第6輪 女子高校生風の女神様(ボクっ娘)は女神様(男の娘)だった

「——キミは地球と呼ばれる惑星で、人を轢いた。トラックの運転中にね」 


 自称、神——女の子の姿だから女神か? の言葉に、俺は動きを止めた。


 とっぷんとっぷんと、ゆるやかな波が俺たちの乗っている遊漁船(多分)の舷側を叩き、空ではウミネコがにゃあにゃあ泣く。

 雲は少ししかなく、快晴。

 陸地は遠くに少しだけ見えるが、視界の大半は海原。

 平凡な、釣り船を出しての沖釣りの光景といったところだ。


 だがここは、俺の夢の中……らしい。

 そして、ここが夢の中であることを告げた主——なぜか高校の女子制服を来た、ボーイッシュな女の子は、自分を神と名乗った。

 彼女は、俺に告げたいことがあると言った。当初はおふざけムード全開だったが、しばらくしてふと表情を変えると、ようやく真面目な話を始めたのだった。


   🚚

  

「……あれは、俺の、失敗だ」


 制服の少女——女神の言葉に、自分がはねてしまった学生のことを想像して、俺は口をきつく引き結んだ。

 あの失敗を、神様によって裁かれるのならば、それも致し方ない。

 その程度の覚悟はしていたのだが。


「あのとき、ボクもちょっと失敗をしたんだ」

「?」


 予想もしていなかった話の流れに、俺の眉が跳ね上がった(と、思う)。


「ボクのような神は、神であるがゆえに、ある種のルールに縛られているんだよね」

「ルール? そんなもんがあるのか」

「あるんだよねえ、これが……みんな自由人だから、ないと大騒ぎになっちゃうんだよね。もう大変だよ、本当」


 唐突に違う話を始めた自称女神に頷きながら、俺は気になっていたことを聞いた。


「ふぅん。って、それより……結局アイツ、どうなったんだ?」

「誰のこと?」


 きょとん、とした顔で、女神が俺に問いかけてきた。


「俺がはねた奴だよ……高校生か中学生だと思うんだけど」

「あっ、そうそう。ごめんごめん。話がそれたね。実はボク……あの子をこっちの世界に連れてくるつもりだったんだよね」

「ほう……?」

「これがさっき言った、神様のルールってやつでさ。誰かを異世界に連れてくるときは、前の世界でその人間の可能性が絶えてないといけないんだよね」

「可能性が絶えてるってことは……その、そういうことか?」


 事故でぐしゃぐしゃにひしゃげた自転車の姿を思い出しながら、俺は尋ねた。


「まあ、死んだりするってことだね。ひどい引きこもりとかで可能性がない場合もオッケーだったりするから、それだけじゃないんだけど」


 俺がはねた奴は、引きこもりってことはないだろうから、つまり。


「こういうルールがなかったころって、めちゃ大変でさー。それぞれの神様が、使えそうな人間をあっちこっちの世界から好き放題連れてくるのはまだよかったんだけど、二人の神様が同じ人間に目を付けて元の世界から異世界と異世界を延々と行ったりきたりさせちゃってさ」


 俺は、ショックを受けていた。

 ひとりで話し続けている女神の言葉が耳に入らないぐらいのショックだ。


「それで『ぐぬぬ、俺が先に目を付けたんだ』『いやこっちだ』『ならば仕方ない、どっちがこの人間を自分の世界に招くかで勝負だ』ってなって神々の大戦ラグナロクが始まっちゃったりしてさー」


 あの事故で、俺はしまった……。


「どっちも力ある神様だったもんだから、巻き込まれた世界が三つ四つ消滅しちゃって、いやーあれは参ったね。いまでも神様が集まる合コンとかで話題になるんだよね。『……嫌な事件だったね。……従属神が一柱、まだ見つかってないんだろ?』ってさ♪」


 なんてこった。


「んん? ねえ、聞いてる、キミ?」


 頭を抱えて座り込んだ俺。

 女神が何かしら声をかけてきているのだが、今はそれどころじゃない。

 もし、あのまま日本にいたら、今頃は逮捕されていただろう。

 居眠り運転だ。言い訳はできない。

 自動車運転での過失致死になる。

 お袋が泣くだろうな……。


「おーい、聞けってば、キミ……なんだっけ、あー、そうそう。城之崎条だっけ。ジョー! ジョーくん! 話を聞くんだジョー! お? やっと意識戻ってきたカナ? さあ、目覚めるんだジョー! なんちって——」


 気付いたら、俺は、自称女神の胸ぐらを掴んでいた。


「おやおや〜? どうしちゃったのかな♪」


 見かけ通りに軽い彼女は、服の襟を掴んだ俺に上半身を引っ張られつつも、余裕いっぱいな笑顔だった。

 だが、その笑顔はあくまでも無邪気なもので。

 俺をおちょくっているわけではないのは分かった。

 それに……。


「……すまん」

 

 俺は彼女をそっと降ろして、謝罪した。

 人を殺した俺が、神様とはいえ、他の人に八つ当たりなんて……。

 許されることではない。


「いやー、ボクこそごめんねー♪」


 ぱちぱち。

 俺は瞬きをした。

 なんでこの自称女神が謝っているのかが分からない。


「いやだからさ? あの少年をこっちに連れてくるつもりだったんだよね」

「おう、それは聞いたけど」

「そこで問題です。……なぜキミはここにいるのでしょうか?」

「あ? ……え? ……あ! まさかお前」


 自分のことはさておいて、はねた生徒のことばかり考えていた俺は、ようやくこの女神が何を言いたいのかに気付いた。


「ごみーん★」


 つまりこういうことかっ——。

 


「どういうミスしたら、そんなことになるんだよっ」


 一度収まったはずの苛立ちが再び沸き起こって、血管がぴくぴくと振動する。

 苛立ち紛れではあるものの、今度こそ自制なく叫ぶ。


「このクソ女神! 責任とりやがれ!」


 怒りのあまり、俺の視界はくらんで——いや待て。


「……なんか、おかしいぞ。世界が……歪んでる」

「そろそろキミは目覚めるんだよ、ジョー。ちょうどいい——じゃなかった、時間がないから急いで言うよ。キミの使命はこの世界を救うことだ。その目的を達成するために、ボクはキミに魔法の武器を授けることにした。目が覚めたら馬小屋を見に行くんだ。あ、それと」

「ってお前、いま『ちょうどいい』って言ったろ? 反論させないタイミングを見計らってやがったな、こんちく——」


 歪みゆく世界の中、必死に訴えるが、女神は最後の爆弾を落としてきた。


「ボク、女神じゃなくて男神だから。

 一体いつから——ボクが女の子だと錯覚していた?」


 ……何……だと……。

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