第13輪 異世界でも現行犯逮捕はあるらしい

 港町ディノンに到着した俺たち一行。エリスから荷運びの報酬を受け取ると、女装神に与えられた使命を果たすために情報収集を——開始する予定だったのだが、なんかエリスがやってくれるという申し出があったので、膨らんだ財布片手に手近な酒場に駆け込んだ。

 そんなに冷えてないエールと、知らない白身魚と、異世界に存在するとおかしいというやつが出てくると聞いたことのあるジャガイモの揚げ物を手に、異世界初仕事の後の一杯と洒落込んだのだった。ぷはーっ。

 だが、無情にもそういうハッピーきわまりない一幕は割愛され……。

 そして 夜が 明けた!


   🚚


「教会に襲撃をかけるとは貴様ら、それでも人の子かっ!」


 いつものように運転席に俺を乗せたトラックが、騎士鎧を装備した連中と街の衛兵の制服を着た連中の組み合わせからなる一団に、十重二十重に取り囲まれていた。

 ざっと見たところ、完全装備に近い騎士と従士のセットが十名強と、鎧は着ていないが槍持ちの衛兵が三十人弱。

 計四十人。

 俺とノーラ、そして予想外とそうでないのと併せてゲスト二人を包囲するだけなら十分すぎるほどだろう。

 この世界の人間にとって、未知の存在であるトラックがなければ。

 そのトラックだが……異世界に来てからずっとバントラックだった俺の愛車は、少し前に平ボディのトラックに変化している。

 ……うん、説明が必要だろうな。


 バントラック、というのは荷台が箱になっているタイプのトラックを指す。雨風から荷物をパネルで出来た箱で守るタイプで、宅配業者のはこれが多い……と言いたいのだが、家庭向けの宅配を得意とする業者の場合は同じバンタイプでも車体と一体になっているものが多いか。

 俺の四トントラックは荷台が換装可能な車種なので、バントラック化すると、長方形のアルミのコンテナのようなものを後ろに載せることになる。見たことあるだろ? ちょっと大きいトラックでは多いよな?

 で、平ボディというと一番オーソドックスな、荷台に屋根がないやつだ。左右と後ろにと呼ばれる囲み板がついていて、運ぶものが転げ落ちるのを防いでいるあれだと言えば分かって貰えるだろう。ちなみにこのあおりは倒せるようになっている。


 バントラックから平ボディのトラックに変化した、というのは意味不明だと思うが、そこは後で説明する。

 それで……何が言いたかったかというと、今、四トントラックの荷台にはゲストのひとりとノーラが乗っている。なお、荷台は空だから、日本では法律違反である。

 知ってたか? 荷物が積載されているときには、監督者を荷台に載せて走らせていいことになってるんだ。

 逆に、空の場合はダメなんだ。ただし例外がある……自衛隊だ。なんと、自衛隊は自衛隊法で荷台に人を載せるのが許可されているらしい。

 あえて真似したいとは思わないけどな。


 話がそれたな。

 ノーラとともに乗っているゲストのひとりというのは、つまり奴隷だったミナだ。色々あって俺たちは彼女を助け出すことに成功したのである。

 いえい、やったね!

 内心ガッツポーズをしてみせる俺に、助手席に座っている奴が言った。


「で、どうすんの? 完全に囲まれてるみたいだけど♪」

「………………」


 俺は沈黙を保った。保ちたかった。

 だが……もう限界だった。

 騎士達はとうとう抜剣して、満月の夜にその刀身を冷たく輝かせる。

 衛兵達は槍の先をこちらに向けて、緊張した面持ちでいる。

 一触即発の空気——。

 俺には、もう、耐えられやしない。


「ぜぇぇぇぇんぶお前のせいだろうが、このボケ神ぃぃぃぃぃっ!」


 ……そう。ゲストはふたり。

 予想外のと、そうでないのがひとりずつ。

 女装神から助けろと指示されたミナがここにいるのはまあ予定どおり。彼女は現在、ノーラと荷台に載っている。

 もうひとりの予想外のゲストは……、空いてる助手席に座っているのは……。


「神様だよ♪」

「だから心を読むなっ!」

「いいじゃん、せっかく暇……じゃなかった、忙しいところを手助けに来てあげたのにさあ……もうちょっと感謝してよね♪」

「おい、いま何つった」

「別に何も言ってません。なのでその手はボクの頭から離してください」


 ……ったく。

 舌打ちしながらも、俺は左手の親指と小指で挟んでいた自称神のこめかみを解放する。

 だいぶこいつの扱いかたに慣れてきた気がする……慣れたくないんだが、そうしないと話が進まないのだから仕方ない。

 しかし、夢の中だけではなく、現実でも日本の高校生の制服を着てくるとはなあ……。


「おい、変態」

「……あの、ボク、神様なんだけど」 

「エリスって女騎士から聞いたんだが、この国の騎士はエレミア教会の信者らしいから、お告げか何かして、あいつらを止めたり出来ないのか?」

「無視かぁ。……ともかく、それはちょっと無理かなあ」

「……なんでだ?」


 俺は首を捻る。

 実在の神なのに、信徒に言うことを聞かせられないなんて話があるのか?


