第4話 人造の獣王

 目の前のテーブルの形すら定かならぬ暗い部屋。

 テーブルの前では三つの影がゆらめいている。


 影のひとつが、小さく上向きに角度を変えた。言葉を発する事はない。じっと上を見るような動きである。先ほど受けた報告が、そうさせたのだ。物思いにふけるようなその仕草は、まるでこう言っているかのようであった。


 『享楽者』が落ちたか――と。


 影はそのまま、ふるふると布の端を振った。パンツ――いや、女物のふんどしだ。その動きは、人間がうんざりと腕を振る動作にも酷似していた。褌はこう言っているのだ。


 やれやれ。遊び過ぎるのが奴の悪い癖だ――


 するとその動きに呼応するように、向かいの別の影がぶるぶると震えた。恐怖によるものではない、力の籠もった揺れ。こちらは正しくパンツの形をしている。暗闇でよく見えないが、その布地には熊の絵がプリントされていた。


 己の力を誇示するようにブン、ブンと小さな身体を振るってみせる。その意思表示を訳するならこうだ。


 あの水着は下着ですらない小物。自分なら人間などひねり潰せる!


 残る1つの影は、むっつりと押し黙ったままである。いや、言葉を発する筈はないのだ。影は一般的なパンツの形をしている。ただし、通常の布地と違い、その輪郭がゆらめく事すらない。何の意思も発さない姿は、確かに黙っていると表現できる。


「あら――残念ね。あの子とは、趣味も合ったのだけど」


 そこに、割って入る声があった。女性の肉声である。

 新たな影が現れていた。紛れもなく人間の、人影が。


 声に対し、ふんどしは再び布の端を振った。


「――好かん、って? そう。あなたたちは堅物ねえ。パンツがそんなに固くていいのかしら?」


 女性はごく自然に、ふんどしの仕草に言葉で答えてみせた。

 パンツと――会話している。


 女性は朗らかに笑った。

 褌はその笑いには答えず、スッとテーブルから離れる。熊も、その後に続いた。


「……行くのね。『本物』を見せる……? ふむ。良いわ。行ってらっしゃい。でも――貴女たちはちゃんと帰ってきてね。だって、」


 女性が一度言葉を止めて呼吸を継ぐ。

 彼女の瞳がわずかに潤んでいる事は、部屋が暗すぎて伝わらない。


「友達が減るのは、寂しいもの」



 * * *



「いやあ……メルヘンっていうのかな、これ」


 中央市街から数キロ離れたところに位置する森林地帯、歩林戸ぷりんと山。山というよりは小高い丘に近い地形だが、木々が並び、昼でも薄暗い景色はちょっとした郊外の自然、という域を超えている。


 ここに根を張るパンツの第二コロニーを相手に、『猟犬』のアキは戦いを開始していた。森の中には、その地形を好むパンツが集まりやすい。


 ――ぴょんぴょんぴょんぴょんぴょん!!


 木々の間からパンツの群体が現れ、地面を飛び跳ねながらアキに押し寄せる。可愛らしいウサギの絵が描かれた女児向けパンツ……「うさぎさんパンツ」の群れだ!

 猛スピードでアキに到達したうさぎさんは、コミカルな動きで次々に飛びかかった。アキはなすすべなく押し倒され地面に転がる。顔面に多数のパンツが群がる!


「うーん、メルヘンっていうよりは虫にたかられてるみたいな気分だわ」


 どこか間の抜けた声がパンツに埋もれた顔から漏れ聞こえた。アキは抵抗らしい抵抗すらせず微動だにしない。その姿はまるで、ハイエナに貪られる死体がごとし。


「これが可愛い……ねえ。瑠璃るりさんの考える事はよくわかんないや。ずずっ」


 しかしそのまま数秒が過ぎても、アキは平然と喋り続けた。

 理性を保っている。香りを吸引している様子もない。

 幼い少女特有のあどけない香りをもつ、うさぎさんの攻撃が通用していない!


 これは、彼女の『特異体質』が可能とする絶対防御であった。

 下着屋パンター、アキ――彼女は鼻炎なのだ!!


 無意味な顔面への攻撃を一辺倒に続けるうさぎさんパンツたち。それを……今度はアキの「武器」が容赦なく襲った。


「「バウバウ! ガウーーッ!」」


 犬!


