第12輪 異世界での初の運送業の終わり

 久々に現れた神は言った。

 ここでノーラの親友を助ける宿命さだめだと——。

 やらないと蛙かカブト虫か蝸牛かたつむりにしてやるという脅しまでもらったところである。

 ところでなぜ、全部「か」から始まるんだろうな?


   🚚


 たどり着いたディノンの街は、港町だった。

 街の入り口からでも、港の方に帆船が入港しているのが見える。

 日本で見たことのあるタンカーと比べると比較にならないほどの小さな船だが、三日前に女装神様と再会したあの漁船と比べると遙かに大きい。

 当然、木造である。

 巨大な木造の船が海に浮かんでいるのは、過去の地球でもあったことなのに、どうにも現実感が薄い光景だった。

 とまれ、船の話は完全に余談だ。


 ディノンの街に着いた俺たちは、まず門の外で待たされた。

 そもそも王国軍の目的地はここではない。あくまでも、先の危険種掃討で出た被害を回復するための臨時の目的地である。

 エリスによれば、ここには騎士団の公館があるそうで、けが人たちの大半はこのままここで休養に入る予定になっている。到着前に、公館へは使者を派遣しているので、宿を押さえたり、教会の診療所を押さえるなどの手配はされているはずとのことである。


 けが人を除いて再編成した本隊は、ディノンでの若干の補給の後、別の危険種の大量発生箇所に向かうそうである。なんでも、現在王国内では、同時に数カ所で危険種の暴走スタンピードが起きているとのことで、これは前代未聞の出来事であるとか。

 より手強い危険種の討伐に騎士団の本隊が出撃しているので、こちらは王国軍が主力の臨時編成の部隊だそうだ。


 で、ここに置いて行かれるのは怪我をした兵士たちだけではない。

 俺がトラックで運んできた、余り気味の装備は騎士団の公館に一旦置かれる。こちらは、荷馬車の手配が整い次第、王国軍の武器庫に戻されることになるとのこと。

 つまり、俺が請け負った運送業はこのディノンで完了というわけである。

 トラックからの運び出しは王国軍の輜重しちょう隊という、兵糧やら装備を運ぶ担当がやってくれる。そもそも、この輸送自体が彼らの仕事だったわけだが、そこが戦闘の被害の見積もりの甘さでキャパオーバーになったというわけだな。

 ま、そのせいで、俺は賄い付きでトラックを転がすだけで、生活費が稼げることになったのだが。

 と、ここ数日で見慣れた姿が近づいてきた。


「ジョー、ここにいたのか」

「おう、エリスか。どした? 騎士団の偉い人とは調整がついたのか?」

「うむ……交渉はサー・アルメリックに任せることにした。私では若輩すぎて押し出しが弱いのだ」

「アルメリック、つーと、あー……あのおっさんか。そういうことばっかさせてると、ますます髪が薄くなりそうだな」

「ぷっ……!」

 

 俺の一言に、エリスが吹きだした。

 アルメリックというのは、エリスと同僚の騎士であり、この派遣軍の長でもあった。

 なんでも、エリスはかなり高位の貴族らしく——この辺は、エリスの従士であるサンチェスという、別のおっさんから聞いたのだが——本来であればこの一軍の長を務めてもおかしくない立場らしい。


 だが、エリスの年齢は十九歳。

 まだ二十歳にもなっていないわけで、騎士団でも軍を率いるには時期尚早であると判断されたらしい。

 それで、代表がアルメリックというおっさんになったというわけだ。

 彼はそこまで家柄はよくないが、指揮官としても戦士としても手堅い実力者らしい。しかも副官としても有能だそうだ。

 なので、経験が少ないエリスに変わって名目上の団長をしながら、実務上はエリスになるべく判断をさせて副官として問題を修正するというポジションについている。

 ……つまりは苦労人の代表格で、額が後退しやすいタイプであるといえよう。


「流石にそれは失礼だぞっ」

「いや、悪い悪い……で、お前、何しに来たの?」


 さっき、エリスがやってきたときに「ここにいたのか」と聞いてきたのだから、俺に用があるのは間違いないところだろう。

 そう思って俺が聞くと、彼女は表情を硬くした。


「うむ。報酬を渡しに来たのだ……ほら」


 差し出された布の小袋を手に取る。巾着袋になっていたので紐を緩めると、中には銀貨が三枚。


「最初に聞いたのより銀貨半分多いみたいだが、いいのか?」

「ああ、思っていたより沢山運べたからな。ジョーが乗っている神芸品アーティファクトはなかなかの優れものだな。飼い葉もいらないようだし……まあ、馬のように可愛げはないが」

