第7輪 異世界での初の目覚めと、思わぬピンチ
「ボク、女神じゃなくて男神だから。
一体いつから——ボクが女の子だと錯覚していた?」
……何……だと……。
🚚
「とでも言うと思ったかこんちくしょー! っていうか地球の予習ばっちりだな、この
ちちゅん、ちゅん。
窓の向こうで鳴く、鳥の声。
俺は、宿屋の床に敷いた毛布の上で、上半身を起こしたまま固まった。
「くそ、やられた」
少しして、頭の後ろを掻きながら俺は呟く。
神を名乗る野郎に、完全に一本取られた形である。
あいつにはまだ聞きたいことがあったのだが、あの調子ではしばらくは姿を現さない気がする。言いたいことだけ言って逃げやがって。
あれがこの世界の神という時点で——信じるなら、だが——この世界、わりとお先真っ暗なんじゃないか?
それにしても。
見た目は女子高生だが、中身は男なので『野郎』がぴったりくるな……。
——ではなく。
「世界を救えとか、そんなこと言われても困っちまうよな。こちとら、就活すら満足にできなかったトラック運転手だぞ?」
……ああ、でも。
昨日のあの狼男のひ弱さからすると、この世界だと俺は案外強いのかも知れないな……つっても、過信は禁物だろう。
どう見ても奴は小者だった。雑魚四人衆でも最弱という感じだ。
ここで、ほんとうの自分の実力を確認するためには……。
「適当なやつに喧嘩でも売ってみる……とか?」
昨日のように衛兵さんのお世話になりたいとは思わん。無理だな。
ん。そういえば……。
——ボクはキミに魔法の武器を授けることにした。
——目が覚めたら馬小屋を見に行くんだ。
小生意気な女装神様がそんなことを言っていたのを思いだして、俺は立ち上がった。
馬小屋といえば、昨日、四トントラックを運び込んでもらったところだ(衛兵さんには感謝してもしきれない)。
変態神の指示に従うのはなんとなく腹立たしいが、確認してみるか。
日差しの具合から、早朝はとっくにすぎている。
朝飯は宿屋の料金に含まれているから、食べないのは損だ。
衛兵さんが貸してくれた金が少し残ってるから、ウサ耳奴隷少女——ノーラの奴に、服らしい服でも買ってやるかな。
そう決めて、俺は、寝台を占有しているはずの少女に声をかけた。
そろそろ起きろ、というつもりで。
「おい、ノーラ。……あん? 居ないのか」
ところが、寝台はもぬけの空であった。
たたんでいないシーツが、ぐちゃりと乱れたままに残されている。
「なんだ、もう起きてんのか……なんだっけ……洗面台とかなくて、井戸から水を汲んでくるんだったよな……時代がかってんよなあ、異世界ってのは。慣れねえわ」
げしげしと頭をかきむしりながら、ドアに近づいて、ふと気付いた。
部屋の隅。
一つだけ置いてある机の上に、投げ出してあったはずの財布がない。
財布の中には、免許証や健康保険証、ネカフェの会員カードとかの各種ポイントカードの類、そして日本円などの、この世界では役に立ちそうにないものと……衛兵さんから貸してもらった、銅貨の残りが十枚ほど入っていた、の、だ、が。
「あのアマ——持ち逃げしやがったのか?」
🚚
階段を駆け下りて、二階から一階に降りた俺に声をかけてきたのは宿屋の主人だった。
「おう、あんちゃん! 朝飯できてるぜ。食うだろ?」
「——すまん、包んどいてくれ!」
挨拶の間も惜しんで、俺は熊っぽい外見の主人をほうって、宿の玄関へと走る。
「包めって……シチューなんだが」
そんな困り声が背中でしたが、それは無視。
いまはノーラを追いかけるほうが優先だ。
と。ずざっと急ブレーキをかける。
情報を入手しないと、どっちに向かったかも分からないことに気付いたのだ。
「親父さん! ノーラ……俺が連れてたウサ耳の女の子、見なかったか!? いったいどこに行ったか知ってたら教えてくれ!」
「んー……いや、今日は見た覚えがないなぁ……いなくなったのか?」
と、宿屋の主人の後ろから、貫禄のあるおばちゃんが姿を見せた。
「あの子なら、朝方に出て行ったよ。ディノンはどっちかって聞かれたから、西のほうだって教えてあげたけどねぇ……」
「西ってどっち!?」
「ああん? なんだい、彼女を追いかけるのかい? まあ、若いのはそうじゃなきゃねえ。……ここを出て右手のほうだよ、門があるからそこから出て行けばいいさね」
「サンキュ!」
なんか勘違いしてそうなおばさんに、俺は手短に礼を言うと再び走り出した。
「いやだから飯は……」