 二頭の犬がアキに飛びかかり、パンツだけを器用に食い散らかした。


 獲物を探したり、”勝負パンツ”を吸引するためにも本来、下着屋パンターにとって鋭敏な嗅覚は欠かせない能力のひとつだ。普通に武器を持ってパンツ相手に立ち回るなら、鼻炎である事は盲目に等しい不利とされている。


 そこで犬である。己の嗅覚が使えないアキは、下着屋パンターとしての嗅覚を、この二匹の愛犬「シンシ」と「シュクジョ」に任せている。

 アキは体をまともに動かす事すらせず、群れるウサギに身を任せ、それを犬に食わせ続けた。雑魚が相手ならば、これで足りる。本人は寝ているだけでいい。


「私にできるのは……ずびっ。兎狩りくらいですから。任せましたよ。『上』はちょっと、立ち入れないです」


 そう言ってアキは斜面の上を見た。


 ズーン……。ズズ……ーン……。


 林道の先からは断続的な地響きが聞こえてくる。土煙が立ち込め、中で何が起きているのかは計り知れない。


 果たして黄土色の粉塵の向こう側では、全く種類の違う戦闘が繰り広げられていた。

 パンツが二枚、力任せに暴れている。熊の絵がプリントされた、恐るべき女児向けパンツが大地を叩き、抉る。


 二頭の熊は獲物を探すようにその場を周回する。その近くには、力を失った一枚のパンツが横たわっていた。熊パンツ達は仲間を殺された怒りで興奮し、いきり立っているのだ。

 しかし彼らは怒りを向けるべき先を見つけられずにいた。横たわるパンツの中心には、一本の矢。その出所がわからない。


「――よし、いい子だ」


 やや離れた樹上に、熊たちを見下ろし目を細める下着屋パンターがいた。


 まだ幼い少女である。小学生のような細く未発達な肢体を、フリルがふんだんにあしらわれた赤いロリータ服で着飾っている。まるで森の中に現れたお姫様のようだった。細くやわらかい栗色の髪は大きなリボンでポニーテールにまとめられている。この髪型には、理由がある。


 少女は背中の矢筒から一本の矢を取り、弓につがえた。弓道をたしなむ者は、長い髪が邪魔にならないよう結ぶものである。弓を目標地点に向けながら、少女は小さな舌をなめずった。


「そのまま、そのまま……」


 その時。熊の片方が近くの木に体当たりをした。強烈な衝突音とともに幹がへし折れ、メキメキと音を立てながら傾く。少女の視線は遮られた。倒れゆく木の幹によって、狙いのパンツの姿が完全に隠れた。


 そのタイミングで、少女は矢から指を離した。


 矢が放たれた。凄まじい速度で、矢は森林の枝葉の間をくぐり抜けていく。そのまま真正面に、狙いを遮る木の幹が。矢は進み、幹は倒れゆき、矢じりが到達する寸前で、幹が矢よりも下に。道が開き、その先に再びパンツの姿。


 スパン、と小気味よい命中音。矢が地面に突き立ち、そこには熊パンツが縫い止められていた。遅れて、折れた樹木が完全に倒れる。地響きとともに土煙があがった。


「よし、いい子」


 少女は平時同様の笑みでほころんだ。それだけでも、深い森に花が咲いたようだ。

 あの程度の障害であれば問題にはならない。弓一本で業界三位にまで上り詰めた『熊狩り』の瑠璃にとっては。


 他のパンツには目もくれず「熊」のみを狙う妄執的な姿勢は業界でも恐れられている。「熊」は脅威度が高いため一枚あたりの賞金が高く、彼女はあっという間にランキングを駆け上がった。


 彼女はなぜ熊パンツだけを狙うのか? それは可愛いものが好きだからだ。


 キャラクター、どうぶつ、お菓子、ヒラヒラした服、さらには自分より年下の女の子。瑠璃は十二歳だが、小学校で低学年の教室に顔を出し、一、二年生にすり寄っては「年増うざい」と追い返されるような女である。


「かわいい、かわいい」


 少女は笑う。

 一秒。二秒。三秒目で瑠璃は真顔に戻った。

 今までと違う音色の地響きが近づいていた。


 ド


 ド ド


 ドド ドドドドド ドドドドドドドドド


 瑠璃は背後を振り向いた。猛然としたスピードで、こちらに迫りくる存在がある。木々生い茂るこの森の中を、一直線に。行く手を阻む樹木をなぎ倒しながら!


