藍色の神様

碧夜

第1話 社にて

静かな森に小さな社。忘れ去られた神の落し物。

全てを失って、全てを忘れてきた。

名前も、姿も、記憶さえも。





僕は神の一柱。文化神と呼ばれるもの…らしい。

というのも、僕はとある事情で自分自身に関わることを忘れてしまっている。

そこで、ひとまずこの社に住まわせてもらっているのだ。

何年も人など訪れていない、ぼろぼろの木造屋。

これはこれで、落ち着くものだなと、眼前に広がる青に目を瞑る。

目を閉じていても、空の呼吸は聞こえてくる。

ゆったりと、寝ころんでいると鈴の声が聞こえた。

段々と近づいてくる鈴の音に、少しの安らぎを感じる。


「起きてたの?」

「うん、君が出かけてからね」

「そうなんだ!」

笑顔で答える彼女の色は桃色だった。嬉しいのだなと、僕は安堵する。

「あなたはどこかに出かけたりしないの?」

「僕はいいよ。行くところもないし」

「そんなこと言って、どこか行かないと何も思い出せないよ?」

そう悪戯っぽく笑う彼女の色はころころ変わる。昔人間に貰った、舐めている途中で味の変わる飴玉のようだ。桃色だったり、淡い青だったり、時にはひどく眩しい白だったり。

「今の私は、何色です?」

「……とってもきれいな――」

一瞬、彼女の色が真っ黒になり、僕は言葉を失った。

「やっぱりあなたには、全部ばれちゃうなぁ……」

「僕には、君が何を考えているかはわからないよ……?」

寂しそうな顔をする彼女の目には、透明な雫。

彼女を囲うのは、先ほど見上げた、深く美しい青。



感情に色が付いているからって、何になる?

せめて、君の考えを知れたなら、僕は君を救えるかもしれないのに。

君が嬉しいと、楽しいと、悲しいと、苦しいと、それがわかったところで、結局僕の自己満足だ。彼女に嫌われていないか、そんなことを考えるだけのただの愚物。


「あなたが、この社の……」

僕は急いで、彼女の口を塞ぐ。

それは、それだけは言わせてはいけない。

「僕が手伝うよ」

「……え?」

「僕が手伝う、また昔みたいな社に、戻るように……」



きっと、そういうことなんだろう?

彼女は何も言わず、ただ僕の方をじっと見ていた。

白くて、黒くて、交互に入れ替わるそれは、一体何を意味しているのだろう。

僕はその意味がわからずに、ただ彼女の傍にいることしかできない。




それでも、僕はここに居ていいのだろうか。

あぁ、烏が鳴いている。

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藍色の神様 碧夜 @heath_snow

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