第4輪 あやうく収監されそうになったアルよ(真似してみた)
「はあ……別の世界からねえ……そんな話、信じられないけどねえ」
「……それは、俺もそう思うんですが……嘘じゃないんです……」
湯気の立ち上る
俺と向かい合って、同じ机に座っている役人の人が、困ったようにため息を吐いたのがわかった。その気持ちは、察することができる。
だがしかし、俺だって、ため息を吐きたいのだ……。
毎度のことで申し訳ないが、どうしてこうなったのか、ちょっと話を整理しよう。
それは、俺がひょんなことから、ノーラというウサ耳美少女に、ご主人様と呼ばれるようになって三十六万……いや、ほんの五分ほど後のことだったろうか。
俺とノーラと、そして俺が運転していたトラックの周囲に出来ていた人だかりを切り裂いて、三人の揃いの格好をした男達がやってきたのだ。
片手には長槍(穂先は上に向けていたし、カバーがかかっている)、身体には
まあ、どう見ても「ドラ○エで門の両脇に立っている人」って感じの出で立ちだ。
リアルで見ると、なんか重くて暑そう、という印象だったが。
で、彼らのうち、先頭の一人が俺に視線を定めて、こう言ってきた。
「あー、ちょっとね、市場にこういうもの持ち込まれると困るんだよねぇ、君ぃ」
「あ、すんません、すぐ動かします」
……なんていうか、反射的な対応って奴だったね。
職業意識、っつーの?
🚚
で、俺とノーラは衛兵——後で聞いたところによる——の詰め所にやってきたというわけである。
……というか、俺があまりに支離滅裂なことを言ったために。
連行された。
というのが正しい。まいったね、どーも。
なお、問題の四トントラックだが、よく考えたら事故った直後だし、ちゃんとエンジンが動くかどうかも分からなかったので、自分で動かしはしなかった。
事故ったので動かすと危険かも……云々というのはいまいち伝わらなかったが、押して移動させることができると伝えたところ、それなら、衛兵のみんなで押して邪魔にならないとこまで移動させておいてやる、とのことだった。
それを聞いた俺は、素直に「頼んます」と頭を下げておいた。
警察の人や、その関係者には逆らわない。それが小市民のポリシーである。
「で、そのぉ……俺はこれからどうすればいいんでしょうか」
「知らんよ。……と、言いたいところだがねえ……」
とりあえず、俺は逮捕されることはないらしい。
実際、俺がやったことと言えば、トラックごと突然現れて、喧嘩を売ってきた狼野郎ならぬ、狼男を叩きのめしたぐらいである。あと、ウサ耳少女を拾得した。
……わかってるわかってる。
ちょっと気になるところがあるよな?
俺も説明を受けるまではそうだったとも。
ここはひとつ、俺がこの警察……じゃなかった、衛兵さんたちから仕入れた情報を整理しよう。
まず一つ目の事実。
というかまあ……うすうす気付いてはいたんだが、あの狼野郎とか、そいつが連れていた……今は俺が所有していることになっている——分かってる、後で説明するから、ちょっと待ってくれ——ウサ耳少女ことノーラは、コスプレではなかった。
獣人種族という、俺たちのような人間……じゃない、人族とは違う種類の人間らしい。
ちょいとややこしいのだが、ここでは、俺みたいな普通の日本人というか地球人と変わらない見た目の人族と、それ以外の、獣人とか、トカゲみたいな爬虫人とかをぜんぶ引っくるめて、「人間」という括りにしているらしい。
なので、ウサ耳が生えているノーラも獣人種族の兎人というやつで、人間。
俺にぼこぼこにされた、作り物じゃない狼頭のあいつ(名前は知らん)も、獣人種族の狼男というやつで、人間。
そして、俺ももちろん人間……なのだ。
まあ、そんな細かい定義は俺にはどうでもよくて、例の狼野郎とかノーラのウサ耳が作り物でないことの方に驚いたが。
……後でちょっと触らせてもらおうかな。