 いったい、いかなる者ならば生身でそれが可能だろうか。


 猛牛か? 猪か?


 ――否! それはパンツ!



 * * *



「……私は、次に行く」


 マイクロビキニを倒した小春が、それだけを言い残してフラリと去ろうとしたので明日香は大いに慌てた。


「っちょー! ちょっ、師匠! 服! 服は! 次? 服は!?」


 小春は上半身が裸のままだ。

 胸元を手で押さえただけの状態で、どこへ行くつもりか。


 小春の瞳はやや濁り、焦点は目の前の明日香に合っていないようにも見えた。『享楽者』を相手に感じた不快感と、ぶり返した憎しみが形のない焦燥感を生み出し、小春を動かしていた。 彼女は遠くを見ながら呟いた。


「ここには、お姉ちゃんがいなかった」


 言いながら小春は既に歩き出していた。

 明日香は小春の根本的な目的を思い出した。異常なまでに執着している、姉のパンツ。彼女にとってミッション自体の成否などは付随するオマケにすぎない。


 パンツを倒さなければ。そして姉を探さなければ。「次」とは、市内の別のパンツコロニーだ。あと二つ存在すると、最初のミーティングで聞いた覚えがある。ここからなら歩林戸ぷりんと山が近い。


「……オーケーオーケー!」


 二秒ほどでそこまでを察し、明日香は小春の肩を掴んだ。このままでは……トップレスJKのぶらり痴女散歩によって、山に到着する前に昼間から補導者が出る! 新聞にもたぶん載る!


「五分ください! 服、買ってくるっスから! いいですか! 五分待つっスよ!」


 明日香は小春を正面に向き直らせ、五本の指を強調して見せた。

 小春は無言。しかし、歩みを止めた。明日香はそれを肯定と解釈した。


「……わ、私の」


 すると背後から、か細い声。

 下半身に明日香のセーラー服を巻いた格好のツバキだ。地上のパンツを掃討し終えると同時にへたり込み、一歩も動けていない。


 彼女の頬は朱に染まり、長い睫毛を伏せて恥ずかしげに俯く。緊張した息遣いでわずかに肩を上下させ、戦闘後の肌は汗でしっとりと濡れそぼり、全身の肌色を艶めかせる。美しい背中のラインが、呼吸のたびに震えている。


 恥辱の対布忍ツバキ、その下半身に巻かれたセーラー服の下は無論ノーパンである。彼女が所持している衣類は、戦闘用の”勝負パンツ”のみ。だがそれを着用すれば、パンツからは元の持ち主の特性が失われ、”勝負パンツ”としては使い物にならなくなってしまう。


 パンツなのに、穿くことができない!


 パンツなら持ってるのに!


 パンツなのに!!


「私の、服も…………ッ」


 裸身を晒す羞恥心と、先程まで馬鹿にしていたルーキーに頼まねばならない屈辱。怒りと情けなさで目の端に涙が溜まっていく。様々な感情に胸の内をかき回され、彼女はそれだけ口にするのがやっとだった。


 明日香はそれを見下ろし少しの間、優越感に浸るようにニヤニヤと眺めた。彼女はツバキの声には特に何も答えず、


 わざとらしいくらい、そっけなく小春の方を振り返り、


「師匠!」


 やれやれ、とため息をつき、両手の指を小春に見せた。


「やっぱ十分じゅっぷんで!」



 * * *

 


 樹上を飛び渡りながら『熊狩り』の瑠璃は”勝負パンツ”を装着した。追い詰められてから切り札を使うのでは遅すぎる。下着屋パンターの常識である。人とパンツは支配するか支配されるか。劣勢に立てば、待つのは無慈悲な廃人化だ。


 パンツにクリーンな戦いを期待するなど馬鹿げた話。そもそも害獣パンツは人の使い古し。一枚残らずダーティ! 当然、瑠璃はそれを理解している。


 幼い彼女の顔にもフィットする小さなパンツ。柄は、当然クマである。

 そこから得られる能力は……「知覚の拡張」。


 人間は幼い頃に持っていた感覚を、成長とともに捨ててしまう。例えば、一定以上の音域の高音は幼少期を過ぎれば聞こえなくなる。さらには霊感や第六感といったものすら、幼い子供には備わっていると言われているのである。


 この小さなクマさんパンツの持ち主が持っていたような超知覚を、自身にインストールする。瑠璃の口の端がニヤニヤと持ち上がる。果たして……このパンツは誰のものなのか? 持ち主は何歳だというのか!?