「まあな……馬好きなのか」

「ああ、馬はいい。彼らは賢いのだ。人に対する気づかいもする……時々、心を読まれているように感じることすらあるのだ」

「へえ……」


 現代の日本で馬といえば、公営のレースで見る程度。当然、俺も自分で乗ってみたことはない。

 せっかくこんな世界に来たんだから、一度は乗ってみるのも手かもしれない。

 とはいえ、魔法のトラックはガソリン補給もいらないから、トラックのほうが馬よりもいいのは間違いないが。エアコンも使えるし。

 ちなみに、女装神による改造(魔法の道具化)を経たトラックは、走らせると燃料はいったん減るのだが、時間が経つと勝手に元に戻るようになっていた。

 毎日十時間ぐらい走らせる分には、まったく問題なさそうである。

 とにかくガソリン代がかからないのは素晴らしい。


 それと、割れた窓ガラスだが、三日目には完全に元の一枚板に戻っていた。不愉快なマニュアルをちょっとだけ確認したところ、自動修復の機能があるらしい。

 なお、マニュアルのすべてにはまだ目を通していない。

 意外にもあの神、記述が細かいのである。

 そのくせ、人を食ったような生意気な表現が多いので読む気が起きにくい。ページ数もけっこうあるし、半分放置状態でグローブボックスに突っ込んだままにしている。


「——ジョー。そなたはこれから、どうするのだ?」

「……あん?」


 馬のことがきっかけになって、トラックについて考えていると、不意にエリスが俺の注意を引いてきた。

 長い金髪を背中側に手で流しながらエリスは、その澄んだ蒼い瞳で俺を見つめる。

 十九歳はまだガキだが、西欧風の顔立ちのせいか、日本人よりは大人びた雰囲気がある。そんな彼女の視線に少しだけドギマギしつつも。


「こないだちょっと話しただろ? この町にはノーラの親友がいるらしいから、その子を探す予定なんだ」

「私が聞きたいのは、その後の話だ」

「その後……? うーん、出たとこ勝負でいくしかないと思ってるんだが。奴隷を買い取るほどの金はないしな。まあ、ここで運送業でもやって稼ぐって手もあるだろうし、時間かければなんとかなるんじゃないか?」


 女装神とのやりとりについては、エリスに話すわけにもいかないので、適当に言っておくことにした。実際は、多少ならば乱暴な手段に出ることも辞さないつもりではいたが。


「いやそうではなく……私はお前がこの街を出てどうするのかと……ごにょごにょなこともあったわけでその」

「え? 悪い、いまの聞こえなかったぞ」


 左手で剣の柄を弄り回しながら、ぼそぼそと呟いたエリスの言葉は聞き取れなかった。

 つっか、深い意味がないのにそういう仕草はやめてもらいたいものである。

 かつて抜き身の剣片手に追いかけられた恐怖は、まだ記憶に新しい。流石にあの状況では、彼女が裸だろうが、しっかり鑑賞することは出来なかったわけで。


「むう……あ、そうだ。その……ミラとかいう少女のことだが」

「ミナ、な。ラじゃなくてナだよ」

「すまない、そうだったな。で、そのミナという少女が、どこにいるかは分かっているのか?」

「いや? ノーラと同じ奴隷商って話だし、当たってみりゃ分かるだろ」


 気楽に俺が言うと、エリスは、はあ……とこれ見よがしなため息を吐いた。

 む。自分でも考えが甘かった気はしてたが、美人にこういう態度を取られるとなかなかにショックだな。


「奴隷商が、取引先の名前をそう簡単に明らかにするものか。やれやれ、ジョーは物知らずだな」

「うわ、上から目線来たよ」

「だが事実だろう? 仕方ないな……今日は宿を取るのだろう? 明日の朝になったら、公館の方に来るがいい。私はもろもろの調整で二日はここに滞在する予定だ。調べておいてやろう」

