マイペース系幼馴染 3
※長文注意
16時30分を少し過ぎた頃。
少し遅い昼食の後、再び全力でアトラクションを楽しんで、再び例のお化け屋敷に挑戦して、やっぱりまた情けない悲鳴を上げて。
そろそろ帰ろうかと決まったので、さっきの約束どおり観覧車へ向かう。
気づいてみれば、既に空は橙色に染まっていた。
「あ、どうぞー」
係員の誘導に従い、やはり誰も並んでいない観覧車に、片思いの相手と二人きりで乗り込む。
****
「あぁー……疲れた」
「おまけに朝早くに起こされたせいで眠い」
「むう、まだ言うか」
「楽しかったから良いけどさ」
「なら良し」
そうだ、楽しかったのだ。
どれだけ振り回されても、どれだけ睡眠を妨害されても、どれだけ小馬鹿にされようと_______。
こいつと一緒に居ると、それだけで楽しいんだ。
一緒に居ると、それだけで無駄な時間なんて無くなるんだ。
「あの、さ……」
話しかけられた。
ただ、それだけだ。
いつも通りだ。
だけど、何でこんなにドキリとした?
「なんだよ?」
あぁ、そうだ。
長年の感が告げている。こいつ、今から何かとんでもない事を言おうとしているんだ。
「好きな人、居ないんだよね?」
「……そうだな」
「……そっか」
…………気まずい沈黙。
俺達の乗ったゴンドラは頂上まで行き付くのにはまだ時間がかかりそうだ。
お互いに何かを言い出そうとして言い出せない、声帯を中途半端に震わせた呼吸を繰り返す。
「あ、」
けれど彼女は、うっかり声帯に吐息をひっかけてしまったようで
「……なんでもない」
だけどその勢いに任せられる程、コトは簡単じゃなくて。
「あぁ」
喉元まで言いたい事が出かけてる彼女に対して俺は、自分の初恋を脳内の生体電流のままに留め続けていて。
恐らく、この思いを打ち明ければ彼女はきっと首を縦に振ってくれるはずだ。
我ながら気持ち悪いと思うが、それでもそう思ってしまうのだ。
そして絶対に。彼女が俺に好意を伝えてきてくれたなら。
俺は一も無く二も無く、それを受け入れるだろう。
言い出せない原因は、足りない勇気と、現状への満足。
彼女への告白を考えた時に、「いや、このままで良い」という結論に、まるで刷り込みの様に行き着くのだ。
「あの、ね……実は」
唐突に向かいから発せられた震えた声に、驚いて顔を上げる。
気がつくと、もうすぐ頂上だった。
「実は……私」
「……おう」
鼓動が早く、強く、鳴り響く。
何故か汗が出てきてしまうような、冷や水をかけられたような、そんな感覚に襲われる。
「告白、されたの」
そして、全ての感覚が無になった。
「マジで?誰によ?」
予想外の最悪の出来事だというのに、案外冷静に答えてる自分がいた。
しかし、その感覚は違和感しかない。
その声が、自分の口から出ている様な感じがしない。
脳内で浮かんだ文字列を、誰かが言葉にしているような、そんな感覚。
「知らない。多分、ナンパって奴なのかな。二年生の人。帰ろうとしたら、いきなり。」
「……どうすんのさ」
「どうしようかなって」
やめろ。やめてくれ。
頼むから悩まずに断ってくれ。
なら、そう伝えれば良いだろう。
そんな簡単な事さえ出来なかったから、こんな事になったんだろう。
なら、そしたら、やる事は一つだ。
ほんの少しだけ勇気を出して、ほんの少しの言葉を口にすれば良い。
「あの
「えっとね」
しかし、俺の勇気は彼女の静かな一言に遮られる。
「……どうした?」
そして俺は、あっけなく発言権を譲ってしまうのであった。
「じゃあ、私から。……告白された時ね、やっぱり嬉しかったの。私もそういう人生のイベントがあるんだって思って」
「……あぁ」
「だけど、デートしたり、手をつないだり、…………キスしたり、…………セッ……それ以上の事だったり。そういうのを考えてみたらね」
「…………うん」
「どうしても、……あ、名前聞いてないや。告白してきた先輩は一度も浮かんでこなくて、いつも私の相手はあなただったの」
「えっ?」
待ってくれ。それじゃ、まるで______。
「それで、やっぱり、君の事が好きなんだって思ったの。だから……だから、好きな人がいないなら_____」