——あ。ちなみに、そのノーラだが、今は婦警さん……ではなくて、女性の衛兵さんに連れられて、別の場所でお茶菓子をつまんでいる。
和気藹々と会話が弾んでいるようだった。
と、なんで俺がそこまで詳しく知っているかというと……別の場所、というのが俺が座っている机と椅子のある部屋から、ほんの少し奥にある小部屋で、声がこっちまで筒抜けで響いてくるからだ。
俺がわりと深刻に話をしている途中で、ノーラと女性の衛兵さんがかしましく会話しているのが聞こえてくるので、なんかこう気が削がれるというかなんというか。
話がそれたな。
俺が知った二つ目の事実は、そのノーラに関することだ。
なんと、彼女は奴隷らしい。
これを聞いて、俺は最初、ちょっとむっとした。
現代日本人の俺にとって、奴隷という言葉はずいぶん印象がよくない。だが、詳しく聞いているうちに、自分の第一印象とは少し違うものであると理解してきた。
まず、奴隷は奴隷と言っても、好き勝手に扱ってよいというわけではない。
奴隷とその主人の関係は、奴隷契約というもので定められる。
契約の範囲内で、奴隷は主人に仕え、主人は奴隷に報酬を払うのである。契約は期限がある場合もあれば、無期限ということもあるらしい。
無期限というのはすごいな、と思ったが、その辺が奴隷契約と言われる由縁かもしれないなと俺は思った。
なんだかんだたいそうな名前が付いてるが、つまりは一種の雇用契約か、と俺は理解して、説明をしてくれた衛兵さんに質問した。
「なるほどね。じゃあ、俺は前の主人と同じように、アイツに金か何か支払わないといけないのかな?」
「——それは必要ないみたいだね。どうも、彼女は賃金を受け取ってないらしい」
「は?」
俺は疑問の声を上げた。
「……奴隷契約の内容だが、証文とかは残してないみたいだが——ああいや、それは珍しくないんだけどね——端的に言えば、彼女は自分が死ぬまで、無償で主人のために身を粉にして働くという契約を結んでいたらしい」
「……あ?」
俺の第一印象とは違うものらしい、と思ったわけが分かったか?
想像を超えて、くそったれだ。
「そんなのが許されんのかよ」
「うーん……ニア……ああ、さっきここに来た、女の同僚のことなんだが、彼女が聞き出したところによれば、あの……ノーラ君だっけ……は、子どものころは
……言葉もない。
あっけらかんとして、俺をご主人様と呼ぶようになった、あのウサ耳少女に、そんな過去があったなんて信じられるか?
無理だろ?
向こうから聞こえてくるほがらかな笑い声が、遠くなったような気がした。
「んで……どうするんだい? 確かに、今回の例だと、君が主人にならなきゃいけない義務はないから、こちらで彼女を引き取っても構わないよ。その場合、近いうちに業者を通して、市の認定の奴隷商に売ることになるけど……」
……俺の気持ちも知らず、係の衛兵はそう続けてきた。
いや、急に奴隷の主人だとか言われて、動転してしまった俺のために言ってくれているのは分かるんだが。
反射的に、俺は机を拳で叩いていた。
ズバンッ!
……思っていたより遙かに大きな音がして……というか、いま天板が衝撃で波打ったような……?
自分でも驚いたぐらいだから、係の衛兵の度肝を抜いたのも当然だったろう。
「……な、なんだい?」
警察のような立場である人々ならば、本来なら、こんな行動に出る人物には威圧的な態度を取るはずだと思われるのだが。
衛兵の彼は、妙に腰が引けたような半笑いで、そんなことを言ってきた。
俺は、彼のその態度に、自分の中に渦巻いていた熱が急速に冷めていくのを感じつつ、
「……あー、いや、やっぱ彼女は俺が引き取りますわ。これも何かの縁と思って」
そう、宣言したのだった。
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