第3話 襲撃と脱出

『各人散開し、目標の始末に移れ。勿論データの削除、もしくは破壊も忘れるな』


「「「了解」」」


 真っ黒な衣服、軍用の装甲ベストとヘルメットにバラクラバ。

 手にはレーザーサイト装備のMP5SD2。

 腰のホルスターにはM9A3。

 ホルスターの反対側には閃光手榴弾と赤燐手榴弾がそれぞれ二つずつ。

 左胸には緊急用であろう大振りのナイフが装備されていた。

 この上ない万全の状態で三人は目標の排除に移っていた。


「このフロアに重要人物の住居があると」


「ああ。ソイツは殺すか捕縛したのち記憶消去処理するそうだ」


「記憶消去処理…良い噂は聞きませんが」


「初期の装置は不完全な消去だったらしい。フラッシュバックが起こりやすく、初期型の装置を使った犯罪者の再犯率も高かった」


「だが今は99.6%完全消去可能になっていると聞く。…さあ仕事に集中しろ」


「分かりましたよ、アルファ」


 三人はJSF…"日本特殊部隊"の隊員たちだった。

 凶悪犯罪者やテロリスト…ひいては能力者に対して有効な戦闘を行えるよう訓練を積んだ人間だ。

 勿論彼らは能力者ではなく一般人であり、特殊な能力があるわけでもない。

 しかしナノマシン通信による情報伝達の潤滑化と戦闘CPUと衛星による有効戦術の提案と生命探知により並の人間…いや、能力に絶対的な自信を有している能力者相手でも優位に戦況を運ぶことが出来た。

 しかし今回は…嫌な予感がする。


「はっ!?」


「どうした、ブラボー」


「…向かいの廊下…何かいる!デカブツだ!」


「何っ!」


 三人はMP5を構え、一斉射撃の態勢を整えた。

 ロの字型になったマンションの廊下の向かい側からゆっくりとそのデカブツが姿を現した。

 手にM134ミニガンを携えたジャガーノートが一人。


「…おいおいおい、デカブツってより化け物じゃねーか」


 ジャガーノートはこちらにミニガンの銃口を向けた。

 銃身がクゥゥンと空転する。


「避けろ!銃弾にズタズタに引き裂かれるぞ!」


 チャーリーが叫んだすぐ後ミニガンの弾幕が展開された。

 凄まじい勢いで放たれる銃弾の雨に中庭と廊下を隔てるガラス窓は粉砕され、壁紙は弾け飛び、床の絨毯はボロボロになった。

 それでもなおジャガーノートの銃撃は納まらない。


「畜生!こんな運の悪い日だなんてな!」


「どうする!?あんな化け物相手に戦えると思うか、チャーリー!?」


「戦えても絶対勝てる訳ないでしょうが!」


 三人は銃弾の雨を凌ぎながら会話する。

 3対1の数の有利をヤツは圧倒的な防御と攻撃によって覆した。


「しかし何処から調達したんだあんなモン!?ジャガーノートにM134ミニガンだぞ!総重量100キロは超えてる!日本国内で流通してる記録なんてあったか!?」


「ある訳ないでしょうよ!そんなもんあったとしても使えるのはJSFかトクゼロの奴らだけでしょう!」


 警察特殊能力者部隊ゼロ課――通称"トクゼロ"はJSFと並んで優良な装備を支給されている。

 JSFと違うのは常に能力者との戦闘の最前線に立つ部隊であり、能力者に対抗するための能力者を数多く擁していることだろうか。


「…つまり何か?俺たちはトクゼロの奴と対峙してるってことか?」


「しかも相手は敵意をもってこっちを撃ってきてる。…オペレーター!聞こえるか、おいッ!」


『聞いてますから怒鳴らないで下さいよ!』


「トクゼロに繋いで実働してる部隊の情報を寄越せと言ってくれ!」


『既にやりましたけど実働してる部隊員のうちミニガンとジャガーノートを持ち出した人間は居ないそうです』


「キチンと信用性のある情報なんだろうなソレ!?」


『トクゼロの武装管理人に聞きましたからまず間違いは無いはずです!』


「ええい、つまりあの化け物の装備は個人で手に入れたものって事かよ!」


 ―――――――――――――――――――――――――――――――――


(やっぱり突入部隊がいたか…)


