第2輪 最初の遭遇モンスターは狼男だった……のか?

 ……なんなんだ、このバカは?

 俺の、狼野郎への第一印象はそれだった。

 

 おっと。話を整理するぞ。


 俺は、二十六歳のトラック運転手、城之崎条きのさきじょう

 深夜運転に疲れ居眠りをしたところ、目が覚めた次の瞬間、たぶん高校生と思われるやつが転がしているチャリを跳ね飛ばしてしまった。

 すると、次の瞬間、俺と俺のトラックはドラ○エ風の街並みの真ん中に忽然と姿を現し……周囲の光景に目を見張っていたら、狼のかぶり物を被って、尻尾まで生やしたコスプレ野郎に因縁を付けられていた。

 ってなわけだ。


   🚚


「オラァ! 出てこいやボケ! 調子乗ってんじゃねぇぞ!」


 バン、バン!


 自転車をはねた衝撃でヒビが入ってしまっている窓ガラスだが、それは助手席のほうで、俺が座っている運転席のほうまで傷は入っていない。

 会社の方針もあって、きっちり磨いているから、本来なら雨にでも降られない限り、曇り一つないはずなんだが……。

 バカ狼野郎が、こっちが状況に戸惑って何も言い返さないせいか、いい気になって、指紋をベタベタと付けやがっている。


「びびってんのかおい!」


 よし、こう。

 一瞬たしかにそう思ったが、直前の事故の記憶がまざまざと蘇り、考えを改めた。

 ……いかんな、いまのは、流石にひどかった。

 ほんの少し前の出来事なのに、目の前の光景……というか、今起きていることがあまりにも想定外なので、忘れかけていた。

 人をはねてしまった自分が考えていいことじゃあなかった……。

 反省しつつ、自分が轢いてしまった高校生(か、中学生)がどうしているかを考えようとして。


「オラァ!」


 バンバンバン!


 ……。

 …………。

 ……………………。


 俺は運転席のドアを開けて、外に出た。

 中天にある太陽の日差しは強く、冬にしてはずいぶんと暑い。そのわりに湿気が少なくて、ずいぶんとカラッとしている。


「こりゃ、どう考えても冬じゃない……っつーか、日本じゃないな……」


 そう呟いたとき。


「お、なんだこら、やんのか? ああん?」


 狼頭がのっしのっしと近寄ってきながら、そんな風にメンチを切ってくる。

 切っていると思う。

 顔が狼なのでよく分からん。

 しかし、よく出来たかぶり物だなこれ、中の人のしゃべりに合わせて細かく動いてんぞ。舌とか出てるし。

 

 ……後で考えるに、このときにちゃんと観察しておけば、それが造り物ではないとわかったはずだ、と思う。

 だが、そのときの俺は、その狼野郎の後に続いてくる少女のほうに目を奪われていたのだ。

 これまたコスプレで——と、このときの俺は思っていた——首輪をしている。

 で、首輪から延びた鎖の端を、狼野郎がこれまたよく出来た——繰り返しになるがこのとき俺はそう思っていた……うん、うざいな。そろそろやめとこうか——爪と肉球付きのハンドグローブごしに握り引っ張っている。

 

「あっ……」


 首輪を引っ張られた少女の切なげな悲鳴に、俺はどきまぎした。

 カラコンなのか、瞳の色が真っ赤な少女は頭にウサ耳のカチューシャをしていた。

 睫毛が長くて、目が大きい。小さな口の、唇は桜色だ。

 卵型の、形のよい小さな顔にそれらのパーツが均整を取って収まっている。

 どこかのアイドルだと言われても、まあそうかな? と思えるぐらいには可愛い。

 ウサ耳というと、誰しもがすぐバニーガールを思い浮かべるだろうが、残念ながら、網タイツではない。

 脚フェチの俺としては、非常に残念だ。


 ……ともかく。

 少女といっても、顔がやや童顔なのでそう思うだけで、もしかすると二十歳ぐらいかもしれない。

 すらりと伸びた足や、豊満な双丘に着目するなら、むしろその可能性が高い。

 ……あ? 二つの丘に何の関係があるって?