 背中の矢筒から矢を引き抜き弓につがえる。視線の先は、森の中を突き進む新手のパンツだ。その間にも瑠璃は風を感じ、足元を見る事すらせず枝の上を飛び回る。突き進む敵から、常に一定の距離を保って立ち回る必要がある。


 枝を蹴る。音が、匂いが、空気の流れすらも目に見えるようだ。都会にほど近いこの山は、携帯キャリア各社の電波もずいぶん飛んでいるようで煩わしい。浮遊霊と目が合う。瑠璃は左方向へ狙いもつけずに速射した。


 矢が突き立ち、元から暴れていた熊パンツの残り一枚を仕留めた。


 索敵も観測も必要ない。音が、風が、匂いが、さらにはパンツ自身の放つ殺気が位置を教えてくれる。今の瑠璃は単体で完成した狙撃手スナイパーだ。


 残るは、新手一枚。その殺気がどこへ向けられているか、見るまでもない。


 まっすぐ、こちらだ。


 大口径のレーザー光線を当てられているかのような、痛いほどの熱を感じる。とはいえ、飛行が苦手な熊パンツは樹上の瑠璃に接近できはしないのだが――


 じわり。体に感じる熱が強まった。汗の量がおかしい。知らぬ間に、腕に鳥肌が立っている。鼓動が先ほどまでよりも速い。あの一枚の、たった一枚の布切れが放つ殺気が、そうさせたのか?


 嫌な予感が沸き起こり、胃の中に重い塊が生じた。強化知覚による第六感が何かを告げている。経験上、この直感は、ほとんど予知にも近い的中率がある。


 敵に追いつかれる気はしない。今も十分に距離はある。だが、長期戦をすべきではない。彼女はそう判断した。

 その瞬間には既に、敵に向け十本の矢を放っていた。


 研ぎ澄まされた指先の感覚は矢の感触を精密にとらえ、ナノ単位での狙いの調整と、マイクロ秒単位での着弾タイミング調整を可能とする。もはや命中は約束されていた。連射を終え、次の枝に着地した直後、少女は強烈な吐き気に襲われ膝を着いた。第六感が危険を知らせている。これは警鐘だ!


「う…………ッ。え…………?」


 矢が放たれた時、敵は体当たりでまた一本の木を倒したところだった。そこへ十本の矢が飛来した。パンツは直前に倒した木の幹にぺたりと張り付いた。そして。


 そのまま丸太を持ち上げ、真横にスイングした。


 全ての矢が薙ぎ払われた。


 高さも太さもある樹木である。射程は体当たりの比ではない。それを瑠璃は読み誤っていた。バットのごとく振り回された丸太に、範囲内の木々は巻き込まれた。彼女が足場としていた枝も例外ではなかった。


 空中に投げ出された少女を、割れるような頭痛が襲った。これも予知だった。明確な敗北の未来を、この時点で瑠璃は知らされてしまった。風も音も匂いも、まだ見えている。見えたところでどうにもできない、という事実もまた……よく見える。


「あ…………ッ! あ……うあ……!」


 背中から地面に叩きつけられる。か細い身体には重すぎる衝撃が走る。”勝負パンツ”が顔から外れ、ロリータ服が土にまみれた。涙が止まらず、頬を、服を、地面を濡らし続ける。強化知覚は収まったが、もう遅い。彼女は既に知覚してしまっていた。「死」そのものの気配を。


 丸太を持った敵が、こちらを向く。そのパンツにプリントされた熊と……目が合った気がした。


「ひ…………っいい…………っ」


 到底、十二歳の少女に耐えられるものではない。パンツが相手では許しを乞う事もできない。人とパンツは支配するか――支配されるか。


 いったいどうして。木々を倒すまではわかる。だが、丸太をとみなして使用するなんて。そのようなパンツが存在するなど聞いた事もない。瑠璃は確かに一流だが、熊と戦う猟師が、熊が丸太を振り回す事までを想定に入れて戦うだろうか?