「ディノンはここから五十リーグほどはあるんだよ。嬢ちゃんは乗り合い馬車を使ったはずだから、あんたもそうしな!」
背中にかかる言葉には、返事はしない。
そして、俺は軒先をくぐって、町の中へ出る。太陽が眩しい。窓の戸から日の光が差し込んではいたので多分そうだろうと思っていたが、今日も良い天気のようだった。
まずは馬小屋に向かう。
五十リーグ。リーグという単位は聞いたことがない。
だから、距離はよく分からないが、馬車と比較すればトラックの方が早いだろう。
トラックはもちろん舗装された道を往くためのもので、悪路では走れない場合もあるだろうが、その辺は馬車とそう大差はあるまい、と踏んだ。
今日中に追いついてやる。
そう思って、馬小屋に駆け込んだ俺を迎えたのは——。
「何の変哲もない、ただの四トントラックじゃねえか!」
昨日、俺が運転していたトラックそのままだった。
あの神様は、本気で俺をおちょくっているんだろうかと思う。
念のため、トラックの周りをぐるりと回って、変な物がないか確認してみたのだが、そんなものはどこにもなく。
ぶふるっ、ひひーんと鼻息を漏らしたり、いななきをあげる馬が馬房にいるだけ。
もしかすると、車内になんかあるのかな……とふと思いついた。
キーのボタンを押して——トラックの鍵はキーチェーンに付けていて、これは無事だった。ノーラにとって意味が無いものなのは明白だから持っていなかったのだろうが、不幸中の幸いだった——ドアの鍵を開けると、俺は車内に乗り込んだ。
キーレスエントリーは便利だ。
仮に俺が熊に転生していても乗り降りには苦労しない。
いやまあ、身体がシートに収まらないだろうが。
「ん……おかしいな? 窓ガラス、こんだけしか割れてなかったっけ?」
車のフロントガラスは衝突事故なんかのときの安全性を高めるために、蜘蛛の巣状に砕け散るように作られている。
鋭利な破片ができると危険だからだ。
記憶によれば、助手席側の下半分ぐらいがやられていたと思うのだが。
いま見ると、せいぜい四分の一ぐらい、というところである。
「まあ気にしても仕方ないか……」
ブレーキを踏み込んでエンジンスイッチを回してエンジンをかけたところで、別の妙なところに気がついた。
ガソリンインジケーターが、ほぼ「F」の位置を指しているのだ。
給油はしていないから、この世界に来る前の状態——ちょうど半分ぐらいの位置を指しているべきなのだが。
「ひょっとして……」
疑問がとある疑惑として口にのぼりかけたとき、突然、ダッシュボードが開いた。
勝手にだ。
俺は、その不気味さに背筋を凍らせることはなかった。
手を伸ばして、入れた覚えのない冊子を取り出して、その表紙を見る。
「変態神の野郎……その発想はねえよ」
ご丁寧に(?)手書き風の印刷書体のロゴが、ポップなトラックの絵の上に踊っている。
その表題は——。
『まほうトラックのまぬあるだよ♪』
くそ、放り出してえ。
ざっとページをめくって「燃料の補給は不要だ! だって魔法のトラックだから!」とか書いてあるのを見て、ますます投げ捨てたくなった。
が、今はそれどころではないと思い直す。
シフトレバーが「P」に入っていることを確認すると、サイドブレーキを降ろして、ハンドルを握る。そしてアクセルを踏み込むと……普通に走り出した。
ほっとする。
魔法のトラックと言っても、運転方法は変わっていないらしい。
あ、そうそう。
このトラックは、オートマでもマニュアルでもない。
セミオートマと呼ばれる、マニュアル車に近いけれど、シフトレバーを操作するだけで、クラッチを繋いでくれる、という半自動の仕組みだ。
クラッチペダルがなく、自動変速以外に手動変速も可能な特別なオートマと思ってもらったほうが分かりやすいかもしれん。
手動変速だとエンジンブレーキを効かせられるし、燃費を追求した走らせ方もできる。
純粋なオートマほどの手軽さはないが、トラックのような業務用の車だと便利な機構なのである。
ま、そんなことは置いといて。
「今日中に追いついて、飯代を取り返さねぇとな!」
あんパンもきなこパンも——たぶんこの異世界にはないのを度外視すると——買えない、一文無しだなんて洒落にならん。
馬小屋から四トントラック改め魔法のトラックを発進させつつ、俺はしょぼい決意を固めるのだった——。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます