ってくる。
自分の中の妄想の産物ではなかったことに微妙に安心しつつ、俺は降りてきた制服の見た目は少女、身体は男(自称)の神様(自称)の頭(客観的に見て存在する。安心だ)を固めた拳で小突いた。
「あ痛っ! ——ねえ、最初の反応がそれって酷くない?」
「なんでお前がここにいるんだよ」
「なんか面白そうだったから♪」
俺の詰問じみた質問に、平然と返事をする
「神様なら神様らしい仕事があるだろ、雨降らせたりとか、なんかそういうやつ」
「雨なんて自然に降るから。キミの元いた世界でもそうだったでしょ? いちいち神様はそんなことしないんだよね」
「別に雨だけじゃねえだろ、魂の管理とかなんかそういうのはないのか」
「あー、いま
一応、ノーラやミナに聞かれないように声を潜めて尋ねると、過去二回の経験を超えるすっとぼけた回答が返ってきた。
「神様の仕事に休暇もへったくれもないだろ」
「そっちの世界の神様も、日曜日には仕事しなかったって聞いてるよ」
「マジか」
「あれ? 知らない? ま、知らなかったとしても……残念だけどこれが神々の
ドヤ顔の
「……分かった。もういい」
「本当のこと言うと、ボクもこう見えてけっこう忙しいんだけど、今回は流石に直接サポートが必要じゃないかと思って——」
「はいはい分かった分かった」
ため息を吐くと、何やら言い始めた
すると、横に居たウサ耳の少女がおずおずとした様子で口を挟んできた。
「ご主人様。この子は知り合いアルか……?」
「というか、騒いでいる場合じゃないと思う」
ノーラの疑問に続いたのはミナの忠告。だが、それは少し遅かったようで。
——ピィーーーーーーッ!
運動会で使うホイッスルのような、笛の音が高く響き渡った。
音源に目をやると、この町に来てから何度か見かけた制服っぽい服装の男が一人、いや近くにもう一人居て、二人。
一人は松明を手に、口には笛をくわえている。
つまり、さっきの音はこの男によるものだったようだ。
——笛? 夜更けに笛を鳴らす意味って?
と、俺が現代人の感覚で頭を空っぽにしていると、
「くせ者だ、出会え出会えーーー」
などとまるで時代劇のような台詞でもう一人の男が叫び始めて。笛を鳴らした彼は、再び笛を鳴らす。
……まずい。
気付いたときにはもう後のなんとやらで、男二人は俺たちから距離を取っているので、今さら止めようとしても止められる感じはしない。いや、待てよ。
「なあお前、こいつらなんとかできないか?」
「神様、信者、傷つけない」
「何だそれ? そんなルールがあるのか、この世界の神様には」
「ボク、提案する、みんな、トラック乗る、逃げる」
なぜ片言なのかは絶対に突っ込まないとして、ボケの
「よし、ノーラとミナの二人は急いで乗り込め! 運転は俺がする」
「ボクは?」
「置いてく」
それ以外の回答はないとばかりに言ってやったのだが、既に
いつの間にか平ボディのトラックに変わっていたせいである。
気付いていたんだが、あれこれありすぎてツッコむ余地がなかったのだ。
とりあえず、ミナとノーラは荷台に載せることにした。道交法違反なんて概念がない異世界ならではの技といえよう。
「いやあ、ボクの魔法のトラックに乗せてくれるなんて、なんて心が広い男なんだキミは♪」
「……少し黙っていて欲しいんだが」
俺はいいかげん貯まってきたストレスを振り払うように、苛立ちを込めてシフトレバーを操作して、車を発進させる。
さっきの男二人は、トラックという謎の物体に怖れをなしているのか、近寄ってきていない。
笛の音と叫び声を尻目に、トラックは加速を始める。
このままなんとか逃げ切れると良いのだが……と俺は考える。
しかし、この世界で付き合う人物もとい神仏を間違えたせいだろうか……もはや完全に犯罪者街道まっしぐらとしか思えないのが辛い……とほほ。
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