結婚の報告

「私のお父さん、ちょっと変わり者だけど、気にしないでね」

 リビングのソファーに坐り、お義父さんが来るのを待っている私に、恋人の理子が声をかけた。

 その話を何度も聞かされていた私は浅くうなづいた。


 しばらくすると、騒々しい足音と共に、Tシャツ姿のお義父さんがあらわれた。お義父さんは小柄だったが、体格はがっしりしていた。

「もう、お父さんったら、もうちょっとましな格好をしてきてよ。私たち、正装して来ているんだよ」

 理子はそのように言いながら口を尖らせたが、お義父さんは「まあ、まあ、いいじゃないか」と高笑いをした。

 「もう。しょうがないわね。はい、これ、お土産の泡盛。お父さん、好きだったでしょ?」と理子が包装された酒を手渡すと、「おお、これはすまないな。さっそく、飲もう。君も飲めるくちかい?」と私にたずねてきた。私は「嗜む程度には」と答えたが、その話を聞いているのかいないのか、お義父さんは乱暴に泡盛の包装紙を破きはじめた。

 それから、お義父さんは、庭に通じるリビングの窓を開け、破かれた包装紙を片手に、「やぎきち!」と叫んだ。

 すると、カランコロンと鈴の音を鳴らしながら、一匹の子ヤギがやってきた。

 これには、私以上に理子が驚き、「ヤギなんて飼ってるの。こんな住宅街で? 変な家だと思われるじゃない」と言った。

 それに対して、お義母さんは「前から変な家だと思われているわよ、どうせ。どうしても飼いたかったらしいのよ……」と応じた直後、お義父さんがヤギに紙を食べさせようとしているのを見て、大声を出した。

「あっ。お父さん。ヤギに紙をあげちゃだめって、前も言ったじゃない。運が悪いと天国に行っちゃうのよ」

「ああ、そうだった。悪い悪い」

 そう言いながら、包装紙をヤギから取り上げたお義父さんは、ヤギの頭をなでながら、「君、ヤギはいいぞ。庭の雑草を全部食べてくれるからな。……それに、大地震でも起きたときには、食料にもなる」と私に言った。

 思わず「えっ」と口に出た私に対して、やや間が合ったあと、「冗談さ」とお義父さんはほほ笑んだが、その目は笑っていなかった。


 お義母さんの手料理で泡盛を飲み、場の雰囲気が温まったところで、理子が肘で私を小突いた。

 私は咳を一つし、姿勢を正して、お義父さんをまっすぐ見つめた。

「お義父さん。理子さんと結婚させてください」

 すると、それまで上機嫌だったお義父さんは左手を顎に置き、考え込みはじめた。

「かわいい一人娘だ。そうすんなりと渡すわけにはいかないね。条件がある」

 深刻な顔つきになったお義父さんに、私は一つ息を飲んでから、「条件は何ですか?」とたずねた。

 そうしたところ、お義父さんは立ち上がり、「いまから言う私の質問に答えてほしい。いいかね?」と言って来た。

 何をたずねられるのだろうと思いつつ、私が黙ってうなづくと、お義父さんは、着ていた、黄色い鳥の描かれたTシャツを私に見せ、言った。

「ジャジャン。さて、この鳥は、ワーナーの人気キャラクター、トゥイーティーですが、さて、この鳥は何の鳥でしょうか?」

 見覚えのある鳥は、どう見ても黄色いひよこにしか見えなかったので、私が「ニワトリですか?」と答えたところ、お義父さんは、大きくばってんをつくり、「ブブー、正解はカナリアでした。残念ですが、娘はやれません」と言った。

 それに対して、私よりも理子が怒りだし、「お父さん、冗談はやめて」と怒鳴った。

「冗談ではありません。でも、理子に免じて、もう一問、チャンスをあげます。やりたいですか?」

 問われた私は大きくうなづいた。

「今回はチャンス問題です。正解が出るまで、五分間、何度でもお答えください。それでは、問題」

 そのように言うと、お義父さんは腕時計の盤面を私に見せた。

「ジャジャン。さて、この時計には、私の大好きなスヌーピーが描かれていますが、このスヌーピーのとなりにいる、彼の親友の名前は……」

「ウッドストック!」

「で・す・が、彼は何の鳥でしょう?」

 また、黄色い鳥の種類かと思った私は、頭を抱えたが、答えをひねり出さなければならなかった。結婚を許してもらうために。

「ウッドだから、キツツキですか?」

 「いいえ、ちがいます」と言いながら首を横に振ったお義父さんに向かって、私は知っている限りの鳥の名を挙げたが、時間内に正解を導き出すことはできなかった。

「残念。正解は、謎の鳥です」

 またしても、私よりも理子が怒りだし、「ずるいわよ。そんなクイズ」と声を挙げた。

 すると、お義父さんはTシャツを脱ぎ、筋骨隆々な上半身を見せた。

「じゃあ、やっぱり、相撲で決めよう。こういうときは相撲に限る。君、庭に降りたまえ」

 庭に降りていくお義父さん。庭から私を見つめる子ヤギ。

 呆然としている私に、理子が声をかけた。

「ごめんなさいね。ちょっと変わった人なのよ」

 それに対して私は「ちょっとね……」と返答したあと、仕方なく、上着を脱ぎ始めた。

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