第8輪 王国軍VSモンスター(危険種)
目が覚めたら財布がなかった。この世界で通用する貨幣は銅貨十数枚しか入っていないとはいえ、盗みは盗みである。
「あのアマ——持ち逃げしやがったのか?」
そして俺は
🚚
まずは予想通りだった、と言って良いだろう。
この世界——異世界と言った方が分かりやすいか。俺が今までいた地球が俺にとっての世界で、この世界は別の異なる世界だからな——じゃ、改めて。
異世界は、昨日の一日で見たところでは、文明とか技術水準が遅れているようだった。
まず、自動車がない。町に外壁があるが、その一方で道路はアスファルトどころか、石畳で舗装されてすらいない。ただし、道になっているところは、
次に、街の中で、剣だの弓だのを携えたやつが歩いている。
ただし、治安が悪そうかというとそんなことはない。警察はないのだが、その代わりに衛兵というものがいて、治安維持をになっているらしい。雇い主は街の領主だという話だったので、いわゆる公権力だと思って間違いない。
もちろん、俺がここまで衛兵について詳しいのは、いきなり彼らのお世話になったことによる、副作用というやつだ。
そういや、元の世界でも、治安の悪い国だと警察が賄賂の類を要求してくるというが、そんなことはなかったな。それどころか、当面の路銀を貸してもらったし……。いや、脅したってはいないって。マジで。
街中をふつうに子どもが走り回っていたし、日本と同じとはいかないだろうが、治安はいいのだろう。
と……話がそれた。
俺の予想通りだったのは、街道とやらの出来だ。
自分が乗ってきたトラック——
日本国内でいま売っているような装備過剰な車種ではないが、国産トラックが、アフリカの一部や紛争地帯のような道なき荒野ですら、そこそこ走るというのはよく知られている。
とはいえ、限度はあるわけだが……。
馬車が走るのならトラックも走るだろう、という考えは正しかったようだ。
気をつけるべきなのは、馬車よりトラックの方が重い可能性があることぐらいだろうか。これまでの道のりではなかったが、今後、ヤワな感じの橋を渡ったりするときは注意しよう……。
「んー。まだ追いつかないか……どれぐらい先行してんのかねえ」
ハンドルを片手で握ったまま、俺は呟いた。
トラックは、控えめな速度で走らせている。
大丈夫そうだと分かっていても、タイヤが砂と砂利を弾き飛ばす「ババババババ」という音が続くのはあまり気持ちよくないし、アスファルトの地面と比べると車体も結構揺れるからだ。
魔法のトラックになったとはいえ、サスの機能性は向上していないらしい。
案外ショボいな。
ま、女装する変態神のやることだし仕方ないか……。
当初は、早く追いつくためには速度を上げた方がいい、と思っていた。
だが、考えてみると、どんなに急いでも馬車ならせいぜい時速十キロ前後だろう(お馬さんがぱからっぱするレースにおいてはもっと早いが、馬車は引いていないし、何しろあいつらは走るために生まれた馬だ)。
こちらが時速三十キロ前後のまったりペースで走っていたとしても、倍以上の速度ってことになる。
あちらが一時間先行しているとしても、一時間以内に追いつくはずである。
問題はむしろ、馬車を止める手間である。
併走して声をかけるか、追い抜いて道を塞ぐように車を止めて待つかだと思うが……御者にはびっくりされるに違いない。それと馬もびびるだろう。
車を見慣れた馬がこの世界にいるとは思えないからな。
実際、ここまでくるまでの間に、すれ違ったり追い抜いたりした徒歩の旅人はだいぶ驚かせてしまった。数人だったが。
ずいぶん大げさに道を譲ってくれるもんだなあ、などと考えていたのだが。
今は反省している。
……いや、ほんとよ?
とはいえ、どうしようもないからなあ……。
追いついたと思ったら他の馬車とかだったら目も当てられないし、早く追いつかねえかな。と考えながら進んでいると。
「——お、あれか?」
道の先に、幌を伴った馬車が一台いた。
どうもその馬車は、止まっているようで。周囲に数人の人影が見える。
「なんかあったのかね?」
アクセルを軽く踏み込みながら、俺は独り言を続ける。
運転をするときはだいたいひとりで、同乗者に気を遣う必要がないせいか、ついつい思ったことを口に出してしまう癖が俺にはあった。
「ん……なんだありゃ」
アクセルを少し緩める。
フロントガラスの向こう、馬車の位置よりもずいぶん先に、現代日本ではまずお目にかからない光景があったからだ。
戦場である。
中世ヨーロッパを舞台にした大作映画で見たような、金属の鎧を身に着けた軍勢と——。
巨大な亀のような生き物の群れが衝突している。
いやあ、ファンタジーだなあ。
一匹の亀はこのトラックほどはないものの、大人を数人集めたよりも大きい。
四肢の他、前後に妙に長い身体の部位を持っていて、それは多分、尻尾と首だろう(距離があるのと始終動いているので見づらい)。
デカい亀は尻尾と首を振り乱して、近づこうとしている兵士たちを払い除けようとしている。金属鎧で守られている兵士を首や尻尾で叩くのでは、自分にもダメージがいきそうなものだが。
振り回される首の一撃を食らって倒れる兵士がいることから、その身体はずいぶん強靱に出来ているようだ。
一方の兵士はというと、無謀にも思える突貫で亀のモンスター……あ、そっか、モンスターってやつかありゃあ……に肉薄して、その背によじ登っている。うまく背に登ることに成功した兵士は、首に手斧やら剣で痛撃を加えているようだ。
