第2話 黒箱の情報
「――で、何か言い残すことはあるか?」
「い、嫌だ…死にたくないっ!」
「それだけか?んじゃ死ね」
瀬宮は暴徒のリーダーの首を刎ね飛ばす。
首が宙を舞い、切断面からは血が噴き出した。
遺体を邪魔そうに蹴飛ばし車体の制御システムを弄る。
「…しかしまあ、よくもこれだけ集めたもんだ。ざっと五十人くらいか?」
リニア駅の構内にいた暴徒―もとい参加者は全員死んでいた。
彼らは侵入者である瀬宮に刃を向け、返り討ちにあった。
心臓を一突きされた者、体中に鉛玉を撃ち込まれた者、多数の切り傷を負い失血死した者、背骨を粉々に砕かれた者…様々である。
「――これで、よしっと」
リニアの再起動もOK。
これで『アマギ ユウ』の始末にも向かえるだろう。
運転席に乗り込み、液晶パネルを操作する。
目標の駅を設定しオート操作に切り替える。
「ひと息つけそうだな…」
運転席にドッカリと座り、リニアの進行方向をボンヤリと眺める。
(しかしアレだな…よくよく考えてみれば、女性のターゲットは初めてじゃないか?)
…瀬宮が便利屋として始末してきた者は全て男性だった。
女性ターゲットの始末は今回が初めてである。
(…まあ大丈夫だろう。いつも通り仕事をこなすだけだ。たとえ大会だろうとも…)
―――――――――――――――――――――――――――――――――
文京区のリニア駅には人気が無かった。
ただ駅前には死体がゴロゴロと転がっていた。
…ここで大規模な銃撃戦でもあったのだろうか?
だが、瀬宮は一瞬で駅前に漂う殺気に気づいた。
(…銃撃戦があった訳ではない…狙撃だ。全員長距離からの銃弾による射撃で死亡したんだ)
まず第一に死体の場所。
本当に銃撃戦があったのなら、死体はあちこちに転がっているはずだ。
だが死体の位置は全て駅の入り口から近い場所に集中していた。
そして第二に周辺の被害。
銃撃戦があったのなら周辺の壁にも弾痕や薬莢があっておかしくはない。
だが今回はそのような物が一切ない。
…ともすれば、これは確実に狙撃されたとみて間違いない。
(まずは…探らなければ)
相手は人間か、それとも機械か。
構内に設置してあった灰皿からシケモクを一本拝借し、火をつける。
そして駅の外へ投げ捨てる。
途端に銃声が一発鳴り響き、火のついたシケモクの先端をフッ飛ばした。
「熱感知…相手は機械で間違いない、と。狙撃位置は…弾痕から見て向かいのビル。距離は大体2キロってところか…でもって使用している弾丸は知識上では12.7mmぐらいか…?」
「ちょっとー!そこの人ー!」
「ん?」
目線を向けると向かいのビルの入り口に誰かが手を振っている。
声の高さからして女性だ。
髪は暗い茶色、眼の色も同じような暗い茶色、クリーム色のフレームのアンダーリム眼鏡を掛けている。
「そこ、メチャクチャ危ないわよー!どうにかしてココまで避難しなさーい!ここなら射角の外だから安全なのよ!」
「分かってますよー」
赤燐グレネードのピンを引き抜き、狙撃手の視界を塞ぐように予測して投げる。
「風の無い日で助かった」
ボワシュッ、と煙が噴射され辺りを覆った。
急いで駅を飛び出し向かいのビルに転がり込んだ。
「ふいー…何とか、あ痛てっ」
「ちょ、ちょっと。お腹から血が…!」
「…ふーむ、一発食らったか。煙の中に向けて乱射したな?」
「そんなことよりその様子だと弾抜けてないじゃないの!早く取り出さなきゃ…!」
「弾なら自分で抜ける」
傷口を押し広げ、指で弾頭を引き抜いて取り出した。
弾頭のサイズは…12.7mm弾で間違いないだろう。
「やはり12.7mm、入手しやすさを考えるとM82ぐらいか。抜けなかったのは幸いと言うべきかそれとも。…丈夫すぎるのも考え物だな」
「そんなことより治療しないと!こっち来て!」
―――――――――――――――――――――――――――――――――
「――はい、これでオッケー」
「すまんな、迷惑を掛けた」
案内されたのは彼女の部屋だった。
どうもビルではなくマンションだったらしい。
「にしても拳銃に刀なんて、随分物騒ね…やっぱりアナタも参加者なの?」
「合ってるようなそうでないような…」
「何それ。…ああ、自己紹介が遅れたわね。私は天樹 悠。自慢じゃないけどパソコンについては詳しいわよ。アナタは?」
「…瀬宮。瀬宮芦灘。便利屋だ」
便利屋――その言葉を聞いて彼女…天樹は顔を強張らせた。
大体の人間が便利屋を始末屋と思っているからだ。
一応その手の話が多く流れてくるだけで大概の便利屋は断る人間が多いのだが…