 "見せかけのジャガーノート"の後ろで瀬宮は一人考える。

 コイツは見せかけだけのハリボテで、携帯性は高いが防御能力に関しては本来の3割程度しか備えていない。

 だがコイツと真正面から対峙したくないという心理的な印象を与えることを考えればこれで正解だろう。

 ミニガンに関しては本物だ。

 そしてこれを動かしているのは作業用のロボット。

 ロボットとはいえ人間より格段に筋力はある。

 ただ単に銃撃し続ければいいだけなのでロボット任せで十分だ。


『瀬宮、聞こえる?』


「聞こえるぜ天樹。どうだ、データの移送は?」


『何とか滞りなく。一応ノートパソコンと脳内ストレージにコピーしてるわ。今パソコンにコピーしてる』


「脳内ストレージに移送はし終わったのか?」


『ええ。もう動いても大丈夫よ』


「ただ…おそらく動けば見つかるだろう。ギリギリまで耐える」


『オッケー…もうちょっと…よし…移送完了!動けるわよ!』


「よし、急ぐぞ」


 ジャガーノートのミニガンの残弾を確認する。

 …あと30秒ってところか。

 急いでその場から抜け出し、天樹の部屋に戻る。


「天樹!」


「いつでも動けるわよ!」


「よし、出るぞ!」


 天樹の身体を小脇に抱えて開いた窓から飛び降りる。


「ちょっ!?きゃああああぁっ!!」


 着地したセダンの天井がメシャリと凹む。

 天樹を両腕で抱きかかえてリニア駅に走り込む。

 改札を飛び越えリニア車両に走り込んでエンジンモーターを起動させる。


「よーし、とっととオサラバだ」


 後を追って数名の銃を持った特殊部隊員らしき人間が発砲してきたが、リニアの窓が割られる程度で済んだ。

 出力を上げてリニア駅から出発する。

 付いてくる影は無い。


「…ふう。何とかなったか」


「とんでもない脱出劇だったわ…まさか飛び降りるなんて思いもしなかった」


「まああれぐらいしか方法は無かった。馬鹿正直に玄関から出る訳にもいかなかったしな」


「で、次のお仕事に向かうの?」


「そのつもりなんだが――そうもいかんようだ」


 後部車両の扉がガラリと開いて女性が姿を現した。

 右手にはMk.23、左手にはサバイバルナイフ。


「何時忍び込んでた?」


「あなたがマンションに飛び込んでからすぐ。長距離移動手段はこれしかなさそうだったし」


「なるほど。…一人だけか?」


「そうよ」


「なら名前も聞いておこうか」


風鴎カザカスミレ。あなた達二人を始末しに来た」


「…なるほど。天樹、運転室に行ってろ」


「分かったわ」


 天樹は一人運転室に向かった。


「…彼女だけでも無事でいさせようって魂胆?」


「跳弾が怖いだけだ」


「便利屋にしては、って感じね」


「んじゃおっ始めようか」


 瀬宮もナイフと自動拳銃を抜く。


「後悔しても知らないわよ?」


「その台詞、そっくりそのままお返しするぜ」


 瀬宮とスミレは一足で互いの距離を詰めるとナイフでの攻撃に移った。

 ギシギシと刃が擦れ、小さく火花が散る。

 女性のスミレだが、瀬宮との力比べは負けていない。


「ふっ!」


 瀬宮がまず動く。

 左のナイフを使ってスミレのナイフを跳ね上げる。

 がら空きの胴に向かって銃弾を一発。

 スミレは身体をよじって銃弾を回避すると回転の勢いを付けたナイフを投げる。

 瀬宮が銃身でナイフを弾くとナイフは天井に突き刺さった。

 隙を突いてスミレは接近戦に持ち込む。

 銃口を瀬宮の顔面に突きつけるが瀬宮は発砲する前に自分の拳銃でスミレの銃身を押しのけて避ける。

 発砲したスミレの銃は天井に穴を空けた。


「まだっ!」


 スミレは致命傷を狙って銃口を突きつけるが瀬宮は銃身を押しのけて避ける。

 ガチガチと銃身がぶつかり合う音が響く。

 一種のガンカタだ。

 時々銃声が響くが、互いに傷を負わないまましばらく経った。


「甘いな」


「くっ!?」


 瀬宮の鋭い左の蹴撃がスミレの銃を弾き飛ばす。

 ガン、と扉に叩き付けられた銃は座席の下に転がった。

 瀬宮はスミレに銃口を突きつける。


「くっ…」


 スミレは悔し気に唇を噛みしめた。


「スミレ、言い残すことは?」


「無い。しいて言えば任務を失敗した責任は自分でとる、とだけか」


「…では責任とってもらおう。オサラバだ」


 リニアが少し揺れた。

 そして静かに構えられた瀬宮の拳銃が火を吹いた…

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GAME 山茶花 @sakura0713

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