 だよ。それぐらい分かれよ。

 ったく……。


 しかし、彼女が可哀想なのは、その容姿に見合った服を着せてもらってないことである。

 つーか、ぼろ切れ。

 どっからどうみてもぼろ切れ以外の何ものでもない、灰色のような薄茶のような……ひらたく言えば汚れた木綿の布きれのような何かを、身体に巻き付けているだけなのであった。

 足なんかは剥きだしである。

 そこはまあいいのだが。

 むしろ、それはそれで、たいそういいのだが。

 

「おい、お前さ——よくそれで彼氏面してられるよな?」

「てめ、無視してんじゃね……はぁ?」


 なんだか喚いていたらしい狼野郎に向き直って、俺はそう言った。

 いつもだったら、こんなことは言わない。

 男と女の関係は複雑だ。

 このバカと、この可愛い子ちゃんがお互い納得して付き合ってるんだったら、俺は何も言わない。愛の形は人それぞれだからな。まあちょっと理解に苦しむけど……。


 だが。自分が起こした事故への罪悪感と、

 狼野郎のあまりにもムカつく態度と、

 まったく理解の及ばない、この一連の出来事と、

 哀しみに沈んだ少女の瞳とが——俺にいつもと違う言葉を口走らせたのだ。

 

「——喧嘩売る気なら、買うぜ?」


 どよめきが起きた。

 なんだ? と思って周囲を見ると、いつの間にか自分とトラック、それに狼野郎を中心に人だかりが出来ていたらしい。

 まあ、俺が驚いたのと同じで、いきなり四トントラックが出てきたら誰だって驚くか。


「あいつ、人族のくせに、獣人——それも、狼男とやる気だぞ」

「あのなりで、実は剣士か何かか。それかもしかして魔法使い……」

「でも何の武器も持って無さそうだぞ」

「見たことない乗り物で現れたし、魔法使いなんじゃないか?」


 周囲で無責任な下馬評が交わされる。

 言っていることの大半は「こいつら何言ってるんだ?」という感じだが、今は目の前の狼野郎が先手をとって殴りかかってこないかに集中する必要がある。

 なので、ほとんどの言葉を聞き流しつつも。

 ……そういや、こいつら、見た目外人みたいなやつもいるのに、みんな日本語ペラペラだなあ。

 と、俺が思ったとき。


「はっ、人間風情が生意気だなっ! 良いだろう、かかってきやがれ!」


 狼頭の野郎が、なんだか自慢げに両腕を掲げてガッツポーズのような姿勢になる。

 ……。

 …………。

 ……………………。

 なんか明らかに隙だらけなんだが……? あ、もしかして、殴れってことか?


「どうした? 非力な人族相手だからな、先に好きなだけ殴らせてやるぜ? それとも怖じ気付いてんのか? ああん? ——へぶほっ」


 最後のは挑発の一言ではなく、俺の右ストレートを喰らった狼野郎の悲鳴だ。

 ……先に好きなだけ殴ってもいいって言ってたよなあ。

 とりあえず、左右のコンビネーションを二セット繰り出しておく。


「へぶっ、ふぼっ、げぶっ、ふべっ」


 ……大丈夫だろうか。

 っていうか、触った感触もリアルだし……うわ、鼻血まで出るのか、このかぶり物……本当にかぶり物か?

 軽くジャブを数発あててから、懐に入り込んでからのアッパー。


「ぐぼほっ」


 ……あ、倒れた。

 口ほどにもないやつだなあ……。


 ちょっと格好いいこと言ってたのに、結局一発も避けることすらできてないし……なんか、がっかりしてきたというか……罪悪感がちょっと湧いてきたぞ……。

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