「エレミア教会の神様——まあつまりボクなんだけど、このボクとはずいぶんキャラ設定が違うからさあ。そもそも聖職者じゃないと神託は下されないことになってるし、どうみてもあいつら童貞じゃないじゃん」

「キャラ設定とかいうな。ってか、童貞かどうかは見た目では判断できないだろ……そもそも、童貞じゃないと聖職者になれないのか?」

「んー……その辺は複雑な話だからまた今度ね♪ そうじゃないにしても、現世に来た時点で色々制約が増えてるから、神様っぽいことは出来ないと思って貰ったほうが……」


 騎士達は、俺たちを中心とした包囲網をじりじりと狭めてくる。

 謎の神芸品アーティファクト——トラックが彼らの警戒心を高めているからか、その動きは鈍いが、着実だった。


「このままだと俺たち捕まるんだが」

「それはまずいよ。元奴隷とはいえ、教会に仕えることになったシスターを奪い去ろうとしたんだからさ……下手すると拷問まであるよ♪」

「なんで楽しそうなんだこの変態」

「だから神様をもうちょっと敬おうよ……」

「神様なら神様らしく、この状況を一発で解決する何かを——」


 と、周囲を包囲されているにもかかわらず、喧々囂々けんけんごうごうのやりとりを車内で繰り広げていたところ——聞き覚えのある凛とした声が、窓を閉じているにもかかわらず、ガラスを突き抜けて俺の耳にまで届いた。


「ジョー! お前という奴は……見損なったぞ!」

「……エリス」


 俺はハンドルを抱えたまま、ため息を吐いた。

 完全装備の騎士達が作り上げていた垣根がふたつに割れた。その中心を通り抜けてきたのは、栗毛の馬に騎乗したエリスだった。彼女も甲冑を着込んでいるが、急に呼び出されたせいか、あるいは夜間で視界が悪いせいか、頭部をすっぽり覆ういつもの兜は被っていない。

 月の光が、馬に跨がった彼女を冴え冴えと照らし出している。

 今夜は満月だから、衛兵や従士が持つ松明がなくても十分に明るい。


 それは、教会に忍び込むには悪い条件だったが、今回は時間制限があったので仕方が無い。時間制限があったのももちろん神のせいである。

 そもそも、途中まではそれなりにうまくいっていたのだ。

 再び何かを口にしかけたエリスの様子を見て、俺は運転席の窓を少し開ける。そうしないと聞き取れないからな。


「……諦めろといったはずだぞ、ジョー。貴様のしたことは、エレミア教会……ひいては、我々、レーニア王国への侮辱に他ならない! わかっているのか!」


 ——教会騎士団。

 俺はしばらくの間、勘違いしていたのだが、エリスが所属する騎士団は単にレーニア王国の騎士団というわけではない。教会騎士団だ。

 西方諸国は、すべての国家がエレミア教会を国教と定めている。そして、エレミア教会の教皇は、各王国の王の戴冠をするのである。

 分かりやすく言うなら、国よりも教会が偉い。

 中世ヨーロッパでもそうだったらしいので、まあ知識としては理解出来なくもない関係ではある。


 では、教会騎士団とは何か?

 教会騎士団は、西方の四大国に教会によって置かれた騎士団である。各国に所属してはいるが、教会の組織でもあるという複雑な存在だそうだ。

 それ以上、細かいところまでは聞いてないが、今回、エリスが柳眉を逆立てているのはつまるところ——教会に喧嘩を売ることが教会騎士団に喧嘩を売ったのとイコールになるからだった。

 実際、エリスには今日の昼にその点について警告されてはいた。

 そして警告の内容を破ったために、ミナ捜しに協力すると言っていたエリスと、こうして犯罪者とそれを取り締まるべきの人間という関係で対峙しなければならなくなってしまった。

 

 そう、はじまりは……今日の昼だった——

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