第11輪 女装神様の再臨

 ノーラの親友がディノンで奴隷をやっているらしい。

 彼女は乳がデカいそうだ。

 ついでに、ひょんなことから、エリスの裸を拝ませてもらった。

 彼女はさほど乳がデカくはないが、尻はわりとデカかった。

 女装神ヘンタイ様はやる気がなかった。


   🚚


「……と思ったのがいけなかったのか?」

「目を覚ましたかと思えば——いや、眠るなり、何を言っているんだいキミは?」


 前回と同じ漁船の上で、前と同様にどっかの高校の女子制服を着ている神が、目覚めたばかりの——いや、なるほど、ここは夢の中だから寝入ったばかりなのか——俺に呆れ調子で声をかけてきた。


「うるせえ女装神ヘンタイ

「えっ、なにそのルビ。ひどすぎないっ!?」

「で、なんの用だ?」


 目をバッテンにしている自称神を軽くあしらいつつ、俺は辺りの景色を確かめる。

 以前と何も違いはない。

 遠くに岸がわずかに見える以外は海原が広がっているだけだ。

 この、どことなくのんびりした光景はこいつの趣味なのだろうか?


「ええ〜? なんかさー、ちょっと、ボクの扱いひどくない? いちおう神だよ、ボク」

「神だろうと、変態は変態だろ」

「蛙に変えるよ? あ、ナイス駄洒落♪」

「……帰っていいか?」


 理由もなく、海の真ん中というのも気に入らないが、こいつと話しているとどうしてもを思い出してしまう。

 ここ数日は見るものも聞くものも、新鮮なことばかりなので、そんなに思い出さずに済んでいたのだが。

 例の、俺がこの世界にくるきっかけになった事件のことを……。 

 

「それは困るよぅ。というかキミ、ちょっとのんびりしすぎじゃない?」

「……こんなとこで遊んでる奴には言われたくない気がするが……何の話だ?」

「言ったでしょ、キミには世界を救ってもらうって♪ 忘れちゃだめだよ?」

「……ああ、そんな話もあったな」


 交通事故で俺が殺した少年の代わりに、俺がこの世界を救わなければいけない。そうなった理由のひとつが、こいつのミスというのが腹立たしいが……まあ、俺の罪なのは確かだ。

 それが罪に対する罰というのなら。


「よし、それは分かったが、具体的に何をどうすりゃいいんだ?」

「おや、意外に聞き分けがいいじゃない?」

「……死んだあいつの代わりぐらいはやってやるさ。でも、お前も間違って俺をこの世界に連れてきた責任、ちゃんと考えとけよ? 神だろうが、そこは譲れねえ」

「ん? へえ……ふーん……」


 俺が睨んでやると、どこからどう見ても女子高校生にしか見えない——だが、男だ——神様は、嫌みったらしく笑いやがった。


「なるほどね♪ キミがそういう考え方をするのは予想外だったけど……まあ、いいや。本当なら、ボクが呼ぶはずだったあの子の代わりに、キリキリ働いてもらうからねー」

「っから、何すればいいんだって聞いてんだろ?」


 含みのある口ぶりに、思わず声を荒げてしまった。


「そうだね。大陸の——キミのいる地域の人々は、まだまだ脅威の存在に気付いていない。危険種と呼ぶモンスターの大量発生が妙に増えていることに不安を抱えている程度だ。だけど、大いなる危機は間近に迫りつつある——キミの使命は、その危機が訪れるよりも早く、あるものを見つけ出すこと——なんだけどさ」


 急に真面目な顔つきになって、そのすべてを吸い込むような眼差しを俺に向けた女子高校生が——だが、男だ——神らしいと言えなくもない、硬質な声で語り始めた。

 が、それも一瞬で。


「まずは、ノーラちゃんの親友であるミナちゃんを助けてあげなよ。あ、これ、提案じゃなくて使命だからね。街に到着して、七十二時間以内に救いだすこと♪ いやいや、本当に真面目な話なんだってば」