「便利屋って…」
「はぁ…全く不幸な日だと思うぞ。それに俺が請け負ったのは犯罪者の始末に加えて、標的は天樹、アンタだ」
「そんな…!まあ確かに日本政府のサーバーをハッキングしたりしたけども」
「…うーむ、その程度で依頼が入るか?」
「え?」
「いや、日本政府がいくら情報を大切にする政府だとしても…それで始末の依頼なんざ出すだろうか?」
「…実際どうなの?」
「少なくとも俺が始末してきたのは殺人事件を繰り返す極悪人や国際テロリストだ。…ただのハッカーをわざわざ便利屋に依頼してまで始末するとは思えない」
「うーん…あっ!」
天樹は何か心当たりがあったのか、パソコンに向かう。
複数のフォルダを開き、目当ての物を見つけた。
「これこれ。最近政府のデータバンクから盗ってきたファイルなんだけど…ブラックボックス化されてるのよねー」
「おい」
「まーまー細かいことは気にしない気にしない!…これが原因だとしたら、私が始末されるのも得心いくわ」
「じゃー得心いった所で仕事を――」
「ちょちょちょちょ!待って頂戴よ!」
天樹は慌てた様子で瀬宮を制する。
…こんなに密着された状態では腰の刀は抜けない。
「気にならない?このファイル」
「…仕事に個人的な感情を持ち込んではならないと学んだが。個人的なことを言えば…気になるが」
「でしょう!?日本政府がわざわざ便利屋に仕事を依頼して始末させようとするほどのデータ。それにこれは私の考えなんだけど」
「?」
「このファイルの存在を知った…芦灘、アナタも始末されるかもしれないわよ?」
「…仕事の契約では今回知り得た情報は秘匿し、"絶対"に口外しないとしている。契約を破った場合は罰金、並びに活動の停止を命令されている」
「だとしてもアナタも人でしょう?"絶対"はあり得ないわ」
「そうだとしたら、何か?俺も始末対象な訳か」
瀬宮は軽い眩暈を覚えた。
まさかとは思うが…一度楠城に確認したほうが良いかもしれない。
仮想ウィンドウを展開し、楠城にコールする。
『どうした、瀬宮』
「…楠城、一つ聞いておきたい。始末対象が追加になったり、今回の仕事を別の便利屋に依頼することはあるか?」
『…何が言いたい?』
「単刀直入に言えば、俺が今回の仕事で始末対象になったか否か聞きたい」
『…ハァ。君に伝えたくはなかったんだが…結論から言えば「YES」だ』
「お前の仕業か、楠城?」
『まさか。俺以外にも便利屋にコネがある奴は政府には多い。少なくとも俺は上から、瀬宮…君を始末するようには言われていない』
「…信じていいんだな?」
『追い詰められてる状況で信じろと言う方が難しいとは思うがね。俺は情報部にも繋がりがある…情報のリークぐらいはしてやれるさ』
「感謝する、楠城」
『そうそう、駅前の狙撃メカだけど…アレ、便利屋の仕業だと聞いてるよ。急いだほうが良さげだ』
「そうか。お前も気を付けてな、楠城」
『互いにな』
会話通信を終了し、天樹の方へ向き直る。
天樹は不安そうな表情でこちらを見ている。
「悪い予感や予想というのは当たりやすいとは聞いていたがな」
「えっ!?…マジ?」
「大マジよ。お前の始末は後回しにする。…鍵を握る重要人物だ。とにかくここからオサラバするぞ。ブラックボックスのデータ移すのにどれくらい掛かる?」
「このサイズなら…大体5分もあれば」
「急いでくれ。何時始末されるか分かったもんじゃない」
その瞬間銃声が響き、マンションの外壁の一部が吹っ飛ぶ。
本能的に天樹の身体を引き寄せて庇う。
銃声は連続的に辺りに響いてくる。
「…チッ。マンションごと俺たちを始末するつもりか?」
「ちょ、ちょっと!どうするのよ!?」
「マンションの外壁は鉄筋コンクリートにモルタル塗り…鉄筋コンクリートの厚さは大体5cmほど。抜けるには時間が掛かる。とにかく急いでデータを保護するんだ」
「わ、分かったわ!」
「…威嚇か、それとも…突っ込んでくる準備かもな」
瀬宮は抜刀し、部屋の外に向かう。
「どうする気なの?」
「外の銃撃が俺たちをここに釘付けにするためなら、突入部隊もいるはずだ。…こっちから向かって殲滅する」
「大丈夫なの?契約は――」
「『任務の障害となる物は全て取り除いて構わない』と依頼者から聞いている」
「…問題なさそうね」
「なるべく急いでくれよ、天樹。俺たちはもう一蓮托生だ」
「分かったわ、瀬宮」
データの移動状態を表す青色のバーは30%程度を表示していた…
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