亀なんだから、首を引っ込めて逃げるんじゃないかと思ったが、どうやらあの亀は首が長すぎて引っ込めることが出来ないようだった。
背中の上に登れれば兵士の勝ち、取り付かせずに打ち倒せば亀の勝ち。
そういう戦いのようだったが……。
しかし、あれじゃけが人続出だろうに。
「よくやるよな……」
視線はその戦場のほうに半ば釘付けだった俺だが、馬車に接近してきたので、ようやく手前に視線を落とした。
と……。
「やれやれ、ここにいたか」
馬車の脇に立って、戦場の方に意識を取られているウサ耳少女の後ろ姿を見つける。
なるほど。軍隊とモンスターのぶつかり合いに出くわしたせいで、馬車もこれ以上進めなくなっているわけか。
これなら逃げられる心配もないか……。
そのまま徐行で車を近くまで寄せると、音で気付いたのだろう、幾人かがこちらを振り返る。ぎょっとしたような様子で見たやつもいたが、中に乗っているのがただの人間だからか、すぐにほっとした態度に変わる。
ただひとりを除いて。
車を降りた俺は、ノーラのそばに近づいた。
逃げ場がないと観念しているのか、彼女は不安そうな顔でこちらを見るだけで、その場に立ち尽くしていた。
いや、これは——諦めることになれた奴の、独特の表情だな。
財布を持ち逃げしておきながら、これじゃあな。
「財布、返してもらおうか?」
「はい……。あの、ご主人様……すみませんアル」
渡された財布を確認する。
銅貨、残り二枚になってるじゃねえか……まあ馬車の料金って、そんなもんなのかね。よく分からんけど。
ノーラは、俺と目を合わせないようにずっと下を向いて縮こまっている。
俺にどやされるとでも思っているのだろう。
実際、そうしたい気持ちもさっきまではあったんだが……。今は、目の前の光景のほうが気になる。
「その話は後だ。あれは何が起こってるんだ?」
「乗合馬車の御者さんの話によれば……えっと、国軍が危険種を討伐中アル」
「国軍?」
「レーニア王国軍のことアルよ」
ふうん。レーニア王国っていうのか、このあたりの国の名は……。
危険種、というのはその言葉通りに、危険な生き物の種類ということだろう。野獣と戦うのも、この世界の軍隊の仕事ってわけか。
日本でも、熊とかが人里に出たら警察の仕事になるだろうし、まかり間違ってライオンとかが虎がまとめて動物園から逃げ出したりした日には、自衛隊が出てきたりするだろう。
だからまあ納得できなくはないな。
そんな風に内心頷いていると、少し離れたところに立っていたひとりの中年男が近寄ってきた。
俺より多少背の高い、裕福そうな男である。
裕福そう、というのは恰幅の良さと、被っている帽子および羽織っている上着の下に覗いている胴衣の素材が、なんかベルベット風の高級そうな素材であることからの、勝手な想像だったが。
形良く整えているあごひげなんかも、多少それっぽい雰囲気はあるか。
「失礼ですが……貴方があの乗り物の持ち主ですかな?」
その中年男は開口一番、俺のトラックを話題にしてきた。
「そうだけど、何か用か?」
「素晴らしい乗り物ですな」
「……んー、まあ、そうかなあ」
俺からすると、何の変哲もない四トントラックである。
あ、魔法がかかってるんだったか……。
少なくとも、ベンツさんとかそういう車と比べれば「素晴らしい」には
なので、俺は曖昧に頷いた。
すると男はご謙遜をとばかりに
「やはり、あれは
「え、なんだって?」
「おや? ……あなたの乗り物は、この辺りでは見ないものですし、噂にも聞いた覚えがありませんから、
「あ、ああ……悪いね、田舎育ちなもんで、そのアーティなんちゃらって言葉は初めて聞くんだ」
耳慣れない表現が飛び出したので、つい聞き返してしまった。
が、どうもその言葉はこの世界の一般常識のようで、すごく微妙な顔をされてしまう。仕方ないので、俺は思いついた言い訳を口にした。
田舎なのはどう見てもこの世界のほうなんだが、まあ仕方ないよな。ちょっと腹立つが。
……待てよ?
そもそもなぜ、俺とこの世界の人は言葉が通じるのだろう。
俺の耳には普通の日本語のように聞こえているのだが……ひょっとしてこれ、
だとしたら、なかなかやるね。変態のくせに。
「はあ……
「……ああ、なるほど。そういうことね。それならまあ聞いたことはあるな」
正直に言えば、当然「へえ、そんなのあるんだ、初耳〜」なのだが、何も知らないやつと思われるのはまずい気がして、俺は適当に相づちを打った。
そして素早く付け足す。
「ところでさ、あんた、どちらさんなわけ?」
「おっと。申し遅れました。私は商人のマイルズでございます。ま、しがない行商人なのですがね……」
「そっか。商人ってことは……もしかして、このトラックを買いたいってことかい?」
俺は、推測を口にした。
推測とはいえ、そこそこの自信はあってのことだ。俺のような若造に、こうやって下手に出てくるやつといえば、自宅に時々くる訪問販売だとか、町中でたまに出てくる怪しい営業まがいの連中に限られている。
だから、何か魂胆があるはずで、いまの俺が持っているもので価値があるものといえば、このトラックとノーラぐらいのものなのだ。
そこまでいけば推測は簡単。謎はすべて解けた!
指摘を突きつけられた中年の男は、目を大きく見開いていた。やはり図星だったのか。
そして男は、気を落ち着けるための習慣なのか、自分のあごひげの先を人差し指と中指で挟んでから、口を大きく開いた——。
「いいえ! とんでもございません!」
……おろ?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます