女たち

 女たちはそれぞれ連絡を受け、ある男の死を知らされた。

 男は、女たちが昔、男女の関係にあった人物であり、女たちに連絡したのは、その男の顧問弁護士であった。


 昔付き合っていた男の死を知らされて、女たちは当惑した。

 男とはきれいに別れていたし、顧問弁護士からその死を知らされるほど、深い仲ではなかったからだ。


 弁護士はそのことを承知しているようで、半ば申し訳なさそうに、女たちに同じ説明をした。

「彼の死後に銀行の貸金庫を確認したところ、遺言状が見つかりまして、その中で、あなたが遺産相続人の一人に指名されていましたので、連絡した次第です。つきましては、遺産を受け取るにしろ、放棄するにしろ、手続きがありますので、一度、今から言う日時に、こちらが指定した場所まで、ご足労願いたいのですが……」

 女たちは、弁護士から遺産のおおよその額を知らされて、その大きさに驚いた。



 女たちが、街はずれの指定されたフランス料理店にそろった頃には、すでに日が暮れていた。

 店内は、良く言えば歴史を感じる、悪く言えば古ぼけた造りであった。


 弁護士が言うには、かつて女たちが付き合っていた男が、若い頃から通っていた店であったが、女たちは入ったことのない店であった。


 女たちは老給仕により、店内の真ん中に据えられていた円卓へ案内され、用意されていた椅子に腰をかけた。


 客は女たちと弁護士だけで、姿を見せている給仕は老人ひとりであった。

 弁護士によると、今日は貸し切りとのことだった。


 このレストランに女たちを集め、指定したコースを女たちが食べ終わったのちに、遺産について説明すること。

 男の遺言状に書かれていた内容を、弁護士は、女たちに告げた。



 弁護士が席を外すと、老給仕が食前酒を運んできた。

 女たちだけではなく、弁護士が坐っていた席のグラスにも、酒がそそがれた。


 しばらくの沈黙ののち、女たちは名乗り合い、全員が初対面であることを確認した。

 

 他に話題がなかったので、女たちは、男について、言葉を交わした。 


 優しかったという女もいれば、冷たかったという女もいた。

 明るかったという女もいれば、暗かったという女もいた。

 にぎやかなのを好んだという女もいれば、静かなのを好んだという女もいた。


 女たちの男に対する印象はそれぞれちがい、同じ男の話をしているようには思えなかった。

 ただ、仕事が好きだったことについては、女たちの中で話が一致した。


 男と付き合った時期について、女たちは確認をはじめた。

 すると、どれも半年ぐらいで別れていた。

 男は、女たちが付き合って来た恋人の一人に過ぎず、弁護士から連絡を受けたとき、すぐに男の顔を思い出せた女はいなかった。

 ふいに女たちの視線が、円卓の空席に集まった。



 料理の出て来るのが遅く、話題の尽きた女たちが無言になった時、急に轟音ごうおんが鳴り響いて、店内の電気が消えた。

 突然の落雷に、女たちは同時に声をあげた。


 しばらくすると、老給仕が懐中電灯を手に現れ、申し訳なさそうに女たちへ声をかけた。

「配電盤を確認して参りますので、しばらく、お待ちください」

 言い終わると老給仕は、円卓に蝋燭を置きはじめ、順に火をつけて回った。


「今日はご要望で私とシェフしかおりませんので、復旧に時間がかかりましたら、申し訳ありません」

 仄暗ほのぐらい灯りの中で老給仕が頭を下げると、暗闇の中から、「私も手伝います」と弁護士の声がした。


「怖いわね」

「何だか不気味ね」

 少し言葉を交わし合うと、話はまた途切れてしまい、静寂が女たちを包んだ。

 女たちはまた、円卓の空席へ視線を送った。



 用意されていたワインを自分たちでグラスに注ぎ合い、女たちがすべてを飲み切ったところで、ワゴンを押す音と共に、シェフが暗闇から現れた。


「本当に申し訳ありません。メインデッシュの、鹿肉のローストになります」

 女たちと空席の前に皿を並べ終えて、シェフが闇の中へ消えて行くと、女たちの肉を切る音だけが、店内に響き渡った。


 女たちのテーブルだけが、か細い灯りに照らされている中で。

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