 ――個々のパンツの特性は、先天的に備わっているものではない。むしろ周囲の影響を強く受ける。


 ――攻撃的な動物として扱えば、より攻撃的になる。おそらくは……逆もまた然り。




 研究所を脱走したパンツの存在は公にこそ知られていないが、業界では密かに噂されていた。

 熊のパンツが、研究所を破壊し尽くしたらしい。鉄格子をすらへし折る力を持つらしい。鉄骨をもへし折る力を持つらしい。鉄塊をすら砕く力を持つらしい。

 研究者の予想を、上回ったらしい。研究者も驚く意外な行動を取ったらしい。研究者を驚かせるほどの……知性を持つらしい。


 噂には尾ひれがつき、拡大し、結果としてそれがこのパンツを成長させた。皮肉にも、下着屋パンター達が育ててしまったのだ。

 各地で一般人や、時には下着屋パンターをもその手にかけてきたこのパンツは、下着同盟アンダー・グラウンドの目に留まり、満場一致で迎えられた。


 至高アメイジング四枚スクエアの一角、『人造の獣王』として!


 もはや瑠璃は震えて横たわる事しかできない。彼女もまた、この熊との対決を楽しみに噂を拡散させた事があった。このような因果を予測できよう筈もない。少女は己が下着屋パンターである事すら忘れ、一個の生物として死を前にただ、ただ怯えた。


 『獣王』が丸太を持ったまま近づいた。そのまま、熊は真横を向いた。林道の方角。斜面の下の方角。遠く、武器を持ち、駆けてくる人間のいる方角を。


「……っあああああああああああ!」


 身の丈の倍ほどもある槍を構えた長身の美女が全力で走る。そして美女の背には、斧を持った少女が、しがみついている。

 二人は上はTシャツ、下は制服のスカートという変わったペアルックで、文化祭か何かのような出で立ちだった。


「ああああああああ! ッしゃアアアアアアアアイ!!」


 気合いの乗った叫びとともに、槍使い……明日香は地面に槍を突き立てた。彼女の槍はジョイント機構が備わっており、二本で連結が可能である。そのまま棒高跳びの要領で、大地を蹴る!

 槍の柄がしなり、身体が浮く。Tシャツに書かれた『弟子』の筆文字が鮮やかだ。明日香は跳んだ。斧使いの少女、小春を背負ったまま高く、高く!


 小春はそこから腕を離し、明日香の肩を蹴ってさらに飛んだ。こちらのTシャツには『師匠』の文字だ。

 高く、そして遠くへ。ひと飛びに、持ち上げられた丸太の見える方角へ向かう。すると、丸太が動いた。


 丸太を構えた『獣王』は、新たな敵の接近に反応した。そしてそれを容赦なく撃墜すべく、再び丸太を振りかざし。勢いをつけて、投擲! 当然、射程は丸太を振り回す比ではない。パンツの戦法は接近のみという時代は終わった!


 重量感のある大木そのものが武器となって小春に迫る。小春は己の得物を両手で持ち、大上段に振りかぶった。そう。そうである。人類よ、忘れてはいなかっただろうか。人は丸太に抗える! 思い出してほしい。


「……あああ……」


 斧とは、本来――何をするための道具だったか!!


「ああああああああああああッ!!」


 戦士の雄叫びが響く。小春は全力で斧を振り下ろした。彼女の『重刃ヘヴィブレイド』は、大木の腹を一直線に両断した。二つに分かれた丸太が左右に落ち、盛大な土煙をあげる!


 そのまま小春は敵へ向け落下した。丸太を失った『獣王』を直接叩くべく。その目には殺意の炎が宿っていた。斧を再び振りかぶる。地面が近づく。さしもの獣王も驚愕したようで反応が遅れる。そして斧が振り下ろされ――

 熊パンツに命中する寸前で止まった。小春は肘に違和感を感じた。


 一枚のパンツが、小春の右肘を引っ張っている。


「……すまんなお嬢ちゃん。そこまでにしてもらおうか」


 着地した小春は弾かれたように周囲を見渡した。大人の女性とおぼしき声がする。人影はない。


「この子も大事な仲間なんでね。さ、さっさとお逃げ」


 熊パンツを逃がそうとする声。方角は……右横。右を見る。肘を封じられている右を。


「おお、お嬢ちゃん、恐いカオするねえ。もっと可愛い顔できるんじゃないの? そこのイラストの熊さんみたいにね?」


 見え透いた挑発。小春は怒りを覚えたが、口も手も出なかった。それ以上の驚愕に心中を塗りつぶされていた。


「スマーーーイル」


 その声は、どう見ても、目の前のパンツから発されている。

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