 眉間に力を入れた俺に気付いたのだろう。

 神は慌てて、言い訳めいた言葉を付け足してきた。


「やっぱりふざけてんだろお前……」

「違う違う、神じゃないキミにはわかんないだけ。この世界を滅びから救うために、どうしても必要なんだよね、彼女の力が。だから、助け出すための手段は問わないよ♪」

「……マジか? 信じていいのか?」

「例によってキミもしくはキミの仲間が囚われ、あるいは殺されたとしても当神は一切関知しないのでそのつもりで——」

「ふざけんな」

「ごめん」


 おふざけがすぎるので咎めると、まさに先生に説教された高校生よろしく、しょんぼりとする神——神なのにこれでいいのだろうか。ってかこいつ、本当に神なんだろうか?


「——あ、そうだ。そういや、俺、この世界で普通に会話できてるんだけど、もしかしてお前の力なのか?」

「はい、そうです」

「なんで敬語。あと、なんか俺、この世界だと喧嘩強いみたいなんだよな。こないだの狼男が弱すぎたのは偶然だと思ってたけど、王国軍の連中と酒を賭けて腕相撲大会やったら、みんな貧弱すぎてびびったわ。……あれも、お前が何かやったのか?」

「あ、それは、この世界の重力が弱いんです。すみません反省してます」

「ふむ……ドラゴン○ールみたいな話か」

「いや、そういうのはちょっと作れないんです。すみません無能な神で——って、なにするやめ、ァアイタタタタタァァッ!?」


 うざいのでついアイアンクローをキメてしまった。

 神様でも身体は普通だからか、俺の身体がこの世界の重力に適応していなくて激しくパワフルなせいなのか、ミシミシ鳴る。

 それどころか、持ち上げられるなあ。なるほど。確かに筋力がめっちゃある感じになってる。ちょっと面白いな。


「いや、やめて、出ちゃう、耳から出ちゃいけないのが出ちゃうーッ!?」

「それが入ってるかが疑問なんだが俺は」

「入ってる、入ってるからやめてやめてああっあっあっあっ」


 どこかなまめかしい嬌声を上げる女子高生(に扮装している男の娘、さらに神)。

 ……残念ながらノーサンキューだな。

 俺がぱっと手を離すと、神はべちっと尻から落ちた。


「ひ、ひどい目にあった。これは有史以来の体験……世界、黄昏たそがれちゃいそう」

「お互いの関係を理解したところで、もっかい聞くけど、さっきの冗談だよな? ああん?」


 さっきのとは、ノーラの親友を助けるのが世界を救うために重要な使命って与太話だ。


「いや、あれはホントだけど……」

「マジで?」

「うん、マジなんだよね」

「おかしいだろ、それ。どんな能力があるってんだ、ええと、ミナとかいう子に」

「特に大した能力はないと思うけど。そんなことは関係ないんだよね、神は因果を超えて、必然を直観することができるんだよ。だから彼女が必要なのは間違いないけど、それがどうしてかなんて説明できないさ」

「……言いくるめようとしてないか?」

「してません! だからその、手をわきわきさせるのはやめてよ!?」


 俺は納得いかんと首を捻った。すると、世界が揺れ始める。


「あ、またか」

「目覚めの時が来ちゃったみたいだね……とにかく、ミナちゃんを救ってもらわないと困るんだ。信じなくてもこの際いいけど、やらなかったらキミを蛙かカブト虫か蝸牛かたつむりにするから。神様権限で」

「納得できねえ……」


 揺れが激しくなって、世界が歪み始める。そして、すべてが曖昧になっていく。


「——まあ、うまくやってくれたら、ちゃんと報酬はあげるよ。ボクは、その辺の——に出てくるような、吝嗇りんしょくな神とは違うからね。そうだ——キミが望む最高の——をあげるよ。期待——よね♪」


 俺の意識が再び暗闇に閉ざされていく中、最後に意識に残ったのは、そんな途切れ途切れの言葉だった。


 なんとなく、途切れ途切れで隠されている言葉のところも、完璧に計算されてそうなところが嫌なんだよな、あいつ。

 まあ、そんときゃ、今度は頭を真っ二つに割ればいいか。この握力で。


「ダメだってば!!」


 ——ほらな?

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