「……それは助かるけどさ。そんなことまでしてもらっていいのか?」


 ありがたい申し出だったが、エリスにとって特にメリットのある提案ではないので、俺は首を捻った。


「なに、前にも言った通り、私も奴隷という制度は嫌いでな。実のところ……立場上、民衆の目があるところで公には言いづらいが、機会があれば奴隷商の締め付けを行っている」

「へえ……貴族だとそういう奴は珍しいんじゃないのか? まあ、それはともかく、お言葉に甘えておきますかね……」

「それに……なんだその、このまま、さよならというのも……」


 再びもごもごと呟き始めるが、今度のはちゃんと聞き取れた。


「なんだ。エリス、俺に仕事を頼みたいんならそう言ってくれ。大抵の物は運んでやるぞ。この街での予定が片付いたらの話だけどな」

「ん、ん!? あ、……ああ、まあ、そうだな。確かに必要はあるかもしれんな」

「連絡先を交換……んー? 携帯があるわけないし……このせか、もとい、この辺だと、一度別れたら、連絡はまず取れないのか……?」

「携帯とはなんだ? ともかく、王都には実家の邸宅があるし、騎士館を経由して書状を回してもらうこともできるぞ……だが、身のあかしが必要になるだろうな。うむ。我が家に縁がある証明になるものを明日渡そう。……ここでの用が済んで手が空いたら、また連絡してくれ。なにか適当な仕事を見つけてやれるだろう」


 なんだか嬉しそうに言うエリスに、俺は感謝しつつも疑念を呈する。


「おう、そんときは頼むぜ! ……ってか、本当にいいのかよ? ただ偶然知り合って、まあ奴隷嫌いってのは一緒みたいだけど、そこまでしてもらうのは気が引けるぜ」

「い、いやいや、何を言うのだ。エレミア教会の古い教えでは、人と人の出会いは神のお導きとされているのら——のだ! こほんこほん。あー、そういえば、ジョーは東方の出なのだったな。知らないのも無理はないかもしれんが——」


 エリスは噛んで言い直した後、そう続けたので、俺はこくりと頷いた。

 もちろん、俺がというのは、話の成り行きでそうなっただけであって、事実ではない。

 この数日でノーラやエリス、あるいは他の兵士連中から聞いたことによれば、なんでもこの世界は、一つの大きなひょうたんのような、重なり合った二重円に近い形をした大陸でできているそうである(他の大陸とかがあるのかもしれないが、まだ未発見のようだ)。

 で、くびれた部分を挟んで、北西側の円に西方諸国があり、南東側の円には大帝国とその属国が存在するということだった。

 俺はその属国の一つ……リヒト王国とかいったか、の田舎の辺りからこっちにやってきているのだ。ボロが出ないように適当に意味ありげに頷いていたら、そうなった。


「——ともかく、これは私が信仰心に富む人物だからで、別に他意はないのだ」

「まあそうだよな、があって、ここまでしてくれるとは——」

「それは忘れろ!」


 導きを大事にしないのはよくないとか、王国騎士としてなんとかだとか、くどくどと語っていたエリスに同意しようとしたら、水をかければ沸騰しそうなぐらい真っ赤に上気した顔で怒られてしまった。

 これは完全にやぶへびだった。


「……分かった分かった。俺も早く忘れるようにするから、お前も犬にでも噛まれたと思って忘れろよ」

「う、うむ。……それでよい……うん、そうするのが一番であろうな……頭ではそう理解しているのだが」


 世界が違っても、この年代の女の子が感受性が高いのは変わらんのだろうな。

 そこまで深く考えることでもないと思うんだが。

 いや、悪いことをしたなあ。


 ……流石に、本音じゃ忘れるつもりはまったくないなんて言えないな、こりゃ。しっかりとは観察できなかったと言ったが……何も見ていないとは言っていないわけで、どうかご理解いただきたい。

 

 それにしてもこっちの世界は、グッドなおみ足をした女が多いね?

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