そこで彼女は一つ大きく息を吸った。
「____私の片思いを受け入れてほしい」
その瞬間にこみ上げて来たのは、罪悪感だった。10年分の隠し事が、とうとう悪に変貌したのだ。
その言葉は、俺から言わなければならなかったのだ。
俺が、安っぽいプライドを言い訳にしていつまでもいつまでも逃げ続けているから、その言葉を彼女に言わせてしまったのだ。
もう、その真実から目を背ける事は出来ない。
拒絶するという選択肢も無い。
ならば、せめて、その罪を清算しなければ。
「ゴメン、俺、一つだけお前に隠し事してた」
「えっ?…………やっぱり、好きな人、いるの……?」
「……まぁ、そうなるな」
彼女の顔が、悲しみの色を露わにする。
いつも無表情で、何を考えてるのか分からないような彼女だけど、これほど分かりやすく表情と感情が一体化している。
あぁ、やっぱり俺の事を好きでいてくれているんだ。
卑怯にも、そんな事を思ってしまう。
だけど、今は、少し我慢してくれ。
俺は、俺は________。
「好きだ。お前が好きだ」
「えっ?」
まさしく豆鉄砲でも食らったように、キョトンとした顔になる。
「ずっと好きだった。……勇気が無くて言い出せなかったけど」
「そんな、そんなの……ズルイよ……」
とうとう彼女の声は震え出してきて、目には涙が溢れていた。
彼女を泣かせてしまったのは、俺の罪だ。もしもこの恋を、俺から始めていたなら、彼女はこんなに傷付きはしなかっただろう。
だけど、それでも、最高の結果は逃がしてしまったけれど、ここでこの告白を止める事は最悪の結果になる。
だから俺は言うんだ。
「……こんなズルイ俺だけどさ…………両想いになってくれるか?」
沈黙。もしくは、すすり泣く声と涙を拭う衣擦れの音。ふと気付けば、観覧車の頂上はとっくに過ぎていた。
「うん、いいよ……ぐすっ……私ど、私と、付き合って……うっ……ください」
すすり泣きはいつからか号泣になっていて、涙にまみれた瞳を、それでも確かに俺の目に向けてきて。
その姿が、あんまりにも可愛くて。愛しくて。
思わずその隣に移動して、抱きしめていた。
彼女は抵抗せずにただ抱きしめられていた。
肩に回した手からは、彼女の柔らかさと、温かさと、その奥の細い骨の固さと、泣いているが故の震えが。寄せた頬からは柔らかな髪の感触が伝わってきた。
不意に、彼女の頭が動いたので、何事かと思って顔を離して見ると、彼女と目が合った。
そこから先は、言葉は要らなかった。
その目を見ただけで、彼女の望みは分かった。
だから俺は、顔を近づけて、そしたらやっぱり彼女も顔を近づけてきたから。
俺は彼女に、キスをした。
人生初めてのキスは、ただただ唇を重ね合わせるだけのもので、激しく口内をまさぐりあったりするような事は無かったが、16歳の初恋にはこれくらいが丁度良いだろう。
彼女の身体を抱きしめて、目を合わせながらキスをして、吐息が二人の間でぶつかって。
俺はこの状況を、自然なものとして受け入れていた。なるべくしてこうなったかのような安心感がある。あぁ、今はそんな小難しい事はどうでも良いか。だってこんなにも幸せなのだから。
しかし、その幸せな時間も、もうすぐ終わる。
観覧車はもう、一周してしまうのだ。
身を離すと、やはり彼女も察してくれたようで、不自然ではない距離まで体を引いて、泣き顔を整えた。
そして手をつないで、立ち上がって、係員の声に従って観覧車を降りた。
****
夕暮れの遊園地は、それまでの疲れと、最後の活気と、そして「今日」が終わってしまう寂しさで溢れていた。
でも、大丈夫。まだ五月なのだ。これから、夏休みがある、冬休みもある。それにきっと、来年もまた。
だから、また思い出は作れるし、もっと遊ぶこともできる。
「ねぇ」
隣を歩く幼馴染が、繋いだ手を引っ張ってくる。
「どうした?」
「明日と明後日も……一緒にいようね」
「あぁ、もちろん」
そう返事をして俺たちは、ゆっくりと家路に着いたのだった。
<マイペース系幼馴